井原西鶴『西鶴諸国ばなし』「大晦日は合はぬ算用(おおつごもりはあわぬさんよう)」①(榧・かち栗・神の松〜いよいよないに極まりける)の現代語訳・品詞分解・解説です。
年の暮れ、借金の支払いも待たせるほど貧しい浪人原田内助は、妻の兄から小判十両を受け取り、浪人仲間を招いて酒宴を開きます。ところが、宴の終わりに小判を集めると一両足りません。内助の暮らしぶりを表す表現、小判の包みの上書きのしゃれ、客たちの様子がよく問われます。後半は大晦日は合はぬ算用②で読みます。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
年の暮れの原田内助
現代語訳カヤの実・かち栗・神棚に飾る松・裏白などの正月用品の売り声もせわしなく聞こえる年の暮れ、餅をつく家の隣で、煤払いもせず、十二月二十八日になっても髭もそらないで、
- 榧
- カヤの実。かち栗とともに正月の祝いに用いる。
- 神の松
- 正月に神棚に飾る松。
- やま草
- 裏白(シダの一種)。正月の飾りにつける。
- せはし
- 忙しい。あわただしい。
- 宿
- 家。
「二十八日」は十二月二十八日。正月用品の売り声、餅つき、煤払いなど、年の暮れの様子が書かれていることからわかる。
年の暮れで町じゅうがあわただしいのに、内助は煤払いもせず、髭もそらずにいる。
現代語訳朱塗りの鞘の反りを返して(いつでも刀を抜けるかまえをして)、「春まで(支払いを)待てと言っているのに、どうしても待たないというのか。」と、米屋の若い店の者をにらみつけて、
- 朱鞘
- 朱塗りの刀の鞘。
- そりをかへす
- 刀の刃の向きを変えて、いつでも抜けるようにかまえる。
- 是非に〜打消
- どうしても〜ない。
「春まで待て」は、米の代金の支払いを、正月が来るまで待てということ。年末に支払いをすませる決まりなのに、刀で脅して支払いを先にのばそうとしている。
「か」は疑問の係助詞。「どうしても待たないというのか」と相手をおどしている。
現代語訳正しい政治の行われている今の世の中を、無理を押し通して勝手気ままに暮らしている男がいる。名は原田内助といって、だれもが知っている浪人である。
- すぐなり
- まっすぐだ。ここでは、正しい政治が行われている。
- かくれもなし
- だれもが知っている。有名だ。
- 浪人
- 仕える主人のない武士。
「すぐなる今の世を、横にわたる」は、正しい政治の行われている世の中を、決まりに従わず無理を通して勝手気ままに生きているということ。「すぐ(まっすぐ)」と「横」を対照させたおもしろい表現。
現代語訳広い江戸にさえ住みにくくなって、ここ四、五年は、品川の藤茶屋のあたりに家を借りて住み、朝の煮炊きの薪にも困り、夜は灯火の油もなくて明かりも見ない(ありさまだ)。
- 住みかぬ
- 住みにくくなる。住んでいられなくなる。
- 棚
- 借家。
- 朝
- 朝。
「朝の薪にことを欠き、夕べの油火をも見ず」は対句。朝の煮炊きの薪にも困り、夜は灯火の油もないという、生活に必要なものさえない貧しい暮らしを表している。
現代語訳こうして貧しくつらい年の暮れを迎えたが、内助の女房には兄がいて、半井清庵という名で、神田明神の横町で医者をしていた。
- 薬師
- 医者。
「これはかなしき、年の暮れ」は、ここまで述べた内助の貧しい年の暮れを受けている。
半井清庵からの小判
現代語訳その清庵のもとへ、金品を無心する手紙を出したところ、(清庵は)たびたびのことで迷惑に思いながらも、見捨てることができず、小判十両を包んで、
- 無心
- 金品をねだること。「無心の状」は金品をねだる手紙。
- 金子
- お金。ここでは小判。
- 十両
- 小判十枚。
「このもと」は、半井清庵のところ。「遣はしける」の主語は内助、「迷惑ながら、見捨てがたく」の主語は清庵。
現代語訳その包みの表に「貧病の妙薬、金用丸、どんな症状にもよく効く。」と書いて、(内助の)妻のもとへお送りになった。
- 上書き
- 包みの表に書く文字。
- よろづに
- どんなことにも。
- 内儀
- 他人の妻を敬っていう語。ここでは内助の妻(清庵の妹)。
「貧病の妙薬、金用丸、よろづによし」は、貧乏を病気に、小判を薬に見立て、薬の効き目をうたう宣伝文句をまねたしゃれ。送り主が医者であることを生かしている。
「おくられける」の「れ」は尊敬。語り手から清庵への敬意。
浪人仲間との酒宴
現代語訳内助は喜んで、ふだん特に親しくつきあっている浪人仲間へ、「ひとつ酒盛りをしよう。」と言って、呼びにやり、
- 別して
- とりわけ。特に。
- 語る
- (親しく)つきあう。
- 盛る
- 酒を飲む。酒盛りをする。
現代語訳折よく雪の夜で風情もあり、これまで崩れたままほうっておいた柴の戸を開けて、「さあ、こちらへ。」と言う。
- 幸ひ
- ちょうどよく。折よく。
- くづれ次第
- 崩れるにまかせていること。
今まで崩れたままにしていた柴の戸を開けて客を迎えている。ふだん客など来ない、貧しい暮らしぶりがうかがえる。
現代語訳全部で七人の客は、だれもが紙子の着物を着て連れ立ち、季節はずれの一重羽織という姿だが、どことなく(主君に仕えていた)昔の礼儀を忘れていない。
- 以上
- 全部で。
- 紙子
- 紙で作った粗末な着物。
- 時ならぬ
- 季節はずれの。
- 一重羽織
- 裏地のない夏用の羽織。
- むかし
- 主君に仕えていたころ。
十二月の寒い時期に、粗末な紙子や夏用の羽織しか着るものがない、貧しい浪人たち。それでも、どことなく武士としての昔の礼儀を忘れていない様子を「どこやらむかしを忘れず」と言っている。
現代語訳型どおりの挨拶が終わってから、亭主(の内助)が前に進み出て、「私は、ありがたいことに援助を受けまして、思いどおりの正月を迎えることができます。」と申すと、
- 常の礼儀
- ひととおりの挨拶。
- まかり出づ
- 進み出る。
- 仕合はせ
- 幸運。めぐりあわせのよいこと。
- 合力
- 金品の援助。
- つかまつる
- いたします。
「仕合はせの合力」は、妻の兄の清庵から小判十両を送ってもらったこと。
現代語訳客はそれぞれ、「それはあやかりたいものだ。」と言う。(内助が)「それについて、包みの表書きにひと趣向あるのです。」と言って、例の小判を取り出すと、
- あやかりもの
- あやかりたいもの。(幸せな人にあやかって)自分も幸せになりたい。
- 一作
- ひと趣向。
- くだんの
- 例の。前に述べた。
「一作」は、小判の包みに書かれた「貧病の妙薬、金用丸、よろづによし」という上書きのしゃれのこと。
現代語訳(客たちは)「なんとも軽妙でしゃれた言い方ですな。」と(小判を)回して見るうちに、杯の数も重なって、「よい年忘れになった。ずいぶん長居をした。」と、千秋楽を謡い出し、
- さても
- なんとまあ。
- 軽口
- 軽妙でしゃれた言い方。
- 長座
- 長居。
- 千秋楽
- 謡曲「高砂」の終わりの一節。これを謡うことが、宴会の終わりを示した。
「見て回せば」は、客たちが小判と上書きを手から手へ回して見たということ。
現代語訳燗鍋・塩辛壺を手から手へ渡して片づけさせ、「小判もひとまずおしまいください。」と集めてみると、十両あったうち、一両足りない。
- 燗鍋
- 酒をあたためる鍋。
- 手ぐりにす
- 手から手へ順に渡す。
- あぐ
- 片づける。
- まづ
- ひとまず。とりあえず。
「十両ありしうち、一両足らず」が、題の「合はぬ算用(勘定が合わない)」の始まり。
現代語訳一座の者は座り直し、袖などを振ってみたり、前後を見回したりしたけれども、(どこにもなく)いよいよないということに決まってしまった。
- 座中
- その場にいる人々。一座。
- 居直る
- 座り直す。居ずまいを正す。
- いよいよ
- 確かに。
「座中居直り、袖などふるひ」は、客たちが座り直して袖を振り、小判が落ちていないか、袂に入っていないかを確かめている様子。
「若い者」の「若い」、「ないに」の「ない」は、形容詞「若し」「なし」の連体形「若き」「なき」のイ音便。
『西鶴諸国ばなし』の続き:大晦日は合はぬ算用②
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①大晦日
②朱鞘
③薬師
④金子
⑤紙子
⑥合力解答を見る
①おおつごもり
②しゅざや
③くすし
④きんす
⑤かみこ
⑥こうりょく次の語の本文中での意味を答えよ。
①せはしく
②無心
③内儀
④別して
⑤時ならぬ
⑥くだんの解答を見る
①忙しく・あわただしく
②金品をねだること
③(他人の)妻。ここでは内助の妻
④特に・とりわけ
⑤季節はずれの
⑥例の
B 文法
次の助動詞の意味を答えよ。
①無心の状を遣はしけるに の「ける」
②内儀のかたへおくられける の「れ」
③酒ひとつ盛らん の「ん」
④時ならぬ の「なら」
⑤手ぐりにしてあげさせ の「させ」解答を見る
①過去
②尊敬
③意志
④断定
⑤使役次の助詞の種類を答えよ。
①売り声もせはしく の「も」
②広き江戸にさへ住みかね の「さへ」
③常の礼儀すぎてから の「から」
④前後を見れども の「ども」解答を見る
①係助詞
②副助詞
③格助詞
④接続助詞
C 現代語訳・内容
「二十八日まで髭もそらず」の「二十八日」は何月の二十八日か。また、それがわかるのはどのような描写があるからか。
解答を見る
十二月。正月用品の売り声や、餅つき・煤払いなど、年の暮れの様子が書かれているから。
「春まで待てと言ふに、是非に待たぬか。」について、①何を待てと言っているのか。②この言葉を現代語訳せよ。
解答を見る
①米の代金の支払い。
②春まで(支払いを)待てと言うのに、どうしても待たないというのか。「すぐなる今の世を、横にわたる男あり」を現代語訳せよ。
解答を見る
正しい政治の行われる今の世に、決まりを無視して無理を押し通し、勝手気ままに生きている男がいる。
「朝の薪にことを欠き、夕べの油火をも見ず」とは、どのような暮らしを表しているか。
解答を見る
朝の煮炊きに使う薪にも困り、夜は灯火の油もないという、生活に必要なものさえない貧しい暮らし。
「貧病の妙薬、金用丸、よろづによし」について、①これは具体的には何のことか。本文中の語で答えよ。②この上書きのおもしろさを説明せよ。
解答を見る
①金子十両
②貧乏を病気に、小判を薬に見立てて、薬の宣伝文句のように書いたところ。送り主が医者であることを生かしたしゃれになっている。「紙子の袖をつらね、時ならぬ一重羽織、どこやらむかしを忘れず」から、客たちについてどのようなことがわかるか。
解答を見る
寒い時期に紙子や夏用の羽織しか着るものがないほど貧しいが、武士として主君に仕えていたころの礼儀を忘れず、きちんとした態度でいること。
「座中居直り、袖などふるひ、前後を見れども」とあるが、客たちはなぜこのようなことをしたのか。
解答を見る
足りない一両の小判が、身の回りに落ちていないか、袖の中に入っていないかを確かめるため。