『鶏鳴狗盗(けいめいくとう)』の書き下し文・現代語訳・句法・故事成語の意味を解説します。出典は、宋末元初の曾先之が編んだ中国の歴史読み物『十八史略』です。もとになった話は、司馬遷の『史記』孟嘗君列伝にあります。戦国時代、斉の孟嘗君が秦から脱出する場面です。
書き下し文・現代語訳・解説
孟嘗君という人物
白文靖郭君田嬰者、宣王之庶弟也。封於薛。
書き下し靖郭君田嬰は、宣王の庶弟なり。薛に封ぜらる。
現代語訳靖郭君田嬰は、斉の宣王の異母弟である。薛の地を領地として与えられた。
- 靖郭君田嬰
- 戦国時代の斉の宰相。姓は田、名は嬰。
- 者
- 「は」と読み、上の語を取り立てて示す。
- 宣王
- 斉の王。
- 庶弟
- 母の違う弟。異母弟。
- 封
- 「ほうズ」。領地を与えて諸侯にする。ここは「封ぜらる」と受身に読み、「領地を与えられた」。
- 薛
- 地名。今の山東省にあった。
白文有子曰文。食客数千人。名声聞於諸侯。号為孟嘗君。
書き下し子有り文と曰ふ。食客数千人。名声諸侯に聞こゆ。号して孟嘗君と為す。
現代語訳(田嬰には)子がいて、名を文といった。(文は)食客を数千人も養っており、その名声は諸国の君主にまで知られていた。孟嘗君と呼ばれた。
- 曰
- ここは「いフ」。名を~という。
- 食客
- 客分としてかかえられ、養われている人。
- 聞
- 「きこユ」。知れわたる。
- 号為~
- 「号して~と為す」。~と呼ばれた。
秦の昭王に捕らえられる
白文秦昭王聞其賢、乃先納質於斉、以求見。
書き下し秦の昭王其の賢なるを聞き、乃ち先づ質を斉に納れて、以つて見えんことを求む。
現代語訳秦の昭王は、孟嘗君が賢明だとうわさに聞き、それならばと、まず自分の側から斉へ人質を送り、会見を申し入れた。
- 其
- 孟嘗君を指す。
- 賢
- すぐれていること。
- 乃
- 「すなはチ」。そこで。
- 質
- 「ち」。人質。
- 納
- 「いル」。送り入れる。
- 以
- そうして。人質を送ったうえで、の意。
- 見
- 「まみユ」。お目にかかる。会見する。
白文至則止、囚欲殺之。
書き下し至れば則ち止め、囚へて之を殺さんと欲す。
現代語訳(孟嘗君が)秦に着くと、(昭王は)すぐさまその身を引きとどめ、とらえて殺そうとした。
- 至
- 孟嘗君が秦に着くこと。主語は孟嘗君。
- 止
- 引きとめる。主語は昭王。
- 則
- 「すなはチ」。~すると。
- 之
- 孟嘗君を指す。
- 欲
- 「ほつス」。~しようとする。
白文孟嘗君使人抵昭王幸姫求解。
書き下し孟嘗君人をして昭王の幸姫に抵りて解かんことを求めしむ。
現代語訳孟嘗君は人をやって、昭王が寵愛している女性のところへ行かせ、自分が解放されるよう(王に口ぞえを)頼ませた。
- 使人~
- 「人をして~しむ」。人に~させる。使役。「使」は「求めしむ」まで(抵と求の両方)にかかる。
- 抵
- 「いたル」。行く。
- 幸姫
- 王のお気に入りの女性。
- 解
- 拘束を解くこと。釈放。
白文姫曰、「願得君狐白裘。」
書き下し姫曰はく、「願はくは君の狐白裘を得ん。」と。
現代語訳その女性は、「どうかあなたの狐白裘をいただきたいものです。」と言った。
- 姫
- 「幸姫」のこと。
- 君
- あなた。孟嘗君を指す。
- 狐白裘
- 狐の脇の下の白い毛を集めて作った皮衣。たいへん貴重なもの。
- 得
- 手に入れる。いただく。
狐白裘を盗み出す
白文蓋孟嘗君嘗以献昭王、無他裘矣。
書き下し蓋し孟嘗君嘗て以つて昭王に献じ、他の裘無し。
現代語訳ところが、孟嘗君は(その狐白裘を)すでに昭王に献上してしまっていて、ほかに皮衣はなかった。
- 蓋
- 「けだシ」。ふつうは「思うに」の意だが、ここは「ところが」「実のところ」。
- 嘗
- 「かつテ」。以前に。
- 以
- 狐白裘を指す。「それを」。
- 献
- 身分の高い人に差し上げる。
- 矣
- 置き字。断定の意を強める。
白文客有能為狗盗者。
書き下し客に能く狗盗を為す者有り。
現代語訳食客の中に、犬のように忍び込んで盗みをするのが上手な者がいた。
- 客
- ここは食客のこと。
- 能
- 「よク」。~できる。上手に~する。
- 狗盗
- 犬のまねをして忍び込み、物を盗むこと。こそどろ。「狗」は犬。
白文入秦蔵中、取裘以献姫。
書き下し秦の蔵中に入り、裘を取りて以つて姫に献ず。
現代語訳(その者が)秦の宝物蔵に忍び込んで、狐白裘を盗み出し、それを(孟嘗君は)昭王のお気に入りの女性に贈った。
- 蔵中
- 宝物をしまっておく蔵の中。
- 取裘
- 狐白裘を盗み出す。昭王に献上されて秦の蔵にあったもの。
- 以
- そうして。
白文姫為言得釈。
書き下し姫為に言ひて釈さるるを得たり。
現代語訳女性が孟嘗君のために(昭王へ)とりなしてくれたので、孟嘗君は解き放たれた。
- 為
- 「ためニ」。孟嘗君のために。
- 言
- 昭王に、孟嘗君を釈放するように言う。
- 釈
- 「ゆるサル」。釈放される。主語は孟嘗君なので受身に読む。前の「解」とほぼ同じ意味。
- 得
- ~することができる。
函谷関を抜け出す
白文即馳去、変姓名、夜半至函谷関。
書き下し即ち馳せ去り、姓名を変じて、夜半函谷関に至る。
現代語訳(孟嘗君は)すぐに馬を走らせて逃げ去り、名前を変えて、真夜中に函谷関に着いた。
- 即
- 「すなはチ」。すぐに。ただちに。
- 馳
- 馬を速く走らせる。
- 変姓名
- 名前を変える。身分が知られて足止めされないようにするため。
- 夜半
- 真夜中。
- 函谷関
- 秦の東の守りとなる関所。ここを抜ければ秦の外に出られる。
白文関法、鶏鳴方出客。
書き下し関の法、鶏鳴きて方に客を出だす。
現代語訳関所の決まりでは、朝になって鶏が鳴いたときに、はじめて旅人を通すことになっていた。
- 法
- 決まり。規則。
- 方
- 「まさニ」。そのときはじめて。
- 客
- ここは旅人のこと。食客の「客」とは意味が違う。
- 出
- 関所から出す。通行させる。
白文恐秦王後悔追之。
書き下し秦王の後に悔いて之を追はんことを恐る。
現代語訳(孟嘗君は)秦王があとになって(釈放したことを)悔やみ、自分を追ってくるのではないかと心配した。
- 恐
- 心配する。主語は孟嘗君。
- 後悔
- あとで悔やむ。孟嘗君を釈放したことを悔やむ。
- 之
- 孟嘗君を指す。
白文客有能為鶏鳴者。鶏尽鳴。遂発伝。
書き下し客に能く鶏鳴を為す者有り。鶏尽く鳴く。遂に伝を発す。
現代語訳食客の中に、鶏の鳴きまねが上手な者がいた。(その者が鳴きまねをすると、あたりの)鶏がみな鳴き出した。そこで(関所では、夜が明けたものとして)旅人を出発させた。
- 為鶏鳴
- 鶏の鳴きまねをする。
- 尽
- 「ことごとク」。すべて。みな。
- 遂
- 「つひニ」。そのまま。そうして。
- 伝
- 関所を通る旅人の車馬や通行証のこと。
- 発伝
- 関所を開いて旅人を出発させる。
白文出食頃、追者果至、而不及。
書き下し出でて食頃にして、追ふ者果たして至るも、及ばず。
現代語訳(関所を)出てまもなく、追っ手が思ったとおりやって来たが、(孟嘗君の一行に)追いつけなかった。
- 食頃
- 食事をするほどの、ごくわずかな時間。
- 追者
- 秦王が差し向けた追っ手。
- 果
- 「はたシテ」。予想どおり。やはり。
- 而
- 置き字。ここは逆接(~が)。
- 不及
- 間に合わない。追っ手は、関所を出た孟嘗君たちをとらえられなかった。
秦への報復
白文孟嘗君帰怨秦、与韓・魏伐之、入函谷関。
書き下し孟嘗君帰りて秦を怨み、韓・魏と之を伐ち、函谷関に入る。
現代語訳斉に戻った孟嘗君は、秦への恨みを忘れず、韓・魏と連合して秦を攻め、函谷関まで攻め込んだ。
- 怨
- うらむ。
- 与
- 「と」。~と(いっしょに)。
- 之
- 秦を指す。
- 伐
- 攻める。
白文秦割城以和。
書き下し秦城を割きて以つて和す。
現代語訳秦は、城壁で囲まれた町(領地)を差し出して和睦した。
- 城
- 城壁で囲まれた町。ここでは領地のこと。
- 割
- 領地を分けて差し出す。
- 和
- 和睦する。仲直りする。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①先
②蓋
③嘗
④方
⑤果解答を見る
①まず
②けだし
③かつて
④まさに
⑤はたして本文の「乃」「則」「即」は、どれも「すなわち」と読む。それぞれ本文中ではどのような意味か。
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乃=そこで 則=~すると 即=すぐに(ただちに)
B 書き下し文・現代語訳
「孟嘗君使人抵昭王幸姫求解」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:孟嘗君人をして昭王の幸姫に抵りて解かんことを求めしむ。
現代語訳:孟嘗君は人をやって昭王が寵愛する女性のところへ行かせ、自分が解放されるよう頼ませた。「願得君狐白裘」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:願はくは君の狐白裘を得ん。
現代語訳:どうかあなたの狐白裘をいただきたい。「恐秦王後悔追之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。訳では「之」が誰なのかを補うこと。
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書き下し文:秦王の後に悔いて之を追はんことを恐る。
現代語訳:秦王があとで(釈放したことを)悔やんで、孟嘗君を追ってくるのではないかと心配した。
C 内容の読み取り
秦の昭王が、まず人質を斉に送ったのはなぜか。
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孟嘗君を害するつもりはないと示して安心させ、秦に来させるため。
「姫為言得釈」を、誰が誰に何を言ったのかがわかるように言葉を補って現代語訳せよ。
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幸姫が孟嘗君のために、昭王へ(孟嘗君を許すよう)とりなしてくれたので、孟嘗君は解き放たれた。
「関法」とはどのような決まりか。また、鶏の鳴きまねの上手な食客は、この決まりをどのように利用したか。
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朝、鶏が鳴いてはじめて旅人を関所から出すという決まり。
夜中に鶏の鳴きまねをしてあたりの鶏をいっせいに鳴かせ、夜が明けたと思わせて関所の門を開けさせた。「鶏鳴方出客」と「客有能為鶏鳴者」の「客」は、それぞれどのような意味か。
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鶏鳴方出客=旅人
客有能為鶏鳴者=(孟嘗君の)食客「而不及」とは、誰が何に追いつけなかったということか。
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秦王の差し向けた追っ手が、函谷関を出たあとの孟嘗君たちに間に合わなかったということ。
この話から生まれた故事成語「鶏鳴狗盗」は、どのような意味で使われるか。
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つまらない技能しか持たない人のたとえ。(つまらない技能でも、場合によっては役に立つことのたとえ。)