杜甫(とほ)の『兵車行(へいしやかう)』②の書き下し文・現代語訳・解説です。詩の後半(第十五句〜第三十四句)を読みます。
①では、出征する兵士と、それを見送る家族の嘆きが描かれ、兵士が「徴兵がしきりにある」と答えました。②では、兵士の言葉の形で、男手を失って荒れ果てた農村、休みなく続く徴兵と税の取り立て、そして戦場に放置された白骨のようすが語られます。
書き下し文・現代語訳・解説
荒れ果てた農村(第十五句~第二十句)
白文君不聞漢家山東二百州
書き下し君聞かずや漢家山東の二百州
現代語訳あなたは聞いたことがないだろうか。漢の国の、山東の二百州では、
- 君不聞
- あなたは聞いていないか(きっと聞いているだろう)。楽府の詩でよく使われる、読み手への呼びかけ。
- 漢家
- 漢の王朝。実際には唐の王朝をさす。
- 山東
- 函谷関(かんこくかん)より東の地域。
白文千村万落生荊杞
書き下し千村万落荊杞を生ずるを
現代語訳どの村にも、いばらやくこ(の雑木)が生い茂っているということを。
- 千村万落
- 数多くの村々。
- 荊杞
- いばらとくこ。雑木。畑が手入れされずに荒れていることを表す。
- 「君不聞」の内容は、この第十六句の「荊杞を生ずるを」までである。
白文縦有健婦把鋤犂
書き下し縦ひ健婦の鋤犂を把る有るも
現代語訳たとえ、けなげな女たちが、すきやくわを手に取って耕すことがあっても、
- 縦
- 「たとヒ」。たとえ〜しても。
- 健婦
- しっかりした、けなげな女性。男たちの留守を守る妻たち。
- 鋤犂
- すきやくわ。田畑を耕す農具。
白文禾生隴畝無東西
書き下し禾は隴畝に生じて東西無し
現代語訳作物は田畑にばらばらに生えて、きちんとした列にならない。
- 禾
- 穀物。作物。
- 隴畝
- 田畑。「隴」は畑のうね、「畝」はあぜ。
- 無東西
- 東西の区別もない。作物の列が乱れて、うまく育たないこと。
白文況復秦兵耐苦戦
書き下し況んや復た秦兵の苦戦に耐ふるとて
現代語訳まして、そのうえ、秦の地の兵士は苦しい戦いにもよく耐えるからといって、
- 況復
- 「いはンヤまタ」。まして、そのうえ。
- 秦兵
- 秦の地(長安を中心とする関中地方)の出身の兵士。この兵士自身も含まれる。
- 「況んや復た秦兵苦戦に耐ふるをや」と読み、抑揚の形として扱う読み方もある。
白文被駆不異犬与鶏
書き下し駆らるること犬と鶏とに異ならず
現代語訳(戦場へ)駆り立てられることは、犬や鶏と何も変わらない。
- 被駆
- 駆り立てられる。戦争に追い立てられること。
- 不異犬与鶏
- 犬や鶏と変わらない。人間として扱われていないことをいう。
- 与
- 「と」。〜と。書き下し文では平仮名にする。
兵士の訴え(第二十一句~第二十六句)
白文長者雖有問
書き下し長者問ふ有りと雖も
現代語訳あなた様がおたずねくださいますが、
- 長者
- 目上の人を敬っていう語。ここでは、①でわけをたずねた「道傍過者」(作者)をさす。
- 雖
- 「いへどモ」。〜けれども。
白文役夫敢申恨
書き下し役夫敢へて恨みを申べんや
現代語訳私のような兵士が、どうして恨みを申し上げることなどできましょうか。
- 役夫
- 兵役に駆り出された男。兵士が自分のことを言っている。
- 敢
- 「あヘテ〜ンや」と読み、「どうして〜しようか、いや、しない」という反語を表す。
- 申
- 述べる。
白文且如今年冬
書き下し且つ今年の冬のごときは
現代語訳そのうえ、たとえば今年の冬などは、
- 且
- 「かツ」。そのうえ。
- 如
- 「ごとシ」。「〜のごときは」で、たとえば〜などは。書き下し文では平仮名にする。
白文未休関西卒
書き下し未だ関西の卒を休めず
現代語訳まだ関西の兵士を休ませてくれません。
- 関西
- 函谷関より西の地域。秦の地。
- 卒
- 兵士。
- 関西卒
- 関西の兵士。詩の中の「秦兵」「役夫」と同じ人々をさす。
- 未
- 再読文字。「未だ〜ず」。まだ〜しない。
白文県官急索租
書き下し県官急に租を索むるも
現代語訳県の役人は、厳しく税を取り立てようとしますが、
- 県官
- 県の役人。
- 急
- せきたてるように。厳しく。
- 租
- 作物で納める税。
- 索
- 「もとム」。求める。取り立てる。
白文租税従何出
書き下し租税何くより出でんや
現代語訳その税は、いったいどこから出てくるのでしょうか(どこからも出てきはしません)。
- 従何
- どこから。「従」は「よリ」で起点を表す。
- 男たちが兵士として連れて行かれ、田畑が荒れているので、税を納められるはずがないということ。
男を生むは悪しく(第二十七句~第三十句)
白文信知生男悪
書き下し信に知る男を生むは悪しく
現代語訳まことに思い知りました。男の子を生むのは悪いことで、
- 信
- 「まことニ」。本当に。
- 生男
- 男の子を生む。
白文反是生女好
書き下し反つて是れ女を生むの好きを
現代語訳むしろ女の子を生むほうがよいのだということを。
- 反
- 「かへツテ」。逆に。反対に。
- 第二十七句と第二十八句は対句。「生男」と「生女」、「悪」と「好」が対応する。
白文生女猶得嫁比隣
書き下し女を生まば猶ほ比隣に嫁するを得ん
現代語訳女の子を生んだのなら、それでもまだ近所に嫁がせることができます。
- 猶
- 「なホ」。それでもまだ。
- 比隣
- となり近所。
- 嫁
- 嫁にやる。
- 得
- 〜できる。
白文生男埋没随百草
書き下し男を生まば埋没して百草に随はん
現代語訳男の子を生んだら、(戦場で死んで)埋もれ、多くの雑草とともに朽ち果てるだけでしょう。
- 埋没
- 土の中に埋もれる。
- 百草
- 多くの草。雑草。
- 随
- ともにする。雑草とともに朽ちていく。
- 第二十九句と第三十句も対句になっている。
青海の白骨(第三十一句~第三十四句)
白文君不見青海頭
書き下し君見ずや青海の頭
現代語訳あなたは見たことがないだろうか、青海のほとりを。
- 君不見
- あなたは見たことがないか。読み手への呼びかけ。
- 青海
- 湖の名。今の青海省にあるココノール。唐と吐蕃(とばん)がたびたび戦った場所。
- 頭
- 「ほとリ」。あたり。
白文古来白骨無人収
書き下し古来白骨人の収むる無し
現代語訳昔から、戦死者の白骨は、拾い集めて葬る人もいない。
- 古来
- 昔から。
- 白骨
- 戦死した兵士の骨。
- 無人収
- 拾って葬る人がいない。
白文新鬼煩冤旧鬼哭
書き下し新鬼は煩冤し旧鬼は哭す
現代語訳死んだばかりの者の霊はもだえ恨み、昔死んだ者の霊は声をあげて泣く。
- 鬼
- 死んだ人の霊。
- 新鬼
- 死んで間もない人の霊。
- 旧鬼
- 死んでから長くたった人の霊。
- 煩冤
- もだえ苦しみ、恨む。
白文天陰雨湿声啾啾
書き下し天陰り雨湿ひて声啾啾たり
現代語訳空が曇り、雨がしっとりと降る日には、霊たちのすすり泣く声が、しくしくと聞こえてくる。
- 陰
- くもる。
- 湿
- 雨にしめる。
- 啾啾
- 霊が悲しげにむせび泣く声を表す語。
テスト予想問題
A 語句
次の語を、送り仮名まで含めてどう読むか。現代仮名遣いのひらがなで書け。
①縦ひ
②況んや
③敢へて
④且つ
⑤信に
⑥反つて解答を見る
①たとい
②いわんや
③あえて
④かつ
⑤まことに
⑥かえって次の語の意味を答えよ。
①荊杞
②隴畝
③比隣
④鬼(新鬼・旧鬼)解答を見る
①いばらとくこ(雑木)
②田畑
③となり近所
④死んだ人の霊
B 書き下し文・現代語訳
「縦有健婦把鋤犂」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:縦ひ健婦の鋤犂を把る有るも
現代語訳:たとえ、けなげな女たちが、すきやくわを手に取って耕すことがあっても「役夫敢申恨」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:役夫敢へて恨みを申べんや
現代語訳:兵士の身で、どうして恨みを申し上げることができようか(いや、できない)。「生女猶得嫁比隣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:女を生まば猶ほ比隣に嫁するを得ん
現代語訳:女の子を生んだのなら、それでもまだ近所に嫁がせることができる。
C 内容の読み取り
「君不聞」とあるが、「君」に聞かせようとしている内容はどこまでか。その句を抜き出せ(訓点不要)。
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千村万落生荊杞
「千村万落生荊杞」とあるが、村々がこのようになったのはなぜか。
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田畑を耕す働き手の男たちが兵士として連れて行かれ、田畑の手入れが行き届かなくなったから。
「関西卒」とは、どのような人々か。説明せよ。
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函谷関より西の秦の地(長安一帯)の兵士。詩の中の「秦兵」「役夫」と同じ人々。
「租税従何出」とあるが、税が出せないのはなぜか。
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男たちが兵士として連れて行かれ、田畑が荒れて作物がとれないから。
「信知生男悪、反是生女好」と言うのはなぜか。
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男の子は兵士として連れて行かれ、戦場で死んで草の中に埋もれてしまうが、女の子は戦場へ行くことがなく、近所に嫁がせることができるから。
「新鬼煩冤旧鬼哭」とあるが、死者の霊がもだえ恨み、泣いているのはなぜか。
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国のために戦って死んだのに、遺骨は戦場に放置されたままで、拾って葬ってくれる人もいないから。
「声啾啾」とは、誰の、どのような声か。
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戦死した兵士たちの霊(新鬼・旧鬼)が、悲しげにすすり泣く声。
『兵車行』を最初から読む
杜甫『兵車行』①「点行頻りなり」の書き下し文・現代語訳・解説を読む
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