既祖取道。高漸離撃筑、荊軻和而歌、為変徴之声。士皆垂涙涕泣。
既に祖して道を取る。高漸離 筑を撃ち、荊軻 和して歌ひ、変徴の声を為す。士 皆涙を垂れて涕泣す。
道中の安全を祈願して宴を開いて出発した。高漸離が筑を弾き、荊軻は合わせて悲壮な音調で歌った。みな涙を流して泣いた。
・祖…道祖伸を祭って宴を開くこと。
・高漸離…荊軻の友人。筑(楽器の一種)の名手。
又前而為歌曰、
風蕭蕭兮易水寒
壮士一去兮不復還
又前みて歌を為りて曰はく、
風蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去りて復た還らず。
(荊軻は)さらに進み出て歌を作り、歌うことには、
風は寂しく吹き、易水は寒々しく流れる、
壮士は一たび去れば、もう戻ってくることはない。
○刺客としての決死の覚悟を歌った。太子にせかされての出発で失敗の予感もあったかもしれないが、愚痴をこぼさず出発する。
復為羽声忼慨。士皆瞋目、髪尽上指冠。於是荊軻就車而去。終已不顧。
復た羽声を為して忼慨す。士 皆目を瞋らし、髪尽く上がりて冠を指す。是に於いて荊軻 車に就きて去る。終に已に顧みず。
再び激しい調子で歌い、心を高ぶらせた。見送る者たちはみな、目を見開き、頭髪はことごとく逆立って冠を突き上げるほどであった。そして荊軻は馬車に乗って去った。それっきり最後まで振り返ることをしなかった。