蘇秦者、師鬼谷先生。
蘇秦は、鬼谷先生を師とす。
蘇秦という者は、鬼谷先生を師匠としていた。
初出游、困而帰。 妻不下機、嫂不為炊。
初め出游し、困しみて帰る。妻は機を下らず、嫂は為に炊がず。
初めて遊説に出たとき、困窮して帰ってきた。妻は、はたおり機から下りて出迎えようともせず、兄嫁は蘇秦のために食事を用意もしなかった。
・出游…地元を離れてほかのところへ行くこと。蘇秦が自分の意見を説いて回ったこと。
・ほかの人々は工業や商業で利益を得ているのに、口先の弁舌を仕事にしていることをばかにしている。
至是為従約長、并相六国。 行過洛陽。 車騎輜重、擬於王者。
是に至りて従約の長と為り、六国に幷せ相たり。行きて洛陽に過る。 車騎輜重、王者に擬す。
こういうことになって、蘇秦は合従同盟の長となり、六つの国の宰相となった。洛陽を通りかかった。彼の乗る車や騎兵や荷車は、王のようであった。
昆弟妻嫂、側目不敢視。俯伏、侍取食。
昆弟妻嫂、目を側めて敢へて視ず。俯伏し、侍して食を取る。
蘇秦の兄弟や妻や兄嫁は、目をそらし蘇秦を見ようとしなかった。ひれ伏して、側について食事の世話をした。
〇蘇秦が遊説に失敗し困窮していたときは軽んじて相手にせず、同盟の長のなったときはひれ伏して対応した。親族の態度が大きく変わっている。
蘇秦笑曰、「何前倨而後恭也」。嫂曰、 「見季子位高金多也」。
蘇秦笑ひて曰く、「何ぞ前には倨りて後には恭しきや」と。嫂曰く、「季子の位高く金多きを見ればなり」と。
蘇秦は笑って言うことには「どうして前は威張っていたのに、今は丁重なのか」と。兄嫁が言うことには「あなたの位が高くなりお金持ちになったのを見たからです」と。
秦喟然歎曰、 「此一人之身、 富貴則親戚畏懼之、貧賎則軽易之。況衆人乎。
秦喟然として歎じて曰はく、「此れ一人の身なるに、富貴なれば則ち親戚すら之を畏懼し、貧賎なれば則ち之を軽易す。況んや衆人をや。
蘇秦は、ため息をついて嘆いて言うことには 「私は(今も昔も)同じ人間の身であるのに、裕福で地位が高ければ親戚でさえ私のことを恐れはばかり、貧しく地位が低ければ、私のことをあなどり軽んじる。ましてや他人であればなおさらだ。
・況~乎…「況んや~をや」まして~はなおさらだ。
※「親戚すら」相手が富貴か貧賤かで態度をかえる、「一般の人なら」なおさらそうだろう。そんな人間のあり方にため息をついた。
使我有洛陽負郭田二頃、豈能佩六国相印乎。」
我をして洛陽負郭の田二頃有らしめば、豈に能く六国の相印を佩びんや。」
もし私が洛陽近郊に二項の広さの良質な田地を持っていたなら、(それで満足しており)どうして六国の宰相の印を身につけることができただろうか、いやできなかっただろう。」と。
・城壁に近い部分は肥沃で良質な土地だった。
・使AB、…仮定「AをしてBしめば」AがBするならば、
※「使」は使役の働きもあるが、ここでは仮定を意味するととる。「使し」と読むこともある。
・豈~乎…反語「豈に~んや」どうして~だろうか、いや~ない。
→豈能~乎「豈に能く~んや」どうして~できるだろうか、いやできないだろう。
於是、散千金、以賜宗族朋友。
是に於いて、千金を散じ、以て宗族・朋友に賜ふ。
そこで多くの金を親族や友人に与えた。
『史記』には、これまで恩を受けた人々に恩返しをしたとの記述がある。