韓愈(かんゆ)『師説(しせつ)』の第四段落・第五段落、「聖人無常師〜以貽之」の書き下し文・現代語訳・解説です。出典は『唐宋八家文読本』。
②では、わが子には師をつけながら自分は師につくことを恥じる親や、職人たちを見下しながら知恵では及ばない士大夫が批判されました。
書き下し文・現代語訳・解説
第四段落 聖人には決まった師はない
白文聖人無常師。
書き下し聖人は常の師無し。
現代語訳聖人には、決まった師というものはない。
- 常師
- 決まった(一人の)師。
- ○『論語』(子張)の、孔子はどこででも学び、決まった師はいなかった、という言葉に基づく。
白文孔子師郯子・萇弘・師襄・老聃。
書き下し孔子は郯子・萇弘・師襄・老聃を師とす。
現代語訳(例えば)孔子は、郯子・萇弘・師襄・老聃を師とした。
- 郯子・萇弘・師襄・老聃
- いずれも春秋時代の人。孔子は、郯子に官制を、萇弘に音楽を、師襄に琴を、老聃(老子)に礼を学んだといわれる。
- 師
- ここでは動詞で、「師とす」。師とする。
- ○この一文がなく、「萇弘・師襄・老聃・郯子の徒」とする本文もある。
白文郯子之徒、其賢不及孔子。
書き下し郯子の徒は、其の賢孔子に及ばず。
現代語訳郯子たちは、その賢さでは孔子に及ばなかった。
- 徒
- 仲間。ここでは、前の郯子・萇弘・師襄・老聃を指す。郯子たち。
- 賢
- 才知や徳がすぐれていること。
白文孔子曰、「三人行、則必有我師。」
書き下し孔子曰はく、「三人行へば、則ち必ず我が師有り。」と。
現代語訳孔子は、「三人で行動すれば、その中に必ず自分の師とすべき人がいる。」と言った。
- 三人行
- 三人で行動する。「行」を「あゆむ」と読み、三人連れ立って行く、と解釈する説もある。
- 我師
- 自分の師。自分が学ぶべき点をもつ人。
- ○『論語』(述而)の孔子の言葉。
白文是故弟子不必不如師。
書き下し是の故に弟子は必ずしも師に如かずんばあらず。
現代語訳こういうわけで、弟子がいつも師より劣っているとは限らない。
- 不如
- 「しカず」。及ばない。
- 不必不A
- 「必ずしもAせずんばあらず」。必ずしもAしないとは限らない。部分否定と二重否定が組み合わさった形。
- ○弟子が師よりすぐれていることもある、ということ。
白文師不必賢於弟子。
書き下し師は必ずしも弟子より賢ならず。
現代語訳師がいつも弟子より賢いわけではない。
- 不必A
- 「必ずしもAせず」。必ずしもAするとは限らない。(部分否定)
- 於
- 比較の対象を示し、「〜より」と訳す。
白文聞道有先後、術業有専攻、如是而已。
書き下し道を聞くに先後有り、術業に専攻有り、是くのごときのみ。
現代語訳道を聞き知るのには先か後かがあり、学術や技芸にはそれぞれの専門がある、(師と弟子の違いは)ただそれだけのことである。
- 術業
- 学術や技芸。
- 専攻
- 専門に修めていること。「攻」は、おさめる。
- 如是
- 「是くのごとし」。このようである。「是」は、道を聞くのに先後があり、術業に専攻があること。
- 而已
- 二字で「のみ」と読み、限定を表す。
第五段落 李蟠に贈る
白文李氏子蟠、年十七。
書き下し李氏の子蟠、年十七。
現代語訳李氏の子の蟠は、年は十七歳である。
- 李氏子蟠
- 李蟠。韓愈に学んだ若者。のちに官吏登用試験(科挙の進士科)に合格したといわれる。
白文好古文、六芸経伝、皆通習之。
書き下し古文を好み、六芸の経伝、皆之に通習せり。
現代語訳古文を好み、六経の本文とその注釈に、すべて通じている。
- 古文
- 秦・漢より前の時代の文章や、それを手本にした文章。飾りよりも、内容と筋道のわかりやすさを大切にする。
- 六芸
- ここでは六経(儒学の基本の経典である『易経』『書経』『詩経』『礼記』『楽経』『春秋』)。
- 経伝
- 「経」は六経の本文、「伝」はその注釈。
- 通習
- よく学んで通じている。
白文不拘於時、学於余。
書き下し時に拘らず、余に学ぶ。
現代語訳(師に学ぶことを恥とする)当時の風潮にとらわれず、私について学んでいる。
- 時
- 当時の風潮。師について学ぶことを恥じる世の中の考え方。
- 拘
- 「かかはル」。こだわる。とらわれる。
- 余
- 私。筆者の韓愈。
白文余嘉其能行古道、作師説以貽之。
書き下し余其の能く古道を行ふを嘉し、師の説を作りて、以て之に貽る。
現代語訳私は、彼が古の道をきちんと実行していることをほめて、この「師の説」を作って、彼に贈るのである。
- 嘉
- 「よみス」。よしとしてほめる。
- 古道
- 師について学ぼうとする、昔からのよい伝統。
- 貽
- 「おくル」。贈る。
- 之
- 李蟠を指す。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①如是
②而已
③不拘
④嘉(余嘉)
⑤貽解答を見る
①かくのごとき
②のみ
③かかわらず
④よみし
⑤おくる次の語の本文中での意味を答えよ。
①常師
②賢
③術業
④経伝
⑤時(不拘於時)解答を見る
①決まった師
②才知や徳がすぐれていること・賢さ
③学術や技芸
④六経の本文とその注釈
⑤当時の風潮
B 書き下し文・現代語訳
「三人行、則必有我師」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:三人行へば、則ち必ず我が師有り。
現代語訳:三人で行動すれば、その中に必ず自分の師とすべき人がいる。「弟子不必不如師」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:弟子は必ずしも師に如かずんばあらず。
現代語訳:弟子がいつも師より劣っているとは限らない。「師不必賢於弟子」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:師は必ずしも弟子より賢ならず。
現代語訳:師がいつも弟子より賢いわけではない。「余嘉其能行古道、作師説以貽之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:余其の能く古道を行ふを嘉し、師の説を作りて、以て之に貽る。
現代語訳:私は、彼が古の道をきちんと実行していることをほめて、この「師の説」を作って、彼に贈る。
C 内容の読み取り
「聖人無常師」とあるが、筆者はそのことをどのような例で示しているか。
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孔子が、賢さでは自分に及ばない郯子・萇弘・師襄・老聃を師として学んだという例。
「如是而已」の「是」は、どのようなことを指すか。
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道を聞き知るのに先か後かがあり、学術や技芸にはそれぞれの専門がある、ということ。
筆者は、孔子の「三人行、則必有我師」という言葉を、どのような考えを裏づけるために引いているか。
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師と弟子の間に年齢や賢さによる上下の決まりはなく、道を身につけている人であれば、だれからでも学ぶべきだという考え。
筆者は李蟠のどのような点をほめているか。
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古文を好み、六経とその注釈に通じていながら、師について学ぶことを恥とする当時の風潮にとらわれず、筆者(韓愈)について学んだ点。