『伊勢物語(いせものがたり)』第四段「月やあらぬ」の現代語訳・品詞分解・解説です。
男が深く愛していた女性は、ある年の正月、男の手の届かない所へ移ってしまいました。一年後、男は女性の住んでいた西の対を訪れ、「月やあらぬ」の歌を詠みます。登場人物の動作の主語や、歌にこめられた心情がよく問われます。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
西の対の女性
現代語訳昔、東の京の五条に、皇太后の宮がお住まいになっていた(御殿の)西の対に、住んでいる女性がいた。
- 東の五条
- 平安京の東半分(左京)の五条。
- 大后の宮
- 皇太后。天皇の母。
- 西の対
- 寝殿造りで、寝殿の西にある建物。
「おはしまし」は「あり」「居り」の尊敬語で、作者(語り手)から大后の宮への敬意を表す。
現代語訳その女性を、思いどおりにならない間柄のまま、深く愛していた男が、訪ねていたが、
- 本意
- 本来の望み。かねてからの願い。
- 心ざし
- 愛情。
- 行きとぶらふ
- 訪ねて行く。
「それ」は、前の文の「西の対に、住む人」(女性)を指す。「それを」は「行きとぶらひける」にかかる。
「本意にはあらで」は、男が女性のもとへ、望むような形ではなく通っていたことを表す(「思うように会えないまま」など、解釈は分かれる)。「に」は断定の助動詞「なり」の連用形。
「心ざし深かりける人」は、女性を深く愛していた男のこと。
- 正月
- 陰暦の一月。春にあたる。
「ほかに隠れにけり」の主語は女性(西の対に住む人)。一文の途中で、主語が男から女性に変わっている。
現代語訳(男は女性の)居場所は聞いたけれど、ふつうの身分の人が行き来できる所でもなかったので、
- あり所
- 居場所。
「聞けど」の主語は男(心ざし深かりける人)。
「人の行き通ふべき所にもあらざりければ」の「人」はふつうの身分の人。「べき」は可能で、女性が移った先は、宮中など、ふつうの人が気軽に出入りできない所だったと考えられる。
- なほ
- やはり。
- 憂し
- (思いどおりにならず)つらい。
もともと思うように会えなかったうえに、まったく会えなくなって、男はいっそうつらい思いで過ごしていたのである。
「なむ」の結びは「ける」(過去の助動詞「けり」の連体形)。
一年後の西の対
現代語訳翌年の正月に、梅の花の盛りのころ、(男は)去年を恋しく思って(西の対へ)行って、
- またの年
- 翌年。前の「去年」と対応している。
- 去年
- 昨年。
男が「行きて」たどり着いたのは、女性が住んでいた西の対。女性がいなくなった正月がまためぐってきて、思いがつのったのである。
現代語訳立ってながめ、座ってながめ、あちこち見回すけれど、去年のようすに似ているはずもない。
- ゐる
- 座る。
「立ちて見、ゐて見、見れど」は、立ったり座ったりして見回す、男の落ち着かない様子を表している。
「去年に似るべくもあらず」は、女性がいた去年の西の対のありさまとは、まるで違っているということ。
現代語訳(男は)泣いて、がらんとした板敷に、月が(西に)傾くまで横たわり、去年のことを思い起こして詠んだ(歌)。
- あばらなり
- がらんとしている。
- 板敷
- 板張りの床。
住む人がいなくなって、調度などが取り払われ、部屋ががらんとしていたのである。
「月の傾くまで」は、月が西に傾く夜明け近くまで、ということ。最後の「夜のほのぼのと明くるに」とあわせて、男が一晩中そこにいたことがわかる。
「月やあらぬ」の歌
現代語訳月は昔のままの月ではないのだろうか。春も昔の春ではないのだろうか。(あの人がいなくなって、何もかも変わってしまったように思われるのに、)わが身ひとつだけは、もとのままの身であって。
「月や〜ぬ」「春や〜ぬ」と、係助詞「や」の結びが二つあり、初句と三句で切れる(初句切れ・三句切れ)。
月も春も昔のままのはずなのに、女性がいなくなったことで、何もかも変わってしまったように感じられる。
「もとの身」は、去年と変わらず女性を恋い慕い続けている自分のこと。自分だけが取り残されたような悲しみが詠まれている。
現代語訳と詠んで、夜がほのぼのと明けるころに、泣きながら帰っていった。
- ほのぼのと
- ほんのりと。
「夜の」の「の」は主格の格助詞(「夜が」)。
『伊勢物語』のほかの章段:初冠 / 東下り① / 東下り② / 狩りの使ひ / 関守・つひにゆく道
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①東
②大后
③本意
④正月
⑤去年
⑥板敷解答を見る
①ひんがし
②おおきさい
③ほい
④むつき
⑤こぞ
⑥いたじき次の語の本文中での意味を答えよ。
①心ざし
②行きとぶらふ
③なほ
④憂し
⑤ゐる
⑥あばらなり
⑦またの年解答を見る
①愛情
②訪ねて行く
③やはり
④(思いどおりにならず)つらい
⑤座る
⑥がらんとしている
⑦翌年
B 文法
「大后の宮おはしましける西の対に」の「おはしまし」について、①何という語の尊敬語か。②だれからだれへの敬意を表しているか。
解答を見る
①あり(居り)
②作者(語り手)から大后の宮への敬意次の傍線部の「に」を文法的に説明せよ。
①本意【に】はあらで
②ほかに隠れ【に】けり
③正月の十日ばかりのほど【に】
④もとの身【に】して解答を見る
①断定の助動詞「なり」の連用形
②完了の助動詞「ぬ」の連用形
③格助詞(時間)
④断定の助動詞「なり」の連用形傍線部の助動詞について、それぞれ意味と活用形を答えよ。
①人の行き通ふ【べき】所
②去年に似る【べく】もあらず
③月の傾くまで臥せ【り】て
④思ひ出でて詠め【る】解答を見る
①可能・連体形
②当然・連用形
③存続・連用形
④完了・連体形「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」について、係助詞とその結びの語をすべて抜き出せ。また、この歌は何句切れか。
解答を見る
係助詞「や」―結び「ぬ」、係助詞「や」―結び「ぬ」(どちらも打消の助動詞「ず」の連体形)。初句切れ・三句切れ。
C 現代語訳・内容
「それを、本意にはあらで、心ざし深かりける人、行きとぶらひけるを」について、①「それ」が指すものを本文中から抜き出せ。②「心ざし深かりける人」を現代語訳せよ。
解答を見る
①西の対に、住む人
②(その女性を)深く愛していた男「正月の十日ばかりのほどに、ほかに隠れにけり」を、主語を補って現代語訳せよ。また、「人の行き通ふべき所にもあらざりければ」とあるが、それはどのような所だと考えられるか。
解答を見る
訳=正月の十日ごろに、(女性は)よその場所へ身を隠してしまった。どのような所=宮中など、ふつうの身分の人が気軽に出入りできない所。
「なほ憂しと思ひつつなむありける」を現代語訳せよ。また、ここには、だれの、どのような気持ちが表れているか。
解答を見る
訳=やはりつらいと思い続けていた。気持ち=男(心ざし深かりける人)の、もともと思うように会えなかったうえに、まったく会えなくなって、いっそうつらく思う気持ち。
「去年に似るべくもあらず」を現代語訳せよ。また、何が去年と似ていないのか、説明せよ。
解答を見る
訳=去年(のありさま)に似ているはずもない。説明=女性が住んでいた西の対のようす。女性がいなくなって調度も取り払われ、がらんとしてしまっていた。
「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」を現代語訳せよ。また、「もとの身」とはどのような自分のことか。歌にこめられた心情とあわせて説明せよ。
解答を見る
訳=月は昔のままの月ではないのだろうか。春も昔の春ではないのだろうか。わが身ひとつだけは、もとのままの身であって。説明=去年と変わらず女性を恋い慕い続けている自分のこと。女性がいなくなって何もかも変わってしまったように感じられる中、自分だけが取り残されたように思う悲しみがこめられている。