李景亮『人虎伝(じんこでん)』①「才を恃みて倨傲なり」の書き下し文・現代語訳・解説です。
『人虎伝』は唐代の伝奇小説(不思議なできごとを描いた小説)で、人間が虎に変身する話です。中島敦の小説「山月記」は、この『人虎伝』をもとに書かれました。作者は李景亮(りけいりょう)とされ、中唐の人ですが、生没年はわかっていません。本文は、唐代の小説を集めた『唐人説薈(とうじんせつわい)』によります。
書き下し文・現代語訳・解説
李徴の人柄
白文隴西李徴、皇族子。
書き下し隴西の李徴は、皇族の子なり。
現代語訳隴西出身の李徴は、皇族の子孫である。
- 隴西
- 地名。今の甘粛省のあたりにあった郡。
- 子
- ここは子孫の意味。
白文家於虢略。
書き下し虢略に家す。
現代語訳虢略に住んでいた。
- 家
- 「いへス」。住む。家を構える。
- 虢略
- 地名。今の河南省のあたり。
- 於
- 置き字。
白文徴少博学、善属文。
書き下し徴少くして博学、善く文を属す。
現代語訳徴は若いころから広く学問に通じ、詩文を作るのがうまかった。
- 少
- 「わかクシテ」。若いころから。
- 博学
- 広く学問に通じていること。
- 善
- 「よク」。上手に。
- 属文
- 詩文を作る。
白文天宝十五載春、登進士第。
書き下し天宝十五載の春、進士の第に登る。
現代語訳天宝十五年の春、進士の試験に合格した。
- 天宝十五載
- 七五六年。「天宝」は唐の玄宗の時代の年号。「載」はここでは「年」と同じ。
- 登進士第
- 進士に合格する。「進士」は、科挙(官吏登用試験)の科目。
白文後数年、調補江南尉。
書き下し後数年、江南の尉に調補せらる。
現代語訳その数年後、江南地方の県の下級役人に任命された。
- 調補
- 科挙に合格した者を、官職に任命する。
- 江南尉
- 江南地方の県の下級役人。「江南」は長江の下流の南側一帯。
白文徴性疎逸、恃才倨傲。
書き下し徴性疎逸、才を恃みて倨傲なり。
現代語訳徴は生まれつき気ままで人と親しまない性格で、自分の才能を鼻にかけて、おごり高ぶった態度をとった。
- 性
- 生まれつきの性質。
- 疎逸
- 気ままで、人と親しまない。
- 恃
- 「たのム」。頼みにする。鼻にかける。
- 倨傲
- おごり高ぶって、尊大な態度をとる。
白文不能屈跡卑僚。
書き下し跡を卑僚に屈する能はず。
現代語訳下級役人という低い地位に身を置いて我慢することができなかった。
- 屈跡卑僚
- 身を低い役職にかがめる。下級役人の地位に甘んじること。
- 不能A
- 「A(する)能はず」。Aできない。
白文嘗鬱鬱不楽。
書き下し嘗に鬱鬱として楽しまず。
現代語訳いつも心が晴れず、楽しまなかった。
- 嘗
- ここは「つねニ」と読み、いつも、の意味。
- 鬱鬱
- 気分がふさいで晴れないさま。
同僚を見下す李徴
白文毎同舎会既酣、顧謂其群官曰、「生乃与君等為伍耶。」
書き下し同舎の会既に酣なる毎に、顧みて其の群官に謂ひて曰はく、「生は乃ち君等と伍を為さんや。」と。
現代語訳同じ役所の者どうしの宴会で酔いが回ってくるたびに、(李徴は)役人たちを見回して、「おれがどうして君たちなどと仲間でいられようか、いや、いられはしない。」と言った。
- 同舎
- 同じ役所。
- 酣
- 「たけなは」。酒宴が盛り上がり、酔いが回ること。
- 毎
- 「ごとニ」。~のたびに。
- 生
- 「われ」。自分。
- 伍
- 仲間。
- 為伍
- 仲間となる。同じ列に並ぶ。
- ○下級役人の同僚と仲間でいる、つまり下級役人の地位に甘んじていることへの不満が表れている。前の「不能屈跡卑僚」を言いかえた言葉。
白文其僚友咸側目之。
書き下し其の僚友咸之を側目す。
現代語訳同僚たちはみな、彼を憎んで横目でにらんだ。
- 僚友
- 同じ役所の仲間。同僚。
- 咸
- 「みな」。全員。
- 側目
- 憎しみをこめて横目で見る。
- 之
- 李徴を指す。
職を辞して旅に出る
白文及謝秩、則退帰間適、不与人通者、近歳余。
書き下し謝秩に及べば、則ち退き帰りて間適し、人と通ぜざる者、歳余に近し。
現代語訳任期が終わると、職を退いて(故郷に)帰り、世間とのつきあいを断って静かに暮らし、人と交わらないまま一年あまりになった。
- 謝秩
- 役人の任期が満了すること。
- 間適
- 世間との交わりを絶って、静かに暮らす。
- 不与人通
- 人と交際しない。
- 者
- ここは「こと」の意味。
- 歳余
- 一年あまり。
白文後迫衣食、乃東遊呉楚間、以干郡国長吏。
書き下し後衣食に迫られ、乃ち東のかた呉楚の間に遊び、以て郡国の長吏に干む。
現代語訳その後、生活に困るようになったので、東の呉楚の地方に出かけ、各地の長官に援助を求めた。
- 迫衣食
- 衣食に困る。生活が苦しくなる。
- 乃
- 「すなはチ」。そこで。
- 呉楚
- 長江の中流から下流にかけての一帯。
- 遊
- 旅をする。
- 干
- 「もとム」。援助を求める。
- 郡国長吏
- 地方の上級の役人。
白文徴在呉楚、且歳余、所獲饋遺甚多。
書き下し徴呉楚に在りて、且に歳余ならんとし、獲る所の饋遺甚だ多し。
現代語訳徴が呉楚に滞在して一年あまりになろうとするころには、手に入れた贈り物はたいへん多くなっていた。
- 且
- 「まさニ~(ント)ス」と読む再読文字。今にも~しようとする。
- 饋遺
- 餞別。贈り物。
- 所獲
- 「獲る所」。手に入れたもの。
白文西帰虢略、未至。
書き下し西のかた虢略に帰らんとして、未だ至らず。
現代語訳(そこで)西の虢略へ帰ろうとして、まだ帰り着かないうちのことであった。
- 西
- 「にしノカタ」。西の方へ。
- 未至
- 「未だ至らず」。まだ着かない。
発狂して行方不明になる
白文舎於汝墳逆旅中、忽被疾発狂。
書き下し汝墳の逆旅の中に舎り、忽ち疾を被りて発狂す。
現代語訳汝墳の宿屋に泊まっていたとき、突然病気にかかって正気を失った。
- 舎
- 「やどル」。泊まる。
- 汝墳
- 地名。汝水のほとりにあった。
- 逆旅
- 宿屋。
- 忽
- 「たちまチ」。突然。
- 被疾
- 病気にかかる。
白文無何夜狂走、莫知其適。
書き下し何も無く夜狂走し、其の適くところを知る莫し。
現代語訳まもなく、夜中に狂ったように走り出し、どこへ行ったのか誰にもわからなくなった。
- 無何
- 「いくばくモなク」。ほどなく。まもなく。
- 狂走
- 狂ったように走り出す。
- 適
- 「ゆク」。行く。
- 莫知其適
- 行き先を知る者がいない。行方がわからなくなった。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①少
②嘗
③咸
④忽
⑤無何解答を見る
①わかくして/若いころから
②つねに/いつも
③みな/全員
④たちまち/突然
⑤いくばくもなく/まもなく次の語の意味を答えよ。
①属文
②倨傲
③側目
④間適
⑤饋遺解答を見る
①詩文を作る
②おごり高ぶって尊大な態度をとる
③憎んで横目で見る
④世間との交わりを絶って静かに暮らす
⑤餞別・贈り物
B 書き下し文・現代語訳
「不能屈跡卑僚」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:跡を卑僚に屈する能はず。
現代語訳:下級役人の地位に身を置いて我慢することができなかった。「生乃与君等為伍耶」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:生は乃ち君等と伍を為さんや。
現代語訳:おれがどうして君たちなどと仲間でいられようか、いや、いられはしない。「徴在呉楚、且歳余、所獲饋遺甚多」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:徴呉楚に在りて、且に歳余ならんとし、獲る所の饋遺甚だ多し。
現代語訳:徴が呉楚に滞在して一年あまりになろうとするころには、手に入れた贈り物はたいへん多くなっていた。「無何夜狂走、莫知其適」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:何も無く夜狂走し、其の適くところを知る莫し。
現代語訳:まもなく夜中に狂ったように走り出し、どこへ行ったのか誰にもわからなくなった。
C 内容の読み取り
李徴の生まれつきの性格を述べた部分を、本文から九字で抜き出せ(返り点・送り仮名は不要)。また、それはどのような性格か、現代語で説明せよ。
解答を見る
性疎逸、恃才倨傲。
気ままで人と親しまず、自分の才能を鼻にかけて、おごり高ぶった態度をとる性格。宴会で李徴が「生乃与君等為伍耶」と言ったのはなぜか。
解答を見る
自分の才能に自信があり、下級役人である同僚たちと同じ立場にいることに我慢がならなかったから。
「其僚友咸側目之」とあるが、同僚たちはなぜ李徴をこのような目で見たのか。
解答を見る
李徴が尊大な態度をとり、自分たちを見下すような言葉を口にしたから。
「以干郡国長吏」とあるが、李徴が呉楚の地方に出かけて長官たちに求めたものは何か。本文中の二字で答え、旅に出た事情も説明せよ。
解答を見る
饋遺。
職を退いて故郷で人と交わらずに暮らすうちに生活に困るようになったので、地方の長官たちに援助(贈り物)を求めようとした。
続き(②)
旅から一年後、李徴の旧友の袁傪(えんさん)が、使者として南方へ向かう途中、人を食う虎が出るという道を通ります。