蘇軾(そしょく)『赤壁賦(せきへきのふ)』①「羽化して登仙するがごとし」の書き下し文・現代語訳・解説です。
『赤壁賦』は、北宋の蘇軾が、流罪となっていた黄州(今の湖北省)で、元豊五年(一〇八二年)、四十七歳のときに作った文章です。同じ年の十月に作られた「後赤壁賦」と区別して、「前赤壁賦」ともよばれます。本文は『古文真宝』後集によります。
ここでは、教科書の段落に合わせて、全体を三つの記事に分けて読みます。
- ①第一・第二段落(壬戌之秋〜泣孤舟之嫠婦)…この記事
- ②第三段落(蘇子愀然正襟〜託遺響於悲風)
- ③第四・第五段落(蘇子曰、客亦知夫水与月乎〜不知東方之既白)
書き下し文・現代語訳・解説
赤壁の舟遊び(第一段落)
白文壬戌之秋、七月既望、蘇子与客泛舟、遊於赤壁之下。
書き下し壬戌の秋、七月既望、蘇子客と舟を泛かべて、赤壁の下に遊ぶ。
現代語訳壬戌の年の秋、七月十六日のこと、蘇子は客と舟を浮かべ、赤壁の下で舟遊びをした。
- 壬戌
- 干支で「みずのえいぬ」の年。ここは元豊五年(一〇八二年)。
- 既望
- 陰暦の十六日。十五日を「望」といい、その次の日を「既望」という。陰暦では七・八・九月が秋。
- 蘇子
- 蘇軾が自分を指していう。「子」は人を呼ぶときに添える語。作者は自分を作中の人物として客観的に描いている。
- 客
- 友人。
- 泛舟
- 舟を浮かべる。
- 於
- 置き字。
白文清風徐来、水波不興。
書き下し清風徐ろに来たりて、水波興らず。
現代語訳すがすがしい風が静かに吹いてきて、川面には波も立たない。
- 清風
- すがすがしい風。
- 徐
- 「おもむろニ」。静かに。ゆるやかに。
- 水波不興
- 水面に波が立たない。
白文挙酒属客、誦明月之詩、歌窈窕之章。
書き下し酒を挙げて客に属め、明月の詩を誦し、窈窕の章を歌ふ。
現代語訳(蘇子は)杯を持ち上げて客に酒を勧め、明月の詩を吟じ、窈窕の章を歌った。
- 属
- 「すすム」。酒を勧める。
- 誦
- 声に出して吟じる。
- 明月之詩
- 『詩経』陳風の「月出」。月の光のように美しい人を思い慕う詩。
- 窈窕之章
- 『詩経』周南の「関雎(かんしよ)」。しとやかな娘を立派な男子の妻に迎えたいとうたう詩。
白文少焉、月出於東山之上、徘徊於斗牛之間。
書き下し少くにして、月東山の上に出で、斗牛の間に徘徊す。
現代語訳しばらくすると、月が東の山の上に出て、斗宿と牛宿の間(東南の空)をゆっくりとさまよった。
- 少焉
- 「しばらクニシテ」。まもなく。しばらくして。「焉」は置き字。
- 斗牛
- 二十八宿(星座)のうちの斗宿と牛宿。東南の空にある。
- 徘徊
- 行きつもどりつする。月がゆっくりと動くさま。
- ○月の動きで、時間がたっていくことを表している。
白文白露横江、水光接天。
書き下し白露江に横たはり、水光天に接す。
現代語訳白いもやが長江一面にたなびき、月光にきらめく水面は天に続いている。
- 白露
- 白く光る露。ここは、露となる夜気が川の上にもやのように立ちこめている様子。秋のものとして詩文によく出てくる。
- 江
- 長江。
- 水光接天
- 月の光に照らされた水面が天とつながって見え、空と水の境がわからない。
白文縦一葦之所如、凌万頃之茫然。
書き下し一葦の如く所を縦にして、万頃の茫然たるを凌ぐ。
現代語訳一枚の葦の葉のような小舟が行くのにまかせて、どこまでも広がる水面を勢いよく進んでいく。
- 縦
- 「ほしいままニス」。思いのままにする。まかせる。
- 一葦
- 一本の葦。小さな舟のたとえ。
- 如
- ここは「ゆク」。行く。「ごとシ」と読む「如」とは違う。
- 凌
- 勢いよく進んでいく。
- 万頃
- 広々とした水面。「頃」は広さの単位。
- 茫然
- 見わたすかぎり、さえぎるものもなく広がる様子。
白文浩浩乎如馮虚御風、而不知其所止、
書き下し浩浩乎として虚に馮り風に御して、其の止まる所を知らざるがごとく、
現代語訳広々として、まるで大空に浮かび、風に乗って、どこで止まるのかもわからないようであり、
- 浩浩乎
- 広々として果てしない様子。
- 馮虚
- 大空に浮かぶ。「虚」は大空。
- 御風
- 風に乗る。『荘子』に、列子が風に乗って空を行ったという話がある。
- 如
- 「ごとシ」。まるで~のようだ。ここは「其所止」まで受けて、最後に読む。
白文飄飄乎如遺世独立、羽化而登仙。
書き下し飄飄乎として世を遺れて独立し、羽化して登仙するがごとし。
現代語訳ふわふわとただよって、俗世間を忘れて何ものにもとらわれない身となり、羽が生えて仙人となり天に昇っていくかのようである。
- 飄飄乎
- ひらひらと。ふわふわと。風に吹かれてただよう様子。
- 遺世
- 俗世間のことを忘れる。世俗を捨てる。
- 独立
- ほかのものに影響されない状態にある。
- 羽化
- 羽が生えること。仙人になって空を飛べるようになることをいう。
- 登仙
- 仙人となって天に昇る。
蘇子の歌と客の洞簫(第二段落)
白文於是、飲酒楽甚。
書き下し是に於いて、酒を飲みて楽しむこと甚だし。
現代語訳そこで、酒を飲んで大いに楽しんだ。
- 於是
- 「ここニおイテ」。そこで。
白文扣舷而歌之。
書き下し舷を扣いて之を歌ふ。
現代語訳(蘇子は)船べりをたたいて拍子をとりながら歌った。
- 扣
- 「たたク」。たたく。
- 舷
- 船べり。
- 之
- 動詞の後に添える語で、特に何かを指してはいない。
白文歌曰、「桂櫂兮蘭槳、撃空明兮泝流光。
書き下し歌に曰はく、「桂の櫂蘭の槳、空明に撃して流光に泝る。
現代語訳その歌は、「木犀のさおと木蘭のかいで、水に映る月影にさおさして、きらめき流れる月の光の中をさかのぼっていく。
- 桂櫂
- 桂(木犀)で作ったさお。
- 蘭槳
- 木蘭で作ったかい。桂も蘭も香りのよい木で、風雅な舟であることを表す。
- 兮
- 調子を整える字(置き字)。『楚辞』の歌のスタイルにならっている。
- 撃
- さおさす。水をかく。
- 空明
- 清らかな水に映った月影。
- 流光
- 波にゆれる月の光。
- 泝
- 「さかのぼル」。流れに逆らって進む。
白文渺渺兮予懐、望美人兮天一方。」
書き下し渺渺たり予が懐ひ、美人を天の一方に望む。」と。
現代語訳はるかに広がっていく私の思いよ。美しい人(月)を天のかなたにながめやる。」というものであった。
- 渺渺
- はるかに広がる様子。
- 予
- わたし。
- 美人
- ここは月を指す。
- 天一方
- 天のかなた。
白文客有吹洞簫者、倚歌而和之。
書き下し客に洞簫を吹く者有り、歌に倚りて之に和す。
現代語訳客の一人が洞簫を手に取り、(蘇子の)歌に調子を合わせて奏でた。
- 洞簫
- 尺八に似た管楽器。
- 倚歌
- 歌に合わせる。
- 和
- 調子を合わせて演奏する。
- 之
- 蘇子の歌を指す。
白文其声嗚嗚然、如怨如慕、如泣如訴。
書き下し其の声嗚嗚然として、怨むがごとく慕ふがごとく、泣くがごとく訴ふるがごとし。
現代語訳その音色はむせび泣くようで、怨んでいるようでもあり、慕っているようでもあり、泣いているようでもあり、訴えかけているようでもあった。
- 其声
- 客の吹く洞簫の音色。
- 嗚嗚然
- むせび泣くような音の形容。
- 如
- 「ごとシ」。~のようだ。四つの「如」を重ねて、音色の悲しさをたとえている。
白文余音嫋嫋、不絶如縷。
書き下し余音嫋嫋として、絶えざること縷のごとし。
現代語訳その余韻は細く長く続いて、細い糸のようにとぎれなかった。
- 余音
- 吹き終わったあとに残る響き。余韻。
- 嫋嫋
- 音が細く長く続く様子。
- 縷
- 細い糸。
白文舞幽壑之潜蛟、泣孤舟之嫠婦。
書き下し幽壑の潜蛟を舞はしめ、孤舟の嫠婦を泣かしむ。
現代語訳(その音色は)深い谷にひそむ蛟をも舞い出させ、一そうの小舟の上にいる、夫に先立たれた女性を涙させるほどであった。
- 幽壑
- 奥深い谷。
- 潜蛟
- ひそんでいる蛟(みずち)。「蛟」は竜の一種とされる想像上の動物。
- 孤舟
- 一そうの小舟。
- 嫠婦
- 夫を亡くした女性。
- 舞
- 「まハシム」、泣…「なカシム」。使役の助字はないが、文脈から「~させる」と使役に読む。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①徐
②属
③少焉
④縦解答を見る
①おもむろに/静かに、ゆるやかに
②すすめ/(酒を)勧める
③しばらくにして/まもなく
④ほしいままにして/思いのままにする、まかせる次の語の意味を答えよ。
①既望
②白露
③一葦
④美人(本文中で指しているもの)解答を見る
①陰暦の十六日
②露となる夜気が、もやのように立ちこめている様子
③小舟
④月
B 書き下し文・現代語訳
「縦一葦之所如、凌万頃之茫然」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:一葦の如く所を縦にして、万頃の茫然たるを凌ぐ。
現代語訳:小舟が行くのにまかせて、どこまでも広がる水面を勢いよく進んでいく。「客有吹洞簫者、倚歌而和之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:客に洞簫を吹く者有り、歌に倚りて之に和す。
現代語訳:客の一人が洞簫を手に取り、(蘇子の)歌に調子を合わせて奏でた。「余音嫋嫋、不絶如縷」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:余音嫋嫋として、絶えざること縷のごとし。
現代語訳:その余韻は細く長く続いて、細い糸のようにとぎれなかった。
C 内容の読み取り
「水光接天」とあるが、水面が天につながって見えるのはなぜか。説明せよ。
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月の光に照らされて水面が輝き、もや(白露)も川面に立ちこめているので、空と水の境目がわからなくなっているから。
「浩浩乎如馮虚御風~羽化而登仙」について、①このときの作者の気持ちを簡潔に説明せよ。②この部分にうかがえる思想の名を答え、その思想がうかがえる語を本文から二つ抜き出せ。
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①世俗のことにとらわれず、仙人になったかのような、自由でのびのびとした楽しい気持ち。
②老荘(道家)思想。語:馮虚・御風・遺世・独立・羽化・登仙などから二つ。蘇子の歌(「桂櫂兮蘭槳~望美人兮天一方」)について、①押韻している字をすべて抜き出せ。②どのような気持ちで歌ったものか。簡潔に答えよ。
解答を見る
①槳・光・方
②美しい月夜の景色の中で酒に酔い、うっとりと楽しむ気持ち。客の吹く洞簫の音色はどのようなものだったか。「如怨如慕、如泣如訴」と「舞幽壑之潜蛟、泣孤舟之嫠婦」の二つの表現をふまえて説明せよ。
解答を見る
むせび泣くようで、怨み・慕い・泣き・訴えるように聞こえる悲しい音色で、深い谷にひそむ蛟を舞わせ、夫を亡くした女性を泣かせるほど、聞く者の心を強く打つものだった。
続き(②)
蘇子は、洞簫の音色がなぜそれほど悲しいのかを客にたずねます。客は、この地で戦った英雄・曹操の話を始めます。
『赤壁賦』②「吾が生の須臾なるを哀しむ」の書き下し文・現代語訳・解説を読む