司馬遷『史記』廉頗藺相如列伝のうち、「完璧帰趙」の結末の書き下し文・現代語訳・解説です。
璧はすでに趙に帰りました。五日後、約束の儀式を整えた秦王の前に、相如はたった一人で現れます。相如は何を語り、秦王はどう答えたのでしょうか。
前の場面は完璧帰趙③です。この後の廉頗との話は廉頗と藺相如①に続きます。
書き下し文・現代語訳・解説
白文秦王斎五日後、乃設九賓礼於廷、引趙使者藺相如。
書き下し秦王斎すること五日の後、乃ち九賓の礼を廷に設けて、趙の使者藺相如を引く。
現代語訳秦王は五日間斎戒した後、宮廷に九賓の礼を整えて、趙の使者の藺相如を招き入れた。
- 九賓の礼
- 賓客を迎える最も丁重な儀式。
白文相如至、謂秦王曰、「秦自繆公以来二十余君、未嘗有堅明約束者也。
書き下し相如至り、秦王に謂ひて曰はく、「秦は繆公より以来、二十余君、未だ嘗て約束を堅明にせし者有らざるなり。
現代語訳相如はやって来て、秦王に向かって言った、「秦は繆公以来、二十人あまりの君主がおられましたが、これまで約束をしっかり守った方はおられません。
- 繆公
- 秦の昔の君主。
- 堅明にす
- しっかり守る。はっきりと守る。
- 未ダ嘗テA(セ)ズ
- これまでAしたことがない。
白文臣誠恐見欺於王而負趙、故令人持璧帰、間至趙矣。
書き下し臣誠に王に欺かれて趙に負かんことを恐る。故に人をして璧を持ちて帰り、間かに趙に至らしむ。
現代語訳私は、王にだまされて趙王のご信頼を裏切ることになるのを、まことに恐れました。それで部下に璧を持たせて帰し、人目を忍んで趙に着かせたのです。
- 欺かる於王
- 「王に欺かる」。「於」は動作の相手を示す。
- 間かに
- こっそり。
白文且秦彊而趙弱、大王遣一介之使至趙、趙立奉璧来。
書き下し且つ秦は彊くして趙は弱し。大王一介の使ひを遣はして趙に至らしめば、趙立ちどころに璧を奉じて来たらん。
現代語訳それに、秦は強大で趙は弱小です。大王が使者を一人趙へお遣わしになれば、趙はただちに璧をささげて参上するはずです。
- 一介の使ひ
- ただ一人の使者。
白文今以秦之彊而先割十五都予趙、趙豈敢留璧而得罪於大王乎。
書き下し今、秦の彊きを以て、先づ十五都を割きて趙に予へば、趙豈に敢へて璧を留めて、罪を大王に得んや。
現代語訳今、強大な秦が、先に十五の都市を割いて趙に与えられるなら、趙がどうして璧を手元に置いて、大王に罪を得るようなことをするでしょうか、いや、いたしません。
- 豈に敢へてA(せ)んや
- どうして思い切ってAするだろうか、いやしない。(反語)
- 罪を得
- 罪にあたる。とがめを受ける。
白文臣知欺大王之罪当誅、臣請就湯鑊。唯大王与群臣孰計議之。」
書き下し臣、大王を欺くの罪誅に当たるを知る。臣請ふ湯鑊に就かん。唯だ大王群臣と孰計して之を議せよ。」と。
現代語訳私は、大王をだました罪が死刑に当たることを承知しております。どうか私を釜ゆでの刑にしてください。ただ、大王は家臣たちとよくお考えになって、このことをご相談ください。」と。
- 誅
- 罪人を殺すこと。死刑。
- 湯鑊
- 煮えたぎる湯で罪人をゆでる刑具。釜ゆで。
- 請ふ
- どうか~させてください。
- 孰計
- よく考える。
- 唯だ
- どうか~してほしい。(願望)
白文秦王与群臣相視而嘻。左右或欲引相如去。
書き下し秦王群臣と相視て嘻る。左右或いは相如を引きて去らんと欲す。
現代語訳秦王は家臣たちと顔を見合わせて、あきれ、怒りの声をあげた。側近の中には、相如を引っ立てて行こうとする者もいた。
- 相視る
- 互いに顔を見合わせる。
- 嘻る
- あきれて声を出す。怒り驚く声。
- 或るいは
- ある者は。
- 去る
- その場から連れ去る。
白文秦王因曰、「今殺相如、終不能得璧也、而絶秦趙之驩。不如因而厚遇之、使帰趙。趙王豈以一璧之故欺秦邪。」
書き下し秦王因りて曰はく、「今、相如を殺すとも、終に璧を得ること能はずして、而も秦趙の驩を絶たん。因りて厚く之を遇して、趙に帰らしむるに如かず。趙王豈に一璧の故を以て秦を欺かんや。」と。
現代語訳秦王はそこで言った、「今、相如を殺しても、結局璧は手に入らず、そのうえ秦と趙のよしみを断ってしまうだろう。この機会に手厚くもてなして、趙に帰らせるのが一番だ。趙王が、たかが一つの璧のために、秦をだますようなことをするだろうか、いやしない。」と。
- 驩
- よしみ。友好。
- 不如A
- Aするのが一番だ。Aにこしたことはない。
- 豈に~んや
- どうして~か、いや~ない。(反語)
白文卒廷見相如、畢礼而帰之。
書き下し卒に相如を廷見し、礼を畢へて之を帰す。
現代語訳結局、相如を宮廷で引見し、礼儀を尽くして(趙へ)帰した。
- 廷見す
- 宮廷で正式に会う。
- 畢ふ
- 終える。尽くす。
白文相如既帰、趙王以為賢大夫使不辱於諸侯、拝相如為上大夫。
書き下し相如既に帰る。趙王、賢大夫の使ひして諸侯に辱められずと以為ひ、相如を拝して上大夫と為す。
現代語訳相如が趙に帰り着くと、趙王は、相如を賢い大夫であり、使者として諸侯の前で恥をかかなかったとして、上大夫の位を授けた。
- 辱めらる
- はずかしめを受ける。
- 拝す
- 官職を授ける。
- 上大夫
- 高い官位。
白文秦亦不以城予趙、趙亦終不予秦璧。
書き下し秦も亦た城を以て趙に予へず、趙も亦た終に秦に璧を予へず。
現代語訳秦も城を趙に与えず、趙もまた最後まで秦に璧を渡さなかった。
テストで問われるポイント
- 相如は、すでに従者に璧を持たせて趙へ帰らせたことを、秦王に打ち明けた。
- 「秦自繆公以来二十余君、未嘗有堅明約束者也」=秦の君主は代々、約束を堅く守った者がいない。
- 「豈敢留璧而得罪於大王乎」=反語。どうして璧を留めて罪を得るだろうか、いやしない。
- 「臣請就湯鑊」=私を釜ゆでの刑にしてください。(罪を一身に引き受ける覚悟)
- 秦王が相如を許した理由=殺しても璧は手に入らず、秦と趙のよしみも絶たれるから。
- 「不如因而厚遇之、使帰趙」=手厚くもてなして趙に帰らせるのが一番よい。
- 結末=相如は上大夫となる。秦は城を与えず、趙も璧を渡さなかった。
- 故事成語=「完璧」「怒髪冠を衝く(怒髪衝冠)」。
テスト予想問題
A 語句・読み
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
「九賓」「繆公」「湯鑊」「廷見」解答を見る
きゅうひん・ぼくこう・とうかく・ていけん
「湯鑊」とはどのようなものか。また、それに「就く」と申し出た相如の意図を、簡単に説明せよ。
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湯鑊=煮えたぎる湯で罪人をゆでる刑具(釜ゆでの刑)。意図=自分の罪は死刑に当たると認め、責任を自分一人で引き受ける覚悟を示すこと。
B 書き下し文・現代語訳
「秦自繆公以来二十余君、未嘗有堅明約束者也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:秦は繆公より以来、二十余君、未だ嘗て約束を堅明にせし者有らざるなり
現代語訳:秦は繆公以来、二十人あまりの君主がいるが、これまで約束を堅く守った者はいない。「趙豈敢留璧而得罪於大王乎」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:趙豈に敢へて璧を留めて、罪を大王に得んや
現代語訳:趙がどうして、思い切って璧を手元に置いて、大王に罪を得るようなことをするでしょうか、いやしません。「不如因而厚遇之、使帰趙」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:因りて厚く之を遇して、趙に帰らしむるに如かず
現代語訳:この機会に手厚くもてなして、趙に帰らせるのが一番よい。
C 内容の読み取り
相如が、璧をすでに趙に帰したと秦王に打ち明けたのは、なぜか。相如の言葉に即して説明せよ。
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秦は代々約束を守った君主がいないので、王にだまされて趙を裏切ることになるのを恐れたから。
秦王は、なぜ相如を殺さずに、手厚くもてなして趙へ帰したのか。
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相如を殺しても璧は手に入らず、そのうえ秦と趙のよしみを絶つことになるから。
この話の結末はどうなったか。秦と趙のそれぞれについて答えよ。
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秦は約束の城を趙に与えず、趙も最後まで秦に璧を渡さなかった。相如は賢い大夫として上大夫に任じられた。
司馬遷は、相如の勇気について、どのように述べているか。
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死ぬこと自体は難しくないが、死を前にしてどう対処するかが難しい。相如は死を覚悟した場面で気力をふりしぼり、秦に威信を示したと評価している。
「無曲学以阿世」から生まれた四字熟語と、その意味を答えよ。
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曲学阿世。真理に背いて、世間の人々にこびへつらうこと。
「完璧」「怒髪冠を衝く」は、この話のどの場面から生まれた言葉か。それぞれ答えよ。
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「完璧」=相如が「璧を完うして趙に帰らん」と言い、実際に璧を無傷で趙に持ち帰った場面。
「怒髪冠を衝く」=相如が秦王に城を渡す気がないと知り、怒りで髪が逆立って冠を突き上げた場面。