『史記』荊軻④「図窮まりて匕首見はる」|書き下し文・現代語訳・解説・テスト予想問題

目次
  1. 書き下し文・現代語訳・解説
  2. 図窮まりて匕首見はる
  3. 柱のまわりを逃げる秦王
  4. 暗殺の失敗と荊軻の最期
  5. テスト予想問題

司馬遷『史記』刺客列伝「荊軻(けいか)」から、「図窮まりて匕首見はる」後半の書き下し文・現代語訳・解説です。

おびえる秦舞陽をかばった荊軻は、いよいよ秦王に地図を献上します。地図の巻物の奥には、毒を塗ったあいくちが隠されていました。

前の場面は荊軻③です。

書き下し文・現代語訳・解説

図窮まりて匕首見はる

本文(訓読文)

白文秦王謂軻曰、「取舞陽所持地図。」

書き下し秦王軻(か)に謂ひて曰はく、「舞陽の持つ所の地図を取れ。」と。

現代語訳秦王は荊軻に言った。「舞陽が持っている地図を取ってこい。」と。

軻
荊軻。
所持
持っているもの。

白文軻既取図奏之。秦王発図。図窮而匕首見。

書き下し軻既(すで)に図を取りて之を奏(そう)す。秦王図を発(ひら)く。図窮(きは)まりて匕首(ひしゆ)見(あら)はる。

現代語訳荊軻は地図を取り出すと、それを秦王に差し出した。秦王が巻物の地図を開いていくと、地図が開ききったところで、あいくちが現れた。

奏
君主に差し上げる。
発
開く。
窮
尽きる。(地図が)開ききる。
見
「あらはル」。現れる。「見る」と送り仮名を「る」だけにする読み方もある。

白文因左手把秦王之袖、而右手持匕首揕之。未至身。

書き下し因(よ)りて左手(さしゆ)もて秦王の袖を把(と)り、而(しか)して右手(いうしゆ)もて匕首を持ち之を揕(ちん)す。未だ身に至らず。

現代語訳そこで荊軻は、左手で秦王の袖をぐいとつかみ、右手に握ったあいくちで突き刺そうとした。あいくちは、まだ秦王の体には届かなかった。

因
そこで。
把
つかむ。
揕
突き刺す。
未至身
(あいくちが)秦王の体に届かない。

柱のまわりを逃げる秦王

本文(訓読文)

白文秦王驚、自引而起。袖絶。抜剣。剣長。操其室。

書き下し秦王驚き、自ら引きて起つ。袖絶(た)つ。剣を抜かんとす。剣長し。其の室(しつ)を操(と)る。

現代語訳秦王は驚いて、自分から身を引いて立ち上がった。袖がちぎれた。秦王は剣を抜こうとした。剣が長い。(抜けないまま)さやをつかむばかりであった。

引
身を引く。
絶
ちぎれる。「袖絶ゆ」と読む教科書もある。
室
さや。
操
握る。つかむ。

白文時惶急、剣堅。故不可立抜。

書き下し時に惶急(くわうきふ)し、剣堅(かた)し。故に立ちどころに抜くべからず。

現代語訳そのときは慌てふためいていたうえ、剣がさやにきつくはまっていた。そのため、すぐに抜くことができなかった。

惶急
あわてふためく。
堅
(さやにきつくはまっていて)抜けにくい。
立
たちどころに。すぐに。

白文荊軻逐秦王。秦王環柱而走。群臣皆愕。卒起不意、尽失其度。

書き下し荊軻秦王を逐(お)ふ。秦王柱を環(めぐ)りて走(に)ぐ。群臣皆愕(おどろ)く。卒(には)かに意(おも)はざること起これば、尽(ことごと)く其の度(ど)を失ふ。

現代語訳荊軻は秦王を追いかけた。秦王は柱のまわりをぐるぐる回って逃げた。家臣たちはみな仰天した。突然、思いもよらないことが起こったので、だれもがすっかり落ち着きを失ってしまった。

環柱
柱のまわりを回る。
走
逃げる。
愕
驚く。
卒
にわかに。突然。
不意
思いがけないこと。
度
ふだんの落ち着き。冷静さ。

白文而秦法、群臣侍殿上者不得持尺寸之兵。

書き下し而(しか)も秦の法、群臣の殿上(でんじやう)に侍(じ)する者は、尺寸(せきすん)の兵(へい)をも持するを得ず。

現代語訳しかも秦の法律では、宮殿の上で王のそばに仕える家臣は、どんなに小さな武器も身につけることができなかった。

而
しかも。
侍
そば近く仕える。
尺寸之兵
ほんのわずかな武器。
兵
武器。

白文諸郎中執兵、皆陳殿下、非有詔召、不得上。

書き下し諸郎中(しよらうちゆう)兵(へい)を執(と)るも、皆殿下(でんか)に陳(つら)なり、詔召(せうせう)有るに非(あら)ざれば、上(のぼ)るを得ず。

現代語訳武器を持っている護衛の役人たちは、みな宮殿の下に並んでいて、王のお召しがなければ、宮殿の上にのぼることはできなかった。

郎中
宮殿の警護にあたる役人。
陳
並ぶ。
殿下
宮殿の下。
詔召
王の命令による呼び出し。

白文方急時、不及召下兵。

書き下し急時に方(あ)たりて、下の兵を召すに及ばず。

現代語訳差し迫ったさなかで、宮殿の下の兵士を呼び寄せる余裕もなかった。

方
ちょうど~にあたる。
下兵
宮殿の下にいる兵士。

白文以故、荊軻乃逐秦王。而卒惶急、無以撃軻而以手共搏之。

書き下し故を以て、荊軻乃(すなは)ち秦王を逐ふ。而(しか)も卒(には)かに惶急し、以て軻を撃つこと無くして、手を以て共に之を搏(う)つ。

現代語訳そういうわけで、荊軻はそのまま秦王を追い回すことができた。しかも家臣たちは突然のことに慌てふためき、荊軻に打ちかかる武器もないので、素手でいっしょになって荊軻を打ちすえた。

以故
そういうわけで。そのために。
無以~
~する手段がない。
搏
手で打つ。

「以故」(そういうわけで)が指しているのは、前に書かれている「家臣たちが突然のことで取り乱していた」「秦の法律で、殿上の家臣は武器を持てず、護衛は命令なしにはのぼれない」「急なことで下の兵を呼ぶ余裕もない」という事情です。そのために、荊軻は秦王を追い続けることができたのです。

暗殺の失敗と荊軻の最期

本文(訓読文)

白文是時、侍医夏無且、以其所奉薬囊提荊軻也。

書き下し是の時、侍医(じい)夏無且(かむしよ)、其の奉(ほう)ずる所の薬囊(やくなう)を以て荊軻に提(なげう)つなり。

現代語訳ちょうどそのとき、侍医の夏無且が、自分が捧げ持っていた薬の袋を、荊軻めがけて投げつけた。

侍医
王のそばに仕える医者。
夏無且
人名。
薬囊
薬を入れた袋。
提
投げつける。

白文秦王方環柱走。卒惶急、不知所為。

書き下し秦王方(まさ)に柱を環りて走ぐ。卒かに惶急して、為す所を知らず。

現代語訳秦王はちょうど柱のまわりを逃げ回っているところで、突然のことに慌てふためき、どうしたらよいかわからなかった。

方
ちょうど。
不知所為
どうしてよいかわからない。

白文左右乃曰、「王負剣。」負剣、遂抜以撃荊軻、断其左股。荊軻廃。

書き下し左右(さいう)乃ち曰はく、「王剣を負(お)へ。」と。剣を負ひ、遂に抜きて以て荊軻を撃ち、其の左股(さこ)を断つ。荊軻廃(たふ)る。

現代語訳そこでようやく側近たちが「王様、剣を背負ってください。」と叫んだ。秦王は剣を背負うと、ついにそれを抜き放って荊軻を撃ち、左の太ももを断ち切った。荊軻は倒れた。

左右
側近の者。
負剣
剣を背負う。
遂
とうとう。
左股
左の太もも。
廃
倒れる。足がきかなくなる。

白文乃引其匕首以擿秦王、不中。中銅柱。

書き下し乃ち其の匕首を引きて以て秦王に擿(なげう)つも、中(あ)たらず。銅柱(どうちゆう)に中(あ)つ。

現代語訳そこで荊軻は、あいくちを引き寄せて秦王めがけて投げつけたが、当たらなかった。あいくちは銅の柱に当たった。

擿
投げつける。
中
当たる。
銅柱
銅の柱。「桐柱」と書く本もある。

白文秦王復撃軻。軻被八創。

書き下し秦王復(ま)た軻を撃つ。軻八創(はつさう)を被(かうむ)る。

現代語訳秦王はさらに荊軻に斬りつけ、荊軻は体の八か所に傷を負った。

創
傷。
被
受ける。負う。

白文軻自知事不就、倚柱而笑、箕踞以罵曰、

書き下し軻自ら事の就(な)らざるを知り、柱に倚(よ)りて笑ひ、箕踞(ききよ)して以て罵(ののし)りて曰はく、

現代語訳荊軻は、計画が失敗したことを自ら悟ると、柱に寄りかかって笑い、両足を投げ出して座り、ののしって言った。

就
成し遂げる。
倚
寄りかかる。
箕踞
両足を前に投げ出して座る。相手を見下した、無礼な座り方。
罵
ののしる。大声でどなる。ののしる相手は、秦王とする見方と、荊軻自身(の失敗)とする見方がある。
笑
失敗した自分に対する自嘲の笑いと考えられる。

白文「事所以不成者、以欲生劫之、必得約契以報太子也。」

書き下し「事の成らざりし所以(ゆゑん)の者は、生きながらにして之を劫(おびや)かし、必ず約契(やくけい)を得て以て太子に報(はう)ぜんと欲せしを以てなり。」と。

現代語訳「事が成功しなかったわけは、(秦王を)生かしたままで脅しつけ、必ず約束を取りつけて、それを太子に報告しようとしたからだ。」と。

劫
脅す。
約契
約束。ここでは、秦が奪った諸侯の土地を返すという約束。
報
報告する。(「恩に報いる」とする説もある。)

白文於是左右既前殺軻。秦王不怡者良久。

書き下し是に於(お)いて左右既(すで)に前(すす)みて軻を殺す。秦王怡(よろこ)ばざる者良(やや)久(ひさ)し。

現代語訳そこで、側近たちが進み出て、荊軻を殺した。秦王はその後しばらくのあいだ、不機嫌なままであった。

既
「すでニ」。すぐに、まもなく。
怡
喜ぶ。
良久
しばらくの間。

テスト予想問題

A 語句

  1. 「匕首見」の「見」の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。

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    あらわる/現れる。

  2. 「卒(卒起不意)」の読み(現代仮名遣い)と意味を答えよ。

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    にわかに/突然、急に。

  3. 「箕踞」の読みと意味を答えよ。

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    ききょ/両足を前に投げ出して座ること(相手を見下した無礼な座り方)。

  4. 「良久」の読み(現代仮名遣い)と意味を答えよ。

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    ややひさし/しばらくの間(その状態が続く)。

B 書き下し文・現代語訳

  1. 「図窮而匕首見」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

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    書き下し文:図窮まりて匕首見はる。
    現代語訳:地図が開ききったところで、あいくちが現れた。

  2. 「卒起不意、尽失其度」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

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    書き下し文:卒かに意はざること起これば、尽く其の度を失ふ。
    現代語訳:突然思いがけないことが起こったので、だれもがすっかり落ち着きを失った。

  3. 「非有詔召、不得上」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

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    書き下し文:詔召有るに非ざれば、上るを得ず。
    現代語訳:王のお召しがなければ、(宮殿の上に)のぼることはできない。

  4. 「事所以不成者、以欲生劫之、必得約契以報太子也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

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    書き下し文:事の成らざりし所以の者は、生きながらにして之を劫かし、必ず約契を得て以て太子に報ぜんと欲せしを以てなり。
    現代語訳:事が成功しなかったわけは、秦王を生かしたまま脅し、必ず約束を取りつけて太子に報告しようとしたからだ。

C 内容の読み取り

  1. 秦王が剣をすぐに抜けなかった理由を、本文に即して三つ答えよ。

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    ①剣が長かったから。②慌てふためいていたから。③剣がさやにきつくはまっていて抜けにくかったから。

  2. 秦の法律で、①殿上の家臣と、②殿下の護衛の役人には、それぞれどのような決まりがあったか。

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    ①ほんのわずかな武器も身につけることができない。②王のお召しがなければ、宮殿の上にのぼることができない。

  3. 左右の者が「王負剣」と言ったのはなぜか。

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    長い剣は腰につけたままではさやから抜けないが、背中に背負えば肩ごしに柄を握って抜くことができるから。

  4. 「倚柱而笑、箕踞以罵」とあるが、このときの荊軻の態度からどのような気持ちが読み取れるか。

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    暗殺に失敗した自分をあざける気持ちとともに、最期まで秦王に屈することなく堂々とふるまおうとする意地と誇り。