『老子(ろうし)』のうち、「無為之治」(第三章)・「無用之用」(第十一章)・「天下水より柔弱なるは莫し」(第七十八章)の三つの章の書き下し文・現代語訳・語句・句法を解説します。「大道廃れて、仁義有り」と「小国寡民」は「老子①」で解説しています。
書き下し文・現代語訳・解説
一 無為之治(第三章)
白文不尚賢、使民不争。不貴難得之貨、使民不為盗。不見可欲、使民心不乱。
書き下し賢を尚ばざれば、民をして争はざらしむ。得難きの貨を貴ばざれば、民をして盗を為さざらしむ。欲すべきを見さざれば、民の心をして乱れざらしむ。
現代語訳(為政者が)賢者を尊ばなければ、人民に争いをさせないことになる。手に入りにくい財宝を大切にしなければ、人民に盗みをさせないことになる。欲しくなるようなものを見せなければ、人民の心を乱れさせないことになる。
- 尚
- 「たふとブ」。尊ぶ。あがめる。
- 賢
- 賢者。才知のすぐれた人。賢者を取り立てなければ、その地位を目ざして人々が争うこともない。
- 難得之貨
- 手に入れにくい財宝。
- 見
- 見せる。示す。
- 可欲
- 欲しいと思わせるもの。欲望をかき立てるもの。
白文是以聖人之治、虚其心、実其腹、弱其志、強其骨。
書き下し是を以つて聖人の治は、其の心を虚しくして、其の腹を実たし、其の志を弱くして、其の骨を強くす。
現代語訳こういうわけで、聖人の政治は、人民の心を空っぽにして(余計な知恵や欲望をなくさせ)、腹をいっぱいに満たしてやり、その望みを弱くして、骨(=体)を丈夫にしてやるのである。
- 是以
- 「ここヲもつテ」。こういうわけで。「以是(これをもつて)」とは別の語なので注意。
- 聖人
- 無為自然の道を身につけた人。ここでは理想の為政者。
- 治
- 政治。
- 虚
- 「むなシクス」。空っぽにする。
- 実
- 「みたス」。満たす。
- 其
- 四つとも人民を指す。
白文常使民無知無欲、使夫智者不敢為也。為無為、則無不治。
書き下し常に民をして無知無欲ならしめ、夫の智者をして敢へて為さざらしむるなり。無為を為せば、則ち治まらざること無し。
現代語訳いつも人民を知識も欲望もない状態にさせ、あの知恵のある者たちにも、進んで事を行おうとさせないようにするのである。(このように)何もしないということを行えば、治まらないものはない。
- 無知無欲
- 余計な知識も欲望もないこと。
- 夫
- 「かノ」。あの。
- 智者
- 世間で知恵のある者とされている人。
- 不敢為
- 進んで事を行おうとしない。「不敢A」は「敢へてAせず」と読む。
- 為無為
- 「無為」(作為を加えないこと)を行う。
- 則
- 「すなはチ」。そうすれば。
二 無用之用(第十一章)
白文三十輻、共一轂。当其無、有車之用。
書き下し三十輻、一轂を共にす。其の無に当たりて、車の用有り。
現代語訳(車輪の)三十本の輻(や)は、一つの轂(こしき)を中心として集まっている。その轂の中が空になっているからこそ、車輪としてのはたらきがある。
- 輻
- 車輪の中心から外側へ放射状にのびる棒。スポーク。
- 轂
- 「こしき」。車輪の中央にあって輻が集まり、車軸を通す部分。
- 当其無
- その何もない空間があって(こそ)。
- 用
- はたらき。役割。
白文埏埴以為器。当其無、有器之用。
書き下し埴を埏ねて以つて器を為る。其の無に当たりて、器の用有り。
現代語訳粘土をこねて器を作る。その器の中が空になっているからこそ、(物を入れる)器としてのはたらきがある。
- 埏
- 「こヌ」。こねる。
- 埴
- 粘土。
- 以
- それによって。
- 為
- 「つくル」。作る。
白文鑿戸牖以為室。当其無、有室之用。
書き下し戸牖を鑿ちて以つて室を為る。其の無に当たりて、室の用有り。
現代語訳(壁に)穴をあけて戸や窓とし、部屋を作る。その部屋の中に何もない空間があるからこそ、部屋としてのはたらきがある。
- 鑿
- 「うがツ」。穴をあける。
- 戸牖
- 戸と窓。
- 室
- 部屋。
白文故有之以為利、無之以為用。
書き下し故に有の以つて利を為すは、無の以つて用を為せばなり。
現代語訳それゆえ、有形のものが利益をもたらすのは、何もない部分(無)が役目を果たしているからなのである。
- 有
- 形のあるもの。
- 無
- 形のないもの。何もない空間。
- 為利
- 役に立つ。利益をもたらす。
- 為用
- はたらきをする。役割を果たす。
三 天下水より柔弱なるは莫し(第七十八章)
白文天下莫柔弱於水。而攻堅強者、莫之能先。以其無以易之也。
書き下し天下水より柔弱なるは莫し。而れども堅強を攻むるは、之に能く先んずる莫し。其の以つて之を易ふる無きを以つてなり。
現代語訳世の中に水よりも柔らかく弱いものはない。それなのに、堅く強いものを攻めるとなると、水に勝てるものはない。それは、水の(柔らかく弱い)性質を変えられるものが何もないからである。
- 天下
- 世の中。
- 柔弱
- 柔らかく弱いこと。
- 而
- 「しかレドモ」。それなのに。逆接を表す。
- 堅強
- 堅く強いもの。
- 者
- 「は」と読む。~するのは。
- 莫之能先
- これにまさるものはない。「之」は水を指す。
- 易
- 「かフ」。変える。
- 以~也
- 「~を以つてなり」。~だからである。理由を表す。
白文故柔之勝剛、弱之勝強、天下莫不知、莫能行。
書き下し故に柔の剛に勝ち、弱の強に勝つは、天下知らざる莫きも、能く行ふこと莫し。
現代語訳だから、柔が剛に勝ち、弱が強に勝つという道理は、世の中のだれもが知っているのに、それを実行できる者はいない。
- 剛
- かたく強いもの。
- 莫不知
- 知らない者はいない。二重否定。
- 莫能行
- 実行できる者はいない。柔弱が剛強に勝つと信じて、それに徹することができないから。
白文是以聖人云、「受国之垢、是謂社稷主。受国之不祥、是謂天下王。」正言若反。
書き下し是を以つて聖人云ふ、「国の垢を受くる、是れを社稷の主と謂ふ。国の不祥を受くる、是れを天下の王と謂ふ。」と。正言は反するがごとし。
現代語訳こういうわけで聖人は言っている、「国の汚辱をわが身に引き受ける者を、国家の主と呼ぶ。国の不吉な災いをわが身に引き受ける者を、天下の王と呼ぶ。」と。本当に正しい言葉は、(一見)道理に背いているように聞こえるものである。
- 垢
- けがれ。恥辱。
- 社稷
- 国家。「社」は土地の神、「稷」は五穀の神で、それを祭るのが君主であったことから、国家の意となった。
- 不祥
- 不吉なこと。災い。
- 正言
- 真理にかなった正しい言葉。
- 若反
- 真理に反しているようだ。「若」は「ごとシ」と読む。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と、ここでの意味を答えよ。
①是を以つて
②夫の
③敢へて
④鑿ちて
⑤而れども
⑥社稷解答を見る
①ここをもって/こういうわけで
②かの/あの
③あえて/進んで
④うがちて/穴をあけて
⑤しかれども/それなのに
⑥しゃしょく/国家
B 書き下し文・現代語訳
「不尚賢、使民不争」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:賢を尚ばざれば、民をして争はざらしむ。
現代語訳:(為政者が)賢者を尊ばなければ、人民に争いをさせないことになる。「使夫智者不敢為也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:夫の智者をして敢へて為さざらしむるなり。
現代語訳:あの知恵のある者たちにも、進んで事を行おうとさせないようにするのである。「為無為、則無不治」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:無為を為せば、則ち治まらざること無し。
現代語訳:何もしないということを行えば、治まらないものはない(必ず治まる)。「故有之以為利、無之以為用」を書き下し文にし、「有」「無」の意味を明らかにして現代語訳せよ。
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書き下し文:故に有の以つて利を為すは、無の以つて用を為せばなり。
現代語訳:それゆえ、有形のものが利益をもたらすのは、空っぽの部分(無)が役目を果たしているからである。「天下莫柔弱於水」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:天下水より柔弱なるは莫し。
現代語訳:世の中に水よりも柔らかく弱いものはない。「天下莫不知、莫能行」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:天下知らざる莫きも、能く行ふこと莫し。
現代語訳:世の中に知らない者はいないのに、それを実行できる者はいない。
C 内容の読み取り
「虚其心、実其腹、弱其志、強其骨」とは、聖人が人民をどのようにすることか。説明せよ。
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人民の心から余計な知恵や欲望を取り去って腹を満たしてやり、望みを強く持たせずに、体を丈夫にしてやること。
三つの「当其無」の「其無」は、それぞれ何を指すか。
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①轂の中の空洞(車軸を通す部分)
②器の中の空洞
③部屋の中の空間「莫之能先」を、「之」の指す内容がわかるように現代語訳せよ。また、「天下莫不知」とあるが、世の中の人は何を知っているのか。
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現代語訳:水より先に立つ(水に勝てる)ものはない。
知っていること:柔が剛に勝ち、弱が強に勝つという道理。聖人の言葉「受国之垢、是謂社稷主。受国之不祥、是謂天下王」は、君主をどのような存在だと述べているか。また、それを受けた「正言若反」の意味を答えよ。
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国の汚辱や災いをわが身に引き受ける者こそが、国家の主であり天下の王であると述べている。
「正言若反」=真に正しい言葉は、うわべでは道理に背いているように聞こえる。