ゆきゆきて駿河の国に至り ぬ。
先へ先へと進んでいって、駿河の国に着いた。
宇津の山に至りて、わが入ら む とする道はいと暗う細きに、つた、かへでは茂り、もの心細く、すずろなる目を見ることと思ふに、修行者会ひ たり 。
宇津の山に着いて、自分が入ろうとする道は、とても暗く細い上に、つた、かえでは茂っており、なんとなく心細く、思いがけないつらい目を見ることと思っていると、修行者がその場に来合わせた。
すずろなり…思いがけない
もの心細く…「もの」は動詞などの上について、「ちょっと」「なんとなく~」などの意味を付け加える。
○修行者会ひたり…「修行者が会った(来合わせた)」と訳す。「修行者に会った」としないように。
※「が・は」「を」は補って読むことができる。(現代語で「が・は」「を」がつくはずのところは、古文では書かれないことが多いので、補って読む必要がある)
しかし、「に」は補うことができない。(現代語で「に」がつくところは、古文でも「に」が書かれている。勝手に「に」をつけてはいけない。)
「かかる道は、いかでかいまする。」と言ふを見れば、見 し 人 なり けり。
「このような道を、どうしておいでになるのですか。」と言うのを見ると、以前に都で会ったことのある人なのであった。
かかる…このような
いかでか…どうして~。疑問副詞「いかで」に疑問の係助詞「か」がついた形。
いまする…「います」の連体形。「あり」「来」の尊敬語で「いらっしゃる、おいでいなる」と訳す。
見れば…「已然形+ば」で順接確定条件。ここでは「~(する)と」と訳す。
〇けり…過去ではなく、詠嘆。
京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。
京に、あの方の御もとにということで、手紙を書いて託する。
〇その人…都に残してきた恋人。「からころも……」の歌の「妻」のこと。
駿河 なる 宇津の山辺のうつつにも夢にも人に会は ぬ なり けり
駿河の国にある宇津の山辺に来ましたが、現実にも夢の中にもあなたに会えないことですね
うつつ…現実
人…都に残してきた恋人。
けり…詠嘆。和歌中の「けり」は詠嘆の意味。
○「駿河なる宇津の山辺の」が「うつつ」を導く序詞。「宇津」と「うつつ」で同じ音を繰り返す技法。(同音反復)
〇夢にも人に会わぬ…当時、「誰かのことを想っていると、その相手の夢に自分が出てくる」という考え方があった。
この歌には「夢の中であなたに会えない」、つまり「あなたは私の事を想ってくれていない」と相手を恨むような心情がこめられている。
富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れ り。
富士山を見ると、(もう)五月の月末であるのに、雪がたいそう白く降り積もっている。
五月…「さつき」と読む。旧暦では1~3月は春。4~6月が夏。7~9月が秋。10~12月が冬。もう夏であるのに、雪が積もっている。
つごもり…月末ごろ
時知ら ぬ 山は富士の嶺いつとてか鹿子まだらに雪の降る らむ
季節をわきまえない山は富士の山であることだ。いったい今をいつだと思って、鹿子まだらに雪が降り積もっているのだろう。
時知らぬ…季節、時節をわきまえない。夏なのに雪が降り積もっていることを言っている。
いつとてか…いつだと思って、いつということで。
鹿子まだらに…鹿の子の白い斑点模様のように
〇らむ…現在の原因推量の助動詞。「か(いつとてか)」の結びで連体形であることに注意。
その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ね上げ たら む ほどして、なりは塩尻のやうになむあり ける。
その山(富士の山)は、ここでたとえるならば、比叡の山を二〇ほど積み上げたくらいの高さで、形は塩尻のようであった。
〇ここ…京、都。この表現から、この文章が京で書かれたことがわかる。
たとへば…「未然形+ば」で順接仮定条件、「~ならば」と訳す。
なほゆきゆきて、武蔵の国と下つ総の国との中にいと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。
さらに先へ先へと進んでいって、武蔵の国と下総の国との間に、とても大きな河がある。それをすみだ河という。
なほ…さらに
〇大きなる…形容動詞「大きなり」の連体形。「大き・なり」で分けないよう注意。
その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来 に ける かな、とわびあへ る に、
その河のほとりに集まり座って、はるか都に思いを馳せると、この上なく遠くに来てしまったなあ、と嘆き合っていると、
かな…詠嘆の終助詞「~なあ」
わびあへる…「わぶ」は「嘆く」の意味。「~あふ」で「~し合う、互いに~する」
渡し守、「はや船に乗れ。日も暮れ ぬ 。」と言ふに、乗りて渡ら む とするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なき に しも あら ず。
渡し守が、「早く船に乗れ。日も暮れてしまいそうだ。」と言うので、船に乗って河を渡ろうとするが、皆誰もがなんとなく悲しくて、都に恋しく思う人がいないわけではない。
なきにしもあらず…「に」は断定「なり」の連用形、「しも」は強意の副助詞。
〇すみだ河は東国へ入るための大きな河。ここを渡ってしまったら、もう京からは遠く隔たってしまい、別の世界に行ってしまうようなので、悲しく思っている。
さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。
ちょうどその時、白い鳥で、嘴と脚とが赤くて、鴫くらいの大きさである鳥が、水の上で気ままに動き回っては、魚を食べる。
さる折…ちょうどその時。
〇白き鳥の…「の」は同格の格助詞。「大きさなる」の下に「鳥」を補って訳す。
つつ…動作の継続・反復を意味する接続助詞「~ては」。
京には見え ぬ 鳥 なれ ば、みな人見知らず 。渡し守に問ひ けれ ば、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
京には見かけない鳥なので、一行の誰もが見知らない。船頭に尋ねると、「これが都鳥だ。」と言うのを聞いて、
鳥なれば…「已然形+ば」で順接確定条件、「~ので」と訳す。
〇これなむ都鳥…断定の助動詞「なり」の連体形「なる」(強意の係助詞「なむ」の結びで連体形。)が省略されている。「これなむ都鳥なる」が本来の形。
名にし負はばいざこと問は む 都鳥わが思ふ人はありやなしやと
(「都」という)名をもっているのならば、さあ、尋ねよう、都鳥よ。私の思う人は無事でいるのかどうかと。
名にし負はば…名をもっているならば。「し」は強意の副助詞。
ありやなしや…無事でいるのか、いないのか。健在かどうか。
〇疑問の係助詞「や」は文末につくこともあります。この場合係り結びはありません。(係助詞ではなく、終助詞とする説もあります。)
〇都という名を持っているならば、都について詳しいだろうから、都にいる恋人について尋ねている
と詠め り けれ ば、船こぞりて泣き に けり。
と詠んだので、船に乗っている人はこぞって泣いてしまった。
〇みんな京(に残してきた人)のことを思い出し、泣いてしまった。