杜甫(とほ)の『兵車行(へいしやかう)』①の書き下し文・現代語訳・解説です。
都の長安を出て、戦場へ向かう兵士の列。家族は兵士の着物にすがりつき、道をふさいで泣き叫びます。通りかかった作者が兵士にわけをたずねると、兵士は「点行頻りなり(徴兵がしきりにある)」と答え、十五歳で出征してから四十歳になっても国境の守りにつかされている身の上を語ります。①では、詩の前半(第一句〜第十四句)を読みます。
書き下し文・現代語訳・解説
出征兵士を見送る家族(第一句~第六句)
白文車轔轔馬蕭蕭
書き下し車轔轔 馬蕭蕭
現代語訳戦車はがらがらと音を立てて進み、馬は悲しげにいなないている。
- 轔轔
- 車の走る音を表す語。がらがら。
- 蕭蕭
- 馬のいななく声を表す語。
- この二つは三字ずつの短い句で、一句の中で対になっている。
白文行人弓箭各在腰
書き下し行人の弓箭各腰に在り
現代語訳出征していく兵士たちは、それぞれ腰に弓と矢をつけている。
- 行人
- ここでは、戦場へ向かう兵士。出征兵士。
- 弓箭
- 弓と矢。「箭」は矢。
白文耶娘妻子走相送
書き下し耶娘妻子走りて相送る
現代語訳父や母、妻や子どもたちが、走って追いすがりながら見送る。
- 耶娘
- 父と母。「耶」は父、「娘」は母のこと。話し言葉(俗語)を詩に取り入れている。
- 相
- 動作に相手があることを表す。ここでは兵士を見送ること。
白文塵埃不見咸陽橋
書き下し塵埃に見えず咸陽橋
現代語訳(大勢の人が立てる)土ぼこりで、咸陽橋も見えなくなっている。
- 塵埃
- 土ぼこり。
- 咸陽橋
- 長安の近く、渭水(いすい)にかかっていた橋。西へ旅立つ人を見送る、別れの場所でもあった。
白文牽衣頓足攔道哭
書き下し衣を牽き足を頓し道を攔りて哭す
現代語訳(家族は)兵士の着物を引っぱり、足を踏み鳴らし、行く手をふさいで大声で泣く。
- 牽衣
- 兵士の着物を引っぱる。
- 頓足
- 足を踏み鳴らす。じだんだを踏む。
- 攔道
- 道をさえぎる。行く手をふさぐ。
- 哭
- 大声をあげて泣く。
白文哭声直上干雲霄
書き下し哭声直ちに上りて雲霄を干す
現代語訳その泣き声はまっすぐに立ちのぼって、大空を突き刺すほどである。
- 直上
- まっすぐ上にのぼる。泣き声の激しさを表す。
- 干
- 「をかス」。突き入る。
- 雲霄
- 大空。
通りかかった者と兵士(第七句~第十二句)
白文道傍過者問行人
書き下し道傍に過ぐる者行人に問へば
現代語訳道ばたを通りかかった者が、兵士に(わけを)たずねると、
- 道傍
- 道ばた。
- 過者
- 通りかかった者。作者杜甫が、自分のことを第三者のように書いている。
白文行人但云点行頻
書き下し行人但だ云ふ点行頻りなりと
現代語訳兵士はただ、「兵士の徴発がしきりにあるのです」と言うばかりだ。
- 但
- 「たダ」。ただ〜だけ。
- 点行
- 兵士を徴発して、戦場へ送り出すこと。徴兵。
- 頻
- しきりである。たびたびある。
白文或従十五北防河
書き下し或いは十五より北のかた河を防ぎ
現代語訳ある者は、十五歳のときから北方で黄河の守りにつき、
- 或
- ある者は。
- 従
- 「よリ」。〜から。起点を表す。
- 北
- 「きたノかた」。北の方角で。
- 防河
- 黄河の守りにつく。
白文便至四十西営田
書き下し便ち四十に至りて西のかた田を営む
現代語訳そのまま四十歳になっても、西方で屯田兵として耕作している。
- 便
- 「すなはチ」。そのまま。
- 営田
- 屯田兵となること。辺境で、ふだんは田を耕し、戦いのときには兵士として戦う。
白文去時里正与裹頭
書き下し去きし時は里正与に頭を裹む
現代語訳(初めて)出征したときは、村長がその人のために頭を頭巾で包んでやった(ほどの少年だった)。
- 里正
- 村長。唐の時代には百戸を一里とし、その長を里正といった。
- 与
- 「ためニ」。〜のために。
- 裹頭
- 頭巾で頭を包む。まだ少年だったことを表す。
白文帰来頭白還戍辺
書き下し帰り来たれば頭白きに還た辺を戍る
現代語訳帰ってくると、頭はもう白髪になっているのに、また国境の守りにつかされる。
- 還
- 「まタ」。再び。
- 戍辺
- 国境を守る。辺境の守備につく。
- 第十一句と第十二句も、「去時」と「帰来」、「裹頭」と「頭白」が対応している。
戦場の流血と皇帝(第十三句~第十四句)
白文辺庭流血成海水
書き下し辺庭の流血海水と成るも
現代語訳国境地帯の戦場では、流れた血が海の水のようになるほどなのに、
- 辺庭
- 国境地帯。辺境の地。
- 流血成海水
- 戦死者の数がおびただしいことを、大げさに言い表している。
白文武皇開辺意未已
書き下し武皇辺を開く意未だ已まず
現代語訳武帝の、国境を切り開いて領土を広げようとするお気持ちは、まだやまない。
- 武皇
- 漢の武帝。実際には、当時の唐の皇帝である玄宗をさす。
- 開辺
- 国境の外へ攻め出て、領土を広げる。
- 已
- やむ。終わる。
テスト予想問題
A 語句
この詩の作者を答えよ。また、作者は何と呼ばれているか。
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作者:杜甫 呼び名:詩聖
次の語を、送り仮名まで含めてどう読むか。現代仮名遣いのひらがなで書け。
①弓箭
②耶娘
③哭す
④但だ
⑤便ち
⑥還た解答を見る
①きゅうせん
②やじょう
③こくす
④ただ
⑤すなわち
⑥また次の語の意味を答えよ。
①行人
②点行
③里正
④営田解答を見る
①戦場へ向かう兵士(出征兵士)
②兵士を選び出して戦場へ送ること(徴兵)
③村長
④屯田兵として、辺境で耕作しながら守備につくこと
B 書き下し文・現代語訳
「塵埃不見咸陽橋」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:塵埃に見えず咸陽橋
現代語訳:土ぼこりで、咸陽橋も見えない。「武皇開辺意未已」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:武皇辺を開く意未だ已まず
現代語訳:武帝の、国境を開いて領土を広げようとする気持ちは、まだやまない。
C 内容の読み取り
「牽衣頓足攔道哭」とあるが、これは誰の、どのような行為か。
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出征兵士の家族が、戦場へ行く兵士を引き止めようとする行為。
「道傍過者」とは、具体的には誰のことか。
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作者(杜甫)自身。
「去時里正与裹頭、帰来頭白還戍辺」から、兵士のどのような身の上がわかるか。説明せよ。
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頭巾を村長に包んでもらうような少年のころに出征し、白髪になって帰ってきても、また国境の守りにつかされるという、休むことのない兵役に苦しむ身の上。
「辺庭流血成海水」とは、どのようなことを言っているのか。
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国境の戦場で、おびただしい数の兵士が戦死していること。
「武皇」とは、表向きは誰のことで、実際には誰をさしているか。また、なぜこのように書いたのか。
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表向きは漢の武帝で、実際には唐の玄宗をさす。
当時の皇帝を直接批判するのをさけて、時代を漢に置き換えたから。
続き(②)
『兵車行』の後半では、兵士の言葉の形で、荒れ果てた農村や重い税、戦場に残された白骨のようすが語られます。
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