李景亮『人虎伝(じんこでん)』②「道に虎有り」の書き下し文・現代語訳・解説です。中島敦「山月記」の原典となった唐代の伝奇小説で、本文は『唐人説薈』によります。
①では、才能を鼻にかけて下級役人の地位に満足できなかった李徴が、旅の帰りに発狂して行方不明になりました。
書き下し文・現代語訳・解説
道に虎が出る
白文至明年、陳郡袁傪以監察御史、奉詔使嶺南。
書き下し明年に至り、陳郡の袁傪監察御史を以て、詔を奉じて嶺南に使ひす。
現代語訳翌年になって、陳郡出身の袁傪が、監察御史として、天子の命令を受けて嶺南へ使者として出かけた。
- 明年
- 翌年。李徴が行方不明になった次の年。
- 陳郡
- 地名。今の河南省のあたりにあった郡。
- 監察御史
- 役人の不正を取り締まる高官。
- 奉詔
- 天子の命令を受ける。
- 使
- 「つかヒス」。使者として行く。
- 嶺南
- 地名。南嶺山脈より南の地方。
白文乗伝至商於界、晨将去。
書き下し伝に乗りて商於の界に至り、晨に将に去らんとす。
現代語訳宿場ごとの馬車に乗って商於の地の境まで来て、早朝に出発しようとした。
- 伝
- 宿場ごとに用意された、役人が使う馬車。
- 商於
- 地名。今の陝西省から河南省にかけての地。
- 晨
- 「あした」。早朝。
- 将
- 「まさニ~(ント)ス」と読む再読文字。~しようとする。
白文其駅吏白曰、「道有虎、暴而食人。
書き下し其の駅吏白して曰はく、「道に虎有り、暴にして人を食らふ。
現代語訳宿場の役人が申し上げて言うには、「この先の道には虎がいて、凶暴で人を食います。
- 駅吏
- 宿場の役人。
- 白
- 「まうス」。申し上げる。
- 暴
- 荒々しい。凶暴である。
白文故途於此者、非昼莫敢進。
書き下し故に此に途する者は、昼に非ざれば敢へて進むもの莫し。
現代語訳ですから、ここを通る者は、昼間でなければ、進んで行こうとする者はおりません。
- 途
- 「みちス」。道を行く。通る。
- 非昼
- 昼でなければ。
- 莫敢進
- 「敢へて進むもの莫し」。進んで行こうとする者はいない。
白文今尚早。願且駐車。決不可前。」
書き下し今は尚ほ早し。願はくは且く車を駐めよ。決して前むべからず。」と。
現代語訳今はまだ早うございます。どうか、しばらく車をお止めください。決して出発なさってはいけません。」と。
- 尚
- 「なホ」。まだ。
- 願
- 「ねがハクハ」。どうか~してください。
- 且
- ここは「しばらク」と読む。しばらく。
- 駐
- 「とどム」。止める。
- 前
- 「すすム」。前に進む。出発する。
- 不可A
- 「Aすべからず」。ここは禁止で、Aしてはいけない。
白文傪遂命駕而行。
書き下し傪遂に駕を命じて行く。
現代語訳(しかし)袁傪はそのまま車の用意を命じて出発した。
- 遂
- 「つひニ」。そのまま。
- 駕
- 乗り物。ここは馬車。
- 而
- 置き字。
虎の声は李徴に似ていた
白文去未尽一里、果有虎、自草中突而出。
書き下し去りて未だ一里を尽くさざるに、果たして虎有り、草中より突りて出づ。
現代語訳出発してまだ一里も行かないうちに、はたして虎が現れ、草むらの中から躍り出てきた。
- 未尽一里
- まだ一里も進まない。
- 果
- 「はたシテ」。思ったとおり。駅吏の言ったとおり。
- 突
- 「をどル」。勢いよく飛び出す。
白文傪驚甚。
書き下し傪驚くこと甚だし。
現代語訳袁傪はたいへん驚いた。
白文俄而虎匿身草中、人声而言曰、「異乎哉。幾傷我故人也。」
書き下し俄かにして虎身を草中に匿し、人声もて言ひて曰はく、「異なるかな。幾ど我が故人を傷つけんとするなり。」と。
現代語訳(ところが)虎はすぐに身を草むらの中に隠し、人間の声で言った、「不思議なことだ。あやうく私の旧友を傷つけるところだった。」と。
- 俄而
- 「にはカニシテ」。急に。まもなく。
- 匿
- 「かくス」。隠す。
- 人声
- 人間の声。
- 異乎哉
- 「異なるかな」。なんと不思議なことか。
- 幾
- 「ほとんド」。あやうく。もう少しで。
- 故人
- 旧友。昔なじみの友人。ここは虎(李徴)から見た旧友で、袁傪のこと。
- ○虎が草むらに身を隠したのは、襲いかかった相手が旧友だとわかったから。
白文傪聆其音、似李徴者。
書き下し傪其の音を聆くに、李徴なる者に似たり。
現代語訳袁傪がその声をよく聴くと、李徴に似ていた。
- 聆
- 「きク」。耳をすまして聴く。
- 音
- 「こゑ」。声。
白文傪昔与徴同登進士第、分極深。
書き下し傪昔徴と同じく進士の第に登り、分極めて深し。
現代語訳袁傪は以前、李徴と同じ年に進士に合格し、たいへん親しいつきあいをしていた。
- 同登進士第
- 同じ年に進士に合格する。
- 分
- 交わり。つきあい。
白文別有年矣。
書き下し別れて年有り。
現代語訳(しかし)別れてから何年もたっていた。
- 有年
- 何年もたつ。
- 矣
- 置き字。
白文忽聞其語、既驚且異、莫測焉。
書き下し忽ち其の語を聞きて、既に驚き且つ異しみて、測る莫し。
現代語訳思いがけずその声を耳にしたので、驚きもし、不思議にも思って、どういうことなのか見当もつかなかった。
- 既A且B
- 「既にAし且つBす」。Aでもあり、その上Bでもある。
- 異
- 「あやシム」。不思議に思う。
- 莫測
- 推し量ることができない。
- 焉
- 置き字。
白文遂問曰、「子為誰。豈非故人隴西子乎。」
書き下し遂に問ひて曰はく、「子は誰と為す。豈に故人の隴西子に非ずや。」と。
現代語訳そこで問いかけた、「あなたは誰か。わが旧友の隴西の君ではないのか。」と。
- 子
- あなた。
- 為誰
- 「誰と為す」。誰であるか。
- 隴西子
- 隴西出身の人。ここは李徴を指す。
- 故人
- ここは袁傪から見た旧友で、李徴のこと。
白文虎呼吟数声、若嗟泣状。
書き下し虎呼吟すること数声、嗟泣する状のごとし。
現代語訳虎は何度かうなり声をあげたが、それはまるですすり泣いているようであった。
- 呼吟
- うなる。うめく。
- 数声
- 何度か声をあげる。
- 嗟泣
- すすり泣く。
- 若
- 「ごとシ」。~のようだ。
白文已而謂傪曰、「我李徴也。」
書き下し已にして傪に謂ひて曰はく、「我は李徴なり。」と。
現代語訳やがて(虎は)袁傪に向かって言った、「私は李徴だ。」と。
- 已而
- 「すでニシテ」。やがて。まもなく。
再会のあいさつ
白文傪乃下馬曰、「君何由至此。」
書き下し傪乃ち馬より下りて曰はく、「君何に由りてか此に至れる。」と。
現代語訳袁傪はそこで馬から下りて言った、「君はどういうわけでこんなことになったのか。」と。
- 乃
- 「すなはチ」。そこで。
- 何由
- 「何に由りてか」。どういうわけで。(疑問)
- 至此
- このような状態になる。
白文虎曰、「我自与足下別、音容曠阻且久矣。幸喜得無恙乎。宦途不致淹留乎。今又何適。」
書き下し虎曰はく、「我足下と別れてより、音容曠阻し且つ久し。幸喜ひに恙無きを得たるか。宦途淹留を致さざるか。今又何くにか適く。」と。
現代語訳虎は言った、「私があなたと別れてから、遠く離れて声も聞かず姿も見ないまま、ずいぶん時がたった。幸いに無事でおられたか。役人としての出世は滞りなく進んだか。今はまたどこへ行くのか。」と。
- 足下
- あなた。相手への敬称。
- 音容曠阻
- 遠く離れていて会えないこと。「音容」は声と姿。
- 無恙
- 無事である。
- 宦途
- 役人として出世していく道。
- 淹留
- とどこおる。
- 何適
- 「何くにか適く」。どこへ行くのか。(疑問)
白文傪曰、「近者幸得備御史之列。今奉使嶺南。」
書き下し傪曰はく、「近者幸ひに御史の列に備へらるるを得たり。今使ひを嶺南に奉ず。」と。
現代語訳袁傪は言った、「近ごろ幸いにも御史の仲間入りをすることができた。今は命令を受けて、嶺南へ使者として行くところだ。」と。
- 近者
- 「ちかごろ」。最近。
- 備御史之列
- 御史の一員に加えられる。
白文虎曰、「吾子以文学立身、位登朝序。可謂盛矣。心喜故人居此地。甚可賀。」
書き下し虎曰はく、「吾子文学を以て身を立て、位朝序に登る。盛んなりと謂ふべし。心に故人の此の地に居るを喜ぶ。甚だ賀すべし。」と。
現代語訳虎は言った、「君は学問によって身を立て、朝廷の高官にまでなった。まことに立派なことだ。旧友がこのような地位にいることを心からうれしく思う。たいへんめでたい。」と。
- 吾子
- 「ごし」。君。親しみをこめた呼び方。
- 文学
- 学問。
- 朝序
- 朝廷の高官。
- 此地
- この地位。監察御史という高い位を指す。
- 可賀
- 祝うべきだ。めでたい。
なぜ姿を見せないのか
白文傪曰、「往者吾与執事同年成名。交契深密、異於常友。
書き下し傪曰はく、「往者に吾と執事と年を同じくして名を成す。交契の深密なること、常友に異なり。
現代語訳袁傪は言った、「以前、私とあなたとは同じ年に進士に合格して名をあげた。その親しく深い交わりは、普通の友人とは違っていた。
- 往者
- 「さきニ」。以前。
- 執事
- あなた。相手への敬称。
- 同年成名
- 同じ年に(進士に合格して)名をあげる。
- 交契
- 交際。
- 常友
- 普通の友人。
白文自声容間阻、去日如流。想望風儀、心目倶断。
書き下し声容間阻してより、去日流るるがごとし。風儀を想望して、心目倶に断ゆ。
現代語訳遠く離れて会えなくなってから、月日は流れるように過ぎた。君の立派な姿を遠く思いやっても、心にも目にも浮かばなくなっていた。
- 声容間阻
- 遠く離れていて会えないこと。「声容」は声と姿。
- 去日如流
- 過ぎ去った日々は、流れるように早い。
- 想望
- 遠く思いやる。
- 風儀
- 立派な姿。
白文不意、今日獲君念旧之言。
書き下し意はざりき、今日君が旧を念ふの言を獲んとは。
現代語訳思いもしなかった、今日、昔をなつかしむ君の言葉を聞けようとは。
- 不意
- 「意はざりき」。思いもしなかった。
- 念旧
- 昔のことをなつかしく思う。
白文雖然執事何為不見我、而自匿于草木中。故人之分、豈当如是耶。」
書き下し然りと雖も執事何為れぞ我を見ずして、自ら草木の中に匿るる。故人の分、豈に当に是くのごとくなるべけんや。」と。
現代語訳それなのに、あなたはどうして私に顔を見せずに、自分から草木の中に隠れているのか。旧友のつきあいが、このようであってよいだろうか、いや、よいはずがない。」と。
- 雖然
- 「然りと雖も」。そうではあるが。
- 何為
- 「何為れぞ」。どうして。(疑問)
- 匿
- ここは「かくル」。隠れる。
- 于
- 置き字。
- 故人之分
- 旧友としてのつきあい。
白文虎曰、「我今不為人矣。安得見君乎。」
書き下し虎曰はく、「我今人為らず。安くんぞ君に見ゆるを得んや。」と。
現代語訳虎は言った、「私は今、人間ではないのだ。どうして君に会うことができようか、いや、できはしない。」と。
- 不為人
- 人ではない。
- 見
- 「まみゆ」。お目にかかる。会う。
- 矣
- 置き字。
白文傪曰、「願詳其事。」
書き下し傪曰はく、「願はくは其の事を詳らかにせん。」と。
現代語訳袁傪は言った、「どうか、そのわけを詳しく聞かせてほしい。」と。
- 願A
- 「願はくはAせん」。どうかAしたい。Aさせてほしい。
- 詳
- 「つまびラカニス」。詳しく知る。
- 其事
- 李徴が人間でなくなった(虎になった)いきさつ。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①晨
②白
③果
④幾
⑤近者解答を見る
①あした/早朝
②もうして/申し上げて
③はたして/思ったとおり
④ほとんど/あやうく・もう少しで
⑤ちかごろ/最近次の語の意味を答えよ。
①故人
②足下
③無恙
④嗟泣解答を見る
①旧友
②あなた(相手への敬称)
③無事である
④すすり泣く
B 書き下し文・現代語訳
「故途於此者、非昼莫敢進」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:故に此に途する者は、昼に非ざれば敢へて進むもの莫し。
現代語訳:だから、ここを通る者は、昼間でなければ、進んで行こうとする者はいない。「異乎哉。幾傷我故人也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:異なるかな。幾ど我が故人を傷つけんとするなり。
現代語訳:不思議なことだ。あやうく私の旧友を傷つけるところだった。「故人之分、豈当如是耶」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:故人の分、豈に当に是くのごとくなるべけんや。
現代語訳:旧友のつきあいが、このようであってよいだろうか、いや、よいはずがない。「我今不為人矣。安得見君乎」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:我今人たらず。安くんぞ君に見ゆるを得んや。
現代語訳:私は今、人間ではないのだ。どうして君に会うことができようか、いや、できはしない。
C 内容の読み取り
宿場の役人(駅吏)は、袁傪に何と忠告したか。理由とあわせて説明せよ。
解答を見る
この先の道には人を食う凶暴な虎が出て、昼でなければ誰も通らないので、まだ早いうちは車を止めて、決して出発しないように、と忠告した。
「虎匿身草中」とあるが、虎はなぜ草むらに身を隠したのか。
解答を見る
襲いかかった相手が、昔の親友(袁傪)だとわかったから。
「我故人」と「故人隴西子」の「故人」は、それぞれ誰を指すか。
解答を見る
我故人=袁傪(李徴から見た旧友)
故人隴西子=李徴(袁傪から見た旧友)「願詳其事」の「其事」とは、どのようなことか。
解答を見る
李徴が人間でなくなってしまった(虎になってしまった)いきさつ。
続き(③)
李徴は、自分が虎になったいきさつと、ついに人まで食べてしまったことを袁傪に語ります。