『論語(ろんご)』のうち、「仁」について述べた四つの章と、「政治」について述べた四つの章の書き下し文・現代語訳・語句・句法を解説します。見出しの( )は、その章が収められている『論語』の篇名です。学問について述べた章は「論語①学び」で解説しています。
仁
一 巧言令色、鮮なし仁(学而篇)
白文子曰、「巧言令色、鮮矣仁。」
書き下し子曰はく、「巧言令色、鮮なし仁。」と。
現代語訳先生が言われた、「言葉を巧みに飾り立て、うわべだけ愛想よくする者には、仁(人を愛する心)がほとんどないものだ。」と。
- 巧言
- 言葉を巧みに飾り立てること。
- 令色
- 顔つきをとりつくろい、うわべだけ愛想よくすること。
- 鮮
- 「すくなシ」。少ない。ほとんどない。
- 矣
- 置き字。断定の意を添える。
- 鮮矣仁
- ふつうの語順なら「仁鮮矣」。「鮮矣」を先に出して「仁」を最後に置き、意味を強めている(倒置)。
二 其れ恕か(衛霊公篇)
白文子貢問曰、「有一言而可以終身行之者乎。」
書き下し子貢問ひて曰はく、「一言にして以つて終身之を行ふべき者有りや。」と。
現代語訳子貢が(先生に)お尋ねして言った、「ひとことで言えて、一生それを行っていくべきことがありますか。」と。
- 子貢
- 孔子の弟子。弁舌にすぐれ、外交の交渉を得意とした。
- 一言
- ひとことで言い表せること。
- 可以~
- 「以つて~べし」。~することができる。~するのがよい。
- 終身
- 一生の間。生涯。
- 之
- 「一言」を指す。
- 有~乎
- 「~有りや」。~はありますか。(疑問)
白文子曰、「其恕乎。己所不欲、勿施於人。」
書き下し子曰はく、「其れ恕か。己の欲せざる所は、人に施すこと勿かれ。」と。
現代語訳先生が言われた、「それは恕(思いやり)であろうか。自分が人からされたくないことは、他人にもしてはならない。」と。
- 其
- 「それ」。語調を整え、推量の気持ちを添える。
- 恕
- 「じよ」。思いやり。自分の心と同じように、相手の心を思いやること。
- 乎
- ここは「か」と読む。
- 己所不欲
- 自分が望まないこと。
- 施
- (ある事を)人に対して行う。
三 何ぞ仁を事とせん(雍也篇)
白文子貢曰、「如有博施於民而能済衆、何如。可謂仁乎。」
書き下し子貢曰はく、「如し博く民に施して、能く衆を済ふ有らば、何如。仁と謂ふべきか。」と。
現代語訳子貢が言った、「もし人民に広く恵みを施して、多くの人々を救うことができる者がいたら、いかがでしょう。仁と言ってよいでしょうか。」と。
- 博施
- 広く恵みを与える。施すものは、物や心の恵み。
- 能
- 「よク」。~できる。
- 済衆
- 多くの人々を救う。
- 何如
- 「いかん」。どうか。状態や程度を問う。
- 可謂仁乎
- 仁と言ってよいか。
白文子曰、「何事於仁。必也聖乎。尭・舜其猶病諸。
書き下し子曰はく、「何ぞ仁を事とせん。必ずや聖か。尭・舜も其れ猶ほ諸を病めり。
現代語訳先生が言われた、「どうして仁どころであろうか、いや、仁にとどまらない。それはきっと聖人の行いだろう。尭や舜のような聖天子でさえ、なおそれが十分にできないことを悩んでおられたのだ。
- 事
- 「こととス」。問題にする。
- 何事於仁
- どうして仁などと言っていられようか、仁の程度ではすまない。(反語)
- 必也~乎
- 「必ずや~か」。きっと~であろう。
- 聖
- 聖人。仁よりもさらに上の、最高の徳をそなえた人。
- 尭・舜
- 古代の伝説上の聖天子。
- 病
- 「やム」。悩む。心配する。
- 諸
- 「これ」。「博く民に施して、能く衆を済ふ」ことを指す。
白文夫仁者、己欲立而立人、己欲達而達人。能近取譬。可謂仁之方也已。」
書き下し夫れ仁者は、己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。能く近く譬へを取る。仁の方と謂ふべきのみ。」と。
現代語訳そもそも仁の人は、自分が身を立てたいと思えば人を立たせ、自分が目的を達したいと思えば人に達成させる。身近な自分の身にひきくらべて、人のことを考えることができる。(それが)仁に至る方法と言えるだけだ。」と。
- 夫
- 「そレ」。そもそも。文のはじめに置き、話を起こす。
- 立
- 身を立てる。世に立つ。
- 達
- 目的を達する。栄達する。
- 能近取譬
- 身近な自分の身を例にとって、人の気持ちを推しはかることができる。
- 方
- 方法。手立て。
- 也已
- 「のみ」。限定・強意。
四 孝弟なる者は、其れ仁の本たるか(学而篇)
白文有子曰、「其為人也、孝弟而好犯上者、鮮矣。不好犯上、而好作乱者、未之有也。
書き下し有子曰はく、「其の人と為りや、孝弟にして而も上を犯すを好む者は、鮮なし。上を犯すを好まずして、而も乱を作すを好む者は、未だ之れ有らざるなり。
現代語訳有子が言った、「その人柄が、親や年長者によく仕えていながら、目上の人に逆らうことを好む者は、ほとんどいない。目上の人に逆らうことを好まないのに、世の中を乱すことを好む者は、これまでいたためしがない。
- 有子
- 孔子の弟子、有若のこと。
- 為人
- 「ひととなり」。人柄。生まれつきの性質。
- 孝弟
- 「孝」は親によく仕えること。「弟」は兄や年長者に素直に従うこと(「悌」と同じ)。
- 犯上
- 目上の人に逆らう。
- 作乱
- 世の中の乱れを起こす。
- 鮮矣
- ほとんどない。
- 未之有也
- これまでにあったためしがない。「鮮矣」よりも強い言い方。
白文君子務本。本立而道生。孝弟也者、其為仁之本与。」
書き下し君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟なる者は、其れ仁の本たるか。」と。
現代語訳君子は物事の根本のことに努める。根本が定まってはじめて、人の行うべき道もはっきりしてくる。孝と弟こそが、仁の根本であろうか。」と。
- 君子
- 徳のある立派な人。
- 務本
- 根本のことに努力する。
- 本立而道生
- 根本がしっかり定まってこそ、人の行うべき道(仁の道)が見えてくる。
- 孝弟也者
- 「孝弟なる者は」。孝弟というものは。
- 為
- ここでは「たリ」。~である。
- 与
- 「か」。疑問の形だが、ここでは断定をひかえめにした言い方。
政治
五 政は正なり(顔淵篇)
白文季康子問政於孔子。
書き下し季康子政を孔子に問ふ。
現代語訳季康子が、政治について孔子に尋ねた。
- 季康子
- 魯の国の大夫(国政をとる重臣)。
- 政
- 政治。
- 問A於B
- 「AをBに問ふ」。AについてBに尋ねる。「於」は置き字。
白文孔子対曰、「政者正也。子帥以正、孰敢不正。」
書き下し孔子対へて曰はく、「政は正なり。子帥ゐるに正を以つてせば、孰か敢へて正しからざらん。」と。
現代語訳孔子がお答えして言った、「政治とは、正しいということです。あなたが率先して正しく行えば、誰がわざわざ不正をするでしょうか、いや、誰も不正はしません。」と。
- 対
- 「こたフ」。目上の人にお答えする。
- 政者正也
- 政治とは正しいことである。「政」と「正」は同じ音で、音の通じる字を使って説明している。
- 子
- あなた。ここでは季康子を指す。
- 帥
- 「ひきゐル」。率いる。人々の先に立って導く。
- 孰
- 「たれ」。誰。人を問う疑問詞で、「だれ」と濁らない。
- 敢
- 「あヘテ」。わざわざ。進んで。
六 民信無くんば立たず(顔淵篇)
白文子貢問政。子曰、「足食、足兵、民信之矣。」
書き下し子貢政を問ふ。子曰はく、「食を足らし、兵を足らし、民は之を信にす。」と。
現代語訳子貢が政治のあり方について質問した。先生は言われた、「食糧を満たし、軍備を整え、民に信義を大切にさせることだ。」と。
- 足
- 「たラス」。十分にする。満たす。
- 食
- 食糧。
- 兵
- 軍備。兵力。
- 民信之
- 人民に信義を重んじるようにさせる。「之」は「民」を指す。「民」を強めるために前に出し、もとの位置に「之」を置いた形。
白文子貢曰、「必不得已而去、於斯三者何先。」曰、「去兵。」
書き下し子貢曰はく、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」と。曰はく、「兵を去らん。」と。
現代語訳子貢が言った、「どうしてもやむをえず切り捨てるとしたら、この三つのうち、どれを先にしますか。」と。先生は言われた、「軍備を捨てよう。」と。
- 必不得已
- 「必ず已むを得ず」。どうしてもやむをえず。
- 去
- 取り除く。捨てる。
- 斯三者
- この三つ。食・兵・信を指す。
- 何先
- どれを先に(捨てる)か。
白文子貢曰、「必不得已而去、於斯二者何先。」曰、「去食。自古皆有死。民無信不立。」
書き下し子貢曰はく、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」と。曰はく、「食を去らん。古より皆死有り。民信無くんば立たず。」と。
現代語訳子貢が言った、「どうしてもやむをえず切り捨てるとしたら、この二つのうち、どちらを先にしますか。」と。先生は言われた、「食糧を捨てよう。昔から人は誰でもいつかは死ぬものだ。(だが)民が信義を失えば、国は立ちゆかない。」と。
- 斯二者
- 食と信を指す。
- 自古
- 「古より」。昔から。「自」は起点を表す。
- 皆有死
- 誰にも死は訪れる。
- 民無信不立
- 民に信義の心がなければ、国は立ちゆかない。
七 之を道くに徳を以つてす(為政篇)
白文子曰、「道之以政、斉之以刑、民免而無恥。
書き下し子曰はく、「之を道くに政を以つてし、之を斉ふるに刑を以つてすれば、民免れて恥無し。
現代語訳先生が言われた、「人民を導くのに法律や命令を用い、人民を取りしまるのに刑罰を用いると、人民は刑罰をうまく逃れようとするだけで、恥じる心を持たない。
- 道
- 「みちびク」。導く。「導」と同じ。
- 之
- 人民を指す。この章の四つの「之」はすべて同じ。
- 政
- ここでは法律や命令。
- 斉
- 「ととのフ」。そろえる。社会の秩序からはずれた民を取りしまる。
- 刑
- 刑罰。
- 免
- (法の網をくぐって)刑罰を免れる。
- 無恥
- 罪を犯しても、それを恥と感じない。
白文道之以徳、斉之以礼、有恥且格。」
書き下し之を道くに徳を以つてし、之を斉ふるに礼を以つてすれば、恥有りて且つ格る。」と。
現代語訳人民を導くのに道徳を用い、人民を整えるのに礼を用いると、人民は恥じる心を持ち、そのうえ正しい道に至る。」と。
- 徳
- 道徳。
- 礼
- 礼儀。社会の正しいきまり。
- 且
- 「かツ」。そのうえ。
- 格
- 「いたル」。(善に)至る。正しくなる。
八 政を為すは徳を以つてす(為政篇)
白文子曰、「為政以徳。譬如北辰居其所而衆星共之。」
書き下し子曰はく、「政を為すは徳を以つてす。譬ふれば北辰の其の所に居りて衆星之と共にするがごとし。」と。
現代語訳先生が言われた、「政治を行うには、道徳をもとにする。たとえるならば、北極星が自分の場所にじっとしていて、多くの星がそれを中心にめぐっているようなものだ。」と。
- 為政
- 政治を行う。
- 譬
- 「たとフ」。たとえる。
- 北辰
- 北極星。天の北極近くにあって、位置を変えずに輝く星。
- 居其所
- 自分の場所にいて動かない。
- 衆星
- 多くの星。
- 共之
- 北極星と共に動く。北極星をめぐる。「之」は北辰を指す。
- 如
- 「ごとシ」。~のようだ。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と、ここでの意味を答えよ。
①鮮なし
②如し
③猶ほ
④対へて
⑤譬ふれば解答を見る
①すくなし/少ない、ほとんどない
②もし/もし~ならば
③なお/それでもやはり
④こたえて/(目上の人に)お答えして
⑤たとうれば/たとえるならば「巧言令色、鮮矣仁」を現代語訳せよ。また、ふつうの語順に直すとどのような順になるか、白文で答えよ。
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現代語訳:言葉を巧みに飾り、うわべだけ愛想よくする者には、仁の心がほとんどない。
ふつうの語順:仁鮮矣
B 書き下し文・現代語訳
「己所不欲、勿施於人」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:己の欲せざる所は、人に施すこと勿かれ。
現代語訳:自分が人からされたくないことは、他人にもしてはならない。「何事於仁。必也聖乎」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:何ぞ仁を事とせん。必ずや聖か。
現代語訳:どうして仁どころであろうか、いや、仁にとどまらない。きっと聖人の行いであろう。「子帥以正、孰敢不正」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:子帥ゐるに正を以つてせば、孰か敢へて正しからざらん。
現代語訳:あなたが率先して正しく行えば、誰がわざわざ不正をするだろうか、いや、誰も不正をしない。「民無信不立」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:民信無くんば立たず。
現代語訳:民が信義を失えば、国(の政治)は立ちゆかない。
C 内容の読み取り
孔子が子貢に示した「一言」とは何か。漢字一字で答え、その具体的な内容を本文中から抜き出せ(訓点不要)。
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恕 具体的な内容:己所不欲、勿施於人
「尭・舜其猶病諸」の「諸」は何を指すか。現代語で説明せよ。
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人民に広く恵みを施して、多くの人々を救うこと。
有子が「孝弟」を「仁之本」と考えるのはなぜか。
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親や年長者によく仕える人は、目上に逆らわず、世の中を乱すこともない。親や身近な人を大切にする心が、広く人を愛する心(仁)の出発点になるから。
「斯二者」は何と何を指すか。また、孔子がそのうち最後まで残したのはどちらか。その理由も答えよ。
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食(食糧)と信(民の信義)。最後まで残したのは信。
理由:人は昔から誰でもいつかは死ぬものだが、民に信義がなければ国の政治が成り立たないから。「道之以政…」の章で、法律や刑罰で治めた場合と、道徳や礼で治めた場合とでは、人民はそれぞれどうなると述べているか。
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法律・刑罰の場合=刑罰をうまく逃れようとするだけで、恥じる心を持たない。
道徳・礼の場合=恥じる心を持ち、そのうえ正しい道に至る。「北辰」と「衆星」は、それぞれ何をたとえているか。
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北辰=徳によって政治を行う為政者 衆星=為政者の徳を慕って集まる人民