『不死之薬(ふしのくすり)』(不死の薬)の書き下し文・現代語訳・句法を解説します。出典は、戦国時代末期の韓非(かんぴ)の著とされる法家の思想書『韓非子』(説林上)です。
書き下し文・現代語訳・解説
中射の士が薬を食べる
白文有献不死之薬於荊王者。
書き下し不死の薬を荊王に献ずる者有り。
現代語訳不死の薬を荊王に献上する者がいた。
- 不死之薬
- 飲めば死ななくなるという仙薬。
- 荊王
- 楚の王。「荊」は楚の国のこと。
- 献
- 「けんズ」。献上する。
- 於
- 置き字。「荊王に」と、動作の相手を表す。
- 有~者
- 「~者有り」。~する者がいた。
白文謁者操之以入。
書き下し謁者之を操りて以つて入る。
現代語訳取り次ぎ役がその薬を手に持って(宮中の奥へ)入っていった。
- 謁者
- 取り次ぎの役人。
- 操
- 「とル」。手に持つ。
- 之
- 不死の薬。
- 以
- ここは「そうして」と軽く下につなぐ。
白文中射之士問曰、「可食乎。」
書き下し中射の士問ひて曰はく、「食らふべきか。」と。
現代語訳中射の士が尋ねて言うことには、「(それは)食べられるのか。」と。
- 中射之士
- 宮中の警護をする役人。
- 可
- 「べシ」。ここは「~できる」(可能)、または「~してよい」(許可)。
- 乎
- 「か」。疑問。
白文曰、「可。」
書き下し曰はく、「可なり。」と。
現代語訳(取り次ぎ役が)答えて言うことには、「食べられる。」と。
- 曰
- 言ったのは謁者(取り次ぎ役)。
- 可
- 「かナリ」。「可食(食らふべし)」を短く言ったもの。
白文因奪而食之。
書き下し因りて奪ひて之を食らふ。
現代語訳そこで(中射の士は)薬を奪って食べてしまった。
- 因
- 「よリテ」。そこで。
- 而
- 置き字。「~て」と下につなぐ。
王が怒る
白文王大怒、使人殺中射之士。
書き下し王大いに怒り、人をして中射の士を殺さしめんとす。
現代語訳王はひどく怒り、人に命じて中射の士を殺させようとした。
- 大怒
- ひどく怒る。献上された不死の薬を、自分より先に家臣に食べられてしまったから。
- 使
- 「しム」。使役。
- しめんとす
- 「~させようとした」。まだ殺してはいない。
中射の士の弁明
白文中射之士、使人説王曰、
書き下し中射の士、人をして王に説かしめて曰はく、
現代語訳中射の士は、人を介して王に説明させて言うことには、
- 説
- 「とク」。説明する。言い聞かせる。
白文「臣問謁者。
書き下し「臣謁者に問ふ。
現代語訳「私は取り次ぎ役に尋ねました。
- 臣
- わたくし。臣下が主君に対して自分を指していう語。
白文謁者曰、『可食。』
書き下し謁者曰はく、『食らふべし。』と。
現代語訳(すると)取り次ぎ役は、『食べてもよい。』と言いました。
- 可食
- ここでは、中射の士は「食べてもよい」(許可)の意味として王に伝えている。
白文臣故食之。
書き下し臣故に之を食らふ。
現代語訳だから私はそれを食べたのです。
- 故
- 「ゆゑニ」。だから。
白文是臣無罪而罪在謁者也。
書き下し是れ臣に罪無くして罪は謁者に在るなり。
現代語訳つまり、私には罪はなく、罪は取り次ぎ役にあるのです。
- 是
- これ。ここまでに述べたこと。
- 而
- 置き字。「~して」と下につなぐ。
- 在
- 「あリ」。存在する場所を表す。
白文且客献不死之薬、臣食之而王殺臣、是死薬也。
書き下し且つ客不死の薬を献じ、臣之を食らひて王臣を殺さば、是れ死薬なり。
現代語訳そのうえ、客が不死の薬を献上し、私がそれを食べたのに、王様が私を殺したならば、これは死の薬だということになります。
- 且
- 「かツ」。そのうえ。さらに。
- 客
- よそから来た人。不死の薬を献上した者を指す。
- 殺さば
- 殺したならば。仮定を表す。
- 死薬
- (食べると)死ぬ薬。不死の薬を食べた者が死ぬのだから、「不死」ではなく「死」の薬になる、という理屈。
白文是客欺王也。
書き下し是れ客王を欺くなり。
現代語訳(そうなると)客が王様をだましたということになります。
- 欺
- 「あざむク」。だます。
白文夫殺無罪之臣而明人之欺王也。
書き下し夫れ罪無きの臣を殺して人の王を欺くを明らかにするなり。
現代語訳そもそも(私を殺すことは)、罪のない臣下を殺して、人が王様をだましたことを世間に明らかにすることになるのです。
- 夫
- 「そレ」。文頭に置いて「そもそも」の意味を表す。
- 無罪之臣
- 罪のない臣下。中射の士自身のこと。
- 人
- 不死の薬を献上した客を指す。
白文不如釈臣。」
書き下し臣を釈すに如かず。」と。
現代語訳私をお許しになるのがいちばんよいでしょう。」と。
- 釈
- 「ゆるス」。許す。釈放する。
- 不如A
- 「Aに如かず」。Aに及ばない。Aするのがいちばんよい。
白文王乃不殺。
書き下し王乃ち殺さず。
現代語訳王はそこで(中射の士を)殺さなかった。
- 乃
- 「すなはチ」。そこで。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①操(りて)
②因(りて)
③故(に)
④且(つ)
⑤夫(れ)
⑥乃(ち)解答を見る
①とりて
②よりて
③ゆえに
④かつ
⑤それ
⑥すなわち「謁者」「中射之士」「臣」は、それぞれどのような人を表すか。
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謁者=取り次ぎの役人
中射之士=宮中の警護をする役人
臣=わたくし(臣下が主君に対して自分をいう語。ここでは中射の士自身)
B 書き下し文・現代語訳
「王大怒、使人殺中射之士」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:王大いに怒り、人をして中射の士を殺さしめんとす。
現代語訳:王はひどく怒り、人に命じて中射の士を殺させようとした。「夫殺無罪之臣而明人之欺王也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:夫れ罪無きの臣を殺して人の王を欺くを明らかにするなり。
現代語訳:そもそも(私を殺せば)、罪のない家来を殺したうえに、客が王をあざむいたことを世に示す結果になる。「不如釈臣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:臣を釈すに如かず。
現代語訳:私を許すのがいちばんよい。
C 内容の読み取り
謁者は「可」をどのような意味で答えたと考えられるか。また、中射の士は王への弁明の中で、謁者の言葉をどのような意味だったことにしたか。
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謁者=食べることができる(可能)
中射の士=食べてもよい(許可)王が大いに怒ったのはなぜか。
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自分に献上された不死の薬を、中射の士が奪って食べてしまったから。
「客」とは、だれのことか。本文中から抜き出して答えよ。
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献不死之薬於荊王者(不死の薬を荊王に献上した者)
「是死薬也」とあるが、中射の士はなぜ「死薬」になると言っているのか。
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不死の薬を食べた自分が王に殺されれば、その薬は人を死なせない薬ではなかった、つまり死の薬だったことになるから。
王が中射の士を殺さなかったのはなぜだと考えられるか。
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中射の士を殺すと、不死の薬は偽物で、自分が客にあざむかれていたと人々に知れわたってしまうから。