『源氏物語(げんじものがたり)』須磨(すま)の巻、「須磨の秋」の場面の中ほど、「前栽の花いろいろ咲き乱れ」から「つれなきさまにしありく」までの現代語訳・品詞分解・敬語・解説です(全3回の②)。須磨①の続きです。
秋の夕暮れ、海を見渡す廊に出た光源氏の姿は、この世のものとは思えないほど美しく、お供の人々の心を慰めます。雁の鳴き声をきっかけに、光源氏とお供の人々が、都を恋しく思う歌を詠み交わします。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
夕暮れの光源氏
現代語訳庭先の植え込みの花がさまざまな色に咲き乱れて、趣深い夕暮れに、海が自然と見渡される廊にお出になって、
- 前栽
- 庭の植え込み。
- おもしろし
- 趣がある。
- 廊
- 建物と建物をつなぐ渡り廊下。
「見やらるる」の「るる」は自発の助動詞「る」の連体形。海が自然と見渡される、ということ。
現代語訳たたずんでいらっしゃるご様子が、不吉なほど美しいことは、場所が場所だけに、いっそうこの世のものとは思えないほどでいらっしゃる。
- ゆゆし
- 不吉だ。(連用形で)不吉なほど〜だ。
- 清らなり
- 気品があって美しい。
- 所がら
- 場所が場所だけに。
「ゆゆしう清らなる」は、海を見渡す廊にたたずむ光源氏の、不吉に感じられるほどの美しさ。
現代語訳白い綾の、しなやかな下着の上に、紫苑色の指貫などを身につけられて、濃い色の御直衣を着て、帯をゆるやかに締めてくつろいだお姿で、
- 白き綾
- 白い綾織りの下着。
- なよよかなり
- 柔らかだ。
- 紫苑色
- 表が薄紫、裏が青みのある黄緑(萌黄)の色の組み合わせ。ここでは、その色の指貫(はかま)。
- 奉る
- 「着る」の尊敬語。お召しになる。
- こまやかなり
- 色が濃い。
- 直衣
- 貴族の普段着。
- しどけなし
- (衣服を)ゆったりとくつろいで着ている。
「白き綾のなよよかなる」の「の」は同格。「白い綾織りで、柔らかなもの」。
現代語訳「釈迦牟尼仏の弟子。」と名のって、ゆったりとお経を読んでいらっしゃる声が、これもまた世にまたとないほどすばらしく聞こえる。
- 釈迦牟尼仏の弟子
- お経を唱えるときに最初に言う言葉。このあとに自分の名を名のる。
- ゆるるかなり
- ゆったりしている。
- 世に知らず
- 世に例がないほど。
雁の声
現代語訳沖を通って、何艘もの舟が大声で舟歌を歌いながら漕いでいく声なども聞こえる。
- 歌ひののしる
- 大声で歌う。
現代語訳(その舟が)かすかに、まるで小さな鳥が浮かんでいるかのように遠く見渡されるのも心細いのに加えて、雁が連なって鳴く声が、舟の楫の音とまちがえるほど似ているのを、
- ほのかなり
- かすかだ。
- まがふ
- 見分けがつかないほどよく似る。
- 楫
- 舟をこぐ道具。
「見やらるる」の主語にあたるのは、沖を漕いでいく舟。遠くの舟が、小さな鳥が浮かんでいるように見えるのである。
※雁の声が楫の音と似ているという表現は、白居易の詩をふまえたもの。
現代語訳(光源氏が)物思いに沈んで眺めなさって、こぼれる涙をお払いになる手つきが、黒い数珠に映えて(白く美しく)引き立っていらっしゃる(その姿に)は、
- うちながむ
- 物思いにふけってぼんやりと眺める。
「うちながめ給ひ」の主語は光源氏。雁の鳴く声に誘われて、都を恋しく思う(郷愁)気持ちがわき、涙を流している。
涙をぬぐう光源氏の白い手が、黒い数珠と対照的に引き立って美しく見える。
- ふるさとの女恋しき人々
- 故郷(都)に残してきた女性を恋しく思っているお供の人々。
お供の人々は、涙をぬぐう光源氏の女性のように美しい姿を見て、心を慰められた。
四首の歌
現代語訳初雁は、(都の)恋しい人たちの仲間なのか。旅の空を渡っていく鳴き声が悲しく聞こえることよ。
- 初雁
- 秋になって、初めて北から渡ってくる雁。
- 列
- 列。仲間。
「列」は、雁が並んで飛ぶ「列」と、「仲間」の意味を兼ねる。「連ね」(良清の歌)とともに「雁」の縁語。
雁が都の恋しい人の仲間のように思われ、その声が悲しく聞こえる、という光源氏の歌。
現代語訳と(光源氏が)おっしゃると、良清は、次から次へと昔のことが思い出されることだ。(列をつらねて飛ぶ)雁は、あのころの友ではないけれども。
- 良清
- 光源氏のお供の一人。
- かき連ぬ
- 次々に連ねる。
- その世
- 昔。都にいたころ。
「かき連ね」は、雁が列をつらねるように、次々と昔のことが思い出される、ということ。
現代語訳民部大輔は、自分から進んで常世の国を捨てて鳴いている雁を、(これまでは)雲のかなたの、自分とは関係のないことと思っていたことよ。
- 心から
- 自分の心から。自分から進んで。
- 常世
- 不老不死の国。ここでは雁の故郷。
- 雲のよそ
- 雲のかなた。自分とは関係のない遠いこと。
これまでは、故郷を捨てて鳴く雁を自分とは無関係だと思っていたが、自分も(光源氏に従って)都を離れた今、雁の身の上が身にしみてわかる、という歌。
現代語訳前右近将監は、常世の国を出て旅の空にある雁も、仲間の列から遅れずにいる間は、心が慰められるのだ。
- 雁がね
- 雁。
- 後る
- 遅れる。取り残される。
仲間の列から遅れずにいる雁のように、自分も光源氏のおそばにいられる間は心が慰められる、という意味をこめている。
- 惑はす
- 見失う。
「侍ら」は丁寧語で、前右近将監から光源氏への敬意。
友(=光源氏)を見失ったら、どうしてよいかわからない、という気持ち。
現代語訳(前右近将監は)親が常陸介になって(任国に)下ったときにも、いっしょに連れて行かれず、(光源氏のお供として須磨に)参上したのであった。
- 常陸
- 今の茨城県。「常陸になりて」は、常陸介(常陸国の次官)になって、ということ。
前右近将監は、親が常陸に下るのについて行かず、光源氏のお供として須磨に来た。
「参れ」は謙譲語で、作者(語り手)から光源氏への敬意。
現代語訳心の中ではあれこれ思い悩んでいるにちがいないようだが、(うわべは)得意そうにふるまって、何でもない様子で過ごしている。
- 思ひ砕く
- あれこれと思い悩む。
- 誇りかなり
- 得意そうだ。
- もてなす
- ふるまう。
- つれなし
- 平気だ。何でもないようすだ。
前右近将監は、心の中では悩んでいるはずなのに、うわべは平気なふりをして過ごしている。
源氏物語のほかの場面:桐壺①「いづれの御時にか」 若紫①「北山の垣間見」 車争い①
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①前栽
②紫苑色
③直衣
④数珠
⑤常陸解答を見る
①せんざい
②しおんいろ
③のうし(なおし)
④ずず(じゅず)
⑤ひたち次の語の本文中での意味を答えよ。
①ゆゆしう
②なよよかなる
③しどけなく
④まがへる
⑤うちながめ
⑥つれなき解答を見る
①不吉なほど
②柔らかな
③ゆったりとくつろいで
④見分けがつかないほど似ている
⑤物思いにふけって眺め
⑥平気な(何でもない)
B 文法・敬語
次の「るる」を文法的に説明せよ。
①海見やらるる廊
②小さき鳥の浮かべると見やらるるも
③涙のこぼるるを解答を見る
①・②とも、自発の助動詞「る」の連体形。
③動詞「こぼる」(ラ行下二段)の連体形の一部(活用語尾)。次の敬語について、種類を答え、だれからだれに向けた敬意かを示せ。また、①の本文中での意味も書け。
①紫苑色など奉りて
②いかに侍らまし
③参れるなりけり解答を見る
①尊敬語。作者から光源氏へ。意味は「お召しになる」(「着る」の尊敬語)。
②丁寧語。前右近将監から光源氏へ。
③謙譲語。作者から光源氏へ。「下には思ひ砕くべかめれど」の「べか」「めれ」を文法的に説明せよ。
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べか=当然の助動詞「べし」の連体形「べかる」が撥音便「べかん」となり、「ん」が表記されていない形。めれ=推定の助動詞「めり」の已然形。
C 現代語訳・内容
「たたずみ給ふ御さまの、ゆゆしう清らなること」は、誰のどのような様子か。
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光源氏が、海を見渡す廊にたたずんでいる、不吉に感じられるほど美しい様子。
「うちながめ給ひて」の主語を答えよ。また、そのときの心情と、その心情を誘ったものを答えよ。
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主語=光源氏。心情=都を恋しく思う気持ち(郷愁)。誘ったもの=列をなして鳴く雁の声。
「ふるさとの女恋しき人々の、心みな慰みにけり」とあるが、人々は何によって心を慰められたのか。
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涙をぬぐう光源氏の白い手が黒い数珠に映えている、女性のように美しい姿を見たことによって。
「初雁は恋しき人の列なれや旅の空飛ぶ声の悲しき」を現代語訳せよ。また、「列」に込められた二つの意味を答えよ。
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訳:初雁は、都の恋しい人たちの仲間なのか。旅の空を渡っていく鳴き声が悲しく聞こえることよ。意味:雁が連なって飛ぶ「列」と、「仲間」。
民部大輔の歌の「雲のよそにも思ひけるかな」とは、どのような気持ちを詠んだものか。
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故郷を捨てて鳴く雁のことを、これまでは自分とは関係のないことと思っていたが、自分も都を離れた今、その身の上が身にしみてわかる、という気持ち。
「誇りかにもてなして、つれなきさまにしありく」を現代語訳せよ。また、前右近将監がこのようにふるまっているのはどのような事情からか。
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訳:得意そうにふるまって、何でもない様子で過ごしている。事情:親が常陸介となって任地に下るのにもついて行かず、光源氏に従って須磨に来ており、内心は思い悩んでいるはずだが、それを表に出さないようにしているから。