『無恒産而有恒心(恒産無くして恒心有る)』書き下し文・現代語訳・解説|孟子・王道政治・テスト予想問題付き

目次
  1. 書き下し文・現代語訳・解説
  2. 恒産と恒心
  3. 民を網にかける
  4. 昔の明君と今の政治
  5. テスト予想問題

『無恒産而有恒心(恒産無くして恒心有る)』の書き下し文・現代語訳・句法を解説します。「恒産恒心」「無恒産無恒心」という題で学ぶこともあります。出典は『孟子』(梁恵王上)で、孟子が斉の宣王に王道政治の方法を説いた問答の一部です。

孟子は戦国時代の儒家の思想家で、孔子の「仁」の思想を受けつぎ、民を思いやる「王道政治」を説きました。この文章では、民が正しい心をもつためには、まず生活の安定が必要だと述べています。

書き下し文・現代語訳・解説

恒産と恒心

本文(訓読文)

白文孟子曰、「無恒産而有恒心者、惟士為能。

書き下し孟子曰はく、「恒産(こうさん)無くして恒心(こうしん)有る者は、惟(た)だ士のみ能(よ)くするを為す。

現代語訳孟子が言った、「安定した生業がなくても、常に変わらない正しい心をもち続けることは、ただ(学問を修めて道理をわきまえた)士だけができることです。

恒産
一定の生業。安定した収入・財産。
恒心
常に変わらない正しい心。
而
置き字。ここは「~なくても、それでいて」という逆接の気持ちを含む。
士
学問を修め、道理を身につけた人。
惟
「たダ」。ただ~だけ。文末の「のみ」と呼応する。
為能
「能くするを為す」。することができる。

白文若民、則無恒産、因無恒心。

書き下し民の若(ごと)きは、則ち恒産無ければ、因りて恒心無し。

現代語訳一般の民となると、安定した生業がなければ、そのために常に変わらない正しい心もなくなってしまいます。

若民
「民の若きは」。民などは。民となると。「若」は「民」から返って読む。
民
一般の人民。上の「士」と対比されている。
則
「すなはチ」。~の場合は。
因
「よリテ」。そのために。それが原因で。
本文(訓読文)

白文苟無恒心、放辟邪侈、無不為已。

書き下し苟(いや)しくも恒心無ければ、放辟邪侈(はうへきじやし)、為さざる無きのみ。

現代語訳もし常に変わらない正しい心がなくなれば、勝手気ままで、よこしまなことでも、しないことは何もなくなってしまいます。

苟
「いやしクモ」。もし。かりに。仮定を表す。
放辟邪侈
勝手気ままで、不正な行い。「放」は気まま、「辟」はかたよる、「邪」はよこしま、「侈」はほしいまま。
無不為
「為さざる無し」。しないことはない。何でもする。
已
「のみ」。ここでは意味を強める。

民を網にかける

本文(訓読文)

白文及陥於罪、然後従而刑之。

書き下し罪に陥(おちい)るに及びて、然(しか)る後に従ひて之を刑(けい)す。

現代語訳(こうして民が)罪を犯すようになってから、そのあとで追いかけて民を刑罰に処します。

及
~するときになって。
陥於罪
罪に陥る。罪を犯す。
於
置き字。
然後
「しかルのちニ」。そうしたあとで。
従
追いかけて。それによって。
而
置き字。
之
罪を犯した民を指す。
刑
刑罰に処する。

白文是罔民也。

書き下し是れ民を罔(あみ)するなり。

現代語訳これは、民を(法の)網にひっかけて捕らえるようなものです。

是
民が罪を犯してから、刑罰に処すること。
罔
「あみス」。網をかけて捕らえる。「罔」は「網」と同じ。

白文焉有仁人在位、罔民而可為也。

書き下し焉(いづ)くんぞ仁人(じんじん)位に在る有りて、民を罔することを而(しか)も為すべけんや。

現代語訳仁徳のある人が君主の位にありながら、民を網にかけるようなことを、どうしてしてよいでしょうか、いや、してはならないのです。

焉
「いづクンゾ」。どうして。
焉~也
「焉くんぞ~んや」。どうして~だろうか、いや~ない。反語。
仁人
仁徳を備えた人。
在位
君主の位にある。
可為
「為すべけんや」。してよいだろうか。

昔の明君と今の政治

本文(訓読文)

白文是故、明君制民之産、必使仰足以事父母、俯足以畜妻子、楽歳終身飽、凶年免於死亡、然後駆而之善。

書き下し是の故に、明君(めいくん)は民の産を制(せい)するに、必ず仰(あふ)ぎては以て父母に事(つか)ふるに足り、俯(ふ)しては以て妻子を畜(やしな)ふに足り、楽歳(らくさい)には終身飽き、凶年にも死亡を免(まぬか)れしめ、然る後駆(か)りて善に之(ゆ)かしむ。

現代語訳ですから、昔の英明な君主は、民の生業を定めるときに、必ず、上は父母に十分に仕えることができ、下は妻子を十分に養うことができるようにし、豊作の年にはいつも腹いっぱい食べられ、不作の年にも飢え死にしないようにしてやり、そのうえで民を励まして善い方へ向かわせました。

是故
「是の故に」。こういうわけで。
明君
英明な君主。
制民之産
民の生業を定める。
使
「しム」。~させる。ここでは「免れしめ」まで全体にかかる。
仰~、俯~
「仰ぎては~、俯しては~」。上は~、下は~。「仰」と「俯」が呼応している。
事
「つかフ」。仕える。父母を養う。
畜
「やしなフ」。養う。
楽歳
豊作の年。下の「凶年」と対になる。
終身
一生涯。
飽
腹いっぱい食べる。
凶年
不作の年。
免於死亡
飢え死にを免れる。
駆
追い立てるように励ます。
之
「ゆク」。行く。ここでは「之かしむ」と使役に読む。

白文故民之従之也軽。

書き下し故に民の之に従ふや軽し。

現代語訳だから、民が君主の導きに従うのはたやすいのです。

之
君主が民を善へ導くこと。
也
「や」。主語を示して強める。
軽
たやすい。
本文(訓読文)

白文今也、制民之産、仰不足以事父母、俯不足以畜妻子、楽歳終身苦、凶年不免於死亡。

書き下し今や、民の産を制するに、仰ぎては以て父母に事ふるに足らず、俯しては以て妻子を畜ふに足らず、楽歳にも終身苦しみ、凶年には死亡を免れざらしむ。

現代語訳ところが今は、民の生業を定めるのに、上は父母に十分に仕えることができず、下は妻子を十分に養うことができず、豊作の年でも一生苦しみ、不作の年には飢え死にを免れないようにしています。

今也
「今や」。今は。ここでは今の諸侯(相手の王)の政治を指す。
不足以~
「以て~に足らず」。~するのに十分ではない。

白文此惟救死而恐不贍。

書き下し此れ惟だ死を救ひて而も贍(た)らざるを恐る。

現代語訳これでは、民はただ飢え死にを逃れようとするだけで、それでも(食べ物が)足りないことを心配するばかりです。

救死
死を食い止める。飢え死にを逃れようとする。
贍
「たル」。足りる。十分にある。

白文奚暇治礼義哉。」

書き下し奚(なん)ぞ礼義を治(をさ)むるに暇(いとま)あらんや。」と。

現代語訳どうして礼義を身につける余裕などありましょうか、いや、ありはしません。」と。

奚~哉
「奚ぞ~んや」。どうして~だろうか、いや~ない。反語。
治礼義
礼義を修める。身につける。
暇
「いとま」。ゆとり。余裕。

テスト予想問題

A 語句

  1. 次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
    ①惟
    ②若(民)
    ③苟
    ④然後
    ⑤焉

    解答を見る

    ①ただ
    ②ごときは
    ③いやしくも
    ④しかるのちに
    ⑤いずくんぞ

  2. 次の語の、本文中での意味を答えよ。
    ①恒産
    ②恒心
    ③放辟邪侈
    ④楽歳

    解答を見る

    ①一定の生業(安定した収入・財産)
    ②常に変わらない正しい心
    ③勝手気ままで、不正な行い
    ④豊作の年

B 書き下し文・現代語訳

  1. 「無恒産而有恒心者、惟士為能」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

    解答を見る

    書き下し文:恒産無くして恒心有る者は、惟だ士のみ能くするを為す。
    現代語訳:安定した生業がなくても、常に変わらない正しい心をもち続けることは、ただ士だけができることだ。

  2. 「苟無恒心、放辟邪侈、無不為已」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

    解答を見る

    書き下し文:苟しくも恒心無ければ、放辟邪侈、為さざる無きのみ。
    現代語訳:もし常に変わらない正しい心がなくなれば、勝手気ままで不正なことでも、しないことは何もない。

  3. 「焉有仁人在位、罔民而可為也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

    解答を見る

    書き下し文:焉くんぞ仁人位に在る有りて、民を罔することを而も為すべけんや。
    現代語訳:仁徳のある人が君主の位にありながら、民を網にかけるようなことを、どうしてしてよいだろうか、いや、してはならない。

  4. 「奚暇治礼義哉」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

    解答を見る

    書き下し文:奚ぞ礼義を治むるに暇あらんや。
    現代語訳:どうして礼義を身につける余裕があろうか、いや、ありはしない。

C 内容の読み取り

  1. 孟子は「士」と「民」とをどのように区別しているか。「恒産」「恒心」の語を使って説明せよ。

    解答を見る

    士は、恒産がなくても恒心を保つことができる。民は、恒産がなければ、そのために恒心もなくなってしまう。

  2. 「是罔民也」の「是」が指す内容を明らかにして、どういうことか説明せよ。

    解答を見る

    「是」は、民が罪を犯してから刑罰に処すること。民の生活を安定させずに罪を犯させておいて罰するのは、網を張って民を追い込み捕らえるようなものだということ。

  3. 昔の明君は、民の生業をどのように定めたか。また、その結果、民はどうなったか。

    解答を見る

    上は父母に十分仕え、下は妻子を十分に養え、豊作の年には腹いっぱい食べられ、不作の年にも飢え死にしないように定めた。そのうえで善に導いたので、民はたやすくそれに従った。

  4. この文章で、孟子は王にどのようなことを説いているか。今の政治の問題点にもふれて説明せよ。

    解答を見る

    今の政治では、民は生きるのに精いっぱいで礼義を身につける余裕がない。民は恒産がなければ恒心をもてないので、王はまず民の生活を安定させ、そのうえで善に導くべきだと説いている。