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『史記』荊軻④図窮まりて匕首見はる 書き下し文・現代語訳

秦王謂軻曰、「取舞陽所持地図。」軻既取図奏之。

秦王 軻に謂ひて曰はく、「舞陽の持つ所の地図を取れ。」と。軻 既に図を取りて之を奏す。

秦王は荊軻に言うことには「舞陽の持つ地図を取れ。」と。荊軻は地図を取って差し上げた。

秦王発図。図窮而匕首見。

秦王 図を(ひら)く。図(きは)まりて.匕首あらはる。

秦王が地図を開いた。地図を広げ終わるとあいくちが現れた。

因左手把秦王之袖、而右手持匕首揕之。未至身。

()りて左手もて秦王の袖を()り、而して右手もて匕首を持ち、之を()す。未だ身に至らず。

そこで(荊軻は)左手で秦王の袖をつかみ、右手であいくちを持って、秦王を刺そうとする。体まで届かない。

秦王驚、自引而起。袖絶。抜剣。剣長。操其室。時惶急、剣堅。故不可立抜。

秦王驚き、自ら引きて起つ。袖絶つ。剣を抜かんとす。剣長し。其の室を()る。時に惶急し、剣堅し。故に立ちどころに抜くべからず。

秦王は驚き、自ら身を引いて立った。袖がちぎれた。(秦王は)剣を抜こうとした。剣が長い。剣のさやを握るだけだった。慌てふためき、剣のすべりが悪い。そのためにすぐに抜くことができない。

○秦王の剣は実戦向きではないため扱いづらい。

荊軻逐秦王。秦王環柱而走。群臣皆愕。卒起不意、尽失其度。方急時、不及召下兵。

荊軻 秦王を逐ふ。秦王柱を(めぐ)りて()ぐ。群臣皆(おどろ)く。(には)かに(おも)はざること起これば、尽く其の度を失ふ。

荊軻は秦王を追った。秦王は柱を回って逃げた。群臣はみな驚き慌てる。急に思いがけない事が起こったので、みんなどうしてよいかわからない。

而秦法、群臣侍殿上者不得持尺寸之兵。諸郎中執兵、皆陳殿下、非有詔召、不得上。

(しか)も秦の法、群臣の殿上に()する者は、尺寸の兵をも()するを得ず。(しよ)(らう)(ちゆう) (へい)()るも、皆殿下に(つら)なり、詔召有るに非ざれば、上るを得ず。急時に()たりて、下の兵を召すに及ばず。

しかし秦の法律では、群臣で宮殿に控える者は、小さな刃物も持つことはできない。護衛の役人は武器を手に取るが、みな宮殿の下に並んで、王の呼び寄せる命令がないので、殿上に上ることができない。緊急時のことで、殿下の兵士を呼ぶことができない。

以故、荊軻乃逐秦王。而卒惶急、無以撃軻而以手共搏之。

故を以つて、荊軻 乃ち秦王を逐ふ。(しか)(には)かに惶急し、以つて軻を撃つこと無くして、手を以つて共に之を()つ。

それをよいことに、荊軻は秦王を追いかけ。(秦の群臣は)急なことに慌てふためき、荊軻を攻撃する武器もないので、素手で荊軻になぐりかかった。

是時、侍医夏無且、以其所奉薬囊提荊軻也。

是の時、侍医()()(しよ)、其の奉ずる所の薬囊を以つて荊軻に(なげう)つ。

このとき、侍医の夏無且は、捧げ持っていた薬を入れた袋を荊軻に投げつけた。

秦王方環柱走。卒惶急、不知所為。

秦王 (まさ)に柱を環りて走ぐ。卒かに惶急して、為す所を知らず。

秦王はちょうど柱の周りを逃げ回っている。急なことに慌てふためき、どうしてよいか分からない。

・方…「まさニ」ちょうど

左右乃曰、「王負剣。」負剣、遂抜以撃荊軻、断其左股。荊軻廃。

左右乃ち曰はく、「王 剣を負へ。」と。剣を負ひ、遂に抜きて以つて荊軻を撃ち、其の()()を断つ。荊軻(たふ)る。

側近たちはそこで言うことには、「王よ、剣を背負ってください。」と。剣を背負い、ようやく剣を抜いて荊軻を撃ち、その左の股を断ち斬った。荊軻は倒れた。

乃引其匕首以擿秦王、不中。中桐柱。

乃ち其の冑首を引きて、以つて秦王に(なげう)つも、()たらず。銅柱に()つ。

そこであいくちを引き寄せて、秦王に投げつけたが命中しない。銅の柱に当たった。

・中「あツ」「あタル」当たる、命中する。

秦王復撃軻。軻被八創。

秦王 復た軻を撃つ。軻八創を被る。

秦王は再び荊軻を撃った。荊軻は八箇所の傷を負った。

・創…傷。

軻自知事不就、倚柱而笑、箕踞以罵曰、「事所以不成者、以欲生劫之、必得約契以報太子也。」

軻自ら事の()らざるを知り、柱に()りて笑ひ、()(きよ)して以つて罵りて曰はく、「事の成らざりし所以(ゆゑん)の者は、生きながらにして之を(おびや)かし、必ず約契(やくけい)を得て、以つて太子に報ぜんと欲せしを以つてなり。」と。

荊軻は自分で計画の失敗を悟り、柱に寄りかかって笑い、両足を投げ出してどなって言うことには「計画が成就しなかった理由は、(秦王を)生かしたままで脅かし、(秦が領土を返還する)約束をとりつけ、そうして太子のご恩に報いようとしたからである。」と。

於是左右既前殺軻。秦王不怡者良久。

是に於いて左右 既に前みて軻を殺す。秦王(よろこ)ばざる者(やや)久し。

そこで秦王の側近の者たちがようやく進み出て荊軻にとどめをさした。秦王はしばらくの間不機嫌な状態であった。

『史記』荊軻①

『史記』荊軻③

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