『嚢中之錐(のうちゅうのきり)』(嚢中の錐)の書き下し文・現代語訳・句法・故事成語の意味を解説します。出典は、前漢の司馬遷が著した歴史書『史記』(平原君列伝)です。毛遂(もうすい)が自分を推薦する「毛遂自薦」の場面です。
書き下し文・現代語訳・解説
毛遂、名乗り出る
白文門下有毛遂者。
書き下し門下に毛遂なる者有り。
現代語訳(平原君の)門下に、毛遂という者がいた。
- 門下
- 平原君のもとに身を寄せている者たち。食客。
- 平原君
- 趙の公子。名は趙勝。趙の武霊王の子で、数千人の食客を養っていた。
- 食客
- 客分として抱えられた家来。
白文前自賛於平原君曰、
書き下し前みて平原君に自賛して曰はく、
現代語訳進み出て、平原君に自分を推薦して言うことには、
- 前
- 「すすム」。進み出る。
- 自賛
- 自分で自分を推薦する。
- 於
- 置き字。
白文「遂聞、『君将合従於楚、約与食客・門下二十人偕、不外索。
書き下し「遂聞く、『君将に楚に合従せんとし、食客・門下二十人と偕にせんと約し、外に索めず。
現代語訳「私が聞いたところでは、『殿は楚と同盟を結ぼうとして、食客・門下の二十人と一緒に行くと約束し、(その二十人を)外部からは求めない(ことにした)。
- 遂
- 毛遂が自分のことを名で呼んでいる。
- 君
- 平原君を指す。
- 合従
- 秦に対抗するため、ほかの国どうしが同盟を結ぶこと。「従」は「縦」と同じ。
- 偕
- 「ともニス」。一緒に行く。
- 索
- 「もとム」。さがし求める。
- 将
- 再読文字。「まさに~んとす」。今にも~しようとする。
白文今少一人。』
書き下し今一人を少く。』と。
現代語訳今、(その二十人に)一人足りない』とのことです。
- 少
- 「かク」。欠けている。足りない。
白文願君即以遂備員而行矣。」
書き下し願はくは君即ち遂を以て員に備へて行け。」と。
現代語訳どうか殿は、すぐにこの私を人数に加えて出発してください。」と。
- 即
- 「すなはチ」。すぐに。
- 以遂
- 「遂を以て」。私(毛遂)を。
- 備員
- 人数をそろえる。人数に加える。「員」は定員・人数。
- 而
- 置き字。
平原君、錐のたとえで断る
白文平原君曰、「先生処勝之門下、幾年於此矣。」
書き下し平原君曰はく、「先生勝の門下に処ること、此に幾年ぞ。」と。
現代語訳平原君が言うことには、「先生が私(勝)の門下にいるようになって、何年になるか。」と。
- 先生
- 毛遂を指す。
- 勝
- 平原君の名。平原君が自分のことを名で呼んでいる。
- 処
- 「をル」。身を置く。いる。
- 幾年
- 何年か。疑問を表す。
白文毛遂曰、「三年於此矣。」
書き下し毛遂曰はく、「此に三年なり。」と。
現代語訳毛遂が言うことには、「三年になります。」と。
白文平原君曰、「夫賢士之処世也、譬若錐之処囊中、其末立見。
書き下し平原君曰はく、「夫れ賢士の世に処るや、譬へば錐の囊中に処るがごとく、其の末立ちどころに見はる。
現代語訳平原君が言うことには、「そもそも、すぐれた人物が世の中にいるのは、たとえて言えば、錐が袋の中にあるようなもので、その先はすぐに(袋を破って)外に現れるものだ。
- 夫
- 「それ」。文のはじめに置いて、「そもそも」と話を切り出す語。
- 賢士
- 才能のあるすぐれた人物。
- 譬
- 「たとフ」。たとえて言うと。
- 錐
- きり。小さな穴をあける道具。
- 囊
- 袋。
- 末
- 先端。
- 立
- 「たちどころニ」。すぐに。
- 見
- 「あらはル」。現れる。「現」と同じ。
白文今先生処勝之門下、三年於此矣。
書き下し今先生勝の門下に処ること、此に三年なり。
現代語訳ところが今、先生は私の門下にいるようになって、三年になる。
白文左右未有所称誦、勝未有所聞。
書き下し左右未だ称誦する所有らず、勝も未だ聞く所有らず。
現代語訳(それなのに)私の側近たちは、まだ(先生のことを)ほめたたえたことがなく、私も(先生のよいうわさを)耳にしたことがない。
- 左右
- 側近の者たち。
- 称誦
- ほめたたえる。
- 未
- 再読文字。「いまダ~ず」。まだ~しない。
- 所
- 「ところ」。「称誦する所」「聞く所」で、ほめたたえること・聞くこと。
白文是先生無所有也。
書き下し是れ先生有る所無きなり。
現代語訳これは、先生に取りえがないということだ。
- 是
- これは。三年いても評判が聞こえてこないことを指す。
- 所有
- すぐれたところ。取りえ。
白文先生不能。先生留。」
書き下し先生能はず。先生留まれ。」と。
現代語訳先生にはできない。先生は(ここに)残りなさい。」と。
- 能
- 「あたフ」。できる。打消の「不」の下では「あたハず」と読む。
- 留
- 「とどマル」。とどまる。(同行せずに)残る。
毛遂の切り返し
白文毛遂曰、「臣乃今日請処囊中耳。
書き下し毛遂曰はく、「臣乃ち今日囊中に処るを請ふのみ。
現代語訳毛遂が言うことには、「私は、今日になって初めて、袋の中に入れていただきたいとお願いするのです。
- 臣
- 私。家来が主君に対して自分を指す語。
- 乃
- 「すなはチ」。そこで初めて。やっと。
- 耳
- 「のみ」。限定・強調を表す。書き下し文ではひらがなで書く。
白文使遂蚤得処囊中、乃穎脱而出。
書き下し遂をして蚤く囊中に処るを得しめば、乃ち穎脱して出でん。
現代語訳もし私を早くから袋の中に入れていただけていたならば、(先だけでなく)すっかり袋を突き抜けて出ていたでしょう。
- 蚤
- 「はやク」。早くから。「早」と同じ。
- 得
- 「う」。~することができる。
- 穎
- もとは稲の穂先の意味。ここでは錐の先端部分(柄までとする説もある)。
- 穎脱
- 袋を突き抜けて、すっかり外に出ること。
白文非特其末見而已。」
書き下し特だに其の末見はるるのみに非ず。」と。
現代語訳ただその先が少し現れるだけではなかったでしょう。」と。
- 特
- 「ただニ」。ただ~だけ。
- 而已
- 「のみ」。限定を表す。書き下し文ではひらがなで書く。
平原君、毛遂を連れて行く
白文平原君竟与毛遂偕。
書き下し平原君竟に毛遂と偕にす。
現代語訳平原君は、とうとう毛遂と一緒に行くことにした。
- 竟
- 「つひニ」。とうとう。結局。
- 与
- 「と」と読む返読文字。
白文十九人相与目笑之、而未発也。
書き下し十九人相与に之を目笑すれども、未だ発せざるなり。
現代語訳(先に選ばれていた)十九人は、互いに目くばせをして毛遂をあざ笑ったが、まだ口に出して(あざけりを)言うことはなかった。
- 十九人
- 先に選ばれていた十九人。
- 相与
- 「あひともニ」。互いに。
- 目笑
- 目くばせしてあざ笑う。
- 之
- 毛遂を指す。
- 発
- 口に出して言う。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①夫
②譬
③立
④見
⑤蚤
⑥竟解答を見る
①それ/そもそも
②たとえば/たとえて言うと
③たちどころに/すぐに
④あらわる/現れる
⑤はやく/早くから
⑥ついに/とうとう
B 書き下し文・現代語訳
「先生処勝之門下、幾年於此矣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:先生勝の門下に処ること、此に幾年ぞ。
現代語訳:先生が私の門下にいるようになって、何年になるか。「夫賢士之処世也、譬若錐之処囊中、其末立見」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:夫れ賢士の世に処るや、譬へば錐の囊中に処るがごとく、其の末立ちどころに見はる。
現代語訳:そもそも、すぐれた人物が世の中にいるのは、たとえて言えば錐が袋の中にあるようなもので、その先はすぐに外に現れるものだ。「左右未有所称誦、勝未有所聞」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:左右未だ称誦する所有らず、勝も未だ聞く所有らず。
現代語訳:私の側近たちはまだ先生のことをほめたたえたことがなく、私も先生のよいうわさを耳にしたことがない。「使遂蚤得処囊中、乃穎脱而出。非特其末見而已」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:遂をして蚤く囊中に処るを得しめば、乃ち穎脱して出でん。特だに其の末見はるるのみに非ず。
現代語訳:もし私を早くから袋の中に入れていただけていたならば、すっかり袋を突き抜けて出ていたでしょう。ただその先が少し現れるだけではなかったでしょう。
C 内容の読み取り
「錐之処囊中、其末立見」とあるが、平原君は何を何にたとえているか。
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才能のある人物が世の中にいて、その才能がすぐに外に現れることを、錐が袋の中にあって、その先がすぐに袋を破って外に出ることにたとえている。
「是先生無所有也」とあるが、平原君がこのように判断したのはなぜか。
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毛遂は三年も門下にいるのに、側近がほめるのを聞いたことも、平原君がよい評判を聞いたこともなかったから。
毛遂の言う「囊中に処る」とは、どのようなことのたとえか。
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才能を発揮する機会を与えられること。
「十九人相与目笑之、而未発也」とは、十九人のどのような様子を表しているか。
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互いに目くばせをして毛遂をあざ笑ったが、言葉に出して悪く言うことはしなかった様子。
故事成語「嚢中の錐」と「毛遂自薦」は、それぞれどのような意味か。
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嚢中の錐=才能のある人は、大勢の中にいても自然とその才能が現れて目立つということ。
毛遂自薦=自分で自分を推薦すること。