司馬遷『史記』「廉頗と藺相如」から、「刎頸の交わり」後半の原文・書き下し文・現代語訳・重要語句・内容を解説します。
前半では、廉頗から悪口を言われても争おうとせず、徹底して廉頗を避ける藺相如の姿が描かれました。
後半では、藺相如がなぜ廉頗との対立を避け続けていたのかが明らかになります。そして、その考えを知った廉頗は自らの態度を深く反省し、二人はついに「刎頸の交わり」を結びます。
原文・書き下し文・現代語訳
藺相如固止之曰、「公之視廉将軍、孰与秦王。」
藺相如固く之を止めて曰はく、「公の廉将軍を視ること、秦王に孰与れぞ。」と。
藺相如は舎人たちを強く引き止めて言った。「あなた方から見て、廉将軍と秦王とでは、どちらの方が上だと思いますか。」と。
・公…ここでは藺相如の舎人たちを指す。「あなた方」。
A孰与B
書き下し:AはBに孰与れぞ
意味:AはBと比べてどうか。AとBではどちらが上か。
この本文では、廉頗と秦王を比較しています。
曰、「不若也。」
曰はく、「若かざるなり。」と。
舎人たちは、「廉将軍は秦王には及びません。」と答えた。
A不若B…「A、Bに若かず」=AはBに及ばない。
ここでは廉頗が秦王に及ばないという意味。
相如曰、「夫以秦王之威、而相如廷叱之、辱其群臣。相如雖駑、独畏廉将軍哉。
相如曰はく、「夫れ秦王の威を以てするも、相如之を廷叱し、其の群臣を辱む。相如駑なりと雖も、独り廉将軍を畏れんや。
藺相如は言った。「そもそも、あれほどの威勢を持つ秦王に対してさえ、私は朝廷で面と向かって叱りつけ、その家臣たちに恥をかかせました。私は愚鈍な人間ではありますが、どうして廉将軍だけを恐れるでしょうか。いや、恐れません。
・夫…「それ」。ここでは「そもそも」。
・廷叱…朝廷で面と向かって叱りつける。
・駑…能力が劣ること、愚鈍であること。
「独畏廉将軍哉」
藺相如は、廉頗よりもはるかに強大な秦王に対してさえ、恐れず正面から叱責した人物です。
したがって、相如が廉頗を避けていたのは廉頗を恐れていたからではないことがわかります。
顧吾念之、彊秦之所以不敢加兵於趙者、徒以吾両人在也。
顧だ吾之を念ふに、彊秦の敢へて兵を趙に加へざる所以の者は、徒だ吾が両人の在るを以てなり。
ただ、私が考えてみるに、強大な秦が進んで趙へ軍隊を差し向けようとしないのは、ただ私たち二人が趙にいるからなのです。
・顧…ここでは「ただ」。
・所以…ここでは「理由」。
・吾両人…廉頗と藺相如。
・不敢~…「敢へて~ず」=進んで~しようとはしない。
廉頗は趙を代表する名将であり、軍事面で国を守る人物。
藺相如は外交によって強国・秦に対抗できる人物。
この二人がそろっていることが、秦にとって大きな抑止力になっていると相如は考えています。
今両虎共闘、其勢不倶生。
今両虎共に闘はば、其の勢ひ倶には生きざらん。
今、二頭の虎が互いに戦えば、その成り行きからして二頭とも生き残ることはできないでしょう。
両虎=廉頗と藺相如
不倶~…「倶には~ず」=両方ともは~しない。
「不倶生」=二人とも生き残るということはない。
つまり、廉頗と藺相如が争えば、少なくともどちらか一方が倒れ、趙の国力が大きく低下するということです。
吾所以為此者、以先国家之急而後私讎也。」
吾の此を為す所以の者は、国家の急を先にして私讎を後にするを以てなり。」と。
私がこのような行動をしている理由は、国家の危機を優先し、個人的な恨みを後回しにしているからなのです。」と。
・此…藺相如が廉頗を避け、争わないようにしていること。
・国家之急…趙が秦から攻撃される危険に直面していること。
・私讎…廉頗から侮辱されていることに対する個人的な恨み。
藺相如が廉頗を避けていた本当の理由
相如は、廉頗から侮辱されても、その仕返しを優先しませんでした。
廉頗と相如が争えば趙の力が弱まり、強国・秦に攻め込まれる危険が高まるからです。
つまり藺相如は、
自分の名誉・感情よりも国家の安全を優先した
ことになります。
廉頗はなぜ藺相如に謝罪したのか
廉頗聞之、肉袒負荊、因賓客、至藺相如門。
廉頗之を聞き、肉袒して荊を負ひ、賓客に因りて、藺相如の門に至る。
廉頗は藺相如の考えを聞くと、上半身を裸にして荊のむちを背負い、相如の客人に仲介してもらって、藺相如の屋敷までやって来た。
肉袒負荊とは?
肉袒…上半身を裸にすること。
負荊…自分を打つための荊のむちを背負うこと。
自分の罪を認め、どのような罰でも受ける覚悟で謝罪する姿勢を示しています。
謝罪曰、「鄙賤之人、不知将軍寛之至此也。」
罪を謝して曰はく、「鄙賤の人、将軍の寛なることの此に至るを知らざるなり。」と。
廉頗は罪を詫びて言った。「卑しい人間である私は、将軍がこれほどまでに寛大な方だとは知りませんでした。」と。
・鄙賤之人…廉頗が自分自身をへりくだって言った表現。
・将軍…藺相如。
廉頗が謝罪した理由
廉頗は、相如が自分を恐れて逃げていたのではなく、趙という国を守るためにあえて自分との争いを避けていたことを知りました。
一方の廉頗は、自分の地位や名誉への不満から相如を侮辱しようとしていました。
相如の大局的な考えを知ったことで、自分の狭量さを恥じ、深く反省したのです。
「刎頸の交わり」
卒相与驩、為刎頸之交。
卒に相与に驩びて、刎頸の交はりを為す。
最後には二人は互いに親しくなり、刎頸の交わりを結んだ。
・卒…「つひに」。最後には、結局。
刎頸の交わり
「刎頸」とは、首をはねること。
したがって「刎頸の交わり」とは、相手のためなら自分の首をはねられてもかまわないと思えるほど、非常に深く信頼し合った友情を意味します。
現在でも、命を預け合えるほど固い友情・親密な交友関係を表す故事成語として使われます。
『刎頸の交わり』②テスト予想問題
問1 「公之視廉将軍、孰与秦王」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
現代語訳:あなた方から見て、廉将軍と秦王とではどちらの方が上だと思いますか。
問2 「曰、『不若也。』」を書き下し文にし、現代語訳せよ。また、誰が誰に及ばないという意味か。
現代語訳:廉将軍は秦王には及びません。
廉頗が秦王に及ばないという意味。
問3 「相如雖駑、独畏廉将軍哉」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
現代語訳:私は愚鈍ではあるが、どうして廉将軍だけを恐れるだろうか。いや、恐れない。
問4 藺相如が「廉将軍を恐れているのではない」と言える根拠を、本文の内容に即して説明せよ。
問5 「彊秦之所以不敢加兵於趙者、徒以吾両人在也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
現代語訳:強大な秦が進んで趙を攻撃しようとしない理由は、ただ私たち二人がいるからである。
問6 「吾両人」とは誰と誰を指すか。
問7 「今両虎共闘、其勢不倶生」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
現代語訳:今、二頭の虎が互いに戦えば、その成り行きからして二頭とも生き残ることはできないだろう。
問8 「両虎」はそれぞれ誰をたとえているか。
問9 「吾所以為此者、以先国家之急而後私讎也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
現代語訳:私がこのような行動をしている理由は、国家の危機を優先し、個人的な恨みを後回しにしているからである。
問10 「為此」の「此」とは、どのような行動を指すか。
問11 「国家之急」と「私讎」は、それぞれ具体的に何を指すか。
私讎=廉頗から侮辱されていることに対する藺相如の個人的な恨み。
問12 藺相如はなぜ廉頗との争いを避け続けたのか。
問13 「廉頗聞之、肉袒負荊、因賓客、至藺相如門」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
現代語訳:廉頗はこれを聞き、上半身を裸にして荊のむちを背負い、客人に仲介してもらって藺相如の屋敷までやって来た。
問14 廉頗はなぜ「肉袒負荊」という行動をしたのか。
問15 「鄙賤之人、不知将軍寛之至此也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
現代語訳:卑しい人間である私は、あなたがこれほどまでに寛大な方だとは知りませんでした。
問16 「鄙賤之人」は誰を指すか。
問17 「卒相与驩、為刎頸之交」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
現代語訳:最後には二人は互いに親しくなり、刎頸の交わりを結んだ。