『蜻蛉日記(かげろうにっき)』「鷹(たか)」(「鷹を放つ」とも)の現代語訳・品詞分解・和歌・解説です。
夫の藤原兼家との仲に悩み、死んでしまいたいとまで思いつめた作者が、息子の道綱に出家をほのめかす場面です。母の言葉を聞いた道綱は泣いて、自分も法師になると言い、大切にしていた鷹を空へ放ってしまいます。だれの言葉・動作かという主語の判別、係り結び、助動詞「む」「むず」の意味、「あらそへば」の歌の掛詞、作者の気持ちがよく問われます。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
死にきれない思い
現代語訳しみじみ考え続けることといえば、やはりどうにかして自分の思うままに早く死んでしまいたいということばかりで、それ以外には何もないのだが、
- つくづくと
- しみじみと。
- いかで〜にしがな
- 何とかして〜したいものだ。
- 心と
- 自分の心から。思いどおりに。
夫兼家との仲に悩み、作者は、早く死んでしまいたいとまで思いつめている。
「一人ある人」は、作者の一人息子の道綱。
「いと悲しき」は、自分が死んだら、頼る者もなく生きていくことになる息子を思うと、たまらなく悲しいということ。「ぞ」の結びは「悲しき」(連体形)。
現代語訳一人前に育てあげ、安心して任せられる妻などにあずけたあとなら、そのときこそ死ぬのも心安らかだろうと思っていたのに、
- 人となす
- 一人前にする。
- 後ろやすし
- 安心だ。
- 心やすし
- 気楽だ。
「後ろやすからむ妻」は、安心して息子を任せられるような妻。実家がしっかりしていて、暮らしの支えになるような妻のこと。
「こそ」の結びは「しか」(已然形)。ここで文が終わらず、「〜けれど」と逆接で下に続いている。
現代語訳(いま私が死んだら、あの子は)どんな気持ちで頼りなくさまよい暮らしていくのだろうかと思うと、やはりとても死にきれない。
- さすらふ
- 頼るところもなく、さまよい暮らす。
「さすらへむずらむ」の主語は道綱。自分の死後、よりどころを失った息子の暮らしを思いやっている。
死にきれないのは、自分が死んだあとに残される息子のことが心配でならないから。
道綱と鷹
現代語訳「どうしようかしら。出家して、夫婦の仲を思い切れるかどうか試してみよう。」と(息子に)話すと、
- かたちを変ふ
- 出家する(ここでは、尼になる)。
- 世
- 夫婦の仲。
作者が、出家して夫との仲を思い切れるかどうか試してみようかと、息子に話しかけたのである。
現代語訳まだ深い事情までわかる年でもないのだが、(息子は)激しくしゃくりあげ、声をあげて泣いて、
- さくりもよよと
- しゃくりあげて、おいおいと(泣くさま)。
「まだ深くもあらぬなれど」は、道綱はまだ、深い事情がわかる年ごろではないけれど、ということ。
現代語訳「(母上が)そのように尼になられるのでしたら、私だって法師になって暮らしましょう。何のために世間に出て人とつきあっていけましょうか(いや、つきあってはいけません)。」と言って、
- まろ
- 私。
- まじろふ
- まじわる。世間の人とまじわって暮らす。
「さなり給はば」の「さ」は、母(作者)が出家して尼になること。「給は」は尊敬語で、道綱から母への敬意。
「こそ」の結びは「め」(已然形)。「かは」は反語で、結びは「む」(連体形)。母が出家するなら、自分も法師になって世を捨てる、というのである。
現代語訳(息子が)いつまでも声をあげて泣くので、私も涙をおさえきれないのだが、(息子の思いつめようが)あまりにひどいので、冗談にしてごまかそうと思って、
- せきあふ
- (涙を)こらえる。
- いみじさ
- はなはだしさ。
- たはぶれ
- 冗談。
- 言ひなす
- わざとそのように言う。言い紛らわす。
「いみじさ」は、母の言葉を道綱がひどく深刻に受けとめている様子。冗談に紛らわせて、重苦しくなった場を和らげようとしたのである。
現代語訳「それでは、鷹を飼わないで、どうなさるおつもりですか。」と言ったところ、
法師になったら、かわいがっている鷹を飼えなくなるが、それでもよいのかと、鷹を持ち出して冗談にした。
「給は」は尊敬語で、作者から道綱への敬意。「むずる」は意志。
現代語訳(息子は)そっと立ち上がって走って行き、止まり木にとまらせてあった鷹を手に握って、空へ放してしまった。
- やをら
- そっと。静かに。
- し据う
- (鷹を止まり木に)とまらせておく。
道綱が鷹を放ったのは、大切な鷹を手放してでも、母とともに法師になるという決意を示すため。
現代語訳それを見ている女房たちも涙をこらえきれず、まして(母である私は)一日中悲しい。心に浮かんだことには、
- 日暮らし
- 一日中。
「見る人」は、そばで見ていた女房たち。
「まして」は、他人である女房たちでさえ涙をこらえられないのだから、母である自分はなおさら悲しい、ということ。
現代語訳(夫と)争ってばかりいるので、つらい思いに悩んで尼になろうとしている私よりも先に、天雲のかなたへそれて飛んでいく鷹(=髪を剃って法師になろうとする息子)が、何とも悲しいことだ。
- わぶ
- 思い悩む。
掛詞:「あま(ぐも)」に天と尼、「そる」に逸る(それて飛び去る)と剃るが掛けてある。「剃る」は「尼」の縁語。
「あらそへば」は、作者と夫兼家との争い。「ぞ」の結びは「ける」(連体形)。
尼になろうとしている自分よりも先に、鷹を放って法師になる決意を示した息子を、悲しくいじらしく思う気持ちを詠んでいる。
現代語訳と(いうことであった)。
「とぞ」の下に「ある」などの結びの語が省略されている(結びの省略)。
兼家からの手紙
現代語訳日が暮れるころに、(夫からの)手紙が届いた。どうせまったくのうそだろうと思うので、
- 文
- 手紙。
- 天下
- まったく。
- 虚言
- うそ。
手紙は夫の兼家から。どうせ心にもないことが書いてあるのだろうと、作者は思っている。
現代語訳「ただ今は気分が悪くて、すぐには(お返事できません)。」と言って、(使いの者を)帰した。
- 心地悪し
- 気分が悪い。
「え今は」のあとに、「お返事できません」という意味の言葉(「聞こえず」など)が省略されている。
「遣りつ」は、手紙を届けに来た使いを、返事も持たせずに帰らせたということ。夫を信じられず、受け入れたくない作者の気持ちが表れている。
『蜻蛉日記』のほかの場面:うつろひたる菊
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①妻
②法師
③文
④天下虚言
⑤心地解答を見る
①め
②ほうし
③ふみ
④てんげそらごと
⑤ここち次の語の本文中での意味を答えよ。
①つくづくと
②いかで
③後ろやすし
④かたちを変ふ
⑤まろ
⑥せきあふ
⑦やをら
⑧日暮らし解答を見る
①しみじみと
②何とかして
③安心だ
④出家する
⑤私
⑥(涙を)こらえる
⑦そっと・静かに
⑧一日中
B 文法
次の( )の助動詞を、正しい形に直せ。
①(上に「こそ」があって)死にも心やすからむとは思ひ(き)、
②まろも法師になりてこそあら(む)。解答を見る
①しか(「こそ」の結びで已然形)
②め(「こそ」の結びで已然形)次の傍線部を文法的に説明せよ。
①死にもし【にしがな】
②後ろやすから【む】妻
③心やすから【む】とは
④さすらへ【むず】らむ
⑤いかがし給は【むずる】
⑥まづそる鷹ぞ悲しかり【ける】解答を見る
①自己の願望の終助詞
②婉曲の助動詞「む」の連体形
③推量の助動詞「む」の終止形
④推量の助動詞「むず」の終止形
⑤意志の助動詞「むず」の連体形
⑥詠嘆の助動詞「けり」の連体形「さなり給はば」の「給は」と、「いかがし給はむずる」の「給は」について、それぞれ敬語の種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。
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どちらも尊敬語。「さなり給はば」は道綱から作者(母)への敬意、「いかがし給はむずる」は作者から道綱への敬意。
C 現代語訳・内容
「いかなる心地してさすらへむずらむと思ふに、なほいと死にがたし」について、①「さすらへむずらむ」の主語はだれか。②作者が「死にがたし」と思うのはなぜか、説明せよ。
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①道綱(作者の息子)。②自分が死んだら、息子がよりどころを失って、頼りなくさまよい暮らすことになると思うと、心配でならないから。
「かたちを変へて、世を思ひ離るやと試みむ」を、「かたちを変へて」「世」の意味がわかるように現代語訳せよ。
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出家して尼になり、夫婦の仲を思い切れるかどうか試してみよう。
「さなり給はば、まろも法師になりてこそあらめ。何せむにかは、世にもまじろはむ」について、①「さ」の指す内容を答えよ。②「何せむにかは、世にもまじろはむ」を現代語訳せよ。
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①母(作者)が出家して尼になること。②何のために世間の人とまじわって暮らしましょうか、いや、暮らしはしません。
①作者が「たはぶれに言ひなさむ」としたのはなぜか。②道綱が「し据ゑたる鷹を握り放ちつ」としたのはなぜか。それぞれ説明せよ。
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①息子が自分の言葉をひどく深刻に受けとめてしまったので、冗談に紛らわせて、重苦しくなった場を和らげたかったから。②大切な鷹を手放してでも、母とともに法師になるという決意を示すため。
「見る人も涙せきあへず、まして、日暮らし悲し」について、①「見る人」とはだれか。②「まして」は、何と何を比べているか。
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①そばで見ていた女房たち。②他人である女房たちと、母である作者自身(女房たちでさえ涙をこらえきれないのだから、母の自分はなおさら悲しい)。
「あらそへば思ひにわぶるあまぐもにまづそる鷹ぞ悲しかりける」について、①掛詞を二つ挙げ、それぞれ何と何が掛けられているか答えよ。②この歌にこめられた作者の気持ちを説明せよ。
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①「あま」に天と尼、「そる」に逸る(それて飛び去る)と剃る。②尼になろうとしている自分より先に、鷹を放って法師になる決意を示した息子を、悲しくいじらしく思う気持ち。
「『ただ今、心地悪しくて、え今は。』とて、遣りつ」について、①「え今は」のあとに省略されている内容を答えよ。②「遣りつ」とはどういうことか。③ここから読み取れる、兼家に対する作者の気持ちを説明せよ。
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①お返事できません(「聞こえず」など)。②手紙を届けに来た兼家の使いを、返事も持たせずに帰らせたということ。③心にもないことを言ってくる夫を信じられず、受け入れたくないという気持ち。