源氏物語 若紫(北山の垣間見)① 

若紫①日もいと長きに~ の現代語訳・解説

日もいと長きに、つれづれなれば、夕暮れのいたう霞み たる(存続「たり」体) にまぎれて、かの小柴垣のもとに立ち出で 給ふ(尊→光源氏)

日もたいそう長いうえに、することもなく退屈なので、(光源氏は)夕暮れのたいそう霞んでいるのに紛れて、例の小柴垣のもとにお出かけになる。

つれづれなり…することがなく暇だ

かの小柴垣…この前の場面で、供の者が、小柴垣を巡らした家に女たちの姿が見えると話していた。

人々は返し 給ひ(尊→光源氏) て、惟光の朝臣とのぞき 給へ(尊→光源氏) ば、ただこの西面にしも、持仏据ゑ奉りて行ふ、尼 なり(断定「なり」用)   けり(詠嘆「けり」終)

(光源氏は)供の者たちは(都に)お帰しになって、惟光の朝臣と(小柴垣のうちを)おのぞきになると、ちょうどこの(目の前の)西向きの部屋に、持仏を安置申し上げてお勤めをする、(それは)尼なのであった。

人々は返し…人目を避けるために、供の者は帰らせた。

西面にしも…西向きの部屋。「しも」は強意の副助詞。

持仏据ゑ奉りて…謙譲の補助動詞。作者から持仏への敬意。持仏とは、居室に置いたり、身に所持したりして信仰する仏像。

行ふ…仏道修行する、勤行する。連体形で下に「人は」などを省略している。

尼なりけり…「けり」は詠嘆。尼は若紫の祖母。

○これ以降、光源氏の視点からの描写が続く

簾少し上げて、花 奉る(謙→持仏)  めり(推定婉曲「めり」終)。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いと悩ましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。

簾を少し上げて、花をお供えするようである。中央の柱に寄りかかって座り、脇息の上に経を置いて、ひどくだるそうに読経している尼君は、並の身分の人とは思えない。

奉る…謙譲語「差し上げる、お供えする」作者から持仏への敬意。

めり…推定婉曲の助動詞。視覚でとらえたことによる推定・婉曲を意味する。

寄りゐて…寄りかかって座って

脇息…ひじをかけ、体をもたせかけて休む道具。

悩ましげなり…気分が悪く苦しそう

ただ人…普通の身分の人。 →ただ人と見えず…普通の人ではなく、高貴な身分の人に見えた。

四十余ばかりにて、いと白うあてに痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかな、とあはれに見 給ふ(尊→光源氏)

(その尼は)四十を過ぎくらいで、たいそう色白で上品で痩せているけれども、頰の辺りはふくよかで、目もとの辺りや、髪がかわいらしげに切りそろえられている端も、かえって長いものより格別に当世風で気がきいているものであるよ、と(光源氏は)しみじみと趣深く覧になる。

うつくしげなり…愛らしい、いとおしい  なかなか…かえって  こよなし…この上ない、格別だ  今めかし…現代風でよい、当世風だ

○髪は長いほど美しいとされていたが、尼君の髪が肩の辺りで切りそろえられているのが、かえってよいと感じた。

○見給ふ…尊敬の補助動詞。作者から光源氏への敬意。 尼君の様子を見ているのは光源氏。

清げなる大人二人ばかり、さては、童べぞ出で入り遊ぶ。

こぎれいな年配の女房が二人ほど、それから女の童が出入りして遊んでいる。

中に、十ばかり (断定「なり」用)  (疑問の係助詞) あら (推量「む」連体形) と見えて、白き衣、山吹など (同格の格助詞) なれたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべう(可能(当然)「べし」用・ウ音便)もあらず、いみじく生ひ先見えて、うつくしげなるかたちなり。

 その中に、「十歳くらいであろうか」と見えて、白い下着に、山吹襲(の上着)などで身になじんでいる上着を着て、走ってきた女の子は、大勢見えていた子どもたちとは比べようもなく、成人後(の美しさ)はさぞかし(すばらしいだろう)と思いやられて、見るからにかわいらしい容貌である。

山吹などのなれたる…「の」は同格。「山吹襲などの上着で身になじんでいる上着を」

女子…これが若紫(紫の上)。

生い先見えて…成人後の美しさが思いやられる

髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。

髪は扇を広げたようにゆらゆらとして(豊かであり)、顔は(泣いた後らしく)手でこすってひどく赤くして立っている。

 「何ごとぞや。童べと腹立ち給へるか。」とて、尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、子なめりと見給ふ。

「何事ですか。子どもたちとけんかをなさったのですか。」と言って、尼君が見上げている顔立ちに、(その子と)少し似ているところがあるので、(尼君の)子であるようだと(光源氏は)ご覧になる。

おぼゆ…似ている。

なめり…~であるようだ。断定の助動詞「なり」の連体形の撥音便無商機+推定の助動詞「めり」終止形(「なるめり」→「なんめり」→「なめり」)

見給ふ…尊敬語。作者から光源氏への敬意。

「雀の子を犬君が逃がしつる、伏籠のうちに籠めたりつるものを。」とて、いと口惜しと思へり。

(女の子は)「雀の子を犬君が逃がしてしまったの、伏籠の中に閉じ込めておいたのに。」と言って、いかにも残念だと思っている。

犬君…女の子の遊び相手。

○~ものを…~のに、~のになあ

このゐたる大人、「例の、心なしの、かかるわざをしてさいなまるる(受身「る」体)こそ、いと心づきなけれ(「こそ」の結び)

 そこに座っていた年配の女房が、「いつものように、うっかり者(の犬君)が、こういう不始末をしてお叱りを受けるなんて、本当に嫌なことですね。

例の…いつものように

心なし…うっかりもの。犬君をさす。

心づきなし…気に入らない

いづ方へかまかりぬる、いとをかしうやうやうなりつるものを。

(雀の子は)どちらへ参りましたでしょうか、(雀の子は)本当にだんだんかわいらしくなってきたというのに。

まかりぬる…「まかる」には謙譲語の用法があるが、これは「行く」を丁寧な言い方にしたもの。

○ものを…~のに、~のになあ

烏などもこそ見つくれ(「こそ」の結び)。」とて立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。

烏などが見つけでもしたら大変です。」と言って立って行く。髪がゆったりとしてとても長く、見苦しくない人のようである。

○もこそ…~たら困る、大変だ

めやすし…見苦しくない、感じがよい。

○なめり…前述と同じ。

少納言の乳母とぞ人言ふめるは、この子の後ろ見なるべし(推量)

少納言の乳母と人が呼んでいるらしい(この)人は、この子の世話役なのであろう。

ぞ…結びの流れが生じている。

 尼君、「いで、あな幼や。言ふかひなうものし給ふかな。

尼君は、「本当にまあ、なんと幼いこと。子どもっぽくていらっしゃいますね。

あな幼や…ああ幼いことよ。 「あな+形容詞の語幹」で「ああ~だなあ」の意味。「幼」は形容詞「幼し」の語幹。

言ふかひなし…子供っぽい、たわいない

ものし給ふ…「ものす」はここでは形容詞「言ふかひなし」につく補助動詞で「~である」の意味。「給ふ」は尊敬の補助動詞。尼君から女子(若紫)への敬意。

かな…詠嘆の終助詞。「~なあ、ことよ」

おのがかく今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひ給ふほどよ。

私のこのように今日明日と思われる命を、何ともお思いにならないで、雀を追い回していらっしゃるとは。

おの…私(尼君)

日明日におぼゆる命…病気のため、もうすぐ死ぬだろういうこと。

思したら…尊敬語。尼君から女子(若紫)への敬意。

~で…「未然形+で」は「~ないで」の意味。

罪得ることぞと常に聞こゆるを、心憂く。」とて、「こちや。」と言へば、ついゐたり。

(生き物を捕らえるのは)仏罰を被ることになりますよといつも申し上げておりますのに、情けないこと。」と言って、「こちらへ(いらっしゃい)。」と言うと、(女の子は)膝をついて座った。

聞こゆる…謙譲語「申し上げる」。尼君から女子(若紫)への敬意。

心憂し…つらい、なさけない。

つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。

顔つきが実にかわいらしくて、眉の辺りが(眉毛を抜いていないために)ぼんやりと煙って、あどけなく(髪を)払いのける額の様子、髪の生えぐあいが、とても愛らしい。

らうたげなり…かわいらしい

いはけなし…あどけない、幼い

うつくし…かわいらしい、愛らしい

ねびゆか(婉曲「む」体)さまゆかしき人かな、と目とまり給ふ。

(光源氏は)これから成人していく様子を見ていたい人だなあ、と(光源氏は)目がとまりなさる。

ねびゆく…成長する、成人する

ゆかし…見たい

さるは、限りなう心を尽くし聞こゆる人に、いとよう似奉れるが、まもらるるなりけり(詠嘆「けり」終)、と思ふにも涙ぞ落つる(「そ」の結び)

それというのも実は、このうえなく心を込めてお慕い申し上げるお方に、実によく似申し上げていることが、思わず見つめられる(理由な)のであった、と思うにつけても(光源氏は)涙がこぼれる。

○限りなう心を尽くし聞こゆる人…藤壺女御を指す。光源氏がずっと恋い慕っている人物。父桐壺帝の妻であり、手をだすことができない。

尽くし聞こゆる人に、いとよう似奉れる…謙譲の補助動詞。光源氏(作者)から藤壺女御への敬意。※光源氏の心中なので、「光源氏から」ととれるが、「作者から」とすることもある。

まもる…じっと見つめる

○涙ぞ落つる…藤壺女御のことを思い出し、涙を流す。

若紫・北山の垣間見②

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