『老子(ろうし)』のうち、「大道廃れて、仁義有り」(第十八章)と「小国寡民」(第八十章)の二つの章の書き下し文・現代語訳・語句・句法を解説します。「無為之治」「無用之用」「天下莫柔弱於水」の三つの章は「老子②」で解説しています。
書き下し文・現代語訳・解説
一 大道廃れて、仁義有り(第十八章)
白文大道廃、有仁義。智慧出、有大偽。
書き下し大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。
現代語訳無為自然の大いなる道が行われなくなったので、仁や義(という道徳)が説かれるようになった。こざかしい知恵がはたらくようになって、大がかりないつわり(人の手による作為)が行われるようになった。
- 大道
- 老子の説く、無為自然の大いなる道。人為を加えず、すべてを自然にゆだねる生き方。
- 廃
- 「すたル」。行われなくなる。
- 仁義
- 儒家が重んじる道徳。「仁」は思いやりの心、「義」は人として踏み行うべき正しい道。
- 智慧
- 人間のこざかしい知恵。「知恵」と書く本もある。
- 大偽
- 大きないつわり。人間がこざかしく作り出した、はなはだしい作為(制度や決まりなど)。
白文六親不和、有孝慈。国家昏乱、有忠臣。
書き下し六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
現代語訳家族(親子・兄弟・夫婦)の仲が悪くなったので、孝行や慈愛が言われるようになった。国家が乱れたので、忠臣がもてはやされるようになった。
- 六親
- 父子・兄弟・夫婦。家族のこと。
- 不和
- 仲が悪いこと。
- 孝慈
- 子が親に尽くす孝行と、親が子をいつくしむ慈愛。
- 昏乱
- 乱れて秩序がなくなること。
- 忠臣
- 主君に忠義を尽くす家臣。
二 小国寡民(第八十章)
白文小国寡民、使有什伯之器而不用。
書き下し小国寡民、什伯の器有るも、用ゐざらしむ。
現代語訳国は小さく、人民は少ない(のがよい)。さまざまな道具があっても、(人民に)使わせないようにする。
- 小国寡民
- 国土が小さく、人口が少ないこと。老子が理想とした国のあり方。「寡」は「少ない」の意。
- 什伯之器
- いろいろな器具・道具。「什」は十、「伯」は百で、数の多いことを表す。「人の十倍・百倍もの才能のある者」と解する説もある。
- 使
- 使役。ここでは、為政者が人民に「使わせない」ようにする、ということ。
- 而
- 置き字。
白文使民重死而不遠徙。
書き下し民をして死を重んじて、遠く徙らざらしむ。
現代語訳人民に命を大切にさせて、遠くの土地へ移り住まないようにさせる。
- 重死
- 死を重大なことと考える。つまり、命を大切にすること。
- 徙
- 「うつル」。移り住む。
- 而
- 置き字。
白文雖有舟輿、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。
書き下し舟輿有りと雖も、之に乗る所無く、甲兵有りと雖も、之を陳ぬる所無し。
現代語訳舟や車があっても、それに乗ることはなく、よろいや武器があっても、それを並べ(て戦いに使う)ことはない。
- 舟輿
- 舟と車。乗り物。
- 甲兵
- よろいと武器。
- 陳
- 「つらヌ」。並べる。陳列する。
- 之
- 一つめは「舟輿」、二つめは「甲兵」を指す。
- 無所~
- ~することがない。「所」は場所の意味ではない。
白文使民復結縄而用之、甘其食、美其服、安其居、楽其俗。
書き下し民をして復た縄を結びて之を用ゐ、其の食を甘しとし、其の服を美とし、其の居に安んじ、其の俗を楽しましむ。
現代語訳人民に、再び(文字のなかった昔のように)縄を結んで(文字の代わりに)用いさせ、自分の土地の食べ物をうまいと感じさせ、自分たちの着物を美しいと思わせ、自分たちの住まいに落ち着かせ、自分たちの風俗習慣を楽しませる。
- 復
- 「まタ」。再び。昔にかえって。
- 結縄
- 縄に結び目を作り、文字の代わりに約束や記録のしるしとしたこと。文字のなかった太古の方法。
- 其
- 自分たちの(土地の)。四つの「其」はすべて同じ意味。
- 甘
- 「うましトス」。おいしいと思う。
- 安
- 「やすンズ」。安住する。落ち着く。
- 俗
- 風俗・習慣。
白文隣国相望、鶏犬之声相聞、民至老死、不相往来。
書き下し隣国相望み、鶏犬の声相聞こゆるも、民老死に至るまで、相往来せず。
現代語訳隣の国がすぐそこに見え、鶏や犬の鳴く声まで届くほど近くても、人民は年老いて死ぬまで、(隣の国と)行き来することがない。
- 相
- 「あひ」と読む。
- 鶏犬之声相聞
- 鶏や犬の鳴き声が聞こえるほど、隣国がすぐ近くにあることを表す。
- 老死
- 年老いて死ぬこと。
- 往来
- 行き来すること。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と、ここでの意味を答えよ。
①廃れて
②六親
③昏乱して
④寡民
⑤徙らざらしむ
⑥甲兵解答を見る
①すたれて/行われなくなって
②りくしん/家族(父子・兄弟・夫婦)
③こんらんして/乱れて
④かみん/人民が少ない
⑤うつらざらしむ/移り住まないようにさせる
⑥こうへい/よろいと武器「大偽」「孝慈」の意味をそれぞれ答えよ。
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大偽=人間のこざかしい知恵による、はなはだしい作為(大きないつわり)。
孝慈=子が親に尽くす孝行と、親が子をいつくしむ慈愛。
B 書き下し文・現代語訳
「大道廃、有仁義」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:大道廃れて、仁義有り。
現代語訳:無為自然の大いなる道が行われなくなったので、仁義(という道徳)が説かれるようになった。「使民重死而不遠徙」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:民をして死を重んじて、遠く徙らざらしむ。
現代語訳:人民に命を大切にさせて、遠くへ移り住まないようにさせる。「雖有甲兵、無所陳之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。また、「之」が指すものを本文中から抜き出せ。
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書き下し文:甲兵有りと雖も、之を陳ぬる所無し。
現代語訳:よろいや武器があっても、それを並べて(戦いに使う)ことはない。
「之」=甲兵「民至老死、不相往来」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:民老死に至るまで、相往来せず。
現代語訳:人民は年老いて死ぬまで、(隣の国と)行き来することがない。
C 内容の読み取り
「智慧出、有大偽」とはどういうことか。説明せよ。
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人間がこざかしい知恵をはたらかせるようになったために、人をごまかしたりあざむいたりする、はなはだしい作為が行われるようになったということ。
第十八章の四つの文には、どのようなものの見方が共通しているか。説明せよ。
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仁義・孝慈・忠臣のように、ふつうはよいとされるものも、大道が失われ、家族や国家が乱れた結果として説かれたり目立ったりするようになったにすぎない、という逆説的な見方。
「使有什伯之器而不用」について、①「什伯之器」の意味を答え、②誰が誰に使わせないのかを答えよ。
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①いろいろな器具・道具(文明の利器)。
②為政者が人民に使わせない。「使民復結縄而用之」とあるが、人民に縄を結んで用いさせるとは、どうすることを表しているか。説明せよ。
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文字の代わりに縄の結び目を約束や記録のしるしとしていた、文字のない太古の素朴な暮らしに人民を立ち返らせること。
「隣国相望、鶏犬之声相聞」は、隣国とどのような位置関係にあることを表しているか。また、それでも人民が隣国と「不相往来」なのはなぜか。説明せよ。
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隣国の様子が目に入り、鶏や犬の声まで届くほど、すぐ近くにあること。
人民が自分たちの衣食住や風俗に満足しており、よその国へ行く必要を感じないから。