『無名草子』清少納言 現代語訳・品詞分解・解説|テスト予想問題付き

目次
  1. 原文の読み方
  2. 現代語訳・品詞分解・解説
  3. はじめのまとめ
  4. 定子に重んじられた清少納言
  5. 歌の才能
  6. 『枕草子』に表れた心づかい
  7. 清少納言の晩年
  8. テスト予想問題

『無名草子(むみょうぞうし)』「清少納言」の現代語訳・品詞分解・解説です。教科書によっては「清少納言と紫式部」という題で、次の「紫式部」の段と続けて載っています。

中宮定子に重んじられた清少納言について、女房たちが語り合う場面です。歌の才能についての評価、『枕草子』に書いたことと書かなかったこと、そして田舎で落ちぶれた晩年の姿が語られます。冒頭の一文が全体のまとめになっていることに注意して読みましょう。

原文の読み方

原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞・敬語の種類と向きを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。

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現代語訳・品詞分解・解説

はじめのまとめ

原文
「すべて副、あまりにナリ連用なりラ四連用ぬる完了連体人の格助主格、そ代名の格助体修ままに断定連用て接助単純接続侍はべる補・ラ変連体丁→聞き手例ためし、ありがたきク連体わざに断定連用こそ係助強意あラ変連体・音めれ推定已然。

現代語訳「総じて、人並みはずれてきわだった人が、最後までその(恵まれた)ままで過ごしております例というのは、めったにないことのようです。

あまりなり
度を越している。ここは、人よりきわだってすぐれていること。
例(ためし)
例。前例。
ありがたし
めったにない。
解説

「あまりになりぬる人」は、ここでは清少納言のこと。人よりすぐれ、華やかな宮仕えをした人が、そのままの状態で一生を終えることはめったにない、という一文で、このあと語られる清少納言の晩年の没落につながる。

「あめれ」は「あるめれ」→「あんめれ」の「ん」を書かない形。「こそ」の結びで、「めれ」は已然形。

定子に重んじられた清少納言

原文
檜垣ひがきの格助体修子、清少納言せいせうなごんは係助区別、一条院いちでうゐんの格助体修位くらゐの格助体修御時おほんとき、中関白なかのくわんぱく、世を格助対象しらラ四未然せ尊敬連用尊→中関白給たまひ補・ハ四連用尊→中関白ける過去連体初はじめ、

現代語訳檜垣の子(といわれる)清少納言は、一条天皇がご在位のころ、中関白(藤原道隆)が世の中をお治めになった初めのころ、

檜垣の子
檜垣の嫗(おうな)という女性歌人の子といわれた、ということ。
一条院
一条天皇。
中関白
藤原道隆。定子の父。
しらす
お治めになる。「世をしらせ給ひける」は、道隆が摂政・関白として政治を行ったこと。
解説

「せ給ひ」は語り手から中関白への敬意。

原文
皇太后宮くわうたいごうぐうの格助主格時ときめかカ四未然せ尊敬連用尊→定子給たまふ補・ハ四連体尊→定子盛さかりに格助時間候さぶらひハ四連用謙→定子給たまひ補・ハ四連用尊→清少納言て接助単純接続、人より格助比較優いうなるナリ連体者と格助引用おぼしめさサ四未然尊→定子れ受身連用たり存続連用ける過去連体ほどの格助体修ことどもは係助区別、

現代語訳皇太后宮(中宮定子)が(天皇の)ご寵愛を受けて栄えていらっしゃった盛りのころにお仕えなさって、ほかの女房たちよりすぐれた者だと(定子から)お思いいただいていた当時のことなどは、

時めく
(天皇の)寵愛を受けて栄える。
優なり
すぐれている。
おぼしめす
お思いになる。「思ふ」の尊敬語。
解説

「時めかせ給ふ」の主語は皇太后宮(定子)、「候ひ給ひ」の主語は清少納言。

「候ひ」は謙譲語で、語り手から定子(仕えられる人)への敬意。「給ひ」は尊敬語で、語り手から清少納言への敬意。「おぼしめさ」は尊敬語で、語り手から定子への敬意。

「人」は、ほかの女房たち。清少納言をすぐれた者だと思ったのは定子で、「れ」は受身。

原文
『枕草子まくらのさうし』と格助引用いふハ四連体ものに格助場所、自みづから副書き表かきあらはしサ四連用て接助単純接続侍はべれ補・ラ変已然丁→聞き手ば接助順接確定、細こまかにナリ連用申まうすサ四連体謙→聞き手に格助対象及およばバ四未然ず打消終止。

現代語訳『枕草子』という作品に、(清少納言が)自分で書き表しておりますので、くわしく申し上げるまでもありません。

細かなり
くわしい。
解説

くわしく言う必要がないのは、定子に重んじられていたころのことは、清少納言自身が『枕草子』に書いているから。

歌の才能

原文
歌詠うたよみの格助体修方かたこそ係助強意、元輔もとすけが格助体修女むすめに断定連用て接助単純接続、さ副ばかり副助程度なり断定連用ける過去連体ほどより格助比較は係助区別、優すぐれラ下二未然ざり打消連用ける過去連体と格助引用か係助疑問や間助詠嘆と格助引用おぼゆるヤ下二連体。

現代語訳歌を詠む方面では、(清原)元輔の娘で、あれほど(才能のある人)だったにしては、たいしたことはなかったとか聞くように思われます。

元輔
清原元輔。すぐれた歌人で、『後撰和歌集』の撰者の一人。
女(むすめ)
娘。
解説

「さばかりなりけるほど」は、父がすぐれた歌人であり、清少納言自身もすぐれた才能があったこと。それにしては歌はすぐれていなかった、と言っている。

「こそ」は、あとに「と」が続いているので、結びが流れている。「とかや」は「〜とかいうことだ」。

原文
『後拾遺ごしふゐ』など副助例示に格助場所も係助添加、むげにナリ連用少すくなくク連用入りラ四連用て接助単純接続侍はべる補・ラ変連体丁→聞き手めり婉曲終止。

現代語訳『後拾遺和歌集』などにも、ひどく少ししか(清少納言の歌は)入っていないようです。

後拾遺
『後拾遺和歌集』。勅撰和歌集の一つ。
むげに
ひどく。まったく。
解説

勅撰集に入った清少納言の歌がひどく少ない、ということ。

原文
自みづから副も係助添加思ひ知おもひしりラ四連用て接助単純接続、申し請まうしこひハ四連用謙→定子て接助単純接続、さやうナリ語幹の格助体修ことに格助対象は係助区別交まじりラ四連用侍はべら補・ラ変未然丁→聞き手ざり打消連用ける過去連体に断定連用や係助疑問。

現代語訳(清少納言は)自分でも(歌が得意でないことを)よく承知していて、(中宮定子に)申し出てお許しを願い、歌を詠むような場には加わらずにいたのでしょうか。

思ひ知る
よくわかる。
申し請ふ
お願い申し上げる。
解説

「思ひ知りて」は、清少納言が、自分は歌がそれほど上手ではないとわかっていた、ということ。

「申し請ひ」は謙譲語。清少納言が定子にお願い申し上げた。

「さやうのこと」は、和歌を詠む公式の場(歌合など)。

「にや」のあとに「ありけむ」などが省略されている(結びの省略)。

現代語訳そうでなかったとしたら、(勅撰集に入った歌が)本当にあまりにも少なすぎることであるようです。

さらでは
そうでなくては。
解説

自分から歌の場を避けていたのでなければ、勅撰集に入った歌があまりに少なすぎる、ということ。

『枕草子』に表れた心づかい

原文
そ代名の格助体修『枕草子まくらのさうし』こそ係助強意、心の格助体修ほど見えヤ下二連用て接助単純接続、いと副をかしうシク連用・音侍はべれ補・ラ変已然丁→聞き手。

現代語訳その『枕草子』こそ、(清少納言の)心のありさまが表れていて、たいそうおもしろうございます。

心のほど
心のありさま。
解説

「心のほど見えて」は、『枕草子』に清少納言の心のありさまが表れている、ということ。その中身は、あとの、主人の定子を大切に思い、その不幸を書かなかった心づかい。

「こそ」の結びは「侍れ」(已然形)。

原文
さばかり副をかしくシク連用も係助並列、あはれにナリ連用も係助並列、いみじくシク連用も係助並列、めでたくク連用も係助並列あるラ変連体ことども、残らラ四未然ず打消連用書き記かきしるしサ四連用たる存続連体中なかに格助場所、

現代語訳あれほど趣のあることも、しみじみと心にしみることも、すばらしいことも、立派なことも、残らず書き記している中で、

さばかり
あれほど。
あはれなり
しみじみと心にしみる。
めでたし
立派だ。すばらしい。
原文
宮みやの格助主格めでたくク連用盛さかりにナリ連用、時ときめかカ四未然せ尊敬連用尊→定子給たまひ補・ハ四連用尊→定子し過去連体ことばかり副助限定を格助対象、身の格助体修毛も係助強意立つタ四連体ばかり副助程度書き出かきいでダ下二連用て接助単純接続、

現代語訳中宮定子がすばらしく栄えた盛りで、(天皇に)大切にされていらっしゃった様子ばかりを、身の毛がよだつほど生き生きと書き記して、

宮
中宮定子。
身の毛も立つばかり
身の毛がよだつほど。ぞっとするほどまざまざと。
解説

『枕草子』に書かれているのは、「宮のめでたく盛りに、時めかせ給ひしこと」(定子の栄華の盛り)ばかりである。

原文
関白殿くわんぱくどの失うせサ下二連用給たまひ補・ハ四連用尊→関白殿、内大臣うちのおとど流ながさサ四未然れ受身連用給たまひ補・ハ四連用尊→内大臣など副助例示せサ変未然し過去連体ほどの格助体修衰おとろへを格助対象ば係助区別、かけても副言ひ出いひいでダ下二未然ぬ打消連体ほどの格助体修いみじきシク連体心こころばせなり断定連用けむ過去の婉曲連体人の格助主格、

現代語訳父の関白殿(道隆)が亡くなられ、兄の内大臣(伊周)が都から流されなさったりした時期の(一族の)落ち目については、まったく書き出さないほどの、すばらしい気配りを見せたような人が、

関白殿
藤原道隆。
内大臣(うちのおとど)
藤原伊周。
かけても
(下に打消を伴って)少しも。決して。
心ばせ
心づかい。気配り。
解説

『枕草子』に書かなかったのは、「関白殿失せ給ひ、内大臣流され給ひなどせしほどの衰へ」(父の死と兄の流罪による中関白家の衰え)。

「いみじき心ばせ」は、清少納言が、主人である定子の栄華だけを書き、一族の衰えは書かなかったすばらしい心づかい。筆者はこれを高く評価している。

清少納言の晩年

現代語訳しっかりした身寄りなどもなかったのでしょうか。

はかばかし
しっかりしている。頼りになる。
よすが
頼りになる縁者。身寄り。
解説

田舎に下って住むことになった理由を、筆者は、しっかりした身寄りがなかったからだろうと推測している。

「にや」のあとに「あらむ」などが省略されている。

原文
乳母めのとの格助体修子なり断定連用ける過去連体者に格助対象具ぐしサ変連用て接助単純接続、遥はるかなるナリ連体田舎ゐなかに格助場所まかりラ四連用て接助単純接続住みマ四連用ける過去連体に接助単純接続、

現代語訳(清少納言は)乳母の子であった者について、遠い田舎に下って住んでいたが、

乳母(めのと)
母親の代わりに子を育てる女性。
具す
連れ立つ。ついて行く。
まかる
(都から地方へ)下る。
原文
襖あをなど副助例示いふハ四連体もの干ほしサ四連用に格助目的外とに格助場所出いづダ下二終止とて格助引用、『昔の格助体修直衣姿なほしすがたこそ係助強意忘わすれラ下二未然ね打消已然。』と格助引用独ひとりごちタ四連用ける過去連体を格助対象見みマ上一連用侍はべり補・ラ変連用丁→聞き手けれ過去已然ば接助順接確定、

現代語訳襖とかいうもの(粗末な衣服)を干そうと外へ出るときに、『昔の(宮中で見た)直衣姿は忘れはしない。』とつぶやいていたのを(ある人が)見かけましたところ、

襖(あを)
庶民が着る粗末な衣服。
直衣(なほし)
貴族の男性のふだん着。「直衣姿」は、宮中で見た殿上人たちの姿。
独りごつ
独り言を言う。
解説

『昔の直衣姿こそ忘れね。』は、清少納言の言葉。宮仕えをしていた華やかな昔を懐かしく思う気持ちが表れている。

「こそ」の結びは「ね」(打消「ず」の已然形)。

※本文を「忘られね」とする教科書もある。

原文
あやしシク語幹の格助体修衣きぬ着きカ上一連用て接助単純接続、つづりと格助引用いふハ四連体もの帽子ぼうしに格助状態しサ変連用て接助単純接続侍はべり補・ラ変連用丁→聞き手ける過去連体こそ係助強意、いと副あはれなれナリ已然。

現代語訳(清少納言が)みすぼらしい着物を身につけ、布切れをつぎ合わせた「つづり」というものを帽子にしておりましたのが、たいそう気の毒でした。

あやし
粗末だ。みすぼらしい。
つづり
布切れをつぎ合わせたもの。
解説

「いとあはれなれ」と感じたのは、落ちぶれた清少納言の姿を見た人。

「こそ」の結びは「あはれなれ」(已然形)。

原文
まことに副、いかに副昔恋こひしかりシク連用けむ過去推量連体。」

現代語訳本当に、(清少納言は)どれほど昔が恋しかったことでしょう。」

解説

華やかな宮仕えをした清少納言が、晩年は田舎でみすぼらしく暮らしていたことを示し、冒頭の「あまりになりぬる人の、そのままにて侍る例、ありがたきわざにこそあめれ」の例としている。

『無名草子』のほかの段:紫式部

紫式部から見た清少納言:『紫式部日記』和泉式部と清少納言

テスト予想問題

A 読み・語句

  1. 次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
    ①例(そのままにて侍る例)
    ②女(元輔が女)
    ③乳母
    ④襖
    ⑤直衣
    ⑥衣(あやしの衣)

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    ①ためし
    ②むすめ
    ③めのと
    ④あお
    ⑤のうし
    ⑥きぬ

  2. ①しらす(世をしらせ給ひける)
    ②ありがたし
    ③むげに
    ④心ばせ
    ⑤かけても(〜ぬ)
    ⑥はかばかし
    ⑦よすが
    ⑧あやし(あやしの衣)の、本文での意味をそれぞれ答えよ。

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    ①治める(お治めになる)
    ②めったにない
    ③ひどく・まったく
    ④心づかい・気配り
    ⑤少しも(〜ない)
    ⑥しっかりしている・頼りになる
    ⑦身寄り・頼りになる縁者
    ⑧粗末だ・みすぼらしい

B 文法・敬語

  1. 「すべて、あまりになりぬる人の、そのままにて侍る例、ありがたきわざにこそあめれ」について、①「あめれ」を文法的に説明せよ。②「あまりになりぬる人」とはだれのことか。③全体を現代語訳せよ。

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    ①ラ変動詞「あり」の連体形「ある」が撥音便で「あん」となり、その「ん」が書かれていない形に、推定の助動詞「めり」の已然形(「こそ」の結び)が付いたもの。②清少納言
    ③総じて、人並みはずれてきわだった人が、最後までそのままで過ごしております例というのは、めったにないことのようです。

  2. 「皇太后宮の時めかせ給ふ盛りに候ひ給ひて、人より優なる者とおぼしめされたりける」について、①「時めかせ給ふ」「候ひ給ひ」の主語をそれぞれ答えよ。②「候ひ」「給ひ」「おぼしめさ」の敬語の種類と、だれへの敬意かを答えよ。③「人」とはだれのことか。

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    ①時めかせ給ふ=皇太后宮(中宮定子)、候ひ給ひ=清少納言
    ②候ひ=謙譲語・定子へ、給ひ=尊敬語・清少納言へ、おぼしめさ=尊敬語・定子へ(いずれも語り手からの敬意)
    ③ほかの女房たち

  3. 「交じり侍らざりけるにや」「はかばかしきよすがなどもなかりけるにや」の「にや」について、①「に」「や」を文法的に説明せよ。②あとに省略されている語を補え。

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    ①に=断定の助動詞「なり」の連用形、や=疑問の係助詞
    ②(どちらも)「あらむ」(「ありけむ」)などの結びが省略されている。

  4. 「『昔の直衣姿こそ忘れね。』と独りごちける」「いかに昔恋しかりけむ」について、①「ね」の意味と活用形、②「ね」が已然形になっている理由、③「けむ」の意味と活用形を答えよ。

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    ①打消・已然形(打消の助動詞「ず」の已然形)
    ②係助詞「こそ」の結びだから。
    ③過去推量・連体形

C 現代語訳・内容

  1. 清少納言の歌について述べた「さばかりなりけるほどよりは」を、「さ」の内容を明らかにして現代語訳せよ。

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    父の元輔がすぐれた歌人であり、清少納言自身も才能ある人だったにしては

  2. 「自らも思ひ知りて、申し請ひて、さやうのことには交じり侍らざりけるにや」について、①だれが何を「思ひ知り」ていたのか。②だれがだれに「申し請ひ」たのか。③「さやうのこと」の内容を明らかにして、「さやうのことには交じり侍らざりけるにや」を現代語訳せよ。

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    ①清少納言が、自分は歌を詠むのがあまり上手ではないということ。②清少納言が中宮定子に。③(歌合などの)和歌を詠む公式の場には、加わらなかったのでしょうか。

  3. 清少納言が『枕草子』に、①書いたこと、②書かなかったこと にあたる部分を、それぞれ本文中から抜き出せ。また、③「いみじき心ばせ」とは、だれのどのような心づかいか、説明せよ。

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    ①「宮のめでたく盛りに、時めかせ給ひしこと」
    ②「関白殿失せ給ひ、内大臣流され給ひなどせしほどの衰へ」
    ③清少納言の、主人である定子の栄華の盛りだけを書き、父の死や兄の流罪による一族の衰えは少しも書かなかった、すばらしい心づかい。

  4. 「関白殿失せ給ひ、内大臣流され給ひなどせしほどの衰へ」について、関白殿・内大臣とはだれか。また、「宮」(定子)とどのような関係か、答えよ。

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    関白殿=藤原道隆で、定子の父。内大臣=藤原伊周で、定子の兄。

  5. 清少納言の晩年について、①田舎に下って住むようになった理由を、筆者はどう推測しているか。②『昔の直衣姿こそ忘れね。』にはだれのどのような気持ちが表れているか。③「いとあはれなれ」と思ったのはだれか。

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    ①しっかりした身寄りがなかったからだろう、と推測している。②清少納言の、宮仕えをしていた華やかな昔を懐かしく、恋しく思う気持ち。③粗末な姿の清少納言を見た人。