『無名抄(むみょうしょう)』「おもて歌」の現代語訳・品詞分解・敬語・解説です。教科書によっては「深草の里」「俊成自讃歌のこと」「おもて歌のこと」という題で載っています。
俊恵(しゅんえ)が、藤原俊成に「ご自分の歌でいちばんすぐれているのはどれか」とたずね、そのやりとりを弟子の鴨長明に語る話です。俊成が選んだ「夕されば」の歌について、俊恵は「身にしみて」の一句が惜しいと批評します。会話の中に会話が入っているので、だれがだれに話しているのか、敬語の向きとあわせて確かめましょう。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞・敬語の種類と向きを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
俊成への問い
現代語訳俊恵が言うには、「五条三位入道(藤原俊成)のお宅にうかがった折に、
- まうづ
- 参上する。「行く」の謙譲語。俊恵から五条三位入道への敬意。
- ついで
- 機会、折。
現代語訳『ご自身の御作の中では、どれがすぐれているとお思いですか。
- 御詠
- お詠みになった歌。
- 思す
- お思いになる。「思ふ」の尊敬語。俊恵から五条三位入道への敬意。
「いづれをか」の「か」は疑問。結びは「思す」(連体形)。
現代語訳ほかの人々はいろいろと評価を定めておりますが、それを採り上げるわけにはまいりません。
- よそ
- ほかの所。ここでは世間。
- さまざまなり
- いろいろだ。
「それ」は、世間の人々がいろいろに評価している、俊成の歌の中のすぐれた歌。
「侍れ」「侍る」は丁寧語で、俊恵から五条三位入道への敬意。
現代語訳(ご本人から)確かにうかがおうと思います。』と申し上げたところ、
- まさし
- 確かだ、間違いない。
- 承る
- お聞きする。「聞く」の謙譲語。
- 聞こゆ
- 申し上げる。「言ふ」の謙譲語。
「承ら」「聞こえ」は、どちらも俊恵から五条三位入道への敬意。
俊成の答え
現代語訳『夕方になると、野辺を吹く秋風が身にしみて、鶉が鳴いているようだ、この深草の里では。
- 夕されば
- 夕方になると。
- 野辺
- 野原。
- 深草
- 京都の地名。
「鳴くなり」の「なり」は推定。鶉の声が聞こえてくるので「鳴いているようだ」と推し量っている。「鳴く」は四段活用なので、終止形か連体形かは形からは決められず、断定の「なり」との区別は意味で考える。
「なり」が終止形なので四句切れ。
現代語訳この歌を、自分としては代表作と思っております。』とおっしゃったので、
- 身にとりては
- 自分としては。
- おもて歌
- 代表的な歌。
「思ひ給ふる」の「給ふる」は下二段活用の謙譲の補助動詞「給ふ」(「〜ております」)。俊成から聞き手の俊恵への敬意。「なん」の結びで連体形。
「言はれし」の「れ」は尊敬。俊恵から五条三位入道への敬意。
世間の評判
現代語訳私(俊恵)が重ねて言ったことには、『世の中で多くの人が申しておりますのは、
- あまねし
- 広く行きわたっている。
現代語訳桜の花の姿を心に思い描いて、それに導かれて、いくつ越えて来てしまったことか、(桜かと見えた)峰の白雲を。
- 面影
- 目の前にあるように思い浮かぶ姿、幻。
- 先立つ
- 先に立てる。
峰にかかる白雲を桜の花に見立てている。桜を思い浮かべながら、いくつもの峰を越えてきた、という歌。
「ぬ」は完了の終止形なので四句切れ。
現代語訳この歌をすぐれた作のように申しておりますのは、いかがですか。』と申し上げると、
世間の人々は、俊成の歌の中では「面影に」の歌がすぐれていると言っている。
「聞こゆれ」の主語は俊恵。
現代語訳『さあ。よそではそう評価しているのでしょうか。存じませんね。
- いさ
- さあ(どうでしょうか)。
「さ」は、俊成の歌の中では「面影に」の歌がすぐれている、ということ。
「知り給へず」の「給へ」は下二段活用の謙譲の補助動詞(未然形)。俊成から俊恵への敬意。「存じません」と訳す。
現代語訳やはり自分としては、(この歌は)先ほどの歌とは比べものになりません。』ということでございました。」
- 言ひ比ぶ
- 比べて論じる。
「先の歌」は「夕されば」の歌。「面影に」の歌は、「夕されば」の歌とは比べものにならないということ。
「侍りし」の「侍り」は丁寧語。俊恵から聞き手である作者(長明)への敬意。
俊恵の批評
- うちうちに
- 内々に、こっそりと。
「申しし」の主語は俊恵。俊成とのやりとりを語ったあと、作者(長明)に内々に話したことが次に続く。
現代語訳「あの(「夕されば」の)歌は、『身にしみて』という第三句が、とても残念に思われるのです。
- 腰の句
- 和歌の第三句。
- 無念なり
- 残念だ。
「かの歌」は「夕されば」の歌。俊恵が惜しんだのは第三句の「身にしみて」。
現代語訳これほどの出来になった歌は、景色をさらりと詠んで、ただなんとなく、(さぞ)身にしみたのだろうよと(読む人に)思わせることこそが、奥深く心ひかれ、優雅でもあるのです。
- 景気
- 景色、ありさま。
- 言ひ流す
- さらりと詠む。
- 空に
- なんとなく、それとなく。
- 心にくし
- 奥ゆかしい。
- 優なり
- 優雅だ。
俊恵の考えるよい歌:景色だけをさらりと詠み、「身にしみたのだろう」という気持ちは、読む人がそれとなく感じ取るようにするのがよい。
現代語訳(ところがこの歌は)あまりに言い進めすぎて、歌の眼目とすべきところを、そうだとはっきり言い表しているので、ひどく浅い感じになってしまったのです。」
- 言ひもてゆく
- どんどん言い進める。
- 歌の詮
- 歌の眼目、中心となる点。
- むげなり
- ひどい。
「歌の詮とすべきふし」は、この歌にこめられた心情で、「身にしみて」のこと。
「夕されば」の歌は、心情を「身にしみて」とはっきり言ってしまったので、浅い感じになってしまった、というのが俊恵の批評。
俊恵のおもて歌
現代語訳と言って、その話のついでに、「私の歌の中では、
「とて」は「と言って」の意。
現代語訳吉野の山が一面にかき曇って雪が降るときには、ふもとの里では時雨が降ったりやんだりしている。
- み吉野
- 吉野。「み」は語調を整える接頭語。
- うちしぐる
- 時雨が降る。
心情を表す言葉を使わず、山の雪とふもとの時雨という景色だけを詠んでいる。俊恵の考えるよい歌の例。
現代語訳この歌を、あの(代表作の)たぐいにしようと思っております。
- たぐひ
- 仲間、同類。
「かのたぐひ」は「おもて歌」(代表的な歌)のたぐい。
「思う給ふる」の「給ふる」も謙譲の補助動詞。俊恵から作者(長明)への敬意。
現代語訳もし後の世に、(俊恵の代表作は何か)はっきりしないと言う人がいたら、『(俊恵は)このように言っていた。』と話してください。」ということであった。
- 世の末
- 後の世、将来。
- おぼつかなし
- はっきりしない。
「かく」は、俊恵が「み吉野の」の歌を自分のおもて歌にしたいと言ったこと。
「語り給へ」の「給へ」は四段活用の尊敬の補助動詞(命令形)。俊恵から作者(長明)への敬意。
「とぞ」のあとには「言ひし」などの結びが省略されている。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①三位
②御詠
③鶉
④幾重
⑤越え来ぬ
⑥歌の詮
⑦思う給ふる解答を見る
①さんみ
②ごえい
③うずら
④いくえ
⑤こえきぬ
⑥うたのせん
⑦おもうたもうる次の語の本文中での意味を答えよ。
①ついで
②おもて歌
③あまねし
④いさ
⑤腰の句
⑥景気
⑦むげに
⑧おぼつかなし解答を見る
①機会・折
②代表的な歌
③広く行きわたっている
④さあ(どうでしょうか)
⑤和歌の第三句
⑥景色
⑦ひどく
⑧はっきりしない
B 文法・敬語
俊恵が五条三位入道にたずねる場面(「五条三位入道の…聞こえしかば」)について、①「まうで」「思す」「承ら」「聞こえ」の敬語の種類を答えよ。②これらはだれからだれへの敬意か。③「いづれをか優れたりと思す」を現代語訳せよ。
解答を見る
①まうで=謙譲語、思す=尊敬語、承ら=謙譲語、聞こえ=謙譲語
②すべて俊恵から五条三位入道(藤原俊成)へ
③どの歌がすぐれているとお思いになりますか。次の「給ふ」について、活用の種類・活用形・敬語の種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。
①おもて歌と思ひ給ふる
②知り給へず
③『かくこそ言ひしか。』と語り給へ解答を見る
①ハ行下二段活用・連体形・謙譲語。五条三位入道から俊恵へ
②ハ行下二段活用・未然形・謙譲語。五条三位入道から俊恵へ
③ハ行四段活用・命令形・尊敬語。俊恵から作者(鴨長明)へ「鶉鳴くなり深草の里」の「なり」を文法的に説明せよ。また、「夕されば」の歌は何句切れか答えよ。
解答を見る
推定の助動詞「なり」の終止形(鶉の声が聞こえるので「鳴いているようだ」と推し量っている)。四句切れ。
次の文の係り結びについて、係助詞と結びの語を抜き出し、結びの活用形を答えよ。
①「いさ、よそにはさもや定め侍るらん」
②「これをなん、かのたぐひにせんと思う給ふる」
③「かくこそ言ひしか」解答を見る
①や・らん(連体形)
②なん・給ふる(連体形)
③こそ・しか(已然形)
C 現代語訳・内容
「いさ、よそにはさもや定め侍るらん。知り給へず。」を現代語訳せよ。また、「さ」の指す内容を説明せよ。
解答を見る
訳=さあ。よそではそう評価しているのでしょうか。存じませんね。「さ」=俊成の歌の中では「面影に」の歌がすぐれているということ。
「かの歌は、『身にしみて』といふ腰の句のいみじう無念におぼゆるなり」とあるが、俊恵が「身にしみて」を残念に思うのはなぜか。本文に即して説明せよ。
解答を見る
歌の中心となる心情を「身にしみて」とはっきり言い表してしまったため、読む人が自然に感じ取る余地がなくなり、歌がひどく浅いものになってしまったから。
「ただ空に身にしみけんかしと思はせたるこそ、心にくくも優にも侍れ」を現代語訳せよ。
解答を見る
ただそれとなく、(さぞ)身にしみたのだろうよと読む人に思わせることこそが、奥深く心ひかれ、優雅でもあるのです。
「これをなん、かのたぐひにせんと思う給ふる」について、①「かのたぐひ」とは何のたぐいか。②「これ」はどの歌を指すか、初句で答えよ。③全体を「かのたぐひ」の内容を補って現代語訳せよ。
解答を見る
①おもて歌(代表的な歌)
②み吉野の
③この歌を、あの代表作のたぐいにしようと思っております。本文から読み取れる、俊恵の考えるすぐれた歌とはどのような歌か。説明せよ。
解答を見る
心情を直接言葉で言い表さず、景色をさらりと詠むことで、その心情を読む人に余情としてそれとなく感じ取らせる歌。