蘇軾(そしょく)『赤壁賦(せきへきのふ)』②「吾が生の須臾なるを哀しむ」の書き下し文・現代語訳・解説です。教科書の第三段落にあたります。本文は『古文真宝』後集によります。
①では、赤壁の下で舟遊びをする蘇子が、仙人になったような心地で歌を歌い、それに合わせて客が吹いた洞簫が、もの悲しく響きました。
①「羽化して登仙するがごとし」の書き下し文・現代語訳・解説を読む
書き下し文・現代語訳・解説
蘇子の問い
白文蘇子愀然正襟、危坐而問客曰、「何為其然也。」
書き下し蘇子愀然として襟を正し、危坐して客に問ひて曰はく、「何為れぞ其れ然るや。」と。
現代語訳蘇子は表情を引きしめて襟を正し、きちんと座りなおして客にたずねた、「どうして(あなたの吹く洞簫の音は)そんなに悲しげなのですか。」と。
- 愀然
- 顔色を変えて、厳しい表情になる様子。
- 正襟
- 衣服の襟を整える。
- 危坐
- 姿勢を正して座る。
- 何為
- 「なんすレゾ」。どうして。
- 然
- 「しかル」。そのようである。洞簫の音色が悲しげであること(「其声嗚嗚然~泣孤舟之嫠婦」の様子)を指す。
英雄曹操も今は亡し
白文客曰、「『月明星稀、烏鵲南飛。』此非曹孟徳之詩乎。
書き下し客曰はく、「『月明らかに星稀にして、烏鵲南に飛ぶ。』とは此れ曹孟徳の詩に非ずや。
現代語訳客が答えた、「『月が明るく照り、星はまばらで、かささぎが南へ飛んでいく。』というのは、曹孟徳の詩ではありませんか。
- 月明星稀、烏鵲南飛
- 曹操の「短歌行」の句。
- 烏鵲
- かささぎ。
- 曹孟徳
- 曹操。「孟徳」は字(あざな)。後漢の末に華北を統一し、魏の国のもとを築いた。詩人としてもすぐれていた。
- 非~乎
- 「~に非ずや」。~ではないか。
白文西望夏口、東望武昌、山川相繆、鬱乎蒼蒼。
書き下し西のかた夏口を望み、東のかた武昌を望めば、山川相繆ひ、鬱乎として蒼蒼たり。
現代語訳西に夏口をながめ、東に武昌をながめると、山と川とが入りまじるように重なり合い、木々がこんもりと茂って青々としています。
- 夏口・武昌
- どちらも地名。長江沿いの町。
- 相繆
- もつれ合うように入り組んでいる。
- 鬱乎
- 樹木がこんもりと茂っている様子。
- 蒼蒼
- 青々としている様子。
白文此非孟徳之困於周郎者乎。
書き下し此れ孟徳の周郎に困しめられし者に非ずや。
現代語訳ここは、曹孟徳が周郎に苦しめられた場所ではありませんか。
- 周郎
- 呉の将軍、周瑜(しゅうゆ)。若くして重い地位についたので、呉の人々は「周郎」と呼んだ。
- 困於周郎
- 周郎に苦しめられる。「於」は受身を表す。
- 者
- ここでは「場所」を表す。
白文方其破荊州、下江陵、順流而東也、舳艫千里、旌旗蔽空。
書き下し其の荊州を破り、江陵より下り、流れに順ひて東するに方たりて、舳艫千里、旌旗空を蔽ふ。
現代語訳曹孟徳が荊州を攻め破り、江陵から長江を下って、流れに乗って東へ進んだときには、船首と船尾がくっつき合うほどの船団が千里も続き、軍旗が空をおおうほどでした。
- 方
- 「あたル」。ちょうど~のときにあたる。
- 荊州
- 今の湖北省を中心とする地域。
- 江陵
- 荊州の中心の町。
- 東
- 東へ進む。
- 舳艫千里
- 船首(舳)と船尾(艫)がくっつき合って、千里も続く。大船団であることをいう。
- 旌旗
- 軍旗。
- 也
- 置き字。
白文釃酒臨江、横槊賦詩。
書き下し酒を釃みて江に臨み、槊を横たへて詩を賦す。
現代語訳(曹孟徳は)酒をくんで長江を前にし、矛を横たえて詩を作りました。
- 釃酒
- 酒をくむ。
- 槊
- 長い柄のついた矛。
- 賦詩
- 詩を作る。
- ○曹操が赤壁の戦いの前に矛を横たえて詩(短歌行)を作ったという話は、正史の『三国志』には見えず、のちの小説『三国志演義』にある話と同じ内容である。
白文固一世之雄也。而今安在哉。
書き下し固に一世の雄なり。而るに今安くに在りや。
現代語訳まことに一つの時代を代表する英雄でした。それなのに、今はいったいどこにいるのでしょうか(どこにもいません)。
- 固
- 「まことニ」。まことに。本当に。
- 一世之雄
- その時代第一の英雄。
- 而
- 「しかルニ」。逆接。それなのに。
- 安~哉
- 「安くに~や」。どこに~か。
人の命のはかなさ
白文況吾与子、漁樵於江渚之上、侶魚鰕而友麋鹿、
書き下し況んや吾と子と、江渚の上に漁樵し、魚鰕を侶として麋鹿を友とし、
現代語訳まして、私とあなたは、長江の水辺で魚をとり木を切って暮らし、魚やえびを仲間とし、鹿を友とし、
- 況
- 「いはンヤ」。まして。文末の「一粟」までかかる。
- 子
- あなた。蘇子を指す。
- 江渚
- 長江の水際。
- 漁樵
- 魚をとり、木を切る。漁師や木こりのような暮らしをすること。官職を離れた隠者の暮らしをいう。
- 魚鰕
- 魚とえび。
- 麋鹿
- 大鹿と鹿。
白文駕一葉之軽舟、挙匏樽以相属、寄蜉蝣於天地、渺滄海之一粟。
書き下し一葉の軽舟に駕し、匏樽を挙げて以て相属め、蜉蝣を天地に寄す、渺たる滄海の一粟なるをや。
現代語訳小さな舟に乗り、ひょうたんの酒器を持ち上げて酒を勧め合い、かげろうのようにはかない命を天地の間に預けている、はてしない大海の中の一粒の粟のような存在なのですから、なおさら(はかないもの)です。
- 一葉之軽舟
- 木の葉のような小舟。
- 駕
- 乗る。
- 匏樽
- ひょうたんで作った酒器。
- 相属
- 互いに酒を勧め合う。
- 蜉蝣
- かげろう。朝に生まれて夕方には死ぬといわれ、はかないもののたとえ。
- 寄
- かりそめに預ける。
- 渺
- はてしなく広がる様子。
- 滄海之一粟
- 大海の中の一粒の粟。ごく小さな存在のたとえ。
白文哀吾生之須臾、羨長江之無窮。
書き下し吾が生の須臾なるを哀しみ、長江の窮まり無きを羨む。
現代語訳自分たちの命がほんのつかの間であることを悲しみ、長江の流れがいつまでも尽きないことをうらやむのです。
- 須臾
- ほんのわずかな時間。
- 無窮
- 尽きることがない。
- ○「吾生之須臾」と「長江之無窮」が対になっている。
白文挟飛仙以遨遊、抱明月而長終、知不可乎驟得、託遺響於悲風。」
書き下し飛仙を挟みて以て遨遊し、明月を抱きて長に終へんことは、驟には得べからざるを知り、遺響を悲風に託す。」と。
現代語訳空を飛ぶ仙人と連れ立って遊び、明月を抱いて永遠に生き続けることは、たやすくかなうものではないとわかっているので、(せめてその思いをこめて)洞簫の余韻を、もの悲しい秋風にことよせたのです。」と。
- 挟
- ここは、連れ立つ。
- 飛仙
- 空を飛ぶ仙人。
- 遨遊
- 遊ぶ。
- 長終
- 永遠に生き続ける。
- 驟
- 「にはカニ」。たやすく。すぐに。
- 乎
- 置き字。
- 不可
- 「~べからず」。~できない。
- 遺響
- あとに残る響き。洞簫の余韻。
- 悲風
- もの悲しい秋風。
- 託
- ことよせる。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①何為
②固
③安
④況
⑤驟解答を見る
①なんすれぞ
②まことに
③いずくに(いずくにか)
④いわんや
⑤にわかに次の語の意味を答えよ。
①愀然
②危坐
③舳艫千里
④一世之雄
⑤須臾解答を見る
①顔色を変えて厳しい表情になる様子
②姿勢を正して座る
③船首と船尾がくっつき合って千里も続く(大船団である)
④その時代第一の英雄
⑤ほんのわずかな時間
B 書き下し文・現代語訳
「此非孟徳之困於周郎者乎」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:此れ孟徳の周郎に困しめられし者に非ずや。
現代語訳:ここは、曹孟徳が周郎(周瑜)に苦しめられた場所ではないか。「固一世之雄也。而今安在哉」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:固に一世の雄なり。而るに今安くに在りや。
現代語訳:まことに一つの時代を代表する英雄であった。それなのに、今はいったいどこにいるのか(どこにもいない)。「哀吾生之須臾、羨長江之無窮」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:吾が生の須臾なるを哀しみ、長江の窮まり無きを羨む。
現代語訳:自分たちの命がほんのつかの間であることを悲しみ、長江の流れがいつまでも尽きないことをうらやむ。
C 内容の読み取り
「何為其然也」の「然」は、どのような様子を指しているか。説明せよ。
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客の吹く洞簫の音色が、むせび泣くように悲しげで、その余韻が細く長く続いている様子。
「一世之雄」とは誰のことか。本文中の語で答えよ。また、客はその人物を例にあげて、何を述べようとしているか。
解答を見る
曹孟徳。
かつては大軍を率いた一代の英雄であったが、その人物でさえ今はもういない(人の命ははかない)ということ。「寄蜉蝣於天地」とは、どういうことか。
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かげろうのようにはかない(短い)命を、この天地の間にかりそめに預けているということ。
「況吾与子~渺滄海之一粟」で、客が言おうとしていることを簡潔に説明せよ。
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英雄の曹操でさえ今はいないのだから、まして隠者のように暮らすちっぽけな自分たちの命は、なおさらはかないということ。
客が洞簫を悲しげに吹いたのはなぜか。客の言葉をもとに説明せよ。
解答を見る
雄大で尽きることのない自然に比べて、人間はちっぽけで命も短く、仙人のように永遠に生きることもできないことを悲しく思っていたから。
続き(③)
客の嘆きを聞いた蘇子は、長江の水と月とを例にあげ、「変化するもの」と「変化しないもの」という見方から、自分の考えを語ります。