『無名草子(むみょうぞうし)』「清少納言」の現代語訳・品詞分解・解説です。教科書によっては「清少納言と紫式部」という題で、次の「紫式部」の段と続けて載っています。
中宮定子に重んじられた清少納言について、女房たちが語り合う場面です。歌の才能についての評価、『枕草子』に書いたことと書かなかったこと、そして田舎で落ちぶれた晩年の姿が語られます。冒頭の一文が全体のまとめになっていることに注意して読みましょう。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞・敬語の種類と向きを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
はじめのまとめ
現代語訳「総じて、人並みはずれてきわだった人が、最後までその(恵まれた)ままで過ごしております例というのは、めったにないことのようです。
- あまりなり
- 度を越している。ここは、人よりきわだってすぐれていること。
- 例(ためし)
- 例。前例。
- ありがたし
- めったにない。
「あまりになりぬる人」は、ここでは清少納言のこと。人よりすぐれ、華やかな宮仕えをした人が、そのままの状態で一生を終えることはめったにない、という一文で、このあと語られる清少納言の晩年の没落につながる。
「あめれ」は「あるめれ」→「あんめれ」の「ん」を書かない形。「こそ」の結びで、「めれ」は已然形。
定子に重んじられた清少納言
現代語訳檜垣の子(といわれる)清少納言は、一条天皇がご在位のころ、中関白(藤原道隆)が世の中をお治めになった初めのころ、
- 檜垣の子
- 檜垣の嫗(おうな)という女性歌人の子といわれた、ということ。
- 一条院
- 一条天皇。
- 中関白
- 藤原道隆。定子の父。
- しらす
- お治めになる。「世をしらせ給ひける」は、道隆が摂政・関白として政治を行ったこと。
「せ給ひ」は語り手から中関白への敬意。
現代語訳皇太后宮(中宮定子)が(天皇の)ご寵愛を受けて栄えていらっしゃった盛りのころにお仕えなさって、ほかの女房たちよりすぐれた者だと(定子から)お思いいただいていた当時のことなどは、
- 時めく
- (天皇の)寵愛を受けて栄える。
- 優なり
- すぐれている。
- おぼしめす
- お思いになる。「思ふ」の尊敬語。
「時めかせ給ふ」の主語は皇太后宮(定子)、「候ひ給ひ」の主語は清少納言。
「候ひ」は謙譲語で、語り手から定子(仕えられる人)への敬意。「給ひ」は尊敬語で、語り手から清少納言への敬意。「おぼしめさ」は尊敬語で、語り手から定子への敬意。
「人」は、ほかの女房たち。清少納言をすぐれた者だと思ったのは定子で、「れ」は受身。
現代語訳『枕草子』という作品に、(清少納言が)自分で書き表しておりますので、くわしく申し上げるまでもありません。
- 細かなり
- くわしい。
くわしく言う必要がないのは、定子に重んじられていたころのことは、清少納言自身が『枕草子』に書いているから。
歌の才能
現代語訳歌を詠む方面では、(清原)元輔の娘で、あれほど(才能のある人)だったにしては、たいしたことはなかったとか聞くように思われます。
- 元輔
- 清原元輔。すぐれた歌人で、『後撰和歌集』の撰者の一人。
- 女(むすめ)
- 娘。
「さばかりなりけるほど」は、父がすぐれた歌人であり、清少納言自身もすぐれた才能があったこと。それにしては歌はすぐれていなかった、と言っている。
「こそ」は、あとに「と」が続いているので、結びが流れている。「とかや」は「〜とかいうことだ」。
現代語訳『後拾遺和歌集』などにも、ひどく少ししか(清少納言の歌は)入っていないようです。
- 後拾遺
- 『後拾遺和歌集』。勅撰和歌集の一つ。
- むげに
- ひどく。まったく。
勅撰集に入った清少納言の歌がひどく少ない、ということ。
現代語訳(清少納言は)自分でも(歌が得意でないことを)よく承知していて、(中宮定子に)申し出てお許しを願い、歌を詠むような場には加わらずにいたのでしょうか。
- 思ひ知る
- よくわかる。
- 申し請ふ
- お願い申し上げる。
「思ひ知りて」は、清少納言が、自分は歌がそれほど上手ではないとわかっていた、ということ。
「申し請ひ」は謙譲語。清少納言が定子にお願い申し上げた。
「さやうのこと」は、和歌を詠む公式の場(歌合など)。
「にや」のあとに「ありけむ」などが省略されている(結びの省略)。
現代語訳そうでなかったとしたら、(勅撰集に入った歌が)本当にあまりにも少なすぎることであるようです。
- さらでは
- そうでなくては。
自分から歌の場を避けていたのでなければ、勅撰集に入った歌があまりに少なすぎる、ということ。
『枕草子』に表れた心づかい
現代語訳その『枕草子』こそ、(清少納言の)心のありさまが表れていて、たいそうおもしろうございます。
- 心のほど
- 心のありさま。
「心のほど見えて」は、『枕草子』に清少納言の心のありさまが表れている、ということ。その中身は、あとの、主人の定子を大切に思い、その不幸を書かなかった心づかい。
「こそ」の結びは「侍れ」(已然形)。
現代語訳あれほど趣のあることも、しみじみと心にしみることも、すばらしいことも、立派なことも、残らず書き記している中で、
- さばかり
- あれほど。
- あはれなり
- しみじみと心にしみる。
- めでたし
- 立派だ。すばらしい。
現代語訳中宮定子がすばらしく栄えた盛りで、(天皇に)大切にされていらっしゃった様子ばかりを、身の毛がよだつほど生き生きと書き記して、
- 宮
- 中宮定子。
- 身の毛も立つばかり
- 身の毛がよだつほど。ぞっとするほどまざまざと。
『枕草子』に書かれているのは、「宮のめでたく盛りに、時めかせ給ひしこと」(定子の栄華の盛り)ばかりである。
現代語訳父の関白殿(道隆)が亡くなられ、兄の内大臣(伊周)が都から流されなさったりした時期の(一族の)落ち目については、まったく書き出さないほどの、すばらしい気配りを見せたような人が、
- 関白殿
- 藤原道隆。
- 内大臣(うちのおとど)
- 藤原伊周。
- かけても
- (下に打消を伴って)少しも。決して。
- 心ばせ
- 心づかい。気配り。
『枕草子』に書かなかったのは、「関白殿失せ給ひ、内大臣流され給ひなどせしほどの衰へ」(父の死と兄の流罪による中関白家の衰え)。
「いみじき心ばせ」は、清少納言が、主人である定子の栄華だけを書き、一族の衰えは書かなかったすばらしい心づかい。筆者はこれを高く評価している。
清少納言の晩年
- はかばかし
- しっかりしている。頼りになる。
- よすが
- 頼りになる縁者。身寄り。
田舎に下って住むことになった理由を、筆者は、しっかりした身寄りがなかったからだろうと推測している。
「にや」のあとに「あらむ」などが省略されている。
現代語訳(清少納言は)乳母の子であった者について、遠い田舎に下って住んでいたが、
- 乳母(めのと)
- 母親の代わりに子を育てる女性。
- 具す
- 連れ立つ。ついて行く。
- まかる
- (都から地方へ)下る。
現代語訳襖とかいうもの(粗末な衣服)を干そうと外へ出るときに、『昔の(宮中で見た)直衣姿は忘れはしない。』とつぶやいていたのを(ある人が)見かけましたところ、
- 襖(あを)
- 庶民が着る粗末な衣服。
- 直衣(なほし)
- 貴族の男性のふだん着。「直衣姿」は、宮中で見た殿上人たちの姿。
- 独りごつ
- 独り言を言う。
『昔の直衣姿こそ忘れね。』は、清少納言の言葉。宮仕えをしていた華やかな昔を懐かしく思う気持ちが表れている。
「こそ」の結びは「ね」(打消「ず」の已然形)。
※本文を「忘られね」とする教科書もある。
現代語訳(清少納言が)みすぼらしい着物を身につけ、布切れをつぎ合わせた「つづり」というものを帽子にしておりましたのが、たいそう気の毒でした。
- あやし
- 粗末だ。みすぼらしい。
- つづり
- 布切れをつぎ合わせたもの。
「いとあはれなれ」と感じたのは、落ちぶれた清少納言の姿を見た人。
「こそ」の結びは「あはれなれ」(已然形)。
華やかな宮仕えをした清少納言が、晩年は田舎でみすぼらしく暮らしていたことを示し、冒頭の「あまりになりぬる人の、そのままにて侍る例、ありがたきわざにこそあめれ」の例としている。
『無名草子』のほかの段:紫式部
紫式部から見た清少納言:『紫式部日記』和泉式部と清少納言
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①例(そのままにて侍る例)
②女(元輔が女)
③乳母
④襖
⑤直衣
⑥衣(あやしの衣)解答を見る
①ためし
②むすめ
③めのと
④あお
⑤のうし
⑥きぬ①しらす(世をしらせ給ひける)
②ありがたし
③むげに
④心ばせ
⑤かけても(〜ぬ)
⑥はかばかし
⑦よすが
⑧あやし(あやしの衣)の、本文での意味をそれぞれ答えよ。解答を見る
①治める(お治めになる)
②めったにない
③ひどく・まったく
④心づかい・気配り
⑤少しも(〜ない)
⑥しっかりしている・頼りになる
⑦身寄り・頼りになる縁者
⑧粗末だ・みすぼらしい
B 文法・敬語
「すべて、あまりになりぬる人の、そのままにて侍る例、ありがたきわざにこそあめれ」について、①「あめれ」を文法的に説明せよ。②「あまりになりぬる人」とはだれのことか。③全体を現代語訳せよ。
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①ラ変動詞「あり」の連体形「ある」が撥音便で「あん」となり、その「ん」が書かれていない形に、推定の助動詞「めり」の已然形(「こそ」の結び)が付いたもの。②清少納言
③総じて、人並みはずれてきわだった人が、最後までそのままで過ごしております例というのは、めったにないことのようです。「皇太后宮の時めかせ給ふ盛りに候ひ給ひて、人より優なる者とおぼしめされたりける」について、①「時めかせ給ふ」「候ひ給ひ」の主語をそれぞれ答えよ。②「候ひ」「給ひ」「おぼしめさ」の敬語の種類と、だれへの敬意かを答えよ。③「人」とはだれのことか。
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①時めかせ給ふ=皇太后宮(中宮定子)、候ひ給ひ=清少納言
②候ひ=謙譲語・定子へ、給ひ=尊敬語・清少納言へ、おぼしめさ=尊敬語・定子へ(いずれも語り手からの敬意)
③ほかの女房たち「交じり侍らざりけるにや」「はかばかしきよすがなどもなかりけるにや」の「にや」について、①「に」「や」を文法的に説明せよ。②あとに省略されている語を補え。
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①に=断定の助動詞「なり」の連用形、や=疑問の係助詞
②(どちらも)「あらむ」(「ありけむ」)などの結びが省略されている。「『昔の直衣姿こそ忘れね。』と独りごちける」「いかに昔恋しかりけむ」について、①「ね」の意味と活用形、②「ね」が已然形になっている理由、③「けむ」の意味と活用形を答えよ。
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①打消・已然形(打消の助動詞「ず」の已然形)
②係助詞「こそ」の結びだから。
③過去推量・連体形
C 現代語訳・内容
清少納言の歌について述べた「さばかりなりけるほどよりは」を、「さ」の内容を明らかにして現代語訳せよ。
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父の元輔がすぐれた歌人であり、清少納言自身も才能ある人だったにしては
「自らも思ひ知りて、申し請ひて、さやうのことには交じり侍らざりけるにや」について、①だれが何を「思ひ知り」ていたのか。②だれがだれに「申し請ひ」たのか。③「さやうのこと」の内容を明らかにして、「さやうのことには交じり侍らざりけるにや」を現代語訳せよ。
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①清少納言が、自分は歌を詠むのがあまり上手ではないということ。②清少納言が中宮定子に。③(歌合などの)和歌を詠む公式の場には、加わらなかったのでしょうか。
清少納言が『枕草子』に、①書いたこと、②書かなかったこと にあたる部分を、それぞれ本文中から抜き出せ。また、③「いみじき心ばせ」とは、だれのどのような心づかいか、説明せよ。
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①「宮のめでたく盛りに、時めかせ給ひしこと」
②「関白殿失せ給ひ、内大臣流され給ひなどせしほどの衰へ」
③清少納言の、主人である定子の栄華の盛りだけを書き、父の死や兄の流罪による一族の衰えは少しも書かなかった、すばらしい心づかい。「関白殿失せ給ひ、内大臣流され給ひなどせしほどの衰へ」について、関白殿・内大臣とはだれか。また、「宮」(定子)とどのような関係か、答えよ。
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関白殿=藤原道隆で、定子の父。内大臣=藤原伊周で、定子の兄。
清少納言の晩年について、①田舎に下って住むようになった理由を、筆者はどう推測しているか。②『昔の直衣姿こそ忘れね。』にはだれのどのような気持ちが表れているか。③「いとあはれなれ」と思ったのはだれか。
解答を見る
①しっかりした身寄りがなかったからだろう、と推測している。②清少納言の、宮仕えをしていた華やかな昔を懐かしく、恋しく思う気持ち。③粗末な姿の清少納言を見た人。