『風姿花伝(ふうしかでん)』「秘すれば花」の現代語訳・品詞分解・解説です。教科書によっては「秘する花を知ること」という題で載っています。
能を大成した世阿弥が、能の魅力である「花」について述べた文章です。秘事は中身がたいしたことでなくても、秘密にすること自体に大きな効き目がある。観客に「珍しいことがあるはずだ」と身構えられてしまえば、どんな珍しい演技も感動を生まない――という考えを、指示語の内容に注意して読み取りましょう。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞・敬語の種類と向きを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
秘すれば花
- 秘す
- 秘密にする。隠しておく。
現代語訳秘密にすれば花になり、秘密にしなければ花にはなりえない、ということである。
「秘せずは」は「秘密にしないならば」という仮定。「なるべからず」の「べから」は可能で、「花であることはできない」。
- 分け目
- 分かれ目。区別。
- 肝要
- 最も大切なこと。
「この分け目」は、秘密にすれば花になり、秘密にしなければ花にならないという、花になるかならないかの分かれ目。
「肝要の花なり」は、花について知るうえで最も大切なことだ、ということ。
秘事の大用
現代語訳そもそも、あらゆる物事、さまざまな芸道において、それぞれの家に秘事と申すものがあるのは、
- 一切(いっさい)
- すべて。あらゆる。
- 諸道芸
- さまざまな専門の芸道。
- 秘事(ひじ)
- その家だけに伝え、外に出さない大事なこと。秘伝。
「その家々」は、さまざまな芸道のそれぞれの専門の家。
- 大用(たいよう)
- 大きな効用。大きな効果。
芸道の家々に秘事がある理由が「秘するによりて大用あるがゆゑなり」。
現代語訳だから、秘事というものの中身を明かしてしまえば、たいしたことでもないものなのだ。
- しかれば
- だから。そういうわけで。
- あらはす
- 明らかにする。公にする。
- させる
- (下に打消を伴って)たいした。これといった。
「秘事といふことをあらはせば」は、秘事とされている中身を公開すれば、ということ。
秘事の中身そのものは、たいしたことでもない場合が多い。大切なのは中身ではなく、秘密にしておくことだという考え。
現代語訳このことを「たいしたことでもない」と言う人は、秘事というものの大きな効き目をまだ知らないから、そう言うのである。
「これ」は、前の「秘事といふことをあらはせば、させることにてもなきものなり」(秘事の中身は明かしてしまえばたいしたことはない、ということ)。
中身がたいしたことはないと言う人は、秘密にすること自体に大きな効き目があるということ(秘事の大用)が分かっていない、と筆者は言う。
為手の花
現代語訳まず、この花の口伝についても、ただ珍しいことが花なのだと、だれもが知っているとしたら、
- 口伝(くでん)
- 口で伝える教え。秘伝。ここでは、作者が今説いているこの花についての教え。
- 珍し
- 目新しい。新鮮だ。
ここの「珍しき」と同じ内容を表すのが、あとの「思ひのほかに(おもしろき)」「思ひも寄らぬ(感)」。
現代語訳「それでは、きっと珍しいことがあるのだろう」と前もって身構えているような観客の前では、
- さては
- それでは。それならば。
- 思ひまうく
- 前もって予想する。期待して待ち構える。
- 見物衆
- 観客たち。
「さては珍しきことあるべし」は、観客が「それならきっと珍しいことがあるはずだ」と期待している心の中。
現代語訳たとえ演者が目新しいことをしてみせても、見ている人の心に「珍しい」という感動が生まれるはずがない。
- 見手(みて)
- 観客。
珍しい演技をしても感動が起こらないのは、観客が前もって珍しいことがあるはずだと期待しているので、演技が予想どおりのものになり、意外さがなくなるから。
現代語訳見る側の人にとっては、それが花だと気づかないからこそ、演者の花となりうるのである。
- ため
- (人)にとって。
- 為手(して)
- 能を演じる人。演者。
「知らで」は「知らないで」。「こそ」の結びは「べけれ」(已然形)。
観客が、それが花だと気づかないでいてこそ、演者の花になる、ということ。
現代語訳だから、観客は、ただ「意外におもしろい名人だ」とだけ思って見て、
- 思ひのほかなり
- 意外だ。思いがけない。
- おもしろし
- 心がひかれる。すばらしい。
- 上手(じょうず)
- 名人。芸の巧みな人。
「これ」は、観客が「ただ思ひのほかにおもしろき上手」と思って見ている、その演技のこと。
「為手の花」とは、観客に秘事を秘事と気づかれないまま、思いがけない感動を与える演者の手立て(見せどころ)のこと。
現代語訳そういうわけで、人の心に思いもよらない感動を呼び起こす手段、これこそが花なのである。
- さるほどに
- そういうわけで。
- 催す
- 起こさせる。
- 手立て
- 方法。手段。
花とは「人の心に思ひも寄らぬ感を催す手立て」。その手立てとは、珍しさが大切だということを観客に知られないように秘することである。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①一切
②大用
③口伝
④見手
⑤為手解答を見る
①いっさい
②たいよう
③くでん
④みて
⑤して次の語の本文中での意味を答えよ。
①肝要
②諸道芸
③あらはせ
④思ひまうけ
⑤上手
⑥さるほどに
⑦手立て解答を見る
①最も大切なこと
②さまざまな専門の芸道
③明らかにする・公開する
④前もって予想する・期待して待ち構える
⑤名人・芸の巧みな人
⑥そういうわけで
⑦方法・手段
B 文法
次の「べし」の意味と活用形を答えよ。
①さては珍しきことあるべし
②見手の心に珍しき感はあるべからず
③為手の花にはなるべけれ解答を見る
①推量・終止形(当然と取る考え方もある)
②当然・未然形
③可能・已然形(「こそ」の結び)「思ひまうけたらん見物衆」の「たら」「ん」の意味と活用形を答えよ。また、「思ひまうけたらん見物衆」を現代語訳せよ。
解答を見る
たら=存続の助動詞「たり」の未然形。ん=婉曲の助動詞「ん(む)」の連体形。訳=(「それでは珍しいことがあるのだろう」と)前もって身構えているような観客。
「花ぞとも知らでこそ、為手の花にはなるべけれ」を現代語訳せよ。また、「で」の文法的説明をせよ。
解答を見る
訳=それが花だとも気づかないでいてこそ、演者の花となりうるのである。 「で」=打消接続の接続助詞。
C 現代語訳・内容
「この分け目を知ること、肝要の花なり」について、①「この分け目」とは何と何の分かれ目か。②全体を現代語訳せよ。
解答を見る
①秘密にすれば花になり、秘密にしなければ花にならないという、花になるかならないかの分かれ目。
②この分かれ目を知ることが、花について最も大切なことである。「秘事といふことをあらはせば、させることにてもなきものなり」を、主語を補って現代語訳せよ。
解答を見る
秘事というものの中身を明かしてしまえば、(秘事として伝えられている事柄は)実はたいしたことでもないのである。
「これを、『させることにてもなし。』と言ふ人は、いまだ秘事といふことの大用を知らぬがゆゑなり」について、①「これ」の指す内容を説明せよ。②「秘事といふことの大用」とはどういうことか。
解答を見る
①秘事の中身は、明らかにしてしまうとたいしたことでもない、ということ。
②秘事の中身がたいしたことでなくても、それを秘密にしておくこと自体に大きな効き目があるということ。「たとひ珍しきことをするとも、見手の心に珍しき感はあるべからず」とあるが、珍しい演技をしても観客が感動しないのはなぜか。説明せよ。
解答を見る
珍しいことが花だとだれもが知っていると、観客は前もって「きっと珍しいことがあるはずだ」と期待して見るので、演者が珍しいことをしても意外さがなく、心を動かされないから。
「ただ珍しきが花ぞ」の「珍しき」とほぼ同じ意味で使われている語句を、本文から二つ抜き出せ。
解答を見る
「思ひのほかに(おもしろき)」・「思ひも寄らぬ(感)」
「為手の花」とはどういうものか。それが得られるのはどのような場合かにもふれて説明せよ。
解答を見る
演者が観客を感動させる手立て(見せどころ)のこと。観客がそれを花だと気づかず、ただ意外におもしろい名人だと思って見ているときに、観客に思いがけない感動を与えることで得られる。
「人の心に思ひも寄らぬ感を催す手立て」とは、具体的にはどうすることか。本文の主題にふれて簡潔に答えよ。
解答を見る
秘すること。珍しさが大切だという演者の意図を観客に知られないように秘密にしておくことで、観客に予想もしなかった感動を与えること。