柳宗元(りゅうそうげん)「送薛存義之任序(薛存義の任に之くを送るの序)」の書き下し文・現代語訳・句法を解説します。「送薛存義序(薛存義を送るの序)」と題されることもあります。本文は『古文真宝後集』によります。
書き下し文・現代語訳・解説
薛存義を見送る
白文河東薛存義将行。
書き下し河東の薛存義将に行かんとす。
現代語訳河東出身の薛存義が、今まさに(任地へ)出発しようとしている。
- 河東
- 地名。今の山西省のあたり。
- 薛存義
- 人名。柳宗元が左遷されていた永州の零陵県で、長官の代理を務めていた。
- 将
- 再読文字。「まさニ~(セント)す」と読み、「今にも~しようとする」。
白文柳子載肉于俎、崇酒于觴、追而送之江之滸、飲食之。
書き下し柳子肉を俎に載せ、酒を觴に崇たし、追ひて之を江の滸に送り、之に飲食せしむ。
現代語訳私柳宗元は、肉をお膳に載せ、酒をさかずきに満たして、あとについて行って薛存義を川のほとりまで見送り、彼に飲み食いさせた(送別の宴を開いた)。
- 柳子
- 作者柳宗元が自分を指す。
- 于
- 置き字。場所を表す。
- 俎
- 肉を載せる台。お膳。
- 崇
- 「みタス」。満たす。
- 觴
- さかずき。
- 江之滸
- 川のほとり。「滸」はほとり。
- 之
- 二つとも薛存義を指す。
- 飲食之
- 使役の字はないが、文脈から「飲食せしむ」と使役で読む。
白文且告曰、
書き下し且つ告げて曰はく、
現代語訳そのうえ、(薛存義に)告げて言った、
- 且
- 「かツ」。そのうえ。
役人の職分
白文「凡吏于土者、若知其職乎。
書き下し「凡そ土に吏たる者、若其の職を知るか。
現代語訳「そもそも、地方で役人となっている者として、君は自分の務めが何であるかを知っているか。
- 凡
- 「およソ」。そもそも。
- 吏于土者
- その土地を治める役人。地方官。
- 若
- 「なんぢ」。君。薛存義を指す。
- 職
- 職分。役人としての務め。
- 乎
- 疑問。「か」と読む。
白文蓋民之役、非以役民而已也。
書き下し蓋し民の役にして、以つて民を役するのみに非ざるなり。
現代語訳思うに、(役人とは)民に使われる者であって、民を使うだけの者ではないのだ。
- 蓋
- 「けだシ」。思うに。自分の考えを述べるときに使う。
- 民之役
- 民に使われる者。「役」は使役の意。
- 役民
- 民を使役する。
- 而已
- 「のみ」。限定。書き下し文では平仮名で書く。
白文凡民之食於土者、出其十一傭乎吏、使司平於我也。
書き下し凡そ民の土に食する者は、其の十の一を出だして吏を傭ひ、平を我に司らしむるなり。
現代語訳そもそも土地を耕して暮らしている民は、取れたものの十分の一を税として出し合って役人を雇い、公平に治めることを我々役人に任せているのである。
- 民之食於土者
- 土地によって暮らしを立てる民。農民。「之」は同格。
- 十一
- 収入の十分の一。租税のこと。
- 傭
- 「やとフ」。雇う。
- 乎
- 置き字。
- 平
- 公平な政治。
- 使
- 使役。「~しむ」。書き下し文では平仮名で書く。
- 我
- 我々役人。
今の役人たち
白文今受其直怠其事者、天下皆然。
書き下し今其の直を受け其の事を怠る者、天下皆然り。
現代語訳今、(民から)給料を受け取りながら仕事を怠ける役人がいて、世の中の役人はみなそうなのである。
- 直
- 給料。「値」と同じ。
- 其事
- 役人としての仕事。
- 天下皆然
- 世の中の役人はみな同じように、給料を受けながら仕事を怠けている。
白文豈惟怠之、又従而盗之。
書き下し豈に惟だに之を怠るのみならんや、又従ひて之を盗む。
現代語訳ただ仕事をなまけているだけだろうか、いや、それどころではない。そのうえ、それに乗じて(民から)盗み取ってさえいるのだ。
- 豈惟~
- 「豈に惟だに~のみならんや」。どうしてただ~だけであろうか。累加。
- 怠之
- 仕事を怠ける。
- 従而盗之
- それに乗じて盗む。民から税や賄賂などを不当に取り、私腹を肥やすこと。
白文向使傭一夫於家、受若直、怠若事、又盗若貨器、則必甚怒而黜罰之矣。
書き下し向使し一夫を家に傭ひ、若の直を受け、若の事を怠り、又若の貨器を盗まば、則ち必ず甚だ怒りて之を黜罰せん。
現代語訳もし(君が)一人の男を家で雇ったとして、その男が君から給料を受け取りながら君の仕事を怠け、そのうえ君の家の金品や道具を盗んだとしたら、君はきっとひどく怒ってその男を追い出し、罰するだろう。
- 向使
- 「もシ」。二字で「もし」と読む。仮定。
- 一夫
- 一人の男。使用人。
- 貨器
- 金品や道具。
- 黜罰
- 「ちゆつばつ」。やめさせて罰する。
- 之
- 雇った男(一夫)を指す。
白文以今天下多類此、而民莫敢肆其怒与黜罰、何哉。
書き下し今天下多く此に類するを以つてして、而も民敢へて其の怒りと黜罰とを肆にする莫きは、何ぞや。
現代語訳今、世の中の役人の多くがこれ(給料を受けながら仕事を怠けて盗む男)と似ているのに、それでも民が思いきって怒りをぶつけ、やめさせて罰することをしないのは、どうしてか。
- 類此
- これに似ている。「此」は、給料を受けながら仕事を怠け、主人の物を盗む男のこと。
- 而
- 「しかモ」。それなのに。逆接。
- 肆
- 「ほしいままニス」。思うままにする。
- 与
- 「と」。「其の怒りと黜罰と」。
- 何哉
- 「何ぞや」。どうしてか。疑問。
勢と理
白文勢不同也。
書き下し勢ひ同じからざればなり。
現代語訳(民と役人とでは)勢力が同じではないからである。
- 勢
- 勢力。権勢。
- 不同也
- 同じではないからだ。前の「何哉」に対する答え。
白文勢不同而理同。
書き下し勢ひ同じからざるも理は同じ。
現代語訳(しかし)勢力は違っていても、道理は同じである。
- 理
- 道理。給料を受けながら仕事を怠けて盗めば、怒られて罰せられるのが当然だという道理。
白文如吾民何。
書き下し吾が民を如何せん。
現代語訳(それなら役人である)我々は、自分の治める民に対してどうしたらよいのだろうか。
- 吾民
- 我々が治める民。役人を雇っている民。
- 如~何
- 「~を如何せん」。~をどうしようか。
白文有達于理者、得不恐而畏乎。
書き下し理に達する者有らば、恐れて畏れざるを得んや。
現代語訳道理のわかる役人であれば、(民を)恐れはばからずにいられようか、いや、恐れはばからずにはいられないはずだ。
- 達于理者
- 道理によく通じている者。
- 恐而畏
- 恐れはばかる。役人が民の怒りや罰を恐れて、身をつつしむこと。
- 得不~乎
- 「~ざるを得んや」。~しないでいられようか。反語。
薛存義の仕事ぶり
白文存義仮令零陵二年矣。
書き下し存義仮に零陵に令たること二年なり。
現代語訳存義君は、零陵県で長官の代理を務めて二年になる。
- 仮
- 臨時に。本官ではなく、代理として職を務めていること。
- 令
- 県令。県の長官。
- 零陵
- 県の名。柳宗元が左遷されていた永州の中の県。
白文蚤作而夜思、勤力而労心。
書き下し蚤に作きて夜に思ひ、力を勤めて心を労す。
現代語訳朝早く起きて仕事をし、夜は(政治のことを)考え、体を使って励み、心も尽くした。
- 蚤
- 「つとニ」。朝早く。「早」と同じ。
- 作
- 「おク」。起きる。
- 勤力
- 体を使って精を出す。
- 労心
- 心を使い尽くす。
白文訟者平、賦者均。
書き下し訟は平らかに、賦は均し。
現代語訳訴訟の裁きは公平で、税の割り当ても平等であった。
- 訟
- 訴訟。
- 者
- ここは「は」と読む。
- 賦
- 税。課税。
- 均
- 「ひとシ」。平等である。
白文老弱無懐詐暴憎。
書き下し老弱詐りを懐き暴憎すること無し。
現代語訳(そのため)老人も若者も、不正をたくらんだり、ひどく憎み合ったりすることがなかった。
- 老弱
- 老人と若者。民のみな。
- 懐詐
- 人をだまそうとする心を持つ。
- 暴憎
- 激しく憎む。
白文其為不虚取直也、的矣。
書き下し其の虚しく直を取らずと為すや、的らかなり。
現代語訳君が、働きもせずに給料だけを受け取るような人でなかったのは、明白である。
- 其
- 薛存義を指す。
- 虚取直
- むだに給料を取る。仕事をせずに給料だけ受け取ること。
- 的
- 「あきラカナリ」。はっきりしている。
白文其知恐而畏也、審矣。
書き下し其の恐れて畏るるを知るや、審らかなり。
現代語訳君が民を恐れはばかる心を持っていたことも、疑いようがない。
- 恐而畏
- 前の「得不恐而畏乎」を受ける。役人として民を恐れはばかること。
- 審
- 「つまびラカナリ」。明らかである。
酒肉と言葉を贈る
白文吾賤且辱、不得与考績幽明之説。
書き下し吾は賤しく且つ辱められ、考績幽明の説に与るを得ず。
現代語訳私は地位が低く、そのうえ左遷されて恥をかかされている身なので、役人の勤めぶりの優劣を調べて決める評議に加わることができない。
- 賤
- 地位が低い。
- 辱
- はずかしめを受ける。ここでは左遷されていること。
- 考績幽明之説
- 役人の成績の優劣を調べて判定する、朝廷での評議。
- 与
- 「あづかル」。関わる。加わる。
- 不得~
- 「~を得ず」。~できない。
白文於其往也、故賞以酒肉、而重之以辞。」
書き下し其の往くに於いてや、故に賞するに酒肉を以つてして、之に重ぬるに辞を以つてす。」と。
現代語訳(そこで)君が出発するにあたり、わざわざ酒と肉で君の働きをたたえ、さらにこの文章を添えるのである。」と。
- 其
- 薛存義を指す。
- 故
- 「ことさらニ」。わざわざ。特に。
- 賞
- ほめたたえる。
- 重之以辞
- それに重ねて言葉を贈る。「辞」はこの文章(序)のこと。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①凡そ
②蓋し
③若(若知其職乎)
④向使
⑤蚤に
⑥故に解答を見る
①およそ
②けだし
③なんじ
④もし
⑤つとに
⑥ことさらに次の語の、本文中での意味を答えよ。
①直
②平
③十一
④辱(吾賤且辱)解答を見る
①給料
②公平な政治
③収入の十分の一(租税)
④左遷されて恥を受けていること
B 書き下し文・現代語訳
「蓋民之役、非以役民而已也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:蓋し民の役にして、以つて民を役するのみに非ざるなり。
現代語訳:思うに、役人とは民に使われる者であって、民を使うだけの者ではないのだ。「豈惟怠之、又従而盗之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:豈に惟だに之を怠るのみならんや、又従ひて之を盗む。
現代語訳:ただ仕事をなまけているだけだろうか、いや、それどころではない。そのうえそれに乗じて民から盗み取っている。「而民莫敢肆其怒与黜罰、何哉」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:而も民敢へて其の怒りと黜罰とを肆にする莫きは、何ぞや。
現代語訳:それでも民が思いきって怒りをぶつけたり、やめさせて罰したりしないのは、どうしてか。「如吾民何。有達于理者、得不恐而畏乎」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:吾が民を如何せん。理に達する者有らば、恐れて畏れざるを得んや。
現代語訳:自分の治める民に対してどうしたらよいだろうか。道理のわかる者であれば、恐れはばからずにいられようか、いや、恐れはばからずにはいられない。
C 内容の読み取り
「受其直怠其事者、天下皆然」「豈惟怠之、又従而盗之」とあるが、作者は今の役人のどのような点を批判しているか。説明せよ。
解答を見る
民から給料を受け取りながら役人としての仕事を怠け、そのうえそれに乗じて民から盗み取ってさえいる点。
「向使傭一夫於家……則必甚怒而黜罰之矣」のたとえで、「一夫」と、一夫を雇う「若」は、それぞれ現実の何にあたるか。
解答を見る
一夫=役人(吏) 若(雇い主)=民
「勢不同而理同」とはどういうことか。「勢」が同じでないのは何と何かを明らかにして説明せよ。
解答を見る
民と役人(吏)とでは勢力が違い、民は役人を罰することができないが、給料を受けて仕事を怠け、物を盗む者は罰せられるべきだという道理は、主人と使用人の場合と同じだということ。
零陵での薛存義の仕事ぶりと、その結果を、本文に即して説明せよ。
解答を見る
朝早くから夜まで政治のことを考えて心身ともに力を尽くし、訴訟は公平に裁き、税の割り当ても平等にした。その結果、民の中に不正をたくらんだり憎み合ったりする者がいなくなった。
「吾賤且辱、不得与考績幽明之説」と述べたあと、作者は薛存義をどのようにたたえているか。そうする理由も含めて説明せよ。
解答を見る
自分は地位が低く左遷された身で、役人の成績を判定する評議に加わって薛存義の働きを評価することができないので、そのかわりに送別の酒肉と、この文章(辞)を贈ってたたえている。