『土佐日記(とさにっき)』「亡児(ぼうじ)」の現代語訳・品詞分解・和歌・解説です。
土佐守の任期を終えて京へ帰る紀貫之は、土佐で幼い娘を亡くしていました。船出の日(十二月二十七日)と、旅の途中の羽根という土地(一月十一日)で、くり返し亡き子を思い出す場面です。過去の助動詞「き」、「ある」「し」の識別、「帰らぬ」の掛詞、亡き子の呼び方などがよく問われます。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
十二月二十七日 船出の日
- さす
- めざす
二十七日は、承平四年(九三四)の十二月二十七日。大津・浦戸は、どちらも土佐の国の港。
現代語訳こうして(旅立ちの支度を)しているうちにも、(赴任前に)京で生まれたあの女の子が、任国の土佐で急死してしまったので、
- 失す
- 亡くなる
「国」は土佐の国(今の高知県)。
「生まれたりし」の「し」、「失せにしかば」の「しか」は過去の助動詞「き」。この文章のほかの箇所では「けり」が使われているが、亡き子のことには「き」を使い、自分が直接体験したこととして語っていると考えられる。
- 出で立ちいそぎ
- 旅立ちの準備
「何ごとも言はず」は、作者(国司である貫之)の様子。ふつうなら帰京の喜びを口にするところだが、娘を亡くし一緒に帰れない悲しさで、何も言う気になれない。
現代語訳京へ帰るというのに、女の子がいない(一緒に帰れない)ことばかりを、悲しんで恋しく思っている。
「のみ」は限定。京へ帰ることは本来うれしいことなのに、娘がいないことだけが悲しい、と限定することで、悲しみを強めている。
「ぞ」の結びは「恋ふる」(連体形)。
- あり
- そこにいる
「ある人々」の「ある」は動詞「あり」の連体形で、「そこにいる」の意味。
「え堪へず」は、悲しむ作者の様子を見て、まわりの人々も気の毒でこらえきれないということ。
「ある人」の「ある」は連体詞(はっきり示さずに人を指す)。ここでは作者自身のこと。
現代語訳都へ(帰るのだ)と思うと、うれしいはずなのに、どこか悲しいのは、(一緒に)帰らない人がいるからだったのだなあ。
「都へ」のあとに「帰る」が省略されている。「思ふを」の「を」は逆接の接続助詞で、都へ帰れるのはうれしいはずなのに、ということ。
「帰らぬ」には、一緒に都へ帰らないの意と、死んでこの世に返らないの意が掛けられている(掛詞)。
帰京のうれしさと、娘のいない悲しさの両方がよまれている。
現代語訳また、ある時には(こうよんだ)、
「あるとき」の「ある」は連体詞。
現代語訳(あの子が)まだ生きているものと(死んだことを)つい忘れては、やはり亡くなった子を「どこにいるの。」と尋ねてしまうのが、なんとも悲しいことだよ。
- あり
- (この世に)生きている
- いづら
- どこ
初句の「ある」は動詞で「生きている」の意。あとの「なき(亡くなった)」と対になっている。
「忘れつつ」で忘れるのは、女の子が死んだこと。「つつ」は反復で、つい忘れることがたびたびある、ということ。
「ぞ」の結びは「ける」(連体形)。
一月十一日 羽根にて
- 暁
- 夜明け前のまだ暗いころ
- 追ふ
- めざして進む
十一日は、年が明けた承平五年(九三五)の一月十一日。
現代語訳人はみなまだ寝ているので、海のありさまも見えない。ただ月を見て、西と東(の方角)を知ったのだった。
- ありやう
- ありさま。様子
「暁」は、人々がまだ寝ていて、月が見えるほど暗い、夜明け前の時間。
明け方の月は西に傾いているので、月の見える方を西として方角を知った。
現代語訳そうこうしているうちに、みな、夜が明けて、手を洗い、いつもの(朝の)ことをすませて、昼になった。
- 例のことども
- いつもすること。朝の礼拝や食事など。
「今し」の「し」は強意の副助詞(「今まさに」)。「浦戸をさして」の「し」(四段動詞「さす」の活用語尾)、「ことどもして」の「し」(サ変動詞「す」の連用形)、「下りし」の「し」(過去の助動詞「き」の連体形)と区別する。
現代語訳幼い子のことばなので、みなが笑っていると、以前にも歌をよんだあの女の子が、この歌をよんだ。
- ありける
- 前に出てきた、あの
「ありける女童」は、前(一月七日)にも歌をよんだ女の子のこと。「ありける」は連体詞。
現代語訳ほんとうに、名に聞くとおりこの土地が羽であるのなら、鳥が飛ぶように(早く)都へ帰りたいものだ。
「まことにて」は、幼い子のことば「羽根といふ所は、鳥の羽のやうにやある」を受けている。
「もがな」は願望の終助詞。地名の「羽根」にかけて、早く都へ帰りたいという気持ちをよんでいる。
現代語訳男も女も、なんとかして早く京へ帰りたいと思う気持ちがあるので、この歌が、上手だというわけではないけれど、なるほどと思って、人々は忘れない。
- いかで
- なんとかして
- とし
- 早く
- げに
- なるほど。本当に
「いかでとく京へもがな」は、「なんとかして早く都へ帰りたい」という気持ち。「いかで」は願望の表現と呼応する。
歌の出来がよいわけではないが、こめられた気持ちに共感して人々は忘れない。和歌は上手下手よりも、聞く人の心を動かすものがよい、という考え方がうかがえる。
亡き子への思い
現代語訳この羽根という所のことを尋ねた子(を見たの)がきっかけで、また亡くなった子のことを思い出して、いったいいつ忘れることがあろうか、いや、忘れることなどない。
- ついで
- 機会。折
- 昔へ人
- 亡くなった人
羽根という所を尋ねた幼い子どもを見たのがきっかけで、また亡き子(「昔へ人」)を思い出した。
「いづれの時にか忘るる」は反語で、「いつ忘れることがあろうか、いや、忘れはしない」。亡き子を思う気持ちを最も強く表したことば。
「まして」とあるのは、今日はあどけない幼い子のことばを聞いたので、いつにもまして悲しい、ということ。
「母」は亡き子の母、つまり貫之の妻。「るる」は尊敬の助動詞で、女性の書き手の立場から、国守の妻に敬意を払った書き方になっている。
現代語訳(京から土佐へ)下ったときより人数が(一人)少ないので、「数は足らでぞ帰るべらなる(数が足りないまま帰って行くようだ)」という古歌を思い出して、ある人がよんだ(歌)、
- べらなり(べらなる)
- 〜ようだ
京から土佐へ下ったときより人数が一人足りないのは、京で生まれた女の子が土佐で亡くなったから。
古歌は『古今和歌集』の「北へ行く雁ぞ鳴くなる連れて来し数は足らでぞ帰るべらなる」(よみ人知らず)。
現代語訳この世の中で、あれこれ思いをめぐらしてみても、子を恋しく思う(親の)思いにまさる(悲しい)思いはないことだなあ。
三つの「思ひ」は意味が違う。「思ひやれども」は一般的な思い、「子を恋ふる思ひ」は亡き子を恋しく思う気持ち、「まさる思ひ」は悲しい思い。
「なむ」の下に、二十七日の記事の「悲しび恋ふる」のようなことばが省略されている。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①二十七日
②女子
③出で立ちいそぎ
④暁
⑤十一日
⑥西東
⑦女童
⑧古歌解答を見る
①はつかあまりなぬか
②おんなご
③いでたちいそぎ
④あかつき
⑤とおかあまりひとひ
⑥にしひがし
⑦おんなわらわ
⑧ふるうた本文で使われている意味を答えよ。
①いそぎ
②いづら
③いかで
④とく
⑤げに
⑥ついで
⑦下る解答を見る
①準備・用意
②どこ
③なんとかして
④早く
⑤なるほど・本当に
⑥機会・折
⑦都から地方へ行く
B 文法
次の「し」「しか」を文法的に説明せよ。
①浦戸をさして
②例のことどもして
③今し、羽根といふ所に来ぬ
④京にて生まれたりし女子
⑤国にてにはかに失せにしかば解答を見る
①サ行四段動詞「さす」の連用形の活用語尾
②サ変動詞「す」の連用形
③強意の副助詞
④過去の助動詞「き」の連体形
⑤過去の助動詞「き」の已然形次の「ある」は、ア 動詞(ラ変)、イ 連体詞 のどちらか。また、動詞のものは本文での意味を答えよ。
①ある人々もえ堪へず
②ある人の書きて出だせる歌
③あるときには
④あるものと忘れつつ解答を見る
①ア・そこにいる
②イ
③イ
④ア・生きている次の文で、係助詞と係り結びになっている語を抜き出して活用形を示せ。また、③の「か」の意味も答えよ。
①女子のなきのみぞ、悲しび恋ふる
②いづらと問ふぞ悲しかりける
③いづれの時にか忘るる解答を見る
①恋ふる・連体形
②ける・連体形
③忘るる・連体形。「か」は反語。「母の悲しがらるることは」の「るる」を文法的に説明せよ。また、「母」とはだれか。
解答を見る
尊敬の助動詞「る」の連体形。母=亡くなった女の子の母(貫之の妻)。
C 内容・和歌
「このごろの出で立ちいそぎを見れど、何ごとも言はず」について、①だれの様子か。②何も言わなかったのはなぜか。③あとの「ある人々もえ堪へず」を現代語訳せよ。
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①作者(国司である貫之)
②土佐で娘が急に亡くなり、一緒に京へ帰れないことが悲しくて、帰京を喜ぶ気になれなかったから。③そこにいる人々も(その様子が気の毒で)こらえきれない。「都へと思ふをものの悲しきは帰らぬ人のあればなりけり」について、①「都へ」のあとに省略されている語を、本文中から抜き出せ。②「帰らぬ」に掛けられている二つの意味を答えよ。③現代語訳せよ。
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①帰る
②一緒に都へ帰らない/死んでこの世に返らない
③都へ帰るのだと思うと、うれしいはずなのに、どこか悲しいのは、一緒に帰らない人がいるからだったのだなあ。「あるものと忘れつつなほなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける」について、①「ある」と対になっている語を抜き出せ。②「忘れつつ」とは何を忘れるのか。③現代語訳せよ。
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①なき
②女の子が死んだこと。③まだ生きているものと(死んだことを)つい忘れては、やはり亡くなった子を「どこにいるの」と尋ねてしまうのが悲しいことだ。「まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな」について、①「まことにて」はだれのどのことばを受けているか。②「男も女も、いかでとく京へもがな」の「いかでとく京へもがな」を現代語訳せよ。③「この歌、よしとにはあらねど、げにと思ひて、人々忘れず」から、和歌についてのどのような考え方がうかがえるか。
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①幼い子の「羽根といふ所は、鳥の羽のやうにやある」ということば。②なんとかして早く都へ帰りたい。③和歌は上手下手よりも、聞く人の心に共感をよぶものがよいという考え方。
「この羽根といふ所問ふ童のついでにぞ、また昔へ人を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる」について、①作者は何をきっかけに亡き子を思い出したか。②「いづれの時にか忘るる」を現代語訳せよ。③「京にて生まれたりし女子」は、本文でほかにどのように呼ばれているか。すべて抜き出せ。
解答を見る
①羽根という所のことを尋ねた幼い子ども(のことば)。②いつ忘れることがあろうか、いや、忘れはしない。③帰らぬ人・なき人・昔へ人・子
「下りしときの人の数足らねば」について、①どこからどこへ下ったのか。②人の数が足りないのはなぜか。③あとの歌「世の中に思ひやれども子を恋ふる思ひにまさる思ひなきかな」の三つの「思ひ」は、それぞれどのような思いか。
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①京から土佐の国へ。②京で生まれた女の子が、土佐で急に亡くなったから。③「思ひやれ」=一般的な思い、「子を恋ふる思ひ」=亡き子を恋しく思う気持ち、「まさる思ひ」=悲しい思い。