『伊勢物語(いせものがたり)』第八十三段「小野の雪(おののゆき)」の現代語訳・品詞分解・解説です。
狩りから帰った惟喬親王(これたかのみこ)が、お供の翁(馬頭)をなかなか帰そうとしない前半と、出家した親王を、翁が雪深い小野に訪ねる後半からなる話です。だれの動作かという主語の判別、敬語の種類と敬意の方向、「枕とて」「忘れては」の二首の歌にこめられた気持ちがよく問われます。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
帰してもらえない翁
現代語訳昔、水無瀬の離宮へ通っておいでだった惟喬親王が、いつものとおり鷹狩りをしに出かけられるとき、そのお供として、右馬寮の長官である翁がお仕えしていた。
- 水無瀬
- 地名。惟喬親王の離宮があった。
- 例の
- いつものように。
- 馬頭
- 馬寮(朝廷の馬を管理する役所)の長官。
- 翁
- 老人。ここでは馬頭のこと。
「例の」は、あとの「おはします」にかかる(いつものように、お出かけになる)。
「おはします」は「行く」の尊敬語で、作者から惟喬親王への敬意。「仕うまつれ」は謙譲語で、これも作者から親王への敬意。
現代語訳(親王は)何日かたって、(京の)御殿にお帰りになった。
- 日ごろ
- 数日。何日か。
- 宮
- (京にある親王の)御殿。
「帰り給う」の主語は惟喬親王。
- 疾し
- 早い。
- 往ぬ
- 去る。帰る。
「御送りして」の主語は翁。親王を京の御殿まで送り届け、そこから自分の家へ早く帰ろうと思ったのである。
「往なむ」は、ナ変動詞「往ぬ」の未然形「往な」+意志の助動詞「む」(帰ろう)。
現代語訳(親王は)お酒をくださり、ほうびをくださろうというので、(翁を家に)お帰しにならなかった。
- 大御酒
- お酒。「御酒」をさらに敬った言い方。
- 禄
- ほうび。
- 遣はす
- (人を)おやりになる。ここでは、お帰しになる。
「遣はさざりけり」は、親王が翁を(自宅へ)お帰しにならなかったということ。「遣はす」は尊敬語なので、主語は親王。
現代語訳この馬頭は、(帰りのお許しが)待ち遠しくて、
- 心もとながる
- じれったく思う。待ち遠しく思う。
翁がじれったく思ったのは、早く自分の家へ戻りたいのに、親王が引きとめて、帰るお許しをくださらないから。
現代語訳枕にしようと草を引き結ぶこと(=旅寝)もいたしますまい。(夜の長い)秋の夜でさえあてにできないのですから(まして短い春の夜は、なおさらあてにできません)。
- 草ひき結ぶ
- 草を結んで枕にすること。旅先で寝ること(旅寝)をいう。
- 頼む(四段)
- あてにする。
「せじ」で切れる三句切れの歌。
「だに」は類推(〜さえ)。夜の長い秋の夜でさえあてにできないのだから、まして夜の短い春の夜はなおさらだ、ということ。
今夜はここに泊まらず、帰らせていただきたいという気持ちを、親王に伝えている。
- 三月
- 陰暦の三月。春の終わり。
- つごもり
- 月の末。
三月の末は、夜の短い春の終わり。歌の「秋の夜とだに頼まれなくに」と結びついている。
現代語訳親王は、おやすみにならずに(翁をそばに置いたまま)夜をお明かしになってしまった。
- 大殿籠る
- おやすみになる(「寝」の尊敬語)。
親王は、翁をそばに引きとめたまま、一晩中起きて夜を明かした。それほど翁と過ごしたかったのである。
出家した親王を訪ねる
現代語訳こうして(翁は)たびたび親王のもとへ参上してお仕えしていたが、思いもよらないことに、(親王は)髪をおろして出家なさってしまった。
- まうづ
- 参上する(「行く」の謙譲語)。
- 思ひのほかに
- 思いがけず。
- 御髪下ろす
- 髪を剃って出家する。
「まうで仕うまつりける」の主語は翁、「御髪下ろし給うてけり」の主語は親王。
この文から、親王が出家したあとの話になる。
現代語訳正月に(親王に)お目にかかろうと思って、小野に参上したところ、(そこは)比叡山のふもとなので、雪がたいそう高く積もっている。
- 正月
- 陰暦の一月。
- 拝む
- (貴人に)お目にかかる。
- 小野
- 比叡山のふもとの地。出家した親王が住んでいた。
「拝み奉らむ」の主語は翁で、お目にかかる相手は親王。「奉ら」は謙譲の補助動詞。
現代語訳(雪の中を)無理をして(親王の)御庵室に参上してお目にかかると、(親王は)することもなく、たいそうもの悲しいご様子でいらっしゃったので、
- 強ひて
- 無理に。
- 御室
- (出家した親王の)御庵室。
- つれづれと
- することもなく。所在なく。
「強ひて」は、前の「雪いと高し」を受けて、雪が深いのに無理をして、ということ。
「つれづれといともの悲しくて」は、出家して訪ねる人もなく、寂しく暮らしている親王の様子。
現代語訳(翁は)ずいぶん長い時間おそば近くにひかえて、昔のできごとなどを思い出しては親王にお話し申し上げた。
- やや
- かなり。
- 候ふ
- (貴人の)おそばにお仕えする(謙譲語)。
- 聞こゆ
- 申し上げる(「言ふ」の謙譲語)。
現代語訳できるなら、このままずっとおそばでお仕えしていたいと思ったが、宮中の公の行事がいくつもあったので、とどまってお仕えすることができずに、夕暮れに帰ろうというときに、
- さても
- そのまま。
- てしがな
- 〜したいものだ(自分の願望)。
- 公事
- 宮中の公務・儀式。
- え〜で
- 〜できないで。
「さても候ひてしがな」は、京へ帰らずに、このまま出家した親王のおそばにお仕えしていたい、ということ。
そう思いながらも帰ったのは、宮中の公務がいくつもあったから。
現代語訳(親王がご出家なさったという現実を)ふと忘れると、これは夢なのかと思ってしまいます。かつて思ったでしょうか、いいえ思いもしませんでした。深い雪を踏み分けて、わが君にお目にかかることになろうとは。
「忘れては」は、親王が出家して雪深い山里に暮らしているという現実を、ふと忘れては、ということ。
「ぞ」の結びは「思ふ」(連体形)。「思ひきや」の「や」は反語で、「思っただろうか、いや思いもしなかった」。
倒置になっていて、ふつうの順なら「雪踏み分けて君を見むとは思ひきや」。皇位につくはずだった親王の、あまりにいたわしい境遇を嘆く気持ちを詠んでいる。
- 泣く泣く
- 泣きながら。
「なむ」の結びは「ける」(連体形)。
翁が泣いたのは、出家して寂しく暮らす親王の身の上を、いたわしく思ったから。
『伊勢物語』のほかの章段:初冠 / 月やあらぬ / 東下り① / 東下り② / 狩りの使ひ / 関守・つひにゆく道 / 渚の院
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①水無瀬
②馬頭
③大御酒
④禄
⑤三月(月の異名で)
⑥正月(月の異名で)
⑦御髪
⑧御室
⑨公事解答を見る
①みなせ
②うまのかみ
③おおみき
④ろく
⑤やよい
⑥むつき
⑦みぐし
⑧みむろ
⑨おおやけごと次の語の本文中での意味を答えよ。
①例の
②日ごろ
③疾く
④心もとながる
⑤つごもり
⑥思ひのほかに
⑦つれづれと
⑧さても解答を見る
①いつものように
②数日・何日か
③早く
④じれったく思う・待ち遠しく思う
⑤月末
⑥思いがけず
⑦することもなく・所在なく
⑧そのまま
B 文法
次の傍線部を文法的に説明せよ。
①通ひ給ひ【し】惟喬親王
②翁仕うまつれ【り】
③疾く【往なむ】と思ふに
④草ひき結ぶこともせ【じ】
⑤明かし給う【て】けり解答を見る
①「き」(過去)の連体形
②「り」(完了)の終止形
③「往な」はナ変動詞「往ぬ」の未然形、「む」は意志の助動詞の終止形
④「じ」(打消意志)の終止形
⑤「つ」(完了)の連用形次の傍線部の敬語の種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。
①狩りしに【おはします】
②翁【仕うまつれ】り
③【遣はさ】ざりけり
④【大殿籠ら】で
⑤拝み【奉ら】む
⑥思ひ出で【聞こえ】けり解答を見る
①尊敬語
②謙譲語
③尊敬語
④尊敬語
⑤謙譲語(補助動詞)
⑥謙譲語。どれも作者から惟喬親王への敬意。「枕とて草ひき結ぶこともせじ秋の夜とだに頼まれなくに」について、①「草ひき結ぶ」とは、何をすることか。②「だに」の意味を答え、「秋の夜」から何を類推させているか説明せよ。③この歌で翁が親王に伝えたかったことは何か。
解答を見る
①旅先で寝ること(旅寝)。②類推(〜さえ)。夜の長い秋の夜でさえあてにできないのだから、まして夜の短い春の夜はなおさらあてにできない、ということを類推させている。③今夜は泊まらずに、早く家へ帰らせていただきたいということ。
C 現代語訳・内容
「大御酒賜ひ、禄賜はむとて、遣はさざりけり」について、だれが、だれを、どうしなかったのか説明せよ。また、それを受けて馬頭が「心もとながりて」いるのはなぜか。
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惟喬親王が、翁(馬頭)を自宅へ帰らせなかった。翁は早く家へ戻りたいのに、親王が引きとめて帰してくれないから。
「親王、大殿籠らで明かし給うてけり」を現代語訳せよ。また、親王がそうしたのはなぜだと考えられるか。
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訳=親王は、おやすみにならずに夜をお明かしになってしまった。理由=翁をそばに引きとめて、一晩中いっしょに過ごしたかったから。
「かくしつつまうで仕うまつりけるを、思ひのほかに、御髪下ろし給うてけり」について、①「御髪下ろし」とはどうすることか。②この文を境にして、話の内容はどう変わるか。
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①髪を剃って出家すること。②前半は親王が出家する前のできごと、ここから後は、出家した親王を翁が訪ねる話になる。
「さても候ひてしがなと思へど、公事どもありければ、え候はで」を現代語訳せよ。また、翁にそう思わせた親王のご様子を説明せよ。
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訳=このままずっとおそばでお仕えしていたいと思ったが、宮中の公の行事がいくつもあったので、とどまってお仕えすることができずに。様子=出家した親王が、することもなく、たいそうもの悲しげに暮らしていらっしゃったから。
「忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見むとは」について、①「忘れては」とは、何を忘れるのか。②「思ひきや雪踏み分けて君を見むとは」を、倒置をふつうの順に戻して現代語訳せよ。③この歌にこめられた翁の気持ちを説明せよ。
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①親王が出家して、雪深い小野に暮らしているという現実。②雪を踏み分けてわが君にお目にかかろうとは、思っただろうか、いや思いもしなかった。③皇位につくはずだった親王が、出家して雪深い山里に寂しく暮らしているという、あまりにいたわしい境遇を嘆く気持ち。