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白居易『長恨歌』③書き下し文・現代語訳・解説・予想問題

白居易『長恨歌』の「黄埃散漫風蕭索」から「魂魄不曽来入夢」までの書き下し文・現代語訳・重要語句・内容をわかりやすく解説します。

前回、安史の乱によって玄宗と楊貴妃の幸福な生活は崩壊し、楊貴妃は玄宗の目の前で命を落としました。

この③では、楊貴妃を失った玄宗の深い悲しみが中心となります。玄宗は蜀へ逃れ、その後都へ戻りますが、目に映るものすべてが楊貴妃を思い出させます。

前半については、白居易『長恨歌』②書き下し文・現代語訳・解説・予想問題をご覧ください。

この部分の流れ

①楊貴妃を失った玄宗が蜀へ向かう

②天下の情勢が変わり、玄宗は都へ帰還する

③途中、楊貴妃が死んだ馬嵬を再び通る

④都に戻っても、あらゆる景色が楊貴妃を思い出させる

⑤季節が巡っても悲しみは消えず、楊貴妃は夢にさえ現れない

目次

『長恨歌』③ 書き下し文・現代語訳・解説

黄埃散漫風蕭索
雲桟縈紆登剣閣

黄埃(こうあい)散漫として風蕭索(しょうさく)たり。
雲桟(うんさん)縈紆(えいう)として剣閣(けんかく)に登る。

黄色い砂ぼこりが一面に舞い、風はもの寂しく吹いている。
玄宗の一行は、雲の中まで続くような曲がりくねった桟道を通って剣閣へ登っていく。

・黄埃…黄色い砂ぼこり。

・蕭索…もの寂しい様子。

・雲桟…雲の中にまで達するような山中の桟道。

・縈紆…曲がりくねっている様子。

・剣閣…蜀へ向かう途中にある険しい要害。

玄宗は楊貴妃を失って都から逃亡した。ここでは「黄埃」「蕭索」という荒涼とした景色によって、玄宗の悲しみや孤独も強く感じられる。

峨嵋山下少人行
旌旗無光日色薄

峨嵋山(がびさん)下 人の行くこと(まれ)に、
旌旗(せいき) 光無く、日色薄し。

峨嵋山のふもとは行き交う人もほとんどなく、天子の旗にもかつての輝きはなく、
日の光まで弱々しく見える。

・少…「まれナリ」。ほとんどない。

・旌旗…旗。ここでは玄宗の所在を示す天子の旗。

・日色…日の光。

「旌旗無光日色薄」

天子を象徴する旗から光が失われ、太陽の光まで薄く描かれています。

この暗い景色には、楊貴妃を失った玄宗の悲しみだけでなく、かつて天下を治めた玄宗の権威や栄華が衰えてしまったことも重ねられています。

蜀江水碧蜀山青
聖主朝朝暮暮情

蜀江 水(みどり)にして蜀山青く、
聖主 朝朝暮暮(ちょうちょうぼぼ)の情。

蜀の川は深い緑色に澄み、蜀の山々は青々として美しい。
しかし玄宗は、朝も夕方も絶えず楊貴妃への思いを募らせていた。

・蜀江…蜀を流れる川。

・聖主…徳の高い君主。ここでは玄宗。

・朝朝暮暮…朝ごと夕ごと。朝も晩も。

○蜀の川や山は美しいままである。しかし、美しい自然を見ても玄宗の心は晴れない。外界の美しさと玄宗の悲しみが対照的に描かれている。

行宮見月傷心色
夜雨聞鈴腸断声

行宮(あんぐう)に月を見れば傷心の色、
夜雨に鈴を聞けば腸断(ちょうだん)の声。

旅先の仮の御所で月を見ると、その月さえ心を痛ませる色に見える。
夜の雨の中で鈴の音を聞くと、その音さえ胸が張り裂けるほど悲しい響きに聞こえる。

・行宮…天子が旅先などで使用する仮の宮殿。

・傷心…心を痛めること。

・腸断…はらわたが断ち切られるほど深く悲しむこと。

天旋日転迴竜馭
到此躊躇不能去

天旋り日転じて竜馭(りょうぎょ)を迴らす。
此に到りて躊躇(ちゅうちょ)して去ること能はず。

やがて天下の情勢が大きく変化し、玄宗は天子の乗り物を都の方へ向けて帰ることになった。
しかしこの場所まで来ると、ためらってなかなか立ち去ることができなかった。

・竜馭…天子の乗り物。また、天子の一行。

・躊躇…ためらうこと。

・此…楊貴妃が死んだ馬嵬の地。

なぜ「去ること能はず」なのか

玄宗が通り過ぎることのできない「此」は、楊貴妃が命を落とした馬嵬です。

都へ帰る途中で最愛の人を失った場所を再び訪れ、楊貴妃の死を思い出して悲しみがよみがえったため、玄宗はその場を離れられなかったのです。

馬嵬坡下泥土中
不見玉顔空死処

馬嵬坡(ばかいは)の下 泥土の中、
玉顔(ぎょくがん)を見ず、空しく死せし処。

馬嵬の坂の下、泥にまみれた地には、
もはや玉のように美しい楊貴妃の顔を見ることはできず、ただ彼女が死んだ場所だけがむなしく残っていた。

・馬嵬坡…楊貴妃が命を落とした場所。

・玉顔…玉のように美しい顔。ここでは楊貴妃。

・空…むなしく。ただ~だけ。

「驪宮高処」と「馬嵬坡下」

②の冒頭には、二人が栄華を極めていた「驪宮高処」がありました。

それに対して、ここでは「馬嵬坡下泥土中」と表現されます。

高く華やかな宮殿から、泥土の中にある死の場所へ。二つの場所の対照によって、玄宗と楊貴妃の栄華から悲劇への転落が際立っています。

君臣相顧尽霑衣
東望都門信馬帰

君臣 相顧みて(ことごと)く衣を(うるお)し、
東のかた都門を望み、馬に(まか)せて帰る。

玄宗も家臣たちも互いに顔を見合わせ、皆涙で衣をぬらした。
そして東の方角にある都を望みながら、玄宗は馬の進むままに帰っていった。

・相顧…互いに顔を見合わせる。

・尽…ことごとく。すべて。

・霑衣…涙で衣をぬらす。

・信馬…馬の進むままに任せる。

「馬に信せて帰る」という表現から、玄宗が喜んで都へ帰っているのではなく、悲しみのため自分から進む方向さえ決められないような状態であることがわかる。

帰来池苑皆依旧
太液芙蓉未央柳

帰り来たれば池苑 皆旧に依る。
太液(たいえき)芙蓉(ふよう)未央(びおう)の柳。

都に帰ってみると、宮殿の池や庭園はすべて昔のままであった。
太液池の蓮の花も、未央宮の柳も、以前と変わっていない。

・池苑…池や庭園。

・依旧…昔のままである。

・太液…宮中にある太液池。

・芙蓉…蓮の花。

・未央…未央宮。

変わらない宮殿と、戻らない楊貴妃

池も庭も、蓮も柳も、玄宗が都を離れる前と変わっていません。

しかし、その景色を一緒に見ていた楊貴妃だけはいない

周囲が「昔のまま」であるからこそ、玄宗にとって楊貴妃を失った事実がいっそう鮮明になります。

芙蓉如面柳如眉
対此如何不涙垂

芙蓉は面のごとく、柳は眉のごとし。
此に対して如何(いかん)ぞ涙垂れざらん。

蓮の花を見ると楊貴妃の美しい顔のように思われ、柳を見ると彼女の細く美しい眉のように思われる。
これらを目の前にして、どうして涙を流さずにいられようか。いや、涙を流さずにはいられない。

・面…ここでは楊貴妃の顔。

・眉…ここでは楊貴妃の眉。

・如何不~…「如何ぞ~ざらん」。どうして~しないだろうか、いや、必ず~する。反語

「此」が指すもの

「此」は直前の「太液芙蓉未央柳」、つまり太液池の蓮と未央宮の柳を指します。

蓮の花から楊貴妃の顔を、柳から楊貴妃の眉を連想するため、玄宗は涙を流さずにはいられません。

『源氏物語』「桐壺」と『長恨歌』

「太液芙蓉未央柳」は、日本文学にも大きな影響を与えた表現です。

『源氏物語』「桐壺」でも、桐壺帝が亡き桐壺更衣を思う場面に、この『長恨歌』を踏まえた表現が用いられています。

玄宗と楊貴妃の関係が、桐壺帝と桐壺更衣の関係を描く際の重要な下敷きとなっていることも押さえておきましょう。

春風桃李花開夜
秋雨梧桐葉落時

春風 桃李 花開く夜、
秋雨 梧桐 葉落つる時。

春風が吹き、桃やすももの花が開く夜も、
秋の雨が降り、梧桐の葉が散る時も、玄宗は楊貴妃を思い出して悲しんだ。

・桃李…桃とすもも。

・梧桐…あおぎり。

・「春風桃李花開夜」と「秋雨梧桐葉落時」は対句

季節が変わっても悲しみは変わらない

「春」と「秋」、「花開く」と「葉落つ」が対照的に置かれています。

季節は移り変わっていきますが、玄宗の楊貴妃への思いだけは消えないことが表されています。

西宮南苑多秋草
宮葉満階紅不掃

西宮南苑 秋草多く、
宮葉 階に満ちて、紅 掃はず。

西の宮殿や南の庭園には秋草が生い茂り、
宮殿の階段は赤く色づいた落ち葉でいっぱいになっているが、それを掃く者もいない。

・西宮…西側の宮殿。

・南苑…南側の庭園。

・宮葉…宮殿内の木々の葉。

・紅不掃…紅葉した落ち葉が掃除されない。

○かつて玄宗と楊貴妃が華やかに暮らしていた宮殿は、今では秋草や落ち葉に覆われている。宮廷の寂れた様子が、玄宗の孤独をさらに強調している。

梨園弟子白髪新
椒房阿監青娥老

梨園(りえん)の弟子 白髪新たに、
椒房(しょうぼう)阿監(あかん) 青娥(せいが)老いたり。

かつて宮廷で歌舞を学んでいた梨園の者たちにも白髪が目立つようになり、
皇后の宮殿で働いていた若く美しい女官たちも年老いてしまった。

・梨園…玄宗が設けた宮廷の音楽・歌舞の教習所。

・梨園弟子…梨園で歌舞を学んだ者たち。

・椒房…皇后の住む宮殿。

・阿監…宮女などを監督する女官。

・青娥…若く美しい女性、美しい容貌。

人も変わってしまった

池や庭は「皆旧に依る」と昔のままでした。

しかし、人間には時間が流れます。かつて若かった宮廷の人々も、今では白髪になり、老いてしまいました。

変わらない自然と、変わっていく人間の対照も、この場面の悲しさを深めています。

夕殿蛍飛思悄然
孤灯挑尽未成眠

夕殿に蛍飛びて思ひ悄然(しょうぜん)たり。
孤灯(ことう)挑げ尽くして未だ眠りを成さず。

夕暮れの宮殿に蛍が飛ぶのを眺めながら、玄宗は寂しく物思いに沈む。
ただ一つの灯火の芯を何度もかき立て、ついには燃え尽きるほど夜が更けても、まだ眠ることができない。

・悄然…しょんぼりとして寂しい様子。

・孤灯…ただ一つともる灯火。「孤」という字によって玄宗の孤独も表現される。

・挑尽…灯心をかき立て続け、ついに燃え尽きること。

・未成眠…まだ眠りにつくことができない。

「孤灯」は、単に灯火が一つというだけでなく、楊貴妃を失って一人きりになった玄宗の姿を象徴している。

遅遅鐘鼓初長夜
耿耿星河欲曙天

遅遅(ちち)たる鐘鼓 初めて長き夜、
耿耿(こうこう)たる星河 曙けんと欲する天。

時刻を知らせる鐘や太鼓の音はなかなか進まないように感じられ、秋の長い夜をいっそう長く思わせる。
やがて天の川が白々と輝き、空はようやく明けようとしている。

・遅遅…時間がなかなか進まないように感じられる様子。

・鐘鼓…時刻を知らせる鐘や太鼓。

・耿耿…明るく輝く様子。

・星河…天の川。

・欲曙天…明けようとしている空。

なぜ鐘の音を「遅遅」と感じるのか

玄宗は楊貴妃を思って眠れず、一人で夜明けを待っています。

眠れない人にとって夜は非常に長く感じられるため、時刻を知らせる鐘や太鼓までなかなか時間が進まないように感じられるのです。

鴛鴦瓦冷霜華重
翡翠衾寒誰与共

鴛鴦(えんおう)の瓦 冷ややかにして霜華(そうか)重く、
翡翠(ひすい)(しとね)寒くして誰と共にせん。

夫婦仲のよさを象徴する鴛鴦の形をした瓦は冷え、霜が厚く降りている。
カワセミの刺繍を施した寝具も冷たく、いったい誰とともに眠ればよいのだろうか。いや、ともに眠る人はもういない。

・鴛鴦…おしどり。男女・夫婦の仲のよさを象徴する。

・霜華…霜。

・翡翠…カワセミ。ここではカワセミの模様。

・衾…寝具、掛け布団。

・誰与共…「誰と共にせん」。誰と一緒にしようか、いや、誰もいない。反語的な表現

「鴛鴦」があるのに一人

「鴛鴦」は本来、仲のよい男女を象徴するものです。

しかし、ここで玄宗は一人きりです。

夫婦・男女の仲を象徴するものに囲まれているからこそ、楊貴妃の不在と玄宗の孤独がかえって強調されています。

悠悠生死別経年
魂魄不曽来入夢

悠悠(ゆうゆう)たる生死 別れて年を経たり。
魂魄(こんぱく) (かつ)て来たりて夢に入らず。

生と死によって遠く隔てられ、二人が別れてからすでに長い年月が過ぎた。そ
れでも楊貴妃の魂は、一度として玄宗の夢の中にさえ現れることがなかった。

・悠悠…はるか遠く隔たっている様子。

・生死別…生者と死者として別れること。

・経年…年月が過ぎる。

・魂魄…魂。ここでは楊貴妃の魂。

・不曽~…かつて一度も~しない。

夢にさえ現れない楊貴妃

玄宗は目覚めている時だけでなく、夜も楊貴妃を思い続けています。

しかし、生と死という隔たりは大きく、楊貴妃は夢の中にさえ姿を見せません

玄宗の思いがここまで深まったことで、続く④ではついに道士・方士を使って楊貴妃の魂そのものを探すという幻想的な世界へ物語が進んでいきます。

『長恨歌』③で描かれる「四季」と玄宗の悲しみ

この部分では、玄宗の悲しみが一時的なものではなく、長い年月にわたって続いていることを示すために、季節の移り変わりが描かれています。

  • …「春風桃李花開夜」
  • …「太液芙蓉」
  • …「秋雨梧桐葉落時」「蛍飛」
  • …「霜華重」「衾寒」

四季は巡っても、玄宗の思いは変わらない

春・夏・秋・冬と季節は次々に移り変わります。

しかし玄宗の心の中では、楊貴妃を失った時から時間が止まったようになっています。

自然の時間が進み続ける一方で、玄宗の悲しみだけは終わらない。これが『長恨歌』後半につながる重要なポイントです。

『長恨歌』③ テスト予想問題

問1 「旌旗無光日色薄」という情景は、玄宗のどのような状況を暗示しているか。
答 玄宗の権威やかつての栄華が衰えていること。
問2 「行宮見月傷心色 夜雨聞鈴腸断声」には、玄宗のどのような心情が表されているか。
答 楊貴妃を失った悲しみが深く、月を見ても鈴の音を聞いても楊貴妃を思い出して悲しく感じる心情。
問3 「到此躊躇不能去」の「此」はどこを指すか。
答 馬嵬。楊貴妃が死んだ場所。
問4 玄宗が馬嵬で「不能去」となったのはなぜか。
答 楊貴妃が死んだ場所を再び訪れ、その死を思い出して悲しみがよみがえったから。
問5 「東望都門信馬帰」の「信馬」から、玄宗のどのような様子が読み取れるか。
答 楊貴妃を失った悲しみのため、自分から積極的に進む気力もなく、馬の進むままに帰る様子。
問6 「対此如何不涙垂」の「此」が指す内容を明らかにして現代語訳せよ。
答 太液池の蓮や未央宮の柳を目の前にして、どうして涙を流さずにいられようか。いや、涙を流さずにはいられない。
問7 「春風桃李花開夜」と「秋雨梧桐葉落時」に用いられている表現技法を答えよ。
答 対句。
問8 「春風桃李花開夜 秋雨梧桐葉落時」によって何が表現されているか。
答 季節が春から秋へと移り変わっても、玄宗が楊貴妃を失った悲しみを持ち続けていること。
問9 「孤灯」は、誰のどのような様子を象徴しているか。
答 楊貴妃を失い、一人きりで夜を過ごす玄宗の孤独な様子。
問10 玄宗が鐘や太鼓を「遅遅」と感じたのはなぜか。
答 楊貴妃を思って眠ることができず、一人で過ごす夜を非常に長く感じていたから。
問11 「魂魄不曽来入夢」の「魂魄」は誰の魂か。
答 楊貴妃の魂。
問12 「太液芙蓉未央柳」を踏まえた表現が登場する、日本の平安時代の代表的な物語を答えよ。
答 『源氏物語』。「桐壺」で『長恨歌』を踏まえた表現が用いられている。

まとめ

『長恨歌』③では、楊貴妃の死後も続く玄宗の深い悲しみが描かれます。

蜀の山水、月、雨の中の鈴、馬嵬、宮殿の蓮や柳、春の花、秋の落ち葉、冬の霜など、玄宗が目にするものすべてが楊貴妃を思い出させます。

特に「芙蓉如面柳如眉 対此如何不涙垂」は、楊貴妃の不在を強く感じさせる重要な部分です。

そして最後には、長い年月が過ぎても楊貴妃が夢にさえ現れないことが示されます。

続く④では、玄宗のあまりに深い思いを受け、道士・方士が楊貴妃の魂を探し始めます。そして物語は現実の世界から仙界へと移り、「比翼の鳥」「連理の枝」で知られるクライマックスへ向かいます。