『源氏物語(げんじものがたり)』須磨(すま)の巻、「須磨の秋」の場面の終わり、「月のいとはなやかにさし出でたるに」から「左右にもぬるる袖かな」までの現代語訳・品詞分解・敬語・解説です(全3回の③)。須磨②の続きです。
八月十五夜の月を見た光源氏が、宮中の詩歌管弦の遊びや都の女君たち、藤壺、そして兄の朱雀帝を思い出し、漢詩の一節を口ずさみながら涙にくれる場面です。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
十五夜の月
現代語訳月がたいそう明るく昇ってきたので、(光源氏は)今夜は十五夜だったのだなあとお思い出しになって、宮中での詩歌や管弦の遊びが恋しく、
- はなやかなり
- 明るく美しい。
- 殿上の御遊び
- 宮中で催される詩歌や管弦の遊び。
「十五夜なりけり」の「けり」は詠嘆。十五夜であることに今気づいた、という気持ち。
現代語訳(都の)あちらこちらの女君たちも、物思いに沈んで(この月を)眺めていらっしゃることだろうよと、思いをはせなさるにつけても、ただ月の面ばかりを、ついじっと見つめておしまいになる。
- 所々
- あちらこちら。ここでは、都に残した光源氏ゆかりの女君たち。
- ながむ
- 物思いにふけって眺める。
- まもる
- じっと見つめる。
「ながめ給ふらむかし」の「給ふ」は、光源氏から都の女君たちへの敬意(光源氏の心の中のことば)。
「まもられ給ふ」の「れ」は自発。都を思うと、自然と月ばかり見つめてしまう。
現代語訳(光源氏が)「二千里外故人心(二千里の外故人の心)」と声に出して唱えなさると、(おそばの人々は)例によって涙を止められない。
- 二千里外故人心
- 白居易の詩「八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九」の一句「三五夜中新月色、二千里外故人心」による。十五夜の月を見ながら、遠く離れた地にいる親友(元稹)の心を思いやった詩。
- 誦ず
- 声に出して唱える。
- 例の
- いつものように。
「涙もとどめられず」の主語は、光源氏のそばにいるお供の人々。
十五夜の月を見て遠くの友を思った白居易と、須磨で月を見て都の人々を思う光源氏の境遇が重なっている。
詩の全体は白居易『八月十五日夜禁中独直対月憶元九』で読めます。
現代語訳入道の宮(藤壺)が「霧や隔つる」とお詠みになった当時のことが、何とも言えず恋しくて、あのときこのときのことを思い出しなさると、(光源氏は)おいおいと声をあげて泣かずにはいらっしゃれない。
- 入道の宮
- 出家した藤壺の中宮。
- 霧や隔つる
- 藤壺が光源氏に贈った歌「九重に霧や隔つる雲の上の月をはるかに思ひやるかな」(賢木の巻)の一節。
- よよと
- おいおいと。声をあげて泣くようす。
「のたまはせ」は尊敬語で、作者(語り手)から藤壺への敬意。
「泣かれ給ふ」の「れ」は自発。思わず声をあげて泣いてしまう。
現代語訳「夜が更けました。」と(お供の人が)申し上げるけれども、(光源氏は)まだ(奥に)お入りにならない。
「侍り」は丁寧語で、お供の人から光源氏への敬意。「聞こゆれ」は謙譲語、「給は」は尊敬語で、どちらも作者(語り手)から光源氏への敬意。
「聞こゆれ」の主語はお供の人、「入り給はず」の主語は光源氏。
現代語訳(この月を)見ている間だけは、しばらく心が慰められる。(月がまためぐってくるように、いつか)めぐり会うことになる月の都(=京)は、はるか遠くにあるけれども。
- めぐりあふ
- めぐって再び会う。
「慰む」で切れる二句切れ。後半と順序を入れかえた倒置になっている。
「めぐりあはむ」は、月がめぐることと、都の人々にめぐり会うことを掛けている。「月の都」は京。
都ははるかに遠いが、いつかまた都の人々にめぐり会える日を願いながら、月を見て心を慰めている。
朱雀帝を思う
現代語訳その夜、帝(朱雀帝)がとても親しげに昔の話などをなさったお姿が、亡き院(桐壺院)に似ていらっしゃったことも、(光源氏は)恋しく思い出し申し上げなさって、
- 上
- 帝。ここでは朱雀帝(光源氏の兄)。
- 院
- 桐壺院。光源氏と朱雀帝の父で、すでに亡くなっている。
- なつかし
- 親しみ深い。
「似奉り給へりし」の「奉り」は謙譲語で作者から桐壺院への敬意、「給へ」は尊敬語で作者から朱雀帝への敬意。
「思ひ出で聞こえ給ひ」の「聞こえ」は謙譲語で作者から朱雀帝への敬意、「給ひ」は尊敬語で作者から光源氏への敬意。
現代語訳「恩賜の御衣は今ここにあり。」と口ずさみながら、(奥に)お入りになった。(帝からいただいた)御衣は、(詩のとおり)本当に身から離さず、そばに置いていらっしゃる。
- 恩賜の御衣は今ここにあり
- 菅原道真が大宰府に左遷されていたときに作った詩(『菅家後集』)の一句。帝からいただいた御衣は今もここにある、という意味。
- 身放たず
- 身から離さない。
光源氏は、朱雀帝からいただいた御衣を道真と同じように大切にしている。都を追われた道真の境遇に、自分の境遇を重ねている。
現代語訳(帝のことを)つらいとばかりひたすら思うことはできなくて、(恨めしさの涙と懐かしさの涙で)左も右も濡れる袖であることよ。
- 憂し
- つらい。
- ひとへに
- ひたすら。
「ひとへに」に衣服の「単衣(ひとへ)」を掛ける。「単衣」と「左右」は「袖」の縁語。
「左右にもぬるる袖」は、朱雀帝を恨めしく思う涙と、懐かしく慕わしく思う涙の両方で袖が濡れる、ということ。帝への複雑な気持ちが詠まれている。
源氏物語のほかの場面:桐壺①「いづれの御時にか」 若紫①「北山の垣間見」 車争い①
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①殿上
②誦じ
③入道の宮
④恩賜の御衣
⑤左右解答を見る
①てんじょう
②ずじ
③にゅうどうのみや
④おんしのぎょい
⑤ひだりみぎ次の語句の本文中での意味を答えよ。
①月の顔のみまもられ給ふ
②よよと
③なつかしう
④身放たず
⑤ひとへに解答を見る
①月の面ばかりを、ついじっと見つめておしまいになる
②おいおいと(声をあげて)
③親しみ深く
④身から離さず
⑤ひたすら
B 文法・敬語
次の助動詞の意味を答えよ。
①十五夜なりけり
②まもられ給ふ
③涙もとどめられず
④言はむ方なく
⑤よよと泣かれ給ふ解答を見る
①詠嘆
②自発
③可能
④婉曲
⑤自発「『夜更け侍りぬ。』と聞こゆれど、なほ入り給はず」にある三つの敬語「侍り」「聞こゆれ」「給は」は、それぞれ何という種類の敬語か。また、だれからだれに向けた敬意か。
解答を見る
侍り=丁寧語。お供の人から光源氏へ。聞こゆれ=謙譲語。作者から光源氏へ。給は=尊敬語。作者から光源氏へ。
「院に似奉り給へりしも恋しく思ひ出で聞こえ給ひて」の「奉り」「給へ」「聞こえ」「給ひ」は、それぞれ誰への敬意を表すか。
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奉り=桐壺院への敬意。給へ=朱雀帝への敬意。聞こえ=朱雀帝への敬意。給ひ=光源氏への敬意。(いずれも作者からの敬意)
C 現代語訳・内容
「所々ながめ給ふらむかしと思ひやり給ふ」を、主語を補って現代語訳せよ。また、「所々」とは誰のことか。
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訳:(都の)あちらこちらの方々も物思いにふけって(この月を)眺めていらっしゃるだろうよと、(光源氏が)思いやりなさる。所々=光源氏とゆかりのある、都に残してきた女君たち。
「二千里外故人心」は誰の詩の一節か。また、光源氏がこれを口ずさんだのはなぜか。
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白居易。十五夜の月を見て、遠く離れた地にいる親友を思った白居易の詩の境遇が、須磨で月を見て都の人々を思う自分の境遇と重なったから。
「例の涙もとどめられず」の主語を答えよ。
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光源氏のそばにいるお供の人々。
「入道の宮」とは誰か。また、「『霧や隔つる』とのたまはせしほど」を思い出した光源氏は、どのようなようすだったか。
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藤壺(出家した藤壺の中宮)。そのころのことが言いようもなく恋しく、思わず声をあげておいおいと泣いた。
「見るほどぞしばし慰むめぐりあはむ月の都ははるかなれども」を現代語訳せよ。また、「月の都」とはどこか。
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訳:月を見ている間だけはしばらく心が慰められる。いつかまためぐり会う月の都は、はるか遠くにあるけれども。月の都=京(都)。
「恩賜の御衣は今ここにあり」は誰の詩句か。また、「憂しとのみひとへにものは思ほえで左右にもぬるる袖かな」には、朱雀帝に対するどのような気持ちが詠まれているか。
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菅原道真。帝を恨めしくつらく思う気持ちと、親しく懐かしく思う気持ちが入り混じっている(その両方の涙で、左右の袖が濡れている)。