『大和物語(やまとものがたり)』「沖つ白波(おきつしらなみ)」の現代語訳・品詞分解・敬語・和歌・解説です。
貧しくなった妻をいとしく思いながらも、裕福な女のもとへ通うようになった男が、嫉妬を見せない妻を疑って様子をうかがい、妻の歌と激しい行動を見て心を戻す話です。『伊勢物語』「筒井筒」と同じ話で、読み比べの教材として扱われます。女の本心、男の心の動き、「な」「なむ」の識別、「風吹けば」の歌の序詞がよく問われます。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞などのラベルを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
男が新しい妻をもつ
「大和の国葛城の郡」と住む場所をはっきり示しているので、あとの「たつた山」の歌や、「今の妻の家は、竜田山越えて行く道に」という記述が理解しやすくなっている。
現代語訳何年も互いに愛し合って暮らしてきたが、この女の暮らし向きがすっかり苦しくなってしまったので、
- 思ひかはす
- 互いに愛し合う
- わろし
- ここは、貧しい
「わろく」は「貧しく」の意。あとの「富みたる女」と対比されているのでそう読める。
女が貧しくなったのは、「筒井筒」によれば、女の親が亡くなって頼るところがなくなったため。
現代語訳(男は)思い悩んで、(女を)このうえなく愛しく思いながらも、(別に)妻をもってしまった。
- 思ひわづらふ
- 思い悩む
- まうく
- (妻を)もつ
「限りなく思ひながら」は、男がもとの女をこのうえなく愛しく思いながらも、ということ。
現代語訳(男は今の妻を)特に愛していたわけではないが、(男が)行くと(今の妻は)たいそう大切に世話をして、身につける衣服もとても美しく(使用人に)整えさせた。
- いみじ
- 「いみじく」のウ音便
- いたはる
- 大切に世話をする
「ことに思はねど」は、男の、今の妻に対する気持ち(特に愛しているわけではない)。前の「限りなく思ひながら」(もとの女への気持ち)と対比されている。
「いたはり」「せさせけり」の主語は今の妻。
嫉妬を見せない女
- にぎははし
- 裕福だ。富み栄えている
- ならふ
- 慣れる
「にぎははしき所」は、今の妻の家のこと。
現代語訳この女は、とてもみすぼらしい様子で座っていて、(男が)こうしてよその女のもとへ出歩いているのに、まったくねたましそうにも見えないなどするので、(男は)とても気の毒だと思った。
- わろげなり
- みすぼらしい様子だ
- ありく
- 出歩く
- 妬げなり
- ねたましそうな様子だ
「さらに」は下の打消「ず」と呼応して「まったく〜ない」。
「いとあはれと思ひけり」…自分がほかの女の家に出入りしても、少しもねたむ様子を見せない女のいじらしさに、男は心を打たれ、気の毒に思った。
現代語訳(しかし女は)心の中では、このうえなくねたましく、つらく思っているのを、じっとこらえているのであった。
- 妬し
- ねたましい。くやしい
- 忍ぶ
- こらえる。がまんする
じつは女は、心の中ではこのうえなくねたましく、つらい気持ちをがまんしていた。表の態度と本心とが違うことを、語り手が説明している一文。
現代語訳(男が)今夜はぜひここに泊まろうと思う夜でも、(女は)やはり「お行きなさい。」と言ったので、
- いぬ
- 行ってしまう。去る
「とどまりなむ」の「な」は強意の助動詞「ぬ」の未然形、「む」は意志。「ぜひ泊まろう」という男の強い気持ち。
それでも女は「いね(お行きなさい)」と、男を送り出した。
現代語訳(男は)自分がこうして出歩くのをねたまないで(いるのは)、ほかのこと(=別の男を通わせること)をしているからだろうか、
- ありき
- 出歩くこと
- 異わざ
- ほかのこと
「異わざ」は、女が、男の留守中にほかの男を通わせること。男は、女がまったく嫉妬しないのを見て、そう疑った。
現代語訳そんなことをしていないなら、(自分を)恨むことがきっとあるはずだ、などと内心で考えた。
「ありなむ」の「な」も強意の助動詞「ぬ」の未然形だが、こちらの「む」は推量で、「きっとあるだろう」。
女の歌
現代語訳そこで、(男は)出て行くように見せかけて、庭の植え込みの中に隠れて、(ほかの)男が来るかと見ていると、
- 前栽
- 庭の植え込み
「男や来る」の「男」は、女のもとに通ってくるかもしれない別の男。
現代語訳(女は)縁先に出てすわり、月がこのうえなく美しく照っている中で、髪をくしけずったりしている。
- 端
- 縁側に近い所
- いみじ
- 「いみじく」のウ音便
- おもしろし
- 美しい
- かいけづる
- 髪を櫛でとかす
美しい月の光の中に女の姿を描いて、女の美しさを引き立てている。
夫の留守に髪をとかして身づくろいをする女を見て、男は、やはりほかに通う男がいるのだと、ますます疑ったと考えられる。「筒井筒」では、この部分は「いとよう化粧じて」となっている。
現代語訳夜ふけまで寝ずに、深く嘆いては、ぼんやりと思いに沈んでいたので、(男は)だれかを待っているらしいと見ていると、
- いたし
- 「いたく」のウ音便
- ながむ
- もの思いにふける
- なり(な)
- 「なる」の撥音便「なん」の「ん」が書かれない形
「なめり」は「なるめり」→「なんめり」→「なめり」と変化した形。「な」は断定の助動詞「なり」の連体形(撥音便の「ん」を書かない形)で、「〜であるようだ」。
「使ふ人の」の「の」は同格の格助詞。「使用人で、前にいた人」。
現代語訳風が吹けば沖に白波が立つ、その「たつ」の名をもつ竜田山を、夜ふけの今ごろ、あなたはひとりで越えているのでしょうか。
「風吹けば沖つ白波」は、「(白波が)立つ」から「たつた山」を導く序詞。
夜ふけに、ひとりで竜田山を越えて行く男の身を心配する歌。「らむ」は、目の前にない今のことを推量する現在推量。
現代語訳とよんだので、(男は)この女は私の身を案じていたのだなあと思うと、女がたまらなくいとしくなった。
- うへ
- 身の上
- かなし
- いとしい(「かなしく」のウ音便)
自分は女を裏切ってよその女のもとへ通っているのに、なお自分の身の上を気づかってくれる女の真心に打たれて、男は女をとてもいとしく思った。この「かなし」は「いとしい」の意。
現代語訳この今の妻の家は、竜田山を越えて行く道の先にあったのである。
今の妻の家へ行くには竜田山を越えるので、女は「たつた山」を歌によんだ。
金椀の水
現代語訳こうして、(男が)なおも見ていると、この女は、泣いて横になり、金属のおわんに水を入れて、胸の上に置いていた。
- 金椀
- 金属製のおわん
「胸になむ」の「なむ」は強意の係助詞で、結びは「ける」(連体形)。
- あやし
- 不思議だ
現代語訳すると、この水が熱湯になって煮えたぎったので、(女は)湯を捨てた。そしてまた水を入れる。
- ふつ
- 捨てる
胸に置いた水が熱湯になるというのは誇張した表現。女の胸の中に燃える嫉妬と恨みの激しい思いを表し、女はその胸の火を水で冷まそうとしている。女の本心は、前の「心地には、限りなく妬く心憂く思ふを、忍ぶるになむありける」の一文に書かれている。
現代語訳(男は)見ていてたまらなく悲しくなって、走り出て、「どんなお気持ちがなさって、こんなことをなさるのですか。」と言って、
「たまへ」「たまふ」は尊敬語で、話し手の男から女への敬意。
平気そうに見えた女の胸に、これほど激しい思いが燃えていたことを知って、男は驚きと胸のしめつけられるような痛みを感じて、思わず走り出た。
現代語訳(女を)抱きしめて寝てしまった。こうして、(男は)よその女の所へもまったく行かないで、じっと(女のそばに)いた。
- つと
- じっと。ずっと
「さらに」は下の打消の接続助詞「で」と呼応して「まったく〜ないで」。
男は、もとの女のそばを離れなくなった。「筒井筒」では女の歌を聞いて心を戻したが、この話では、歌に加えて女の激しい行動を見て心を戻している。
その後の今の妻
現代語訳(女は)何気ない顔をしていても、心の中の思いはひどく激しいものだったのだから、
- つれなし
- 平然としている。何気ない
平気な顔をしていても、女が心の中で思うことは激しいものだと、男はもとの女の様子から思い知った。
現代語訳(自分が)こうして通わずにいるのを、(今の妻は)どれほどつらく思っていることかと思い出して、例の女(今の妻)のところへ出かけた。
- ありし
- 以前の
- がり
- 〜のもと
「いかに思ふらむ」の主語は今の妻。長く通わないのを今の妻はどんなに恨んでいるだろうと心配になって、男は今の妻のもとへ行った。
「ありし女」は「以前の女」、つまり今の妻のこと。
現代語訳長い間行かなかったので、(男は)気がひけて(門の外に)立っていた。
- つつまし
- 気がひける。遠慮される
長く通わなかったので、男は今の妻に対して気がひけて、すぐには入れずに立っていた。
現代語訳そして、垣根のすきまからのぞいて見ると、(以前は)自分にはよい様子に見せていたけれど、
- 垣間む
- (垣根のすきまから)のぞき見る
「垣間めば」は、男が外から今の妻の家の中をのぞき見ると、ということ。
現代語訳ひどくみすぼらしい様子の着物を着て、大きな櫛を額髪にさしかけていて、自分の手でご飯を盛っていた。
- あやし
- みすぼらしい。粗末だ
- 面櫛
- 額髪(ひたいがみ)にさす櫛
- 手づから
- 自分の手で
男が今の妻にあきれたのは、①ひどくみすぼらしい着物を着ていた、②大きな櫛を額髪にさしかけていた、③自分の手でご飯を盛っていた、という三つの姿を見たから。「筒井筒」では、手ずからご飯を盛る姿だけが書かれている。
現代語訳(男は)なんともひどいと思って、(もとの女の家に)戻ったきり、二度と(今の妻のところへ)通わなくなった。(じつは)この男は皇族なのであった。
- いみじ
- ひどい
- 王
- 皇族
「王(おほきみ)」は皇族のこと。最後に、男の身分を明かして話を結んでいる。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①葛城
②装束
③前栽
④金椀
⑤熱湯
⑥面櫛
⑦王解答を見る
①かずらき
②しょうぞく
③せんざい
④かなまり
⑤あつゆ
⑥つらぐし
⑦おおきみ本文で使われている意味を答えよ。
①きよらなり
②わろし(いとわろくなりにければ)
③にぎははし
④妬し
⑤心憂し
⑥つれなし
⑦つつまし
⑧あやし(いとあやしきさまなる衣)解答を見る
①美しい
②貧しい
③裕福だ・富み栄えている
④ねたましい
⑤つらい・情けない
⑥平然としている・何気ない
⑦気がひける・遠慮される
⑧みすぼらしい・粗末だ
B 文法
次の「な」「なむ」を文法的に説明せよ。
①とどまりなむと思ふ夜も
②恨むることもありなむ
③人待つなめり(「な」)
④胸になむ据ゑたりける解答を見る
①「な」=助動詞「ぬ」(強意)の未然形、「む」=助動詞「む」(意志)の終止形
②「な」=助動詞「ぬ」(強意)の未然形、「む」=助動詞「む」(推量)の終止形
③断定の助動詞「なり」の連体形(撥音便の「ん」が表記されない形)
④強意の係助詞次の傍線部の助動詞の意味を答えよ。
①身の装束もいときよらにせさせけり(させ)
②人待つなめり(めり)
③夜半にや君がひとり越ゆらむ(らむ)
④わがうへを思ふなりけり(けり)解答を見る
①使役
②推定
③現在推量
④詠嘆①「さらに妬げにも見えず」、②「ほかへもさらに行かで」の「さらに」と呼応している語を抜き出し、「さらに〜」の意味を答えよ。③「使ふ人の前なりける」の「の」の用法を答えよ。
解答を見る
①ず
②で 「さらに〜(打消)」で、まったく〜ない。③同格「いかなる心地したまへば、かくはしたまふぞ」について、①現代語訳せよ。②「たまへ」「たまふ」の敬語の種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。
解答を見る
①どんなお気持ちがなさって、このようなことをなさるのですか。②尊敬語。男から(もとの)女への敬意。
C 内容・和歌
①「この女、いとわろくなりにければ」の「わろく」はどういう意味か。また、そう読めるのは、どの表現と対比されているからか。本文中から抜き出せ。②「ことに思はねど」は、だれの、だれに対する気持ちか。また、これと対比されている表現を本文中から抜き出せ。
解答を見る
①貧しく。対比=富みたる(女)
②男の、今の妻に対する気持ち。対比=限りなく思ひながら「さらに妬げにも見えずなどあれば、いとあはれと思ひけり」について、①男はなぜ「あはれ」と思ったのか。②女の本心を説明した一文を抜き出し、初めの五字を答えよ。
解答を見る
①自分がほかの女の家に出入りしても、少しもねたむ様子を見せない女がいじらしく、気の毒に思えたから。②心地には、
「異わざするにやあらむ」とあるが、男はだれの、どのような行動を疑っているのか。
解答を見る
(もとの)女が、男の留守の間にほかの男を通わせているのではないか、ということ。
「風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ」について、①「風吹けば沖つ白波」は何という修辞で、どの語を導いているか。②現代語訳せよ。③この歌を聞いた男は、どのような気持ちになったか。
解答を見る
①序詞。「たつ(竜田山の『たつ』)」を導いている。②風が吹けば沖に白波が立つ、その「たつ」の名をもつ竜田山を、夜ふけの今ごろ、あなたはひとりで越えているのでしょうか。③自分は女を裏切っているのに、なお自分の身の上を心配してくれる女の真心に打たれ、女をいとしく思った。
「金椀に水を入れて、胸になむ据ゑたりける」「この水、熱湯にたぎりぬれば、湯ふてつ」について、①女はなぜこのようなことをしたのか。②これを見た男はどうしたか。
解答を見る
①男への嫉妬と恨みで激しく燃える胸の思いを、水で冷まして鎮めるため。②走り出て女を抱きしめ、それからはよそへまったく行かずに、女のそばを離れなかった。
「かく行かぬをいかに思ふらむと、思ひ出でて、ありし女のがり行きたりけり」について、①「いかに思ふらむ」の主語はだれか。②男が「ありし女」のもとへ行ったのはなぜか。
解答を見る
①今の妻
②平気な顔をしていても女の心の中の思いは激しいものだと思い知り、長く通わないのを今の妻がどんなに恨んでいるかと気になったから。男が今の妻のもとへ行かなくなったのは、今の妻のどのような姿を見たからか。三つ答えよ。また、『伊勢物語』「筒井筒」では、男がもとの女のもとに戻った直接のきっかけが何である点が、この話と違っているか。
解答を見る
①ひどくみすぼらしい着物を着ていた。②大きな櫛を額髪にさしかけていた。③自分の手でご飯を盛っていた。「筒井筒」では女の歌を聞いたことがきっかけだが、この話では歌のあとの女の激しい行動を見たことがきっかけになっている。