聶以道宰江右一邑日、有村人早出売菜、拾得至元鈔十五錠、帰以奉母。
聶以道 江右の一邑に宰たるの日、村人の早に出でて菜を売る有り、至元鈔十五錠を拾得し、帰りて以つて母に奉ず。
聶以道が長江中流の南岸地方の長官であったある日、村人で朝早く野菜を売っていた者がいて、十五錠の紙幣を拾って、家に帰って母親に献上した。
・早…「つとニ」早くから
○奉…献上する。村人は母にお金をあげて生活の助けにしようと思った。
母怒曰、「得非盗来而欺我乎。
母 怒りて曰はく、「盗み来たりて我を欺くに非ざるを得んや。
母親は怒って言うことには「盗んできて私をだますつもりであろう。
得非~乎
「得」は「~できる」、「乎」は疑問・反語。
直訳すると「〜ではないという状態を得られるだろうか、いや(〜でない状態を得ることは)できない」
↓
「〜ではないだろうか」「どうして〜でないことがあろうか、いや〜である。」
縦有遺失、亦不過三両張耳。寧有一束之理。
縦ひ遺失有るも、亦三両張に過ぎざるのみ。寧くんぞ一束の理有らんや。
たとえ落とし物があったとしても、わずかな枚数にすぎないだろう。どうして一束であるはずがあろうか、いや、そんなはずがない。
・縦…「たとヒ~トモ」たとえ~としても
・~耳…「~のみ」(限定)~だけだ、~にすぎない
・寧…「いづクンゾ」(反語)どうして~か、いや~ない。
・理…道理
○子は本当に拾ってきたのだが、母はそんな大金が落ちているはずがない、嘘であると考えた。
況我家未嘗有此、立当禍至。
況んや我が家未だ嘗て此れ有らざれば、立ちどころに当に禍至るべし。
まして我が家にこれまでこんな大金があったことはないので、すぐに禍がおとずれるにちがいない。
・況…「いはンヤ」ましてや
・嘗…かつて
○母は、①盗んだのに、拾ったと嘘をついた、②大金をもったことがない家が大金を手にすると災いがおこる、という二つの理由から怒った。
可急速送還、毋累我為也。」言之再、子弗従。
急ぎ速やかに送還すべし。我を累はすことを為す毋かれ。」と。之を言ふこと再びなるも、子 従はず。
すぐに返すべきである。私を面倒なことに巻き込むな。」と。もう一度繰り返し言ったが、子は母の言うことに従わなかった。
・勿~…「~なカレ」(禁止)~するな
・「弗」は「不」と同じ。
○本当に拾った物なので、子は誰に返したらよいか分からなかった。
母曰、「必如是、我須訴之官。」
母曰はく、「必ず是くのごとくんば、我 須らく之を官に訴ふべし。」と。
母親が言うことには「どうしてもそのよう(返さない)なら、私は役人に訴える必要がある。」と言った。
・如是「かクノごとシ」そのようである。
子曰、「拾得之物、送還何人。」
子曰はく、「拾得の物、何人にか送還せん。」と。
子が言うことには、「拾った物を、誰に返すのですか。」と言った。
○本当に拾った物なので、子は誰に返したらよいか分からなかった。
母曰、「但於元拾処俟候、定有失主来矣。」
母曰はく、「但だ元拾ひし処に於いて俟候せば、定めて失主の来たる有らん。」と。
母親が言うことには、「ただ、もとの拾った場所で待っていれば、きっと落とし主が来るだろう。」と言った。
・俟候…待つ
・失主…落とし主
子遂依命携往。
子 遂に命に依りて携へ往く。
子はそのまま母の命令に従って、紙幣を持って行った。
・遂…そのまま
頃間果見尋鈔者。
頃間、果たして鈔を尋ぬる者を見る。
しばらくすると、言った通り紙幣を探している者が現れた。
・頃間…しばらくして
・果…「はタシテ」予想通り、案の定
村人本朴質、竟不詰其数、便以付還。
村人 本より朴質にして、竟に其の数を詰はず、便ち以つて付還す。
村人はもともと素朴で正直だったので、その金額を問いただすこともなく、すぐに返した。
・便…「すなはチ」すぐに、たやすく
傍観之人、皆令分取為賞。
傍観の人、皆分かち取りて賞と為さしめんとす。
そばで見ていた人々は皆、金の一部を分けて取り、褒美とさせようとした。
・令~…「~しム」(使役)~させる
失主靳曰、「我元三十錠、今纔一半。安可賞之。」
失主 靳しみて曰はく、「我 元三十錠あるに、今纔かに一半のみ。安くんぞ之に賞すべけんや。
落とし主は金を惜しんで、「私はもともと三十錠持っていたのに、今はわずかにその半分しかない。どうしてこの者に褒美を与えることができようか、いや、できない。」と言った。
・纔…「わづカニ」
安…「いづクンゾ~ン(や)」(反語)どうして~か、いや~ない
落とし主は、一部を拾い主に与えることを惜しんで、もともと三十錠あったと嘘をつき、拾い主が盗んだのだと主張した。
争鬧不已、相持至庁事下。
争ひ鬧ぐこと已まず、相持して庁事の下に至る。
言い争いが終わらず、互いに言い張ったまま役所まで行った。
○落とし主はお礼のお金を惜しんで、「本当は三十錠落としたのに、十五錠しか返ってきていない」と嘘をついた。
聶推問村人、其辞実。又暗喚其母審之、合。
聶 村人を推問するに、其の辞 実なり。又暗に其の母を喚び之を審らかにするに、合せり。
聶以道が村人を取り調べると、その言葉は真実であった。また、ひそかにその母親を呼んで詳しく調べると、二人の話は一致した。
〇聶以道は村人の話を真実だと思い、さらに母に話を聞くと村人と言っていることが一致したので、真実だと確信した。
乃俾二人各具失者実三十錠、得者実十五錠文状在官。
乃ち二人をして各失ひし者は実に三十錠、得し者は実に十五錠の文状を具せしめ、官に在く。
そこで二人にそれぞれ、落とした者は確かに三十錠、拾った者は確かに十五錠であるという書面を作らせ、役所に保管させた。
・各…「おのおの」それぞれ
後却謂失主曰、「此非汝鈔。必天賜賢母以養老者。
後、却つて失主に謂ひて曰はく、「此れ汝の鈔に非ず。必ず天 賢母に賜ひ、以つて老を養はしむる者ならん。
その後、落とし主に向かって言うことには「これはお前の紙幣ではない。きっと天がこの立派な母親に与え、老後を養わせようとしたものなのだろう。
若三十錠、則汝鈔也。可自別尋去。」
若し三十錠ならば、則ち汝の鈔なり。自ら別に尋ね去るべし。」と。
もし三十錠ならば、それがお前の紙幣である。自分で別に探しに行くがよい。」と。
・若~…「もシ~バ」(仮定)もし~ならば
遂給付母子。聞者称快。
遂に母子に給付す。聞く者 快なりと称す。
そして十五錠を母子に与えた。この判決を聞いた人々は、痛快なことだと称賛した。
○聶以道が、うそをつく者にお金を渡さず、正直な者にお金を渡す判決を出し、聞いた者たちは称賛した。
予想問題
問1 「子弗従」とあるが、子が母の言うことに従わなかったのはなぜか。
問2 「果見尋鈔者」の「果」は、何が予想通りになったことを表すか。
問3 落とし主が「我元三十錠、今纔一半」と言ったのはなぜか。
問4 「得非盗来而欺我乎。」を書き下し文にせよ。また、現代語訳せよ。
【現代語訳】盗んできて私をだまそうとしているのではないか。
問5 「縦有遺失、亦不過三両張耳。寧有一束之理。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
【現代語訳】たとえ落とし物があったとしても、わずかな枚数にすぎないだろう。どうして一束であるはずがあろうか、いや、そんなはずがない。
問6 聶以道が二人に供述を書面にさせたのはなぜか。
問7 「安可賞之。」を書き下し文にせよ。また、現代語訳せよ。
【現代語訳】どうしてこの者に褒美を与えることができようか、いや、できない。
問8 「若三十錠、則汝鈔也。可自別尋去。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
【現代語訳】もし三十錠ならば、それがお前の紙幣である。自分で別に探しに行くがよい。