『孟子』梁恵王上「五十歩百歩」の書き下し文・現代語訳・解説です。「五十歩百歩」は、現在でも「多少の違いはあっても、本質的にはほとんど同じである」という意味で使われる故事成語です。
『孟子』は、戦国時代の思想家孟子の言葉や行いを記した書物です。孟子は孔子の「仁」の思想を受けつぎ、仁義にもとづいて民の生活を安定させる「王道」の政治を説きました。
書き下し文・現代語訳・解説
恵王の問い
白文梁恵王曰、「寡人之於国也、尽心焉耳矣。
書き下し梁恵王曰はく、「寡人の国に於けるや、心を尽くすのみ。
現代語訳梁の恵王が言った。「私は国の政治について、ひたすら心を尽くしている。
- 梁恵王
- 戦国時代の魏の君主。魏は都を大梁に置いたので、梁ともいう。
- 寡人
- 王が自分を指していう言葉。「徳の寡ない人」という意味のへりくだった言い方。
- 於
- ここでは「おケル」。~に対する。~については。
- 焉耳矣
- 三字で「のみ」と読む。限定・強調の気持ちを表す。
白文河内凶、則移其民於河東、移其粟於河内。河東凶亦然。
書き下し河内凶なれば、則ち其の民を河東に移し、其の粟を河内に移す。河東凶なるも亦然り。
現代語訳河内地方が凶作になれば、そこの民を河東地方へ移し、(河東の)穀物を河内へ運ぶ(民を移すのは、凶作の土地の人口を減らして、飢え死にする者を出さないためです)。河東地方が凶作になった場合も、同じようにしている。
- 河内・河東
- 魏の国の地名。黄河の北側と東側の地方。
- 凶
- 凶作。
- 粟
- 穀物、食糧。
- 亦然
- 「亦然り」。同様である。
白文察隣国之政、無如寡人之用心者。
書き下し隣国の政を察するに、寡人の心を用ふるがごとき者無し。
現代語訳隣国の政治をよく見てみても、私ほど民のために心を尽くしている者はいない。
- 察
- よく調べる、詳しく見る。
- 無如~者
- ~のような者はいない。
- 用心
- 心を用いる。気を配る。
白文隣国之民不加少、寡人之民不加多、何也。」
書き下し隣国の民少なきを加へず、寡人の民多きを加へざるは、何ぞや。」と。
現代語訳それなのに、隣国の民が特に減るわけでもなく、私の国の民が特に増えるわけでもないのは、どうしてなのか。」と。
- 不加少
- いっそう少なくはならない。
- 不加多
- いっそう多くはならない。
- 何也
- 「何ぞや」。どうしてか。
当時は、よい政治をする国には他国から民が移ってくると考えられていました。民の数は、そのまま国の力にもなります。恵王は、「自分の政治>隣国の政治」なのに人口に差がつかないことが、不思議でならないのです。
孟子のたとえ
白文孟子対曰、「王好戦、請以戦喩。
書き下し孟子対へて曰はく、「王戦ひを好む。請ふ戦ひを以て喩へん。
現代語訳孟子はお答えして言った。「王様は戦争がお好きです。どうか戦争を使ってたとえさせてください。
- 対
- 目上の人の問いに答える。
- 請~
- 「請ふ~ん」。どうか~させてください。
白文填然鼓之、兵刃既接、棄甲曳兵而走。
書き下し填然として之を鼓し、兵刃既に接す。甲を棄て兵を曳きて走る。
現代語訳ドンドンと進軍の太鼓を打ち鳴らし、敵味方の刃がもう交わっています。(やがて負けたほうの兵士が)よろいを投げ捨て、武器を引きずりながら逃げ出します。
- 填然
- 太鼓が鳴り響く音。
- 鼓之
- 太鼓を打ち鳴らす。攻撃の合図。
- 兵刃
- 武器、刀剣。
- 甲
- よろい。
- 兵
- ここでは「兵士」ではなく武器。
- 走
- 「はしル」と読み、逃げるの意。
「兵」は、もとは「武器」の意味で、そこから「武器を持つ人=兵士」の意味が生まれました。「棄甲曳兵」は、戦いに負け、よろいを捨て、武器を引きずりながら必死に逃げているようすです。
白文或百歩而後止、或五十歩而後止。
書き下し或いは百歩にして後に止まり、或いは五十歩にして後に止まる。
現代語訳ある兵士は百歩逃げたところで立ち止まり、ある兵士は五十歩逃げたところで立ち止まりました。
- 或~、或~
- ある者は~、ある者は~。
- 而後
- そうしてから、そこで。
白文以五十歩笑百歩、則何如。」
書き下し五十歩を以て百歩を笑はば、則ち何如。」と。
現代語訳(そのとき)五十歩逃げただけの者が、百歩逃げた者を笑ったなら、いかがでしょうか。」と。
- 以五十歩
- 五十歩(逃げただけだ)ということで。
- 何如
- 「いかん」。どうであるか。どう思うか。
恵王の答えと孟子の言葉
白文曰、「不可。直不百歩耳。是亦走也。」
書き下し曰はく、「不可なり。直だ百歩ならざるのみ。是れも亦走るなり。」と。
現代語訳恵王は言った。「それはいけない。(五十歩逃げた者は)ただ百歩まで逃げなかったというだけだ。その者もやはり逃げたことに変わりはない。」と。
- 不可
- よくない。いけない。
- 是
- 五十歩逃げた者。
- 亦
- やはり、同じように。
白文曰、「王如知此、則無望民之多於隣国也。」
書き下し曰はく、「王如し此れを知らば、則ち民の隣国より多きを望むこと無かれ。」と。
現代語訳孟子は言った。「王様がもしこの道理をおわかりなら、自分の国の民が隣の国より増えることを期待なさってはいけません。」と。
- 如
- 「もシ」。もし~ならば。
- 此
- 恵王が今言ったこと。五十歩でも百歩でも、逃げたという点では同じだということ。
- 無
- 「なカレ」。~してはいけない(禁止)。
- 於
- ここでは比較。「A於B」で「BよりA」。
続き 孟子が示す「王道のはじめ」
恵王の「どうして民が増えないのか」という問いに、孟子はさらに具体的に答えます。
白文不違農時、穀不可勝食也。
書き下し農時を違へざれば、穀は勝げて食らふべからざるなり。
現代語訳農作業の時期をたがえなければ(民を戦争や工事に使わなければ)、穀物は食べきれないほどになります。
- 農時
- 農作業に大切な時期。
- 不可勝~
- 「勝げて~べからず」。~しきれない。
白文数罟不入洿池、魚鼈不可勝食也。
書き下し数罟洿池に入らざれば、魚鼈は勝げて食らふべからざるなり。
現代語訳目の細かい網を池や沼に入れないようにすれば、魚やすっぽんは食べきれないくらいとれます。
- 数罟
- 目の細かい網。稚魚まで取り尽くしてしまう。
- 洿池
- 池や沼。
- 魚鼈
- 魚とすっぽん。
白文斧斤以時入山林、材木不可勝用也。
書き下し斧斤時を以て山林に入らば、材木は勝げて用ふべからざるなり。
現代語訳(木を切るのに適した)時期を選んで斧を山林に入れるなら、材木は使いきれないほどになります。
- 斧斤
- おの。「斧」は大きなおの、「斤」は普通のおの。
- 以時
- 時を選んで。木の成長しない時期に切ること。
白文穀与魚鼈不可勝食、材木不可勝用、是使民養生喪死無憾也。
書き下し穀と魚鼈と、勝げて食らふべからず、材木勝げて用ふべからざれば、是れ民をして生を養ひ死を喪して憾み無からしむるなり。
現代語訳穀物と魚・すっぽんが食べきれないほどあり、材木が使いきれないほどあれば、民は家族を養い、死者を手厚く弔うのに、心残りがないようになります。
- 養生
- 生きている者(家族)を養う。
- 喪死
- 死者を手厚く弔う。
- 憾
- 心残り、不満。
- 使民
- 「民をして~しむ」。使役。
白文養生喪死無憾、王道之始也。
書き下し生を養ひ死を喪して憾み無きは、王道の始めなり。
現代語訳家族を養い、死者を弔うのに心残りがないようにすること、これが王道の始めなのです。
- 王道
- 仁義にもとづき、民の生活を安定させる政治。
孟子の「王道」
孟子は、武力によって人々を従わせる政治(覇道)よりも、仁義にもとづき、民の生活を安定させる政治(王道)を重んじました。民が安心して暮らせる政治を行えば、人々は自然にその国へ集まり、王は天下の支持を得られると考えたのです。
故事成語「五十歩百歩」の意味
五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ)=多少の違いはあるものの、本質的にはほとんど同じで、大した違いがないこと。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを、送り仮名を含めてひらがな(現代仮名遣い)で書け。
①対(孟子対曰)
②或(或百歩而後止)
③則(則何如)
④何如
⑤如(王如知此)解答を見る
①こたえて
②あるいは
③すなわち
④いかん
⑤もし次の語の意味を答えよ。
①寡人(だれを指すかも答えよ)
②粟
③兵(棄甲曳兵)解答を見る
①王が自分自身を指していう言葉。この文章では梁の恵王。
②穀物。
③武器。(兵士ではない。)「棄甲曳兵而走」は、兵士のどのようなありさまを描いているか。
解答を見る
戦いに敗れ、よろいを捨てて武器を引きずりながら必死に逃げている状態。
B 書き下し文・現代語訳
「無如寡人之用心者」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:寡人の心を用ふるがごとき者無し。
現代語訳:私ほど民のために心を尽くしている者はいない。「王好戦、請以戦喩」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:王戦ひを好む。請ふ戦ひを以て喩へん。
現代語訳:王様は戦争がお好きです。どうか戦争を使ってたとえさせてください。「以五十歩笑百歩、則何如」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:五十歩を以て百歩を笑はば、則ち何如。
現代語訳:五十歩逃げただけの者が、百歩逃げた者を笑ったなら、いかがでしょうか。「不可。直不百歩耳。是亦走也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:不可なり。直だ百歩ならざるのみ。是れも亦走るなり。
現代語訳:それはいけない。ただ百歩まで逃げなかったというだけだ。その者もやはり逃げたことには変わりがない。「王如知此、則無望民之多於隣国也」を書き下し文にし、「此」が指す内容を補って現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:王如し此れを知らば、則ち民の隣国より多きを望むこと無かれ。
現代語訳:王様がもし(五十歩しか逃げなかった者も、百歩逃げた者と同じく、逃げたことには変わりがないという)この道理をおわかりなら、自分の国の民が隣の国より増えることを期待なさってはいけません。
C 内容の読み取り
恵王は、どのようなことを不思議に思って孟子に質問したのか。恵王が自分の政治の根拠として挙げている政策にもふれて説明せよ。
解答を見る
凶作になった地方の民を別の地方へ移し、別の地方の穀物を凶作の地方へ運ぶなど、自分は隣国の王より民のために心を尽くしているはずなのに、隣国の人口は減らず、自国の人口も増えないこと。
孟子が戦争をたとえに用いたのはなぜか。
解答を見る
恵王が戦争を好んでいたため、王にとって身近で理解しやすい戦争の話を使って、自分の政治の問題点を気づかせようとしたから。
孟子のたとえで、「五十歩逃げた者」と「百歩逃げた者」はそれぞれ何を表しているか。また、このたとえによって孟子が恵王に伝えようとしたことを説明せよ。
解答を見る
五十歩逃げた者=梁の恵王の政治。百歩逃げた者=隣国の政治。
伝えようとしたこと:恵王の政治は隣国より多少よい点があっても、本質的には大きな違いがないので、隣国よりすぐれた政治をしていると思い込んで、民が増えることを期待するべきではない、ということ。