『源氏物語(げんじものがたり)』夕顔(ゆうがお)の巻、「なにがしの院」(「廃院の怪」)の場面の中ほど、「風すこしうち吹きたるに」から「せむ方なき心地し給ふ」までの現代語訳・品詞分解・敬語・解説です(全3回の②)。夕顔①の続きです。
自分で人を起こしに出た光源氏は、院の管理人の子に明かりと魔よけを命じます。部屋に戻ると、夕顔は息もしていませんでした。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
寝静まった院
現代語訳風がやや吹いていて、(宿直の)者は少なく、お仕えする者はみな眠りこんでいる。
- 候ふ
- お仕えする。おそばに控える。
- 限り
- (〜する)者全部。
宿直の者がみな寝ていたので、さきほど手をたたいても、誰も来なかった。
現代語訳この院の管理人の子で、(光源氏が)親しく使っていらっしゃる若い男と、ほかに殿上童が一人、いつもの随身だけがいたのだった。
- 預かり
- 邸の管理をする人。管理人。
- 睦まし
- 親しい。
- 上童
- 貴族の家などに仕える少年。
- 随身
- 貴人の外出のとき、護衛としてつき従う者。
※「ぞ」を受けて「ける」が連体形で結ぶ(係り結び)。
「召せ」の主語は光源氏、「御答へして起きたれ」の主語は預かりの子。
現代語訳「紙燭に火をつけて持って参れ。随身にも、弦打ちをして絶えず警戒の声をあげよ、と命じよ。
- 弦打ち
- 矢をつがえずに弓の弦を鳴らすこと。魔物を追い払うまじない。
- 声づくる
- (警戒の)声をあげる。
- 仰す
- 命じる。言いつける。
弦打ちを命じたのは、物の怪が出そうな気味の悪い気配を払うため。
現代語訳人里離れた所で、気をゆるして眠りこんでいてよいものか。惟光朝臣が来ていたはずだが(どこにいる)。」とお尋ねになると、
- 人離る
- 人里から離れる。人気がない。
- 心とく
- 気を許す。
- 惟光
- 光源氏の乳母の子で、いちばん信頼している従者。「朝臣」は五位以上の人につける敬称。
「惟光朝臣の来たりつらむは」には、頼りになる惟光にそばにいてほしいという光源氏の気持ちが表れている。
「問はせ給へ」は尊敬語を重ねた言い方で、作者から光源氏への敬意。
現代語訳「(惟光どのは)こちらに控えておいででしたが、お言いつけもないので、夜明け前にお迎えにあがるつもりだと申して、下がりました。」と申し上げる。
- 仰せ言
- ご命令。
- 暁
- 夜明け前。
- まかづ
- 退出する。
惟光は、光源氏からの命令もないので、明け方に迎えに来ると言って退出していた。
「聞こゆ」の主語は、預かりの子(滝口)。
宮中を思う
現代語訳このようにお答えした者は、滝口の武士であったので、弓の弦をいかにもふさわしく鳴らして、
- 滝口
- 滝口の武士。宮中の警護をする武士。
- 弓弦
- 弓のつる。
- つきづきし
- ふさわしい。似つかわしい。
「かう申す者」は、光源氏の問いに答えた預かりの子。
- 火危ふし
- 火の用心。
- 曹司
- 部屋。
「去ぬなり」の「なり」は推定。真っ暗で姿は見えず、弦の音や「火危ふし」の声が遠ざかるのを耳で聞いて判断している。
※「去ぬ」の「ぬ」は、ナ変動詞「去ぬ」の終止形活用語尾。
現代語訳(光源氏が)宮中のことを思いやって、もう名対面は過ぎただろう、滝口の宿直奏しはちょうど今ごろだろう、と推しはかりなさるのは、
- 名対面
- 宮中で、夜の宿直の者が名を名乗ること。亥の刻(午後十時ごろ)に行われた。
- 宿直奏し
- 名対面のあと、滝口の武士が名を名乗ること。
滝口の武士の声から、光源氏は宮中の夜の様子を思いやっている。
※「過ぎぬらむ」の「ぬ」は強意の助動詞「ぬ」の終止形。
名対面が終わったころなので、まだそれほど夜は更けていない。この長い夜をまだ過ごさねばならない心細さもうかがえる。
※「更けぬ」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形。
※「こそ」の結び(「あらめ」など)が省略されている。
息をしない夕顔
現代語訳(光源氏が部屋に)戻って手探りなさると、女君はさっきのまま横になっていて、右近はそのそばにうつぶせになっている。
- さながら
- そのまま。もとのまま。
- うつ伏し臥す
- うつぶせになる。
夕顔は、光源氏が部屋を出る前と同じ姿勢で横になっている。
- なぞ
- 何か。どうしたことか。
- もの狂ほし
- 正気とも思えない。ふつうではない。
右近の、正気を失ったような怖がりようを見て言った言葉。
現代語訳荒れた所では、狐などのようなものが、人をおどかそうとして、何となく恐ろしく思わせるのだろう。
- け恐ろし
- 何となく恐ろしい。
現代語訳私がいるのだから、そんなものにはおどされはしない。」と言って(右近を)引き起こしなさる。
- まろ
- 私。
「さやうのもの」は、「狐などやうのもの」。
「まろあれば…おどされじ」は、右近をこれ以上怖がらせないための言葉で、自分を励ます強がりでもある。
「引き起こし給ふ」は、光源氏が右近を引き起こしなさる。
現代語訳「どうにもひどく気分がすぐれませんので、うつ伏しておりますのですよ。ご主人さまのほうこそ、たまらなく(恐ろしく)お思いでしょう。」と(右近が)言うので、
- 乱り心地
- 気分がすぐれないこと。
- 悪し
- 悪い。
- わりなし
- ひととおりでない。たまらない。
「御前」は、右近が主人の夕顔を敬っていう語。私(右近)よりも夕顔さまのほうがずっと恐ろしいと思っていらっしゃるでしょう、ということ。
「侍れ」「侍る」は丁寧語で、右近から光源氏への敬意。
現代語訳「そうだ、どうしてこんなに(怖がるのか)。」と言って、(夕顔を)手探りなさると、息もしていない。
- そよ
- そうだ。そのことよ。
- かい探る
- 手探りする。
明かりがないので、光源氏は手探りで夕顔の様子を確かめている。
現代語訳揺り動かしなさるけれども、ぐったりとして、正気を失っている様子なので、
- なよなよと
- ぐったりと。
- 我にもあらず
- 正気を失っている。正体がない。
夕顔が、ぐったりとして意識がない様子。
現代語訳まったくひどく子どもじみた人だから、物の怪に魂を奪われてしまったのだろうと、どうしてよいかわからないお気持ちになる。
- 若ぶ
- 子どもっぽくふるまう。
- けどる
- (物の怪などが)魂を奪う。
- せむ方なし
- どうしようもない。
「物にけどられぬるなめり」は、子どものような夕顔が、物の怪に魂を奪われてしまったらしいという光源氏の推測。この時点では、まだ気を失っているだけだと思っている。
源氏物語のほかの場面:桐壺①「いづれの御時にか」 若紫①「北山の垣間見」 車争い① 須磨①
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①上童
②随身
③朝臣
④曹司
⑤内裏
⑥名対面解答を見る
①うえわらわ
②ずいじん
③あそん
④ぞうし
⑤うち
⑥なだいめん次の語の本文中での意味を答えよ。
①睦ましく
②つきづきしく
③さながら
④もの狂ほし
⑤我にもあらぬ
⑥せむ方なき解答を見る
①親しく
②ふさわしく
③もとのまま
④正気とも思えない
⑤正気を失っている
⑥どうしようもない
B 文法・敬語
次の「ぬ」を文法的に説明せよ。
①預かりが曹司の方に去ぬなり
②名対面は過ぎぬらむ
③まだいたう更けぬにこそは解答を見る
①ナ変動詞「去ぬ」の終止形の一部(活用語尾)
②助動詞「ぬ」(強意)の終止形
③助動詞「ず」(打消)の連体形次の助動詞の意味を答えよ。
①惟光朝臣の来たりつらむは
②曹司の方に去ぬなり
③け恐ろしう思はするならむ
④さやうのものにはおどされじ
⑤物にけどられぬるなめり解答を見る
①現在推量
②推定
③使役
④打消意志
⑤推定次の敬語について、種類を答え、だれからだれへの敬意かを示せ。
①候ふ限りみな寝たり
②問はせ給へば
③候ひつれど
④悪しう侍れば解答を見る
①謙譲語。作者から光源氏へ。
②尊敬語(「せ給ふ」で尊敬を重ねた言い方)。作者から光源氏へ。
③謙譲語。預かりの子から光源氏へ。
④丁寧語。右近から光源氏へ。
C 現代語訳・内容
「人離れたる所に、心とけて寝ぬるものか」を現代語訳せよ。
解答を見る
人里離れた所で、気をゆるして眠っていてよいものか。
「惟光朝臣の来たりつらむは」と尋ねたときの光源氏の気持ちを説明せよ。また、惟光はどうしていたか。
解答を見る
頼りになる惟光にそばにいてほしいという気持ち。惟光は、命令もないので、明け方に迎えに来ると言って退出していた。
「預かりが曹司の方に去ぬなり」を現代語訳せよ。また、このときの周囲はどのような状況か。
解答を見る
管理人の部屋のほうへ去って行くようだ。真っ暗で何も見えず、弦の音や声だけが聞こえている状況。
「まろあれば、さやうのものにはおどされじ」について、①「さやうのもの」が指す部分を本文から抜き出せ。②現代語訳せよ。
解答を見る
①狐などやうのもの
②私がいるのだから、そのようなものにはおどされはしない。「御前にこそわりなく思さるらめ」を、「御前」が指す人物を明らかにして現代語訳せよ。
解答を見る
(私よりも)夕顔さまのほうこそ、たまらなく(恐ろしく)お思いになっているでしょう。
「なよなよとして、我にもあらぬさま」とは、だれのどのような様子か。
解答を見る
夕顔が、ぐったりとして正気を失っている様子。
「物にけどられぬるなめり」を現代語訳せよ。
解答を見る
物の怪に魂を奪われてしまったらしい。