『何必曰利(何ぞ必ずしも利と曰はん)』の書き下し文・現代語訳・句法を解説します。出典は『孟子』(梁恵王上)で、『孟子』の最初に置かれている章です。
孟子は戦国時代の儒家の思想家で、孔子の「仁」の思想を受けつぎ、「仁義」の大切さを説きました。この文章では、自分の国の利益を求める梁の恵王に対して、孟子が「利」ではなく「仁義」で国を治めるべきだと答えています。
書き下し文・現代語訳・解説
恵王の問い
白文孟子見梁恵王。
書き下し孟子梁の恵王に見ゆ。
現代語訳孟子が梁の恵王にお目にかかった。
- 見
- 「まみユ」。お目にかかる。目上の人に会うときは「まみユ」と読む。
- 梁恵王
- 戦国時代の魏の君主。都を大梁に移したので「梁」とも呼ばれる。
白文王曰、「叟、不遠千里而来。
書き下し王曰はく、「叟、千里を遠しとせずして来たる。
現代語訳王が言うには、「老先生、あなたは千里もの道のりを遠いとも思わずに、(わが国へ)来てくださった。
- 叟
- 年配の人を敬って呼ぶ語。ここでは孟子を指す。
- 不遠千里
- 「千里を遠しとせず」。千里の道のりを遠いと思わない。「千里」は実際の距離ではなく、非常に遠いことを表す。
- 而
- 置き字。
白文亦将有以利吾国乎。」
書き下し亦将に以て吾が国を利すること有らんとするか。」と。
現代語訳(ほかの遊説家たちと)同じように、先生もわが国に利益をもたらす方策をお持ちなのでしょうか。」と。
- 亦
- ここは「(他の遊説家と)同じように、先生もまた」という意味。
- 以
- 手段・方法。「以て~有り」で、~する方法がある。
- 利
- 利益をもたらす。王の言う「利」は、富国強兵のこと。
- 乎
- 「か」。疑問を表す。
孟子の答え
白文孟子対曰、「王、何必曰利。
書き下し孟子対へて曰はく、「王、何ぞ必ずしも利と曰はん。
現代語訳孟子がお答えして言った、「王よ、どうして利益のことばかりおっしゃる必要がありましょうか、いや、そんな必要はないのです。
- 対
- 「こたフ」。目上の人の問いにお答えする。
- 何必曰利
- 「何ぞ必ずしも利と曰はん」。どうして利益と言う必要があろうか、いや、ない。反語。
白文亦有仁義而已矣。
書き下し亦仁義有るのみ。
現代語訳(昔の聖王と)同じように、(王にも)仁義があればそれでよいのです。
- 亦
- ここは「(昔の聖王と)同じように」という意味。最初の恵王の「亦」とは、何と同じなのかが違う。
- 仁義
- 「仁」は人を思いやる心、「義」は人として行うべき正しい道。
- 而已矣
- 「のみ」。~だけだ。限定の意を強く表す。
白文王曰何以利吾国、大夫曰何以利吾家、士庶人曰何以利吾身、上下交征利、而国危矣。
書き下し王は何を以て吾が国を利せんと曰ひ、大夫は何を以て吾が家を利せんと曰ひ、士庶人は何を以て吾が身を利せんと曰はば、上下交利を征りて、国危ふからん。
現代語訳王が「どうすればわが国の得になるか」と言い、大夫が「どうすればわが領地の得になるか」と言い、士や庶民が「どうすればわが身の得になるか」と言うようになれば、身分の上の者も下の者もかわるがわる利益を取り合って、国は危うくなるでしょう。
- 何以
- 「何を以て」。どのようにして。手段を問う。
- 大夫
- 諸侯に仕える上級の役人。家老にあたる。
- 家
- 大夫の領地。諸侯の領地を「国」、大夫の領地を「家」という。
- 士庶人
- 「士」は下級の役人、「庶人」は一般の人民。
- 上下
- 身分の上の者と下の者。王・大夫・士庶人を指す。
- 交
- 「こもごも」。かわるがわる。互いに。
- 征
- 取る。奪う。
- 而
- 置き字。
- 矣
- 置き字。
主君を殺す家臣
白文万乗之国、弑其君者、必千乗之家。
書き下し万乗の国、其の君を弑する者は、必ず千乗の家なり。
現代語訳兵車を一万台そろえられる大国で君主を殺すのは、決まって、兵車千台分の領地を与えられている家臣です。
- 万乗之国
- 兵車(戦争に使う馬車)を一万台出せる大国。当時は兵車の数で国や領地の大きさを表した。
- 弑
- 臣下が主君を、子が親を殺すこと。
- 千乗之家
- 兵車を千台出せる領地をもつ大夫。
白文千乗之国、弑其君者、必百乗之家。
書き下し千乗の国、其の君を弑する者は、必ず百乗の家なり。
現代語訳兵車を千台そろえられる国で君主を殺すのは、決まって、兵車百台分の領地を与えられている家臣です。
- 百乗之家
- 兵車を百台出せる領地をもつ大夫。
白文万取千焉、千取百焉、不為不多矣。
書き下し万に千を取り、千に百を取るは、多からずと為さず。
現代語訳一万のうち千を、千のうち百を自分のものにしているのですから、(家臣の取り分として)決して少なくはありません。
- 万取千
- 万乗の国に仕えて、千乗の領地をもらう。
- 焉
- 置き字。
- 不為不多
- 「多からずと為さず」。多くないとは言えない。つまり、十分に多い。二重否定。
白文苟為後義而先利、不奪不饜。
書き下し苟しくも義を後にして利を先にするを為さば、奪はずんば饜かず。
現代語訳もし義を後回しにして利益を先にするようなことをすれば、(主君のものを)すべて奪い取らなければ満足しなくなるのです。
- 苟
- 「いやしクモ」。もし。かりに。仮定を表す。
- 後義
- 義を後回しにする。
- 先利
- 利益を優先する。
- 而
- 置き字。
- 饜
- 「あク」。満足する。
- 不奪不饜
- 「奪はずんば饜かず」。奪い取らなければ満足しない。奪うのは、主君の地位や領地。
仁義の大切さ
白文未有仁而遺其親者也。
書き下し未だ仁にして其の親を遺つる者有らざるなり。
現代語訳仁の心がありながら、自分の親を見捨てた者は、これまでにいません。
- 未有~者也
- 「未だ~者有らざるなり」。これまでに~者はいない。
- 遺
- 「すツ」。見捨てる。
- 而
- 置き字。
白文未有義而後其君者也。
書き下し未だ義にして其の君を後にする者有らざるなり。
現代語訳義の心がありながら、自分の主君を後回しにした者も、これまでにいません。
- 後其君
- 主君を後回しにする。主君より自分の利益を優先する。
白文王亦曰仁義而已矣。
書き下し王も亦仁義と曰はんのみ。
現代語訳ですから、王も(昔の聖王と)同じように、仁義をおっしゃればよいだけなのです。
- 亦
- (昔の聖王と)同じように。
- 而已矣
- 「のみ」。限定。
白文何必曰利。」
書き下し何ぞ必ずしも利と曰はん。」と。
現代語訳どうして利益のことばかりおっしゃる必要がありましょうか、いや、そんな必要はないのです。」と。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①見(梁恵王)
②対(曰)
③交(征利)
④苟
⑤遺(其親)解答を見る
①まみゆ
②こたえて
③こもごも
④いやしくも
⑤すつる次の語の、本文中での意味を答えよ。
①叟
②大夫
③家(吾家)
④弑解答を見る
①年配の人を敬って呼ぶ語(老先生)
②諸侯に仕える上級の役人(家老)
③大夫の領地
④臣下が主君を殺すこと
B 書き下し文・現代語訳
「亦将有以利吾国乎」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:亦将に以て吾が国を利すること有らんとするか。
現代語訳:(ほかの遊説家と)同じように、先生もわが国に利益をもたらす方策をお持ちなのでしょうか。「王、何必曰利。亦有仁義而已矣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:王、何ぞ必ずしも利と曰はん。亦仁義有るのみ。
現代語訳:王よ、どうして利益のことばかり言う必要がありましょうか、いや、ありません。(昔の聖王と)同じように、仁義があればそれでよいのです。「万取千焉、千取百焉、不為不多矣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:万に千を取り、千に百を取るは、多からずと為さず。
現代語訳:一万のうち千を、千のうち百を自分のものにしているのは、決して少なくはない(十分に多い)。「苟為後義而先利、不奪不饜」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:苟しくも義を後にして利を先にするを為さば、奪はずんば饜かず。
現代語訳:もし義を後回しにして利益を先にするようなことをすれば、(主君のものを)奪い取らなければ満足しなくなる。「未有仁而遺其親者也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:未だ仁にして其の親を遺つる者有らざるなり。
現代語訳:仁の心がありながら、自分の親を見捨てた者は、これまでにいない。
C 内容の読み取り
恵王の言葉「亦将有以利吾国乎」の「亦」は、孟子が誰と同じようにということか。また、恵王の求める「利」とは、具体的にはどのようなことか。
解答を見る
恵王のもとを訪れたほかの遊説家たちと同じように、ということ。
「利」は、国を豊かにし兵を強くすること(富国強兵)。「上下交征利」とはどういうことか。「上下」が指す人々を明らかにして説明せよ。
解答を見る
王・大夫・士や庶人という、身分の上の者から下の者までが、みなそれぞれ自分の利益を求めて、互いに利益を奪い合うということ。
孟子は、「千乗之家」が「万乗之国」の君主を殺すようになるのはなぜだと述べているか。
解答を見る
主君から十分に多い領地をもらっていても、義を後回しにして利益を優先すれば、主君のものをすべて奪わなければ満足できなくなるから。
孟子は恵王にどのようなことを説いているか。仁義を重んじた場合に人々がどうなるかにもふれて説明せよ。
解答を見る
王が利益ばかり求めると、上下の者が利益を奪い合って国が危うくなるので、王は利益ではなく仁義を重んじるべきだと説いている。仁の心がある者は親を見捨てず、義の心がある者は主君を後回しにしないからである。