『大鏡(おおかがみ)』「宣耀殿の女御(せんようでんのにょうご)」の現代語訳・品詞分解・解説です。
村上天皇にこの上なく愛された宣耀殿の女御。車に乗っても母屋の柱のもとに残るほど長い髪、帝の歌にみごとに答えた返歌、『古今和歌集』をすべて覚えていた教養が語られます。女御の容姿の描写、和歌の掛詞、敬語の向き、帝の寵愛が薄れた理由がよく問われます。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞などのラベルを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
女御の美しさ
現代語訳(師尹公の)娘御は、村上天皇の御代の宣耀殿の女御で、顔だちが美しく愛らしい方でいらっしゃった。
- 御女
- ここは、藤原師尹の娘。
- 村上の御時
- 村上天皇の御代。
- 容貌
- 顔だち。容姿。
- をかしげなり
- 美しい。かわいらしい。
- うつくし
- かわいらしい。愛らしい。
「おはし」は補助動詞で、語り手から女御への敬意。
現代語訳宮中へ参上なさるというので、お車にお乗りになったところ、
- 奉る
- ここは「乗る」の尊敬語。お乗りになる。
「参り給ふ」の「参り」は謙譲語で、帝を敬う語り手の敬意。「給ふ」は尊敬語で、女御を敬う語り手の敬意。宮中へ参上する女御と、参上する先にいる帝の両方を敬っている。
「奉り」は謙譲語ではなく、「乗る」の尊敬語。前に「御車に」とあることから、乗る意味だとわかる。
現代語訳ご自身は(お車に)お乗りになったのに、御髪の端は(まだ)母屋の柱のところにおありだった。
- 御髪
- 髪。
- 裾
- 先の方。
体は車に乗ったのに、髪の先はまだ母屋の柱のもとにあったというのは、女御の髪がそれほど長かったことを、大げさに言い表したもの。
「ぞ」の結びは「ける」(過去の助動詞「けり」の連体形)。
現代語訳その髪を一筋、陸奥紙に置いてみたところ、(紙の白い)すき間が少しも見えなかったと、人々は申し伝えているようです。
- 陸奥紙
- 檀紙。白い紙。
- いかにも
- (下に打消を伴って)少しも。
白い紙の上に髪を一筋置いたら、少しも紙のすき間が見えなかったということ。髪が豊かで、うねりもなく美しいことを表している。
「ためる」は、「たる」(「たり」の連体形)+「める」(推定の「めり」の連体形)の「たるめる」が撥音便で「たんめる」となり、「ん」が書かれない形。「タンメル」と読む。
「ぞ」の結びは「める」。
現代語訳目じりがやや下がっておいでなのが、ますますかわいらしくいらっしゃるのを、
- いとど
- いっそう。ますます。
- らうたし
- かわいらしい。いじらしい。
女御の顔だちを具体的に述べた部分。目じりが少し下がっているのが、いっそうかわいらしいという。
帝と女御の歌
現代語訳帝はたいそう深くご寵愛なさって、このように(歌を)お詠みになったとか。
- かしこく
- ここは、はなはだしく。たいそう。
- 時めかす
- 寵愛する。
「時めかさ」は「時めかす」(寵愛する)の未然形。主語は帝。あとの「時めき給ふ」の「時めく」(寵愛を受ける)と区別する。
「かく」は、すぐあとの帝の歌をさす。
現代語訳生きているこの世でも、死んだ後のあの世でも、(あなたと私は)羽を交わして飛ぶ比翼の鳥となろう。
- 羽を交はせる鳥
- 比翼の鳥。雌雄が一体となって飛ぶという鳥。
白居易の「長恨歌」の「比翼の鳥」をふまえ、この世でもあの世でも離れずに愛し合おうと詠んでいる。
「なりなむ」は、「な」が強意の「ぬ」(未然形)、「む」が意志の「む」(終止形)。
現代語訳(その)ご返歌として、女御が、
- 御返し
- 返歌。
現代語訳秋になって木の葉の色が変わるように、(あなたが私に)飽きて心変わりなさることもなく、せめてお言葉だけでも変わらないならば、私も(あなたと)枝を交わした連理の枝となりましょう。
- 交はせる枝
- 連理の枝。二本の木の枝が一つにつながったもの。
- だに
- せめて〜だけでも。
掛詞:「あき」は「秋」と「飽き」、「言の葉」は「言葉」と(木の)「葉」。秋に木の葉の色が変わるように、帝が自分に飽きてお言葉が変わることがないのなら、という意味を重ねている。
帝の「比翼の鳥」に対して「長恨歌」の「連理の枝」で答え、帝のお心が変わらないなら、私もいつまでもおそばにいましょう、と詠んでいる。
『古今和歌集』の暗誦
現代語訳(女御が)『古今和歌集』をそらで覚えていらっしゃると帝はお聞きになって、試しに(『古今和歌集』の)本を隠し、女御にはお見せにならないで、
- 『古今』
- 『古今和歌集』。
- 浮かぶ
- ここは、暗記する。そらで覚える。
「『古今』浮かべ給へり」は、女御が『古今和歌集』をそらで覚えていらっしゃるということ。「聞かせ給ひ」の主語は帝。
「見せさせ給はで」は、下二段動詞「見す」の未然形+尊敬の助動詞「さす」+尊敬の補助動詞「給ふ」+打消の接続助詞「で」。帝が女御に本をお見せにならないで、ということ。
現代語訳(序文の)「やまと歌は」とあるのを初めとして、歌の上の句の言葉をおっしゃっては(続きを)お尋ねになったところ、
- やまと歌は
- 『古今和歌集』の序文(仮名序)の書き出し。
- 先の句
- 歌の上の句。
帝が歌の上の句を言っては、その続きを女御に答えさせた、ということ。
- 詞
- 詞書。歌の前に、歌が詠まれた事情を書いた文。
女御は、歌だけでなく詞書まで、少しも言い間違えなかった。
現代語訳「こういうことがある」と、父の大臣(師尹公)はお聞きになって、正装をして、手を洗い清めなどして、
- 父大臣
- 女御の父、藤原師尹。
- 御装束す
- 正装をする。
「かかること」は、帝が女御に『古今和歌集』の暗誦の試験をしていること。
「なむ」の結びは省略されている。
現代語訳あちこちの寺に読経を頼むなどして、一心にお祈りしていらっしゃった。
- 誦経
- 寺々に読経を頼むこと。
- 念じ入る
- 一心に祈る。
父大臣が一心に祈ったのは、娘の女御が帝の試験に失敗しないため。
「ぞ」の結びは「ける」。
寵愛の衰え
現代語訳帝は、箏の琴を見事にお弾きになったが、それも(女御に)心をこめて教えなさるなどして、(女御は)この上なくご寵愛を受けていらっしゃったのに、
- めでたし
- すばらしい。見事だ。
- 遊ばす
- (楽器を)演奏なさる。
- 時めく
- 寵愛を受けて栄える。
「時めき給ふ」の主語は女御。帝から、この上なく寵愛を受けていた。
現代語訳冷泉院の母后(安子)がお亡くなりになってからは、かえって格段にご寵愛が薄れなさったと、評判になりなさった。
- 御母后
- ここは、冷泉院の母の中宮、安子。
- なかなか
- かえって。
- おぼえ
- 寵愛。
- 聞こゆ
- ここは、評判になる。うわさされる。
中宮が亡くなってからは、かえって女御への寵愛が格段に薄れた、とうわさされた。
「こそ」の結びは「しか」(過去の助動詞「き」の已然形)。
現代語訳「亡き中宮が、(女御のことを)ひどく気に入らない、腹立たしい者とお思いになっていたので、
- 故宮
- 亡くなった中宮。冷泉院の御母后(安子)。
- めざまし
- 気に入らない。目に余る。
「故宮の」の「の」は主格。亡き中宮が、女御のことを気に入らない、腹立たしい者と思っていた、ということ。
「思し」は帝の言葉の中の尊敬語で、帝から故宮への敬意。
現代語訳(それを)思い出すと、(中宮が)気の毒で、(女御を寵愛したことが)悔やまれるのだ」とおっしゃったということだ。
- いとほし
- 気の毒だ。かわいそうだ。
「思ひ出づるに」は、帝が、亡き中宮が女御を快く思っていなかったことを思い出すと、ということ。
中宮が気の毒に思われ、女御を寵愛したことが悔やまれるので、帝は女御への寵愛を控えるようになった。
「ぞ」の結びは「ける」。
『大鏡』のほかの話:鶯宿梅 / 三舟の才 / 弓争ひ / 花山天皇の出家① / 道真左遷① / 道真左遷② / 道長の豪胆(肝試し) / 時平の大臣 / 雲林院の菩提講① / 最後の除目
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①容貌
②内裏
③御髪
④母屋
⑤陸奥紙
⑥父大臣
⑦御装束
⑧誦経
⑨箏の琴
⑩故宮解答を見る
①かたち
②うち
③みぐし
④もや
⑤みちのくにがみ
⑥ちちおとど
⑦おんしょうぞく
⑧ずきょう
⑨そうのこと
⑩こみや本文中での次の語句の意味を答えよ。
①をかしげなり
②いかにも隙見えず
③らうたし
④時めかす
⑤浮かぶ(『古今』浮かべ給へり)
⑥念ず
⑦遊ばす(箏の琴をめでたく遊ばしける)
⑧なかなか
⑨おぼえ
⑩めざまし
⑪いとほし解答を見る
①美しい・かわいらしい
②少しもすき間が見えない
③かわいらしい
④寵愛する
⑤暗記する
⑥祈る
⑦演奏なさる
⑧かえって
⑨寵愛
⑩気に入らない・目に余る
⑪気の毒だ
B 文法・敬語
次の傍線部の敬語の種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。また、③は何という語の尊敬語か答えよ。
①内裏へ「参り」給ふとて
②内裏へ参り「給ふ」とて
③御車に「奉り」給ひければ
④安からぬものに「思し」たりしかば解答を見る
①謙譲語。語り手から帝へ
②尊敬語。語り手から女御へ
③尊敬語。語り手から女御へ(「乗る」の尊敬語)
④尊敬語。帝から故宮(亡き中宮)へ「いかにも隙見えずとぞ申し伝へためる」について、①「ためる」の読み方(発音)を片仮名で答え、文法的に説明せよ。②「ぞ」の結びの語を抜き出せ。③全体を現代語訳せよ。
解答を見る
①タンメル。存続の助動詞「たり」の連体形「たる」が撥音便で「たん」となり「ん」が表記されない形+推定の助動詞「めり」の連体形。
②める
③すき間が少しも見えなかったと、(人々は)申し伝えているようです。「羽を交はせる鳥となりなむ」の「る」「な」「む」の文法的意味と活用形を答えよ。
解答を見る
る=存続の助動詞「り」の連体形/な=強意の助動詞「ぬ」の未然形/む=意志の助動詞「む」の終止形
「冷泉院の御母后失せ給ひてこそ、なかなかこよなくおぼえ劣り給へりとは聞こえ給ひしか」を現代語訳せよ。また、「こそ」の結びの語を抜き出し、文法的に説明せよ。
解答を見る
訳=冷泉院の母后がお亡くなりになってからは、かえって格段にご寵愛が薄れなさったと、評判になりなさった。/結び=しか(過去の助動詞「き」の已然形)
C 和歌・内容
「わが御身は乗り給ひけれど、御髪の裾は、母屋の柱のもとにぞおはしける」と「一筋を陸奥紙に置きたるに、いかにも隙見えず」は、それぞれ女御の髪のどのようなようすを表しているか。
解答を見る
前者=髪がとても長いようす(大げさに言い表している)。/後者=髪が豊かで、うねりもなく美しいようす。
「あきになる言の葉だにも変はらずは我も交はせる枝となりなむ」について、①用いられている掛詞を説明せよ。②現代語訳せよ。③帝の歌とこの歌がふまえている漢詩の題と作者を答えよ。
解答を見る
①「あき」に「秋」と「飽き」、「言の葉」に「言葉」と「葉」を掛けている。
②秋になって木の葉の色が変わるように、(あなたが私に)飽きてお言葉が変わることがないのなら、私も(あなたと)連理の枝となりましょう。
③「長恨歌」・白居易(白楽天)「かかることなむと、父大臣は聞き給ひて」の「かかること」とは何か。また、父大臣が「念じ入りてぞおはしける」というように一心に祈ったのは、何のためか。
解答を見る
かかること=帝が女御に、『古今和歌集』を暗記しているかどうか試験をしていること。/祈った目的=娘の女御が試験に失敗しないため(帝の寵愛を失わないため)。
「時めかさせ給ひて」の「時めかす」と、「限りなく時めき給ふ」の「時めく」の意味の違いを、それぞれの主語を明らかにして説明せよ。
解答を見る
「時めかす」は寵愛する意味で、主語は帝。「時めく」は寵愛を受けて栄える意味で、主語は女御。
「思ひ出づるに、いとほしく悔しきなり」とあるが、だれが何を思い出しているのか。また、帝の女御への寵愛が薄れたのはなぜか。
解答を見る
帝が、亡き中宮(冷泉院の母后)が女御をひどく気に入らない、腹立たしい者と思っていたことを思い出している。/中宮が亡くなると、中宮が気の毒に思われ、女御を寵愛したことが悔やまれたから。