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『鴻門之会(鴻門の会)』現代語訳・書き下し文・解説まとめ|司馬遷『史記』

このページでは、鴻門之会のあらすじ・登場人物・人物関係・全体の流れ・重要場面・故事成語・テスト頻出ポイントをまとめます。

本文の書き下し文・現代語訳・詳しい解説は、場面ごとの①~⑥の記事で確認できます。

目次

『鴻門之会』とは

『鴻門之会』は、司馬遷『史記』「項羽本紀」に書かれた有名な場面です。

秦が滅亡した後、天下の主導権をめぐって項羽劉邦(沛公)が争うようになります。

この時点では、軍事力では項羽が圧倒的に優勢です。沛公は項羽に敵対する意思がないことを示すため、項羽の陣営がある鴻門へ謝罪に向かいます。

そこで開かれた酒宴が「鴻門之会」です。

最大のポイント

項羽側には「この場で沛公を殺したい范増」と「沛公を守ろうとする項伯」がいる。

沛公側には「危機を察知して策をめぐらす張良」と「命がけで沛公を守る樊噲」がいる。

そして最終的に、項羽は沛公を殺す絶好の機会を逃します。

登場人物・人物関係

人物立場ポイント
項羽(項王)楚軍の中心人物圧倒的な軍事力を持つが、沛公を殺す決断をしきれない。
沛公(劉邦)のちの漢の高祖項羽より軍事力では劣るが、張良・樊噲ら優秀な部下に支えられる。
范増(亜父)項羽の参謀沛公が将来の脅威になることを見抜き、この場で殺そうとする。
項伯項羽の叔父張良と親交があり、酒宴では沛公を守る。
張良沛公の参謀項伯との関係を利用し、沛公を危機から救う。
樊噲沛公の部下危険な酒宴に乗り込み、項羽の前で堂々と沛公を弁護する。
項荘項羽側の武将剣舞を装って沛公を殺そうとする。
曹無傷沛公の部下沛公を裏切り、項羽に告げ口をする。

鴻門之会までの流れ

① 秦が滅亡へ向かう
秦の圧政に対して各地で反乱が起こり、項羽と沛公が力を伸ばす。

② 沛公が先に咸陽へ入る
沛公が項羽より先に秦の都・咸陽を攻略する。

③ 項羽が激怒する
沛公が関中の王になろうとしているという情報を聞き、項羽は沛公を攻撃しようとする。

④ 項伯が張良に危機を知らせる
張良と親交のある項伯が、項羽による攻撃計画を知らせる。

⑤ 沛公が鴻門へ向かう
沛公は項羽に敵対する意思がないことを伝えるため、自ら鴻門へ謝罪に行く。

『鴻門之会』全体のあらすじ

① 沛公、項羽に謝罪する

沛公は鴻門へ行き、項羽に「自分にはあなたと争うつもりはありません」と弁明します。

すると項羽は、沛公を攻撃しようと思った原因が、沛公の部下曹無傷の告げ口だったことをあっさり明かしてしまいます。

→『鴻門之会(剣舞)①』書き下し文・現代語訳・解説

② 酒宴開始――范増が沛公暗殺を狙う

項羽は沛公を酒宴に招きます。范増は沛公をこの場で殺すべきだと考え、何度も項羽に合図を送ります。しかし、項羽は応じません。

そこで范増は項荘に剣舞をさせ、舞うふりをして沛公を殺そうとします。しかし項伯も剣を抜いて舞い、身をもって沛公を守ります。

→『鴻門之会・剣舞②』書き下し文・現代語訳・解説

③ 樊噲が酒宴へ乱入する

張良から危機を聞いた樊噲は、盾を持った衛兵を押しのけて宴席へ入ります。樊噲は髪が逆立ち、目が裂けるほど項羽をにらみつけます。しかし項羽はその勇壮さを気に入り、酒と肉を与えます。

→『鴻門之会③ 樊噲・頭髪上指』現代語訳・解説

④ 樊噲、項羽を真正面から批判する

樊噲は項羽に対して、沛公が秦を滅ぼした後も財宝を奪わず、項羽を待っていたことを説明します。そして、功績のある沛公を殺そうとするのは、滅亡した秦と同じ過ちを犯すことだと堂々と批判します。

項羽は反論することができず、樊噲に座るよう命じます。

→『鴻門之会④』書き下し文・現代語訳

⑤ 沛公、酒宴から脱出する

沛公は酒宴を抜け出します。別れの挨拶をせずに帰ることを気にする沛公に、樊噲は「如今人方為刀俎、我為魚肉。何辞為。」と説き、命を守ることを優先させます。

「人は刀俎たり、我は魚肉たり」
相手に生殺与奪の権を握られ、自分たちが抵抗できない危険な状況を表す。

→『鴻門之会⑤』書き下し文・現代語訳

⑥ 范増「項羽では天下を取れない」と激怒する

沛公が逃げた後、張良が贈り物を届けます。項羽は贈り物を受け取りますが、范増は激怒。玉斗を地面に置いて剣でたたき割り、「奪項王天下者、必沛公也。」と予言します。

一方、自軍へ戻った沛公は、裏切った曹無傷をただちに処刑します。

→『鴻門之会⑥』書き下し文・現代語訳

鴻門之会で重要な人物の対比

項羽
圧倒的な武力を持つ。しかし、敵である沛公を殺す決断を下せず、曹無傷の名前まで本人に教えてしまう。

沛公
武力では項羽に劣るが、危険を察すると柔軟に行動し、張良・樊噲ら優れた部下の意見を受け入れる。

また、参謀の范増張良も対照的です。范増は沛公の危険性を正しく見抜いているのに項羽はその進言を聞かず、張良は項伯・樊噲らを動かして沛公を救います。

なぜ項羽は沛公を殺さなかったのか

范増は、沛公が将来最大の敵になることを見抜いていました。だからこそ何度も項羽に暗殺を促します。

しかし項羽は、沛公の謝罪を受け入れ、樊噲の弁明にも納得し、最後まで沛公を殺す決断を下しませんでした。

この「決断できない項羽」と「危機に応じて柔軟に動く沛公」の差が、その後の天下争いにつながっていきます。

鴻門之会のその後

鴻門之会では、沛公は命を取り留めました。その後、項羽と沛公は天下をめぐって争いますが、最終的に力関係は逆転します。

→『史記』四面楚歌 書き下し文・現代語訳・解説

→『史記』項王最期・項王自刎 書き下し文・現代語訳

鴻門之会①~⑥一覧

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