『大鏡(おおかがみ)』「道真の左遷」②の現代語訳・品詞分解・解説です。道真左遷①の続きで、「なきことにより」から最後までを読みます。
無実の罪で大宰府へ流されることになった菅原道真(すがわらのみちざね)は、旅の途中で出家し、遠ざかる都をふり返って歌を詠みます。明石の駅で作った漢詩、筑紫で門を閉ざして暮らしながら作った漢詩、帝からいただいた御衣を見て作った漢詩と、道真の思いがこめられた作品が続きます。和歌・漢詩にこめられた心情、「しめ給ふ」や「れ」の意味、敬意の向きがよく問われます。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞などのラベルを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。漢詩は、白文・書き下し文・現代語訳で示しています。
現代語訳・品詞分解・解説
都を離れる道真
現代語訳身に覚えのない罪のために、こうして罰を受けなさることを、(道真公は)たいそうお嘆きになって、
- なきこと
- 無実の罪。身に覚えのないこと。
- 罪す
- 罰する。
- かしこく
- ここは、ひどく。たいそう。
「かしこく」は、①の「御心おきても、殊のほかにかしこくおはします」では「優れている」の意味だったが、ここは程度がはなはだしいことを表し、「ひどく」の意味。
「罪せられ給ふ」の「られ」は受身。「給ふ」は語り手から道真への敬意。
現代語訳そのまま山崎で出家なさり、都から遠ざかってゆくにつれ、しみじみと心細くお感じになって、
- やがて
- そのまま。
- 山崎
- 今の京都府大山崎町。淀川を下る船着き場があった。
- ままに
- 〜につれて。
- あはれなり
- しみじみと心を動かされる。
「出家せしめ給ひ」の「しめ」は尊敬。「しめ給ふ」は「せ給ふ」「させ給ふ」と同じく、尊敬の助動詞に尊敬の補助動詞がついた形で、語り手が道真を強く敬っている。
現代語訳あなたが住んでいる家の木々の梢を、道を進みながら、(その梢が)隠れて見えなくなるまでも、ふり返って見たことよ。
- 宿
- 家。住まい。
- ゆくゆくと
- 道を進みながら。
- 返り見る
- ふり返って見る。
「君」は、京に残してきた妻。妻の住む家の梢が見えなくなるまで、何度もふり返ったということ。
遠ざかっていく京の家と、そこに住む妻との別れを悲しむ気持ちを詠んでいる。
明石の駅の漢詩
現代語訳また、播磨の国にお着きになると、明石の駅という所でお泊まりになり、
- 播磨の国
- 今の兵庫県の南西部。
- 駅
- 宿駅。街道で、旅人のために馬や宿を用意した所。
- 御宿りす
- お泊まりになる。
現代語訳宿駅の長がたいそう悲しんでいるのをご覧になって、(道真公が)作られた漢詩は、まことに悲しいものです。
- 駅の長
- 宿駅を取りしきる人。駅長。
- 気色
- 様子。
- 詩
- 漢詩。
「駅の長の」の「の」は主格。「いみじく思へる」は駅の長が思い沈んでいること、「御覧じて」はそれを道真がご覧になったこと。
「いとかなし」は語り手の感想。道真の作った漢詩を、語り手がたいそう悲しいと評している。
白文駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋
書き下し駅長驚くこと莫かれ時の変改を 一栄一落是れ春秋
現代語訳駅長よ、時勢が移り変わったことに驚くことはない。栄えることもあれば衰えることもあるのは、春と秋がめぐってくるのと同じことなのだ。
- 莫かれ
- 「〜するな」。禁止を表す。
- 時の変改
- 時勢の移り変わり。ここは、右大臣だった自分が罪人として流されていくこと。
- 一栄一落
- 一度栄え、一度衰えること。
- 春秋
- 春と秋。時の流れ。
- ○嘆いてくれる駅長を慰めながら、自分の境遇を、季節がめぐるような世の移り変わりとして受け入れようとする気持ちが詠まれていると考えられる。
筑紫での暮らしと漢詩
現代語訳(道真公は)筑紫のお住まいの門を固く閉じて、(謹慎して)いらっしゃいます。
- 筑紫
- 九州。
- 御門
- ここは、住まいの門。
- かたむ
- 固く閉ざす。
「御門かためておはします」は、住まいの門を固く閉ざして、外に出ずに謹慎していらっしゃるということ。
現代語訳大弐の役所は遠くにありますが、その高楼の上の瓦などが、見ようとなさったわけでもないのに自然と目にお入りになったうえに、
- 大弐
- 大宰府の次官。
- 居所
- ここは、大宰府の役所。
- 楼
- 高い建物。
- 心にもあらず
- 見ようとするのではないが、自然と。
- 御覧じやる
- 遠くをご覧になる。
「御覧じやられ」の「れ」は自発。見るつもりはないのに、遠くの大宰府の楼の瓦が自然と目に入ってくるということ。
現代語訳さらにすぐ近くには観音寺という寺があったので、そこの鐘の響きを耳になさって作られた漢詩ですよ。
- 観音寺
- 観世音寺。大宰府の東にある寺。
- 聞こし召す
- 「聞く」の尊敬語。お聞きになる。
「ぞかし」は、強意の係助詞「ぞ」と念押しの終助詞「かし」。語り手が「これがその詩ですよ」と念を押している。
白文都府楼纔看瓦色 観音寺只聴鐘声
書き下し都府楼は纔かに瓦の色を看る 観音寺は只だ鐘の声を聴く
現代語訳大宰府の高い楼は、わずかに屋根瓦の色を遠く見るばかり、観音寺は、ただ鐘の響きを耳にするばかりだ。
- 都府楼
- 大宰府の高い建物。
- 纔かに
- わずかに。
- ○門を閉ざして謹慎しているので、遠くの都府楼は瓦の色を眺めるだけ、近くの観音寺にも出かけず鐘の音を聞くだけ、という暮らしを詠んでいる。
現代語訳これは、『白氏文集』にある白居易の「遺愛寺の鐘の音は枕をそばだてて聴き、香炉峰の雪は簾をはね上げて眺める」という詩に(比べて)、
- 文集
- 『白氏文集』の略。唐の詩人、白居易(白楽天)の詩文集。
- 遺愛寺鐘欹枕聴、香炉峰雪撥簾看
- 「遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き、香炉峰の雪は簾を撥げて看る」と読む。
白居易のこの詩は、左遷された身でありながら、寝床で枕を傾けて鐘の音を聞き、簾をはね上げて雪の山を眺めるという、気ままな暮らしを詠んだもの。道真の詩は、同じく鐘の音と眺めを詠みながら、門を出ずに謹慎している身の暮らしを表している。
現代語訳さらにまさるほどにお作りになったと、昔の学者たちは申しました。
- まさざまに
- いっそうまさって。
- 博士
- 学問に広く通じた人。学者。
「こそ」の結びは「けれ」(過去の助動詞「けり」の已然形)。
昔の学者たちは、道真の「都府楼…」の詩を、白居易の詩よりもすぐれていると評した。
恩賜の御衣の漢詩
- 九月九日
- 重陽の節句。菊の節句ともいう。
- ついで
- 折。機会。
現代語訳まだ都にいらっしゃった時の、(去年の)九月の今夜、宮中で菊の宴が催されたときに、
- 今宵
- 今夜。ここは、去年の九月の今夜。
- 内裏
- 宮中。
- 菊の宴
- 九月九日に宮中で催された、菊を観賞して漢詩を作る宴。
現代語訳この大臣(道真公)が作られた漢詩に帝が深く感心なさって、(道真公は)ほうびの御衣をいただきなさったが、その御衣を、
- かしこく
- たいそう。
- 感ず
- 感心する。
- 御衣
- ここは、ほうびとして帝からいただいた衣服。
- 賜る
- いただく。「受く」の謙譲語。
「賜り」は謙譲語で、帝を敬う語り手の敬意。「給へ」は尊敬語で、道真を敬う語り手の敬意。ほうびの御衣を帝からいただいたのは道真。
現代語訳筑紫まで持って下っていらっしゃったので、それをご覧になると、あの時のことをいっそうお思い出しになって、作られた(漢詩)。
- 持て下る
- 持って下る。都から地方へ持って行く。
- いとど
- いっそう。ますます。
- 思し召し出づ
- お思い出しになる。
「その折」は、去年の九月の菊の宴で、道真が詩を作り、帝から御衣をいただいた時のこと。
白文去年今夜侍清涼 秋思詩篇独断腸 恩賜御衣今在此 捧持毎日拝余香
書き下し去年の今夜清涼に侍し 秋思の詩篇独り腸を断つ 恩賜の御衣は今此に在り 捧持して毎日余香を拝す
現代語訳去年の今夜は清涼殿の宴にお仕えし、「秋思」という題の詩を作って、ひとり断腸の思いを述べた。そのとき帝からいただいた御衣は、今もここにある。毎日ささげ持っては、残り香を拝している。
- 清涼
- 宮中の清涼殿。
- 秋思の詩篇
- 「秋思」という題で作った詩。
- 断腸
- はらわたがちぎれるほどの痛切な思い。
- 余香
- 御衣にたきしめられた香の、残り香。
- ○流された身になっても、帝からいただいた御衣を毎日ささげ持って拝しているところに、帝の恩を忘れない道真の思いが表れている。
現代語訳この詩には、人々もたいそう深く感じ入り申し上げずにはいられなかったのです。
- 感ず
- 感心する。心を動かされる。
「申さ」は謙譲の補助動詞で、語り手から道真への敬意。「れ」は自発で、人々が道真の詩に自然と感じ入ったということ。
『大鏡』のほかの話:道真左遷① / 時平の大臣 / 三舟の才 / 弓争ひ / 花山天皇の出家① / 鶯宿梅 / 道長の豪胆(肝試し) / 雲林院の菩提講① / 最後の除目 / 宣耀殿の女御
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①出家
②播磨
③駅(明石の駅)
④気色
⑤筑紫
⑥大弐
⑦居所
⑧文集
⑨博士
⑩内裏
⑪御衣解答を見る
①しゅっけ
②はりま
③うまや
④けしき
⑤つくし
⑥だいに
⑦いどころ
⑧もんじゅう
⑨はかせ
⑩だいり
⑪おんぞ本文中での次の語句の意味を答えよ。
①なきこと
②かしこく(かしこく思し嘆きて)
③やがて
④ゆくゆくと
⑤かたむ
⑥心にもあらず
⑦聞こし召す
⑧まさざまに
⑨ついで
⑩いとど解答を見る
①無実の罪
②ひどく・たいそう
③そのまま
④道を進みながら
⑤固く閉ざす
⑥見ようとするのではないが自然と
⑦お聞きになる
⑧いっそうまさって
⑨折・機会
⑩いっそう・ますます
B 文法・敬語
次の傍線部の助動詞の意味を答えよ。
①かく罪せ「られ」給ふを
②山崎にて出家せ「しめ」給ひて
③あはれに心細く思さ「れ」て
④心にもあらず御覧じやら「れ」けるに
⑤いとかしこく人々感じ申さ「れ」き解答を見る
①受身
②尊敬
③尊敬(自発ととる説もある)
④自発
⑤自発「駅の長のいみじく思へる気色を御覧じて、作らしめ給ふ詩、いとかなし」について答えよ。
①「長の」の「の」の用法を答えよ。
②「いみじく思へる」「御覧じて」は、それぞれだれの動作か。
③「いとかなし」は、だれの思いか。解答を見る
①主格
②いみじく思へる=駅の長/御覧じて=道真
③語り手(世継)「まさざまに作らしめ給へりとこそ、昔の博士ども申しけれ」について、①「こそ」の結びの語を抜き出し、文法的に説明せよ。②現代語訳せよ。
解答を見る
①けれ(過去の助動詞「けり」の已然形)
②(白居易の詩よりも)いっそうまさるようにお作りになったと、昔の学者たちは申しました。次の傍線部の敬語の種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。
①帝かしこく感じ給ひて、御衣「賜り」給へりしを
②御衣賜り「給へ」りしを
③いとかしこく人々感じ「申さ」れき解答を見る
①謙譲語。語り手から帝へ
②尊敬語。語り手から道真へ
③謙譲語。語り手から道真へ
C 和歌・漢詩・内容
「君が住む宿の梢をゆくゆくと隠るるまでも返り見しはや」を現代語訳せよ。また、「君」とはだれか。この歌にこめられた道真の心情を答えよ。
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訳=あなたが住む家の木々の梢を、道を進みながら、見えなくなるまでもふり返って見たことよ。/君=京に残してきた道真の妻/心情=遠ざかる京の家と妻との別れを悲しむ気持ち。
「駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋」を書き下し文にし、現代語訳せよ。また、「時の変改」とは、道真の場合、具体的にどのようなことか。
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書き下し文=駅長驚くこと莫かれ時の変改を 一栄一落是れ春秋/訳=駅長よ、時勢の移り変わりに驚いてはいけない。一度栄え一度衰えるのは、春と秋がめぐるのと同じ世の移り変わりなのだ。/時の変改=右大臣だった道真が、罪人として大宰府へ流されていくこと。
「筑紫におはします所の御門かためておはします」とは、道真のどのような暮らしをいっているか。
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住まいの門を固く閉ざして外に出ず、謹慎して暮らしていること。
「都府楼纔看瓦色 観音寺只聴鐘声」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文=都府楼は纔かに瓦の色を看る 観音寺は只だ鐘の声を聴く/訳=大宰府の高楼は、わずかに瓦の色を眺めるだけで、観音寺は、ただ鐘の音を聞くだけである。
「いとどその折思し召し出でて」の「その折」とは、いつのことか。また、「恩賜御衣今在此 捧持毎日拝余香」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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その折=去年の九月の菊の宴で、道真が詩を作り、帝からほうびの御衣をいただいた時。/書き下し文=恩賜の御衣は今此に在り 捧持して毎日余香を拝す/訳=帝からいただいた御衣は、今もここにある。毎日ささげ持っては、残り香を拝している。