『難波土産(なにわみやげ)』「虚実皮膜(きょじつひにく)」の現代語訳・品詞分解・解説です。教科書によっては「虚実皮膜の論」「虚実皮膜の間」という題で載っています。
「役者は本物そっくりに演じるのがよい」という「ある人」の意見に対して、浄瑠璃・歌舞伎の作者近松門左衛門が「芸といふものは、実と虚との皮膜の間にあるものなり」と答える文章です。家老の役のたとえで、何が「実」で何が「虚」なのかを押さえて読みましょう。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
ある人の意見
現代語訳ある人が言うには、「今どきの人は、よほど理屈にかなった本当らしいことでなければ納得しない世の中で、
- よくよく
- 非常に。よほど。
- 理詰め
- 理屈で押し詰めること。
- 合点す(がてんす)
- 納得する。承知する。
「理詰めの実らしきこと」は、理屈が通っていて、いかにも現実にありそうなこと(今でいうリアルなこと)。
- 昔語り
- 昔から語り伝えられた話。
- 当世(とうせい)
- 今の世。現代。
- 受け取る
- 納得する。受け入れる。
昔話には現実にはありそうもない話が多く、理詰めの本当らしいことを求める今の人には受け入れられない、ということ。
現代語訳だからこそ、歌舞伎の役者なども、何かにつけてその演技が現実に似ているのを上手とする。
- とかく
- 何かにつけて。とにかく。
- 所作(しょさ)
- 演技。身ぶり。
- 実事(じつごと)
- 現実のこと。事実。
- 上手(じょうず)
- 名人。うまい役者。
現代語訳立ち役が演じる家老職は本物の家老に似せ、大名の役は本物の大名に似ていることを何よりも大切にする。
- 立ち役(たちやく)
- 老人・子どもを除いた、善人の男の役(の役者)。
- 家老
- 大名の家臣の中で最も上の役職。
- 本の
- 本物の。
- 第一
- いちばん大切なこと。
「ある人」は、役者は現実(本物)に似せて演じるのがよいと考えている。
- あじやらく
- ふざける。おどける。
- 取る
- 受け入れる。認める。
「子どもだましのあじやらけたること」は、現実にはありえない、子どもをだますようなふざけた芝居。前の「理詰めの実らしきこと」と対になっている。
近松の答え
現代語訳近松は答えて、「この論はなるほどもっともらしいが、芸の本当のあり方をわかっていない説だ。
- もつとも
- なるほどと思われるさま。道理にかなうこと。
- 行き方
- やり方。あり方。
「この論」は、「ある人」の、役者は現実に似せて演じるのが上手だという意見。
現代語訳芸というものは、現実と虚構との境目の、ごく微妙なところにあるものだ。
- 皮膜(ひにく)の間
- 皮と肉の間のように、区別がつかないほど微妙な境目。
近松の考えがまとめて述べられている一文。芸は実(現実)と虚(虚構)のどちらか一方ではなく、その微妙な境目にある。
現代語訳なるほど、今の世は現実をそっくり写すことを好むので、家老の役は本物の家老の身ぶりや話しぶりをまねるとはいっても、
- なるほど
- たしかに。
- 口上(こうじょう)
- 言葉づかい。話しぶり。せりふ。
家老の役が本物の家老の身ぶりや話しぶりをまねるのが、芸の中の「実」。
現代語訳そうだからといって、実際の大名の家老などが、立ち役のように顔に紅や白粉をつけるだろうか、いや、つけはしない。
- さらばとて
- そうだからといって。
- 紅(べに)・白粉(おしろい)
- 化粧。
「ありや」の「や」は反語。「塗ることがあるだろうか、いや、ない」。
本物の家老はしない、顔に紅や白粉を塗ることが、芸の中の「虚」。
現代語訳また、実際の家老は顔に化粧などしないからといって、立ち役が、ひげはもじゃもじゃと生やしたまま、
- むしやむしやと
- (ひげが)もじゃもじゃと。
- なり
- (〜の)まま。姿・様子。
現代語訳頭ははげたままで舞台に出て芸をしたとしたら、観客の楽しみになるだろうか、いや、なりはしない。
- 慰み
- 楽しみ。観客を楽しませるもの。
「せば」は未然形+「ば」で仮定。「なるべきや」の「や」は反語。
現実に忠実に、ひげも頭もそのままで舞台に出ても、見苦しいだけで観客は楽しめない。現実に似せるだけでは芸にならない、ということ。
「ここ」は、家老の役が、身ぶりや話しぶりは本物に似せ(実)、顔は化粧をしている(虚)という点。
現代語訳虚構であって虚構ではなく、現実であって現実ではない、この間にこそ観客の楽しみがあるものなのだ。」
「虚にして」の「に」は断定の助動詞「なり」の連用形。
芸は、作りごと(虚)でありながら作りごとだけではなく、現実(実)を写しながら現実そのままでもない。その間にこそ観客の楽しみ(慰み)があるというのが近松の考え。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①合点
②実事
③所作
④立ち役
⑤口上
⑥虚
⑦白粉
⑧皮膜解答を見る
①がてん
②じつごと
③しょさ
④たちやく
⑤こうじょう
⑥うそ
⑦おしろい
⑧ひにく次の語の本文中での意味を答えよ。
①よくよく
②合点せ
③当世
④上手
⑤本の
⑥あじやらけ
⑦さらばとて
⑧慰み解答を見る
①非常に・よほど
②納得し・承知し
③今の世・現代
④名人・うまい役者
⑤本物の
⑥ふざけ・おどけ
⑦そうだからといって
⑧(観客の)楽しみ
B 文法
次の助動詞の意味と活用形を答えよ。
①実らしきことにあらざれば の「ざれ」
②あじやらけたること の「たる」
③知らぬ説なり の「なり」
④慰みになるべきや の「べき」解答を見る
①打消・已然形
②存続・連体形
③断定・終止形
④推量・連体形「舞台へ出て芸をせば」の「せば」を文法的に説明し、現代語訳せよ。
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せ=サ行変格活用の動詞「す」の未然形。ば=順接仮定条件の接続助詞。訳=(もし)芸をしたならば。
「虚にして虚にあらず」の二つの「に」を文法的に説明せよ。
解答を見る
どちらも断定の助動詞「なり」の連用形。
C 現代語訳・内容
「今時の人は、よくよく理詰めの実らしきことにあらざれば、合点せぬ世の中」について、①「理詰めの実らしきこと」とはどういうことか。②今時の人が納得しないものを、本文中から二つ抜き出せ。
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①理屈が通っていて、いかにも現実にありそうなこと。
②「昔語りにあること」・「子どもだましのあじやらけたること」「ある人」は、役者はどのように演じるのがよいと考えているか。説明せよ。
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役者は、家老の役なら本物の家老に、大名の役なら本物の大名に似せるように、現実そっくりに演じるのがよいという考え。
「顔に紅・白粉を塗ることありや」を現代語訳せよ。
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(本物の家老が)顔に紅や白粉をつけるだろうか、いや、つけはしない。
「慰みになるべきや」とあるが、なぜ観客の楽しみにならないのか。説明せよ。
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本物の家老が顔を飾らないからといって、役者がひげも生えたまま、頭もはげたままのみっともない姿で舞台に出ても、現実をそのまま見せるだけで、観客の期待にこたえられないから。
「芸といふものは、実と虚との皮膜の間にあるものなり」とあるが、家老の役の場合、何が「実」で何が「虚」か。本文中からそれぞれ抜き出せ。
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実=まことの家老の身ぶり・口上を写す 虚=顔に紅・白粉を塗る
「虚にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰みがあつたものなり」を現代語訳し、近松が芸において最も大切にしているものを本文中の一語で答えよ。
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訳=虚構であって虚構ではなく、現実であって現実ではない、この間に(観客の)楽しみがあるものなのだ。 一語=慰み
「ある人」と近松の芸についての考え方の違いを、「実」「虚」という語を用いて説明せよ。
解答を見る
「ある人」は、芸は現実(実)にそっくりであるほどよいと考えるが、近松は、芸は現実(実)と虚構(虚)のどちらか一方にかたよらず、その微妙な境目にあり、そこに観客の楽しみがあると考えている。