白居易『長恨歌』の「驪宮高処入青雲」から「迴看血涙相和流」までの書き下し文・現代語訳・重要語句・内容をわかりやすく解説します。
この部分では、玄宗と楊貴妃が華やかな宮廷生活を送っていたところへ安史の乱が起こり、二人の運命が一変します。都を離れて逃げる途中、ついに楊貴妃は玄宗の目の前で命を落とします。
前半の内容については、白居易『長恨歌』①「漢皇重色思傾国」書き下し文・現代語訳・解説で解説しています。
この部分の流れ
前半では、玄宗と楊貴妃が驪宮で歌や舞を楽しむ幸福の絶頂が描かれます。
しかし「漁陽鞞鼓動地来」を境に場面が急転します。安史の乱によって玄宗は長安から逃れ、軍隊の反発の中で楊貴妃を失うことになります。
『長恨歌』② 書き下し文・現代語訳・解説
驪宮高処入青雲
仙楽風飄処処聞
驪宮 高き処 青雲に入り、
仙楽 風に飄りて処処に聞こゆ。
驪山にある宮殿は高くそびえ、その高いところは青い雲の中にまで入っている。
仙人の音楽かと思われるほど美しい宮廷の音楽が風に乗り、あちらこちらから聞こえてくる。
・驪宮…驪山にある宮殿。ここでは玄宗と楊貴妃が過ごした華清宮。
・仙楽…仙人の奏でる音楽。ここでは、この世のものとは思われないほど美しい音楽。
・処処…あちらこちら。
これまで楊貴妃だけでなく楊氏一族まで栄華を得たことが描かれていた。ここではさらに、驪宮そのものの豪華さと美しい音楽を描き、玄宗と楊貴妃の華やかな生活が頂点に達していることを表している。
緩歌縵舞凝糸竹
尽日君王看不足
緩歌縵舞 糸竹を凝らし、
尽日 君王 看れども足らず。
ゆるやかな歌と優雅な舞に、弦楽器や管楽器の音色を存分に響かせる。
玄宗は一日中それを眺めていても、まったく見飽きることがなかった。
・緩歌…ゆるやかな歌。
・縵舞…ゆったりとした舞。
・糸竹…弦楽器と管楽器。転じて音楽。
・尽日…「じんじつ」。一日中。
・看不足…見ても見飽きない。
「尽日君王看不足」
玄宗は一日中、歌や舞を見ていても飽きることがなかった。
「従此君王不早朝」とあわせると、玄宗が政務よりも楊貴妃との享楽的な生活に夢中になっていたことがわかる。
漁陽鞞鼓動地来
驚破霓裳羽衣曲
漁陽の鞞鼓 地を動かして来たり、
驚破す 霓裳羽衣の曲。
その時、漁陽から反乱軍の打ち鳴らす陣太鼓が大地を揺るがすように迫ってきて、
それまで奏でられていた「霓裳羽衣」の美しい曲を突然打ち破った。
・漁陽…安禄山が軍を起こした地方。
・鞞鼓…馬上で打つ軍用の太鼓。ここでは反乱軍の攻め太鼓。
・霓裳羽衣曲…玄宗と楊貴妃が楽しんだ華麗な舞曲。
「漁陽鞞鼓動地来」=安史の乱
ここで描かれているのは、安禄山が起こした反乱をきっかけとする安史の乱です。
「漁陽鞞鼓」=戦乱の音と、「霓裳羽衣曲」=宮廷の華やかな音楽とが強烈に対照されています。
そのため「驚破霓裳羽衣曲」は、単に音楽が中断しただけでなく、玄宗と楊貴妃の幸福な生活そのものが打ち破られたことを象徴しています。
九重城闕烟塵生
千乗万騎西南行
九重の城闕 烟塵生じ、
千乗万騎 西南に行く。
奥深い皇宮にも戦乱の煙と砂ぼこりが立ちこめ、
玄宗の一行は多数の車と騎兵を従えて西南の蜀へと落ちのびていった。
・九重…宮中が幾重にも門で囲まれていること。ここでは皇宮。
・城闕…城門。ここでは宮城。
・烟塵…煙と砂ぼこり。ここでは戦乱が起こったことを表す。
・千乗万騎…非常に多くの車と騎兵。
・西南…玄宗が逃れた蜀の方向。
それまで最高権力者として華やかな生活を送っていた玄宗が、反乱によって都・長安を捨てて逃亡する立場になった。
翠華揺揺行復止
西出都門百余里
翠華 揺揺として行きて復た止まる。
西のかた都門を出づること百余里。
天子の所在を示す旗はゆらゆらと揺れ、一行は進んではまた止まった。
それは都の門を西へ出て百里余り進んだ場所であった。
・翠華…カワセミの羽で飾った天子の旗。転じて、天子の一行。
・揺揺…ゆらゆらと揺れる様子。
「行復止」
玄宗の一行は順調に蜀へ向かっているのではなく、進んでは止まっています。
この直後に「六軍不発」と続き、玄宗の命令だけでは軍隊を動かせなくなっている状況が明らかになります。
六軍不発無奈何
宛転娥眉馬前死
六軍 発せず、奈何ともする無く、
宛転たる娥眉 馬前に死す。
天子直属の軍隊はそれ以上進もうとせず、玄宗にはどうすることもできなかった。
そして美しく弧を描く眉をもつ美女・楊貴妃は、玄宗の馬の前で命を落とした。
・六軍…天子直属の軍隊。
・無奈何…「奈何ともする無し」。どうすることもできない。
・宛転…美しく曲線を描いている様子。
・娥眉…美しく弧を描いた眉。また、そのような眉を持つ美人。ここでは楊貴妃。
なぜ「六軍不発」となったのか
楊氏一族への不満を抱いていた兵士たちは、それ以上進軍しようとしませんでした。
天子直属の軍隊である「六軍」さえ玄宗の思いどおりにならないことから、玄宗の権威が大きく揺らいでいることも読み取れます。
「宛転娥眉馬前死」
「娥眉」は楊貴妃を指します。
この句では、楊貴妃がどのように殺されたのかを詳しく描かず、「玄宗の目の前で楊貴妃が死んだ」という事実だけを簡潔に示しています。
華やかな美貌を描き続けてきた楊貴妃を「娥眉」という美しい言葉で表した直後に「死す」と置くことで、悲劇が強く印象づけられています。
花鈿委地無人収
翠翹金雀玉搔頭
花鈿 地に委てられて人の収むる無く、
翠翹・金雀・玉搔頭。
花形の美しい髪飾りは地面に落ちたままで、それを拾い上げる者もいない。
カワセミの羽を用いた髪飾りも、黄金の雀をかたどった飾りも、玉のかんざしも、すべてそのまま打ち捨てられていた。
・花鈿…花の形をした美しい髪飾り。
・委地…地面に捨てられる、地面に落ちる。
・翠翹…カワセミの羽を使った髪飾り。
・金雀…黄金で雀の形を作った髪飾り。
・玉搔頭…玉で作ったかんざし。
楊貴妃が身につけていた華麗な髪飾りが地面に散らばり、誰にも拾われない様子を描いている。
「雲鬢花顔金歩揺」と、楊貴妃の美しさを引き立てる豪華な装飾品が描かれていた。それがここでは地面に打ち捨てられており、かつての栄華が失われたことを視覚的に表している。
君王掩面救不得
迴看血涙相和流
君王 面を掩ひて救ひ得ず。
迴り看て血涙 相和して流る。
玄宗は顔を手で覆ったまま、愛する楊貴妃を救うことができなかった。
振り返って見つめる玄宗の目からは、血の混じるほどの激しい悲しみの涙が流れた。
・掩面…顔を手で覆う。
・救不得…救うことができない。
・血涙…血の混じった涙。非常に深い悲しみを表す。
冒頭との対応にも注目
『長恨歌』の冒頭には「求不得」とありました。
玄宗は初め、絶世の美女を「求めても得られない」状態でした。それが楊貴妃と出会った後、今度は最愛の楊貴妃を「救おうとしても救えない(救不得)」状態になります。
また、楊貴妃との恋の始まりでは「迴眸」と、楊貴妃が瞳をめぐらせて微笑む姿が描かれていました。
それに対して別れの場面では、玄宗が「迴看」して血の涙を流します。
「求不得」→「救不得」、「迴眸」→「迴看」という対応によって、二人の出会いと永遠の別れが鮮やかに対照されています。
『長恨歌』②のあらすじ・内容
玄宗と楊貴妃は、驪宮で美しい音楽や歌舞を楽しみ、華やかな日々を送っていました。玄宗は一日中眺めていても飽きないほど、その生活に夢中になっていました。
ところが、漁陽から反乱軍の陣太鼓が響きます。安史の乱が起こり、それまでの幸福な生活は一瞬にして打ち破られました。
玄宗は長安を捨てて蜀へ逃れます。しかし都を出て百里余りの場所で軍隊が進軍を拒否し、玄宗にもどうすることもできなくなります。
そして楊貴妃は玄宗の目の前で命を落としました。美しい髪飾りは地面に散らばり、玄宗は愛する人を救うことができないまま、振り返って激しく涙を流します。
この部分の重要ポイント
これまでは、玄宗と楊貴妃の幸福と栄華が描かれていました。
ここでは「漁陽鞞鼓動地来」を境に、その幸福が一気に戦乱・逃亡・死へと転じます。
ここから『長恨歌』は、華やかな宮廷の物語から、失った楊貴妃を思い続ける玄宗の悲しみを描く物語へと移っていきます。
『長恨歌』② テスト予想問題
問1 この部分を内容の上から前半と後半に分けるとき、後半の始まりとなる二字を本文から抜き出せ。
問2 「仙楽」と「糸竹」の意味をそれぞれ答えよ。
「糸竹」=弦楽器と管楽器。転じて音楽。