陶淵明(陶潜)『桃花源記(とうかげんき)』の前半、「晋太元中〜並怡然自楽」の書き下し文・現代語訳・解説です。出典は『陶淵明集』。陶淵明は東晋の詩人です。
題の「記」は、できごとをありのままに書き記す文章の形のことです。作り話でありながら、年号や地名を示して、本当にあったことの記録のように書かれています。
書き下し文・現代語訳・解説
桃の林に迷いこむ
白文晋太元中、武陵人捕魚為業。
書き下し晋の太元中、武陵の人魚を捕らふるを業と為す。
現代語訳晋の太元年間のこと、武陵に、魚をとって暮らしを立てている人がいた。
- 晋太元中
- 東晋の孝武帝のときの年号「太元」の年間(三七六〜三九六年)。
- 武陵
- 地名。今の湖南省常徳市のあたり。
- 業
- 生業。暮らしを立てるための仕事。
- 為業
- 「業と為す」。仕事としている。
白文縁渓行、忘路之遠近。
書き下し渓に縁りて行き、路の遠近を忘る。
現代語訳谷川に沿って(舟で)進んでいくうちに、どれほどの道のりを来たのかわからなくなった。
- 縁
- 「よル」。沿う。
- 渓
- 谷川。
- 忘路之遠近
- どれくらいの距離を来たのかわからなくなる。つまり、道に迷ったということ。
- ○ここで道がわからなくなることが、現実の世界から不思議な世界へ入っていく入り口になっている。
白文忽逢桃花林。
書き下し忽ち桃花の林に逢ふ。
現代語訳すると突然、桃の花の咲く林に行き当たった。
- 忽
- 「たちまチ」。突然。思いがけず。
- 逢
- 出会う。行き当たる。
白文夾岸数百歩、中無雑樹。
書き下し岸を夾むこと数百歩、中に雑樹無し。
現代語訳(その林は)川の両岸に数百歩にわたって続き、林の中にはほかの木が一本もまじっていない。
- 夾岸
- 川の両岸をはさむ。「夾」は「さしはさむ」と読むこともある。
- 雑樹
- (桃以外の)ほかの木。
- ○無雑樹
- 林は桃の木ばかりだということ。
白文芳草鮮美、落英繽紛。
書き下し芳草鮮美、落英繽紛たり。
現代語訳香りのよい草があざやかに美しく茂り、散った花びらがひらひらと舞い乱れている。
- 芳草
- 香りのよい草。
- 鮮美
- あざやかで美しい。
- 落英
- 散る花びら。「英」は花の意味。
- 繽紛
- 花びらなどが乱れ散るさま。
白文漁人甚異之。
書き下し漁人甚だ之を異しむ。
現代語訳漁師はこのありさまをとても不思議に思った。
- 甚
- 「はなはダ」。とても。
- 異
- 「あやシム」。不思議に思う。「之を異とす」と読むこともある。
- ○之
- 桃の木ばかりの林が両岸に続き、香りのよい草が茂り、花びらが舞い散っている光景。
白文復前行、欲窮其林。
書き下し復た前行して、其の林を窮めんと欲す。
現代語訳さらに先へ進んで、その林がどこまで続くのか見きわめようとした。
- 復
- 「まタ」。さらに。
- 窮
- 行き着くところまで見きわめる。
- 欲A
- 「Aせんと欲す」。Aしようとする。
白文林尽水源、便得一山。
書き下し林水源に尽き、便ち一山を得たり。
現代語訳林は川の水源のあたりで尽き、そこで山が一つ目の前に現れた。
- 尽
- 尽きる。終わる。
- 便
- 「すなはチ」。すぐに。そこで。
- 得一山
- 一つの山を見つける。
洞穴の向こうの村
白文山有小口、髣髴若有光。
書き下し山に小口有り、髣髴として光有るがごとし。
現代語訳山には小さな洞穴の入り口があって、ぼんやりと光がさしているように見えた。
- 小口
- 小さな洞穴の入り口。
- 髣髴
- ぼんやりとしているさま。
- 若
- 「ごとシ」。~のようだ。書き下し文では平仮名にする。
白文便捨船、従口入。
書き下し便ち船を捨て、口より入る。
現代語訳そこで舟を降りて、その入り口から中へ入っていった。
- 従
- 「よリ」。~から。
- 口
- 先の「小口」(洞穴の入り口)。
白文初極狭、纔通人。
書き下し初めは極めて狭く、纔かに人を通ずるのみ。
現代語訳はじめはとても狭く、人ひとりがやっと通り抜けられるほどだった。
- 極
- きわめて。とても。
- 纔
- 「わづカニ」。やっと。かろうじて。送り仮名の「のみ」と呼応して、「やっと~だけ」という限定を表す。
白文復行数十歩、豁然開朗。
書き下し復た行くこと数十歩、豁然として開朗なり。
現代語訳さらに数十歩進むと、急に目の前がからりと開け、明るく広々としていた。
- 豁然
- からりと開けるさま。
- 開朗
- 広々と開けて明るい。
白文土地平曠、屋舎儼然。
書き下し土地平曠、屋舎儼然たり。
現代語訳土地は平らで広々としており、家々はきちんと立ち並んでいる。
- 平曠
- 平らで広い。
- 屋舎
- 家。建物。
- 儼然
- きちんと整っているさま。
白文有良田美池、桑竹之属。
書き下し良田美池、桑竹の属有り。
現代語訳よく肥えた田、美しい池があり、桑や竹のたぐいも生えている。
- 良田
- よく手入れされた、肥えた田。
- 属
- たぐい。仲間。
白文阡陌交通、鶏犬相聞。
書き下し阡陌交通じ、鶏犬相聞こゆ。
現代語訳田畑のあぜ道は縦横に通じていて、鶏の声や犬の声がそこかしこから聞こえてくる。
- 阡陌
- 田畑のあぜ道。
- 交
- 「こもごも」。互いに。
- 鶏犬相聞
- 村のあちこちで鶏が鳴き、犬がほえる。のどかな村の様子。
白文其中往来種作男女衣著、悉如外人。
書き下し其の中に往来し種作する男女の衣著は、悉く外人のごとし。
現代語訳その中を行き来して、種をまいたり耕したりしている男女の服装は、すべて(この村の)外の世界の人と同じようであった。
- 種作
- 種をまいたり耕したりする。農作業。
- 衣著
- 衣服。服装。
- 悉
- 「ことごとク」。すべて。
- 外人
- 桃花源の外の世界の人。ここを「異国の人のようだった」と読む説もある。
白文黄髪垂髫、並怡然自楽。
書き下し黄髪垂髫、並びに怡然として自ら楽しむ。
現代語訳老人も幼い子どもも、みなにこやかで、それぞれに楽しんでいる。
- 黄髪
- 老人。ひどく年をとると髪が白から黄色に変わるといわれたことから。
- 垂髫
- 幼い子ども。髪を束ねて垂らした子どもの髪形から。
- 並
- みな。そろって。
- 怡然
- なごやかで楽しそうなさま。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①忽
②甚
③便
④纔
⑤悉解答を見る
①たちまち/突然
②はなはだ/とても
③すなわち/すぐに・そこで
④わずかに/やっと
⑤ことごとく/すべて次の語の意味を答えよ。
①落英
②儼然
③阡陌
④怡然解答を見る
①散る花びら
②きちんと整っているさま
③田畑のあぜ道
④なごやかで楽しそうなさま
B 書き下し文・現代語訳
「復前行、欲窮其林」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:復た前行して、其の林を窮めんと欲す。
現代語訳:さらに先へ進んで、その林がどこまで続くのか見きわめようとした。「山有小口、髣髴若有光」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:山に小口有り、髣髴として光有るがごとし。
現代語訳:山には小さな洞穴の入り口があって、ぼんやりと光がさしているように見えた。「初極狭、纔通人」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:初めは極めて狭く、纔かに人を通ずるのみ。
現代語訳:はじめはとても狭く、人ひとりがやっと通り抜けられるほどだった。
C 内容の読み取り
「忘路之遠近」とは、漁師がどのような状態になったことをいうか。
解答を見る
どれだけの距離を来たのかわからなくなり、道に迷ってしまった状態。
「漁人甚異之」の「之」は、どのような光景を指しているか。
解答を見る
川の両岸に桃の木ばかりの林が続き、香りのよい草があざやかに茂り、花びらがひらひらと舞い散っている光景。
漁師が村にたどり着くまでの道筋を、順に答えよ。
解答を見る
谷川をさかのぼる→桃の花の林→林が尽きる水源→山→小さな洞穴の入り口→(狭い穴を抜けて)開けた土地(村)
「土地平曠〜並怡然自楽」から、村はどのような所だとわかるか。「黄髪垂髫」が指す人々にもふれて説明せよ。
解答を見る
田畑や家がよく整い、人々が農作業にはげむ、豊かでのどかな村。老人(黄髪)や幼い子ども(垂髫)までが楽しそうに暮らしており、村全体が平和であることがわかる。
「鶏犬相聞」は、ある思想書の一節をふまえた表現とされる。その書名と、そこで理想とされた社会の姿を答えよ。
解答を見る
『老子』。国が小さく民が少ない(小国寡民の)村で、人々が素朴に満ち足りて暮らす社会。
続き(後半)
村人は突然現れた漁師に驚き、家に招いてもてなします。村人たちの先祖の話、そして漁師が村を出たあとのできごとは後半で読めます。